弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

火のないところに煙は立たない-苦情は来ること自体が問題なのか?

1.苦情は来たこと自体を非違行為にすることはできるのか?

 クレームが来ること自体が問題だ-上司からこうした叱責を受けた人は、少なくないと思います。

 しかし、顧客の言うことだけを一方的に信じ、クレームに発展した経緯や、問題視されている事実の存否を問題にすることなく、クレームが来たこと自体を理由に、労働者に対し、叱責したり、不利益な処分を行ったりすることは、許されるのでしょうか?

 この問題を考えるうえで参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。大阪地決令2.7.20労働判例1236-79 淀川交通(仮処分)事件です。

 以前、本ブログで、性同一性障害の男性の化粧を禁止することの可否がテーマになった事件を紹介させて頂きました。本件はこれと同じ裁判例でもあります。

性同一性障害の男性の化粧を禁止することは許されるのか? - 弁護士 師子角允彬のブログ

2.淀川交通(仮処分)事件

 本件は、就労拒否された労働者が申し立てた仮処分事件です。仮処分事件では、賃金の仮払を求める労働者を債権者と、賃金を支払う立場にある会社を債務者といいます。

 本件で債務者になったのは、タクシー会社です。

 債権者になったのは、生物学的性別は男性であるものの、性別に対する自己意識は女性である性同一性障害の方です。債務者と労働契約を締結し、タクシー乗務員として勤務していました。

 しかし、債務者は、化粧をしていたことなどを理由に、債権者に対し「乗らせるわけにはいかない。」と述べ、債権者の就労を拒否しました。こうした取り扱いを受け、不就労を理由に賃金を支払われなくなった原告の方が、経済的に困窮し、賃金仮払いの仮処分を申し立てたのが本件です。

 債務者側が就労を拒否した背景には、乗客からの苦情がありました。

 どのような苦情かというと、 午前4時ころ、男性の乗客から男性器をなめられそうになったというものです(本件苦情)。

 債務者のA渉外担当は、債権者に対し、本件苦情の内容を問い質しました。債権者は、本件苦情の内容を否定しましたが、A渉外担当は次のような対応をとりました。

「A渉外担当らは、債権者に対し、本件苦情のような内容の苦情を乗客から受けることはなく、火のないところに煙は立たないため、苦情の内容は事実であると考えることもできる、いずれにしろ、上記苦情の内容が真実であるか否かは問題ではなく、債権者が上記内容の苦情を受けることが問題であると伝えた。加えて、債務者は、債権者が以前にも自分の膨らんだ胸を触らせたという内容の苦情を受け、その際には丸く収めたものの、その後に本件苦情を受け、性的な趣旨の苦情が二度目のものとなる以上は、債権者を『乗せるわけにはいかない』と考えている旨を伝えた。」

 本件では、こうした経緯のもとで行われた就労拒否が、債務者の責めに帰すべき事由によると認められるのかが争点の一つになりました。

 裁判所は、次のとおり述べて、本件苦情を理由とする就労拒否は許されないと判示しました。

(裁判所の判断)

-本件苦情の内容が真実であることを理由とする点について-

「債務者は、仮に債務者が債権者の就労を拒否したと評価されるとしても、本件苦情の内容が真実であり、債権者が男性乗客の下半身をなめようとする行為又はそれと疑われる行為を行った以上は、就労拒否の正当な理由がある旨の主張をする。」

「しかしながら、A渉外担当らは、債権者に対し、本件苦情の内容が真実であるか否かを問題としているのではないと述べており・・・、苦情内容の真実性は、債権者に対する就労拒否の理由であるとされてはいない。」

「仮にこの点を措くとしても、債権者は、本件苦情の内容が真実であると認めていない上、一件記録上、債務者が本件苦情の内容の真実性について調査を行った形跡もみられない。債務者の上記主張の唯一の根拠となっているのは、朝4時頃に、いたずらで本件苦情のような内容を通告する者がいるはずはないという点にあるものの、こうした点を考慮しても、本件苦情の存在をもって、直ちに本件苦情の内容が真実であると認めることはできない(なお、仮に上記苦情の内容が事実であるとすると、債務者は、懲戒処分としての出勤停止命令等の手段によって、債権者の就労を拒否することが考えられるものの、債務者は、上記の手段を講じるなどしておらず、就労拒否の法的な根拠が明らかにされていない。)。」

「以上によれば、本件苦情の内容が真実であることを理由として、債権者に対しその就労を拒否することは、正当な理由に基づくものとはいえない。」

-本件苦情の存在について-

A渉外担当らの債権者に対する説明内容・・・によれば、債務者は、上記苦情の存在自体をもって、債権者の就労を正当に拒否することができるとの見解を前提にしているものと考えられるところ、かかる見解を言い換えれば、債務者は、仮に上記苦情の内容が虚偽であるなど、非違行為の存在が明らかでないとしても、上記苦情を受けたこと自体をもって、正当に債権者の就労を拒むことができることとなる。しかしながら、非違行為の存在が明らかでない以上は、上記苦情の存在をもって、債権者に対する就労拒否を正当化することはできない。

(中略)

「以上を総合すると、債務者が、本件苦情の真実性又は存在自体を理由として、債権者の就労を拒否することは、正当な理由に基づくものとはいえない。」

3.苦情を受けたこと、それ自体は非違行為にならない

クレームを受けること自体が問題だ-こうした叱責は、顧客からの不当要求行為に対応する力を削ぐもので、企業経営上何の合理性もありません。また、非違行為の存否を問わない叱責は、理不尽極まりなく、法的にも何ら正当がありません。

 厚生労働省告示第5号 令和2年1月15日「事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」において、

「事業主は、取引先等の他の事業主が雇用する労働者又は他の事業主(その者が法人である場合にあっては、その役員)からのパワーハラスメントや顧客等からの著しい迷惑行為(暴行、脅迫、ひどい暴言、著しく不当な要求等)により、その雇用する労働者が就業環境を害されることのないよう、雇用管理上の配慮」

を行うことが望ましいとされていることからも分かるとおり、誤った顧客第一主義のもと、労働者に責任を押し付ける時代は終わりつつあります。

 火のないところにも煙が立つことは、多くの社会人が実体験として知っていることだと思います。ただ単にクレームを出されたが故に理不尽な処分を受けた方は、その効力を法的に争うことを考えてみても良いのではないかと思います。

 

公務員も異動には逆らいにくい

1.整理解雇の制限と広範な配転命令権

 本邦の法律上、労働者の責めによらない、いわゆる整理解雇を行うことは、厳格な制限が課せられています。その代わり、使用者には、滅多なことでは無効にならない、広範な配転命令権が付与されています。そして、整理過去を行うに先立っては、配転命令権を行使するなどして、解雇回避努力を尽くしたかどうかが問われることになります。

 公務員の場合、民間の労働者の整理解雇に対応する扱いに「分限」という処分があります。これは職員の責任の有無にかかわらず、公務能率を維持するために行われる処分です。余剰人員を整理する場合、分限免職という処分が行われます。

 この分限免職処分は、公務員の地位を喪失させるという重大な権利侵害を伴いますが、整理解雇ほど厳格な制限が課せられているわけではありません。

 例えば、福岡高判昭62.1.29労働判例499-64 北九州市病院局長事件は、地方公務員の分限免職の場面で、

「分限免職処分を回避するための措置として、余剰人員の配置転換を命ずる義務があるとすることは、任免権者の人事権、経営権を制肘することを認めることになり妥当でなく、ただ、過員整理の必要性、目的に照らし、任免権者において被処分者の配置転換が比較的容易であるにもかかわらず、配置転換の努力を尽くさずに分限免職処分をした場合に、権利の濫用となるにすぎない」

と分限回避義務に消極的な判断をしています。

 近時、旧社会保険庁の解体に伴う職員への分限免職処分の適否が争われた裁判例において、分限回避義務が認められた裁判例も散見されるようになっていますが、整理解雇と同じレベルで保護されると言うにはほど遠いのが実情ではないかと思います。

分限回避義務 - 弁護士 師子角允彬のブログ

 それでは、分限免職処分に対して脆弱であるとして、配転命令に対しては、どのように理解されているのでしょうか? 分限免職処分が比較的広く認められていることは、配転命令権の効力の有無の判断に、何等かの影響を与えているのでしょうか?

 この問題を考えるにあたり、参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。昨日も紹介した東京地判令2.10.8労働経済判例速報2438-20多摩市事件です。

2.多摩市事件

 本件で被告になったのは、普通地方公共団体である多摩市です。

 原告になったのは、被告の職員として勤務していた方です。人事権を濫用した違法な転任処分を受けたことにより、自立神経失調症に罹患して病気休職に追い込まれ、更にはハラスメントによって退職を余儀なくされたとして、被告に対し、債務不履行ないし国家賠償法に基づく損害賠償を請求した事件です。

 原告が人事権の濫用だと主張したのは、子育て支援課から学校給食センターの調理所への異動です。原告は、これを、違法な補助金支出の問題を調査していたことに対する報復で、閑職に追いやる左遷人事だと主張しました。

 しかし、裁判所は、次のとおり述べて、人事権行使を適法だと判示しました。

(裁判所の判断)

「本件人事異動は、平成27年10月期の定期人事異動の一環として行われた転任処分であるところ、原告の異動元である子育て支援課は、当時、1名の過員状態にあったため、上記定期人事異動の際に職員1名を異動させることによって過員調整(減員)を図る必要があったことが認められる。そして、上記・・・で認定した事実によれば、

〔1〕被告においては、新入職員のキャリアプラン上、10年間で3か所の職場を経験させることを想定しているところ、原告は、本件人事異動時点における子育て支援課での勤務期間が約2年6か月となっており、本件人事異動の直前に提出した職員意向調査票において、直近の上記定期人事異動での異動を希望していたこと、

〔2〕原告が担当していた業務内容及び業務の進捗状況に照らし、原告が子育て支援課から異動することは可能な状況にあったことが認められることを併せ考慮すると、

上記定期人事異動の際に原告が子育て支援課からの異動の対象となったことについては、必要性及び合理性が認められる。

「他方、上記・・・で認定した事実によれば、原告の異動先である南野調理所は、子育て支援課よりも総じて業務量の少ない部署であったものの、原告は、学校給食費会計予算に関する業務や学校給食センター運営委員会に関する業務のほか、庶務的業務の担当も任されており、原告及び南野調理所長以外にはフルタイム勤務の職員がいなかったこともあって、予算編成時や決算時期などには繁忙となることもあったことや、本件人事異動当時、学校給食センターは、平成30年度から給食業務を民間の事業者に大規模に委託するための指名型プロポーザルを近いうちに実施することが計画されていたため、事務職員の業務量が増えることが予想されており、原告もこれらの業務を担当することが想定されていたことが認められる。」

「以上に加えて、原告を含む一般事務の職種で採用された職員については、全ての部局に異動する可能性があったことも併せ考慮すると、原告の異動先が南野調理所とされたことをもって、原告が閑職に左遷されたなどということはできない。

(中略)

「以上のとおり、本件人事異動について、被告に不当な動機又は目的があったとは認められないから、本件人事異動は、人事権を濫用したものということはできない。」

3.民間と大差があるようには思えない

 民間の場合、配転命令権行使の適否は、

「使用者は業務上の必要に応じ、その裁量により労働者の勤務場所を決定することができるものというべきであるが、転勤、特に転居を伴う転勤は、一般に、労働者の生活関係に少なからぬ影響を与えずにはおかないから、使用者の転勤命令権は無制約に行使することができるものではなく、これを濫用することの許されないことはいうまでもないところ、当該転勤命令につき業務上の必要性が存しない場合又は業務上の必要性が存する場合であつても、当該転勤命令が他の不当な動機・目的をもつてなされたものであるとき若しくは労働者に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであるとき等、特段の事情の存する場合でない限りは、当該転勤命令は権利の濫用になるものではないというべきである。」(最二小判昭61.7.14労働判例477-6 東亜ペイント事件)

 本件の原告は、職員以降調査票で異動の希望を出していたものの、その理由については「大学は商学部であり、以前から会計に大変興味がある。子育て支援課でも国・都負担金や補助金業務、保育所への指導検査(会計面)など、数字を扱う業務に携わり、会計について自分の能力を高めていきたいという気持ちが強くあるため」と記載していました。給食センターの調理所に行くことは、全く想定していなかったのではないかと思われます。

 しかし、本件の裁判所は、民間で用いられている配転の可否に関する判断枠組に準拠し、不当な動機・目的が認められないとして、比較的簡単に異動を有効と判示しているように思われます。

 広範な配転命令権は、厳格に解雇権の行使が制限されていることの引き換えとして記述されることが少なくありません。しかし、分限免職処分が可能な公務員にも同様の発想がとられていることを考えると、その根拠は、別の何かに求められるのかも知れません。

 

 

病気休職中に産業医面談を実施してくれなかったことを安全配慮義務違反に問えるか?

1.権限不行使の問題

 国家賠償請求の局面においては、しばしば権限の不行使が問題になります。公権力が適切に権限を行使していれば防げたはずなのに、それをしなかったのは問題だという主張のされ方をします。事件類型としては、安全措置の懈怠、規制処分権限の不行使、省令制定等の制定権限の不行使といったものがあります(宇賀克也ほか編著『条解 国家賠償法』〔弘文堂、初版、平31〕73-74頁参照)。

 これに対し、民-民の場合、一方が他方を規制するという関係には立ちません。したがって、損害賠償請求訴訟の中で、権限の不行使に違法性が認められるか否かが問題になることは、基本的にはありません。

 しかし、民-民ではあっても、一方が他方に対して従属することになる労使関係においては、使用者が権限を行使しなかったことが、安全配慮義務違反の有無という形で争われることがあります。

 近時公刊された判例集に、こうした権限の不行使の適否が問題になった裁判例が掲載されていました。東京地判令2.10.8労働経済判例速報2438-20多摩市事件です。この事件では、病気休暇中の月1回の産業医面談を実施しなかったことの適否が問題になりました。公務員に関する裁判例ではありますが、安全配慮義務違反の有無が争われた事案であり、民-民の労使関係の在り方を考えるうえでも参考になります。

2.多摩市事件

 本件で被告になったのは、普通地方公共団体である多摩市です。

 原告になったのは、被告の職員として勤務していた方です。人事権を濫用した違法な転任処分を受けたことにより、自立神経失調症に罹患して病気休職に追い込まれ、更にはハラスメントによって退職を余儀なくされたとして、被告に対し、債務不履行ないし国家賠償法に基づく損害賠償を請求した事件です。

 本件の争点は多岐に渡りますが、その中の一つに、権限不行使の問題があります。

 被告には、

「病気休職の手続及び病気休職中の職員の復職審査に関する要綱」

という告示(平成26年12月3日多摩市告示第486号)があり、そこには、次のような規定がありました。

(産業医の受診)

 第3条 病気休職中の職員は、健康状況の継続的な確認のため、産業医(多摩市職員安全衛生管理規則(昭和61年多摩市規則第26号)第12条に規定する産業医をいう。以下同じ。)の診察を、原則として1月に1回程度受けなければならない。ただし、当該職員の病状等の診察を受けることのできない正当な事由がある場合は、この限りでない。
 2 産業医は、前項の規定による診察のほか、病気休職中の職員の健康状況を確認し、又は必要な指導を行うため、当該職員の同意を得て、情報提供依頼書により当該職員の主治医等から治療経過等の情報提供を受けることができる。
 3 産業医は、第1項の診察を行ったときは、産業医意見書に必要事項を記入し、任命権者に提出するものとする。
 4 任命権者は、病気休職中の職員が正当な理由なく第1項の診察を受けない場合は、当該職員に対して産業医の診察を受けることを命じることができる。

(所属長等による病気休職中の職員への対応)

第4条 病気休職中の職員の所属長(以下「所属長」という。)又は総務部人事課長(以下これらを「所属長等」という。)は、次に掲げる方法により、当該職員の病状及び療養状況を把握し、当該職員が療養に専念できるよう必要な措置を講じなければならない。
(1)必要に応じて当該職員又は家族等の関係者と面談又は連絡を行うこと。
(2)産業医から当該職員についての助言又は指導を受け、その助言又は指導を実施すること。
2、3(略)

 しかし、原告には、休職期間のうち、9か月以上に渡って、産業医面談が実施されていない時期がありました。

 こうした取り扱いについて、原告は、

「被告は、本件要綱3条の定めにより、病気休職中の職員(以下「休職者」ともいう。)に対し、月1回の産業医面談を実施すべき義務を負っていたにもかかわらず、これを怠り、原告に対し、平成30年6月11日まで9か月間という長期にわたって産業医面談を実施しようとしなかった。被告の上記不作為は、原告に対して負う安全配慮義務に違反する。」

と安全配慮義務違反を主張しました。

 しかし、裁判所は、次のとおり述べて、安全配慮義務違反を否定しました。

(裁判所の判断)

「原告は、被告には、休職者に対して月1回の産業医面談を実施すべき義務があると主張する。」

「しかしながら、一般に、産業医面談は、休職者の治療を目的とするものではなく、使用者が休職者に対して復職又は休職に係る適切な処分をするにあたり、当該休職者の体調を把握する目的で実施されるものであるところ、本件要綱も、第1条において、『心身の故障のため病気休職をする職員について、病気休職の手続、職場復帰に際しての審査等について定める』ものとされていること・・・から、本件要綱に基づく産業医面談も上記目的で実施されるものであることが認められる。以上に加えて、本件要綱が、産業医面談を受けることを休職者の義務として規定し(3条1項本文)、被告が休職者の病状等に応じて上記義務を免除すること(同項ただし書)や正当な理由なく上記義務を履行しない休職者に対して受診命令を発令すること(同条4項)を定めていることに照らすと、本件要綱の規定を根拠に、被告において休職者に対して月1回の産業医面談を実施すべき義務があると解釈することはできない。

「原告は、被告において休職者に対して産業医面談を実施すべき義務は、労働契約法5条及び労働安全衛生法13条の定める企業の安全配慮義務に由来するものであるから、本件要綱に定めがないからといって被告が上記義務を負わない理由にはならないとも主張する。しかしながら、労働契約法5条は、使用者の労働者に対する一般的な安全配慮義務を定めたものであり、労働安全衛生法13条は、事業者の産業医選任義務を定めたものであるから、これらの規定から直ちに、被告について、休職者に対して月1回の産業医面談を実施すべきであるという具体的義務が発生すると解することはできない。」

「以上によれば、原告の上記主張を採用することはできない。」

3.確かに、因果関係論・損害論との関係で難しい問題はあるが・・・

 産業医面談の不実施が安全配慮義務違反に該当したとしても、損害との間の因果関係を認定できない可能性は否定できないと思います。その意味では、安全配慮義務違反が認定できたとしても、結論は変わらなかったかも知れません。

 しかし、

「療養に専念できるよう・・・産業医・・・の助言又は指導を実施する」

という建て付けの要綱がありながら、産業医面談の不実施を義務違反としたことは、やや自治体・使用者側の利益に傾斜しすぎているのではないかという感が否めません。本件は、労働者側にとって、厳しい裁判例であるように思われます。

 

シフトに入れないことは債権者(使用者)の責めに帰すべき事由になるか?

1.シフトに入れてもらえなかったシフト制労働者の賃金請求

 一般論として、違法無効な解雇をされた労働者は、判決が確定した時から解雇された時点まで遡って賃金を請求することができます。

 その根拠として理解されているのが、民法536条2項本文です。

 民法536条2項本文は、

「債権者の責めに帰すべき事由によって債務を履行することができなくなったときは、債権者は、反対給付の履行を拒むことができない。」

と規定しています。労務の提供を求める権利を有している者(債権者・使用者)が、違法無効な解雇によって労務提供を拒絶したこと(債権者・使用者の責めに帰すべき事由)によって、労務提供(債務を履行すること)ができなくなったのだから、使用者は反対給付の履行(賃金支払請求)を拒むことができないという理屈です。

 シフトに入れてもらえない労働者が、賃金請求を行おうとする場合、乗り越えなければならない壁は、二つあります。

 一つ目は、就労請求権ないし所定労働日数の問題です。

 二つ目は、シフトに入れてもらえなかったことが、民法536条2項に規定されている「債権者(使用者)の責めに帰すべき事由」によるといえるのかという問題です。

 昨日紹介した横浜地判令2.3.26労働判例1236-91 ホームケア事件は、一つ目の問題だけではなく、二つ目の問題についても、参考になる判断を示しています。

2.ホームケア事件

 本件は、シフト制の労働者を、シフトに入れないことの適否が争われた事件です。一審が簡裁で審理された地裁控訴審事件です。

 本件で被告(被控訴人)になったのは、介護保険法に基づく指定居宅サービス事業等を目的とする有限会社です。

 原告(控訴人)になったのは、被告の運営する施設で利用者の送迎業務に従事していたシフト制の労働者です。被告からシフトに入れてもらえなくなったため、雇用契約書や労働条件通知書に出勤日が「週5日程度」と書かれていたことなどを根拠に、これを下回った日数に相当する賃金の支払を請求しました。

 これに対し、被告は、週の所定労働日数が5日と合意された事実も、そのように運用された実績もないとして、原告の請求を争いました。

 また、仮に所定労働日数を下回っていたとしても、それは、原告が実際には負傷した事実がないにもかかわらず、車椅子の利用者を送迎用車両に乗せた際に手を負傷したと訴えて、以後、一切車椅子に触れなくなったため、原告を車椅子利用者の送迎に配置することができなくなったからであり、被告の責めに帰すべき事由によるわけではないと反論しました。

 裁判所は、過去の勤務実態から週4日を所定労働日数とする合意が成立していたとしたうえ、次のとおり述べて、原告を勤務させなかったことは被告の責めに帰するべき事由によると判示しました。

(裁判所の判断)

「被控訴人が控訴人を送迎計画表に入れなかった理由として被控訴人が主張するところは、控訴人が、平成27年1月22日に手を負傷したとの虚偽の事実を訴え、これを理由に、従前は行っていた車椅子の利用者の乗降車の補助業務を拒否するようになったというものである。しかし、証拠・・・によれば、被控訴人の従業員であるBは、被控訴人に対し、平成27年2月5日、同年1月22日に発生した事故の状況及びその後の経過として『ご利用者をご自宅へ送り、車から車椅子への移乗時、車椅子のヘッドレストが片方はめ込まれていなかった。ご利用者を車に戻し、はめ込んだ時に一緒に対応していたX1さんの右手の親指、人差し指を挟んでしまった。夕方でよく見えず、相手の手が見えていなかった。』、『1/24(土)にX1さんから「22日夜から指が腫れ痛みが強いため月曜日に仕事に出られないかもしれない」と連絡が入る。』、『1/26(月)痛みとしびれがあって休みと連絡があり、受診をすすめるが、労災だと会社に迷惑が掛かると言われる』などと記載した『インシデント報告書』を提出したことが認められ、このことを踏まえると、控訴人の負傷の訴えが虚偽のものであったとまでは認め難い。」

「以上を前提に、被控訴人の上記主張について検討すると、証拠・・・及び弁論の全趣旨によれば、控訴人の出勤日は、被控訴人において、利用者の送迎計画表を作成することによって決定されることが認められるところ、控訴人を送迎計画表に入れるかどうかは、被控訴人の判断に委ねられているのであり、各日の送迎計画表をもって具体的な勤務を命じられていた控訴人は、送迎計画表に入らなかった日については、当該日の送迎業務に従事することを命じられておらず、これを受けた労務の提供の有無を観念する局面に至っていなかったというべきであるから、控訴人が就労しなかったことは、基本的には被控訴人の責めに帰すべき事由によるものであったと解するのが相当である。なお、控訴人が、正当な理由もないのに、被控訴人に対し、特定の利用者を送迎する日の業務に従事することを拒否する旨をあらかじめ明確に示していて、被控訴人が控訴人のその意向に沿って送迎計画表を作成したなどの特段の事情がある場合に、これを被控訴人の責めに帰すべき事由による労務提供不能とは評価できないことがあり得るところ、被控訴人は、控訴人が車椅子の利用者の乗降車の補助業務を拒否するようになったと主張するものの、その前提として被控訴人が主張する、控訴人の負傷の訴えが虚偽のものであったとの事実が認められないことは既に判示したとおりであることからすれば、被控訴人の前記主張は採用することができず、その他本件全証拠によっても、上記特段の事情があるとも認められない。」

したがって、被控訴人が控訴人を送迎計画表に入れなかった日については、控訴人が就労しなかったことは、被控訴人の責めに帰すべき事由によるものと認めるのが相当であって、控訴人は、被控訴人に対する賃金請求権を失うものではない。

3.所定労働日数に満たないシフトしか入れないのは基本的に使用者の責任

 シフト制労働者の場合、シフトが入ることによって、労務の提供義務が発生します。つまり、シフトが入らない限り、労務提供の受領拒絶という話にはなりません。使用者による労務提供の受領拒絶がなければ、働かなかったとしても、反対給付である賃金を請求することはできないのが原則です。

 しかし、ホームケア事件の裁判所は、所定労働日数の合意がある限り、シフトが入っていなかったとしても、所定労働日数に満たない日数しか就労できなかったことは使用者の責めに帰するべき事由によると判示しました。当たり前のように見えるかも知れませんが、具体的な労働日が確定していなくても、労務提供の受領を拒絶した場合と同様に取り扱われるとした点に、判断としての特徴があります。

 シフト制労働者の所定労働日数の認定手法だけではなく、使用者の「責めに帰すべき事由」の理解の仕方についても、ホームケア事件の裁判所の判断は参考になります。

 

シフトに入れてもらえないという問題への解決策

1.シフトに入れてもらえない問題

 新型コロナウイルスの流行により、生活に困窮するシフト制の労働者が増加しています。なぜ、生活に困窮するのかというと、シフトに入れてもらえなくなっているからです。

 シフト制の労働者は、シフトに入って働くことで賃金を得てます。当然のことながら、シフトに入らなければ、賃金を請求することができません。

 しかし、新型コロナウイルスの影響で、時短営業を強いられている業種では、シフトの枠自体が減少しています。また、枠自体は残っていても、客足の鈍化に対応し、シフトに入れる人数を減らしている業者も少なくありません。

 また、労働は義務であって権利ではないという考えから、就労請求権は否定されるのが一般的です。

(54)就労請求権|雇用関係紛争判例集|労働政策研究・研修機構(JILPT)

 つまり、客観的にシフトに入る機会が減少してるうえ、シフトに入れてもらうことには権利性が認められるわけでもありません。そのため、シフトからあぶれてしまった労働者は、働くことができず、生活に困窮することになります。

 読者の方の中には、雇用調整助成金の支給により対処できないのかと考える人がいるかも知れません。しかし、雇用調整助成金は、労働者を休業させる場合に支給されるものです。単にシフトに入れないことが「休業」に該当するかは、誰にでも分かるほど一義的に明確ではありません。そのため、シフトに入れない労働者に関しては、そもそも休業手当等の対象として考えていない使用者が少なくありません(ただし、この点は、厚生労働省がシフト制の労働者も雇用調整助成金の対象に含めることを明確にしたため、幾分改善してはいます

https://www.mhlw.go.jp/content/11600000/000724300.pdf)。

 シフト制労働者がシフトに入れてもらえずに困窮していることは、新型コロナウイルスの影響のもと、社会保障の谷間として顕在化してきた対応の難しい問題の一つです。

 従来、この問題は、労働者側にとって、これといった解決策のない難問の一つとして認識されてきました。しかし、近時公刊された判例集に、手を出しにくい状況を改善できる可能性のある裁判例が掲載されていました。横浜地判令2.3.26労働判例1236-91 ホームケア事件です。

2.ホームケア事件

 本件は、シフト制の労働者を、シフトに入れないことの適否が争われた事件です。一審が簡裁で審理された地裁控訴審事件です。

 本件で被告(被控訴人)になったのは、介護保険法に基づく指定居宅サービス事業等を目的とする有限会社です。

 原告(控訴人)になったのは、被告の運営する施設で利用者の送迎業務に従事していたシフト制の労働者です。被告からシフトに入れてもらえなくなったため、雇用契約書や労働条件通知書に出勤日が「週5日程度」と書かれていたことなどを根拠に、これを下回った日数に相当する賃金の支払を請求しました。

 これに対し、被告は、週の所定労働日数が5日と合意された事実も、そのように運用された実績もないとして、原告の請求を争いました。

 裁判所は、次のとおり述べて、週4日を所定労働日数とする合意が成立していたとして、原告の請求を一部認めました。

(裁判所の判断)

平成26年10月20日付け雇用契約書及び労働条件通知書・・・における出勤日の記載は『週5日程度』というもので、文面上は本件施設が営業していない日曜日も出勤日の候補に含むものである上、『業務の状況に応じて週の出勤日を決める。』との記載も伴うものであるから、これをもって直ちに、本件雇用契約における週の所定労働日数が5日であったと認定することはできない。他方で、『出勤日』を『週1日以上』と記載した雇用契約書及び労働条件通知書・・・も、被控訴人が労働基準監督署から指導を受けたことを契機とするものであったにせよ、被控訴人が同契約書記載の雇用期間の始期から約10か月後に一方的に送付したものにすぎないことも踏まえると、当事者双方の意思を反映した書面であるとは認め難い。これらのほかに、控訴人と被控訴人との間において、本件雇用契約における週の所定労働日数に関する合意内容を示した書面等が取り交わされた事実はうかがわれない。」

「そうすると、本件雇用契約における所定労働日数に係る合意は、上記各契約書の記載のみにとらわれることなく、本件請求期間より前の控訴人の勤務実態等の事情も踏まえて、契約当事者の意思を合理的に解釈して認定するのが相当である。

「そこで検討すると、証拠・・・及び弁論の全趣旨によれば、控訴人は、原審の原告本人尋問において、裁判官の『あなたは何曜日に出勤することが多かったんですか。』との質問に対し、『私は月火水木と。金曜日は忙しかったら出るときもありました。この4日間だけは間違いなく出ていました。』、『これは私が他のこともやることがあるので、それで4日ぐらいでよろしいですかということを、お話をしたんですけどね。」と供述し、被告代理人の『毎日行くんですか。』との質問に対しても、『出番の日は、4日間の日は私は行きます、きちっと8時。それで朝、自宅にBさんから電話が、今日は何時頃に来てくださいとかいって、電話が入るときが多いんです。それで入らないときは、今日は誰々さんがお休みするから、申し訳ないけど休んでくださいという電話もしょっちゅうありました。』と供述したことが認められる。」
 「控訴人の上記供述は、原告本人尋問を通じて一貫しており、その内容に特段不合理な点も見当たらないから、信用することができる。そして、控訴人の使用者であり、出勤簿等をもって控訴人の出退勤を管理していたことがうかがわれる被控訴人が、平成29年以前の控訴人の勤務実態について立証しないこと(当審第4回口頭弁論調書)を踏まえると、控訴人は、本件請求期間より前である平成29年以前は、おおむね週4日勤務していたものと推認されるから、本件雇用契約における所定労働日数に係る合意は、契約当事者の意思を合理的に解釈すれば、週4日であったと認めるのが相当である。

3.過去の勤務実態から所定労働日数に係る合意が認定された

 所定労働日数が決まっていれば、それに満たない日数しか働かせられなかったことに伴う経済的な負担は、使用者の側で被ることになります。働いていないのだから賃金は支払わないという、純粋なシフト制の労働者に対して適用されるルールを主張しても、あまり意味がありません。

 本件の所定労働日数を認定した判示には、重要な点が二つ含まれているように思います。

 一つ目は、雇用契約書や労働条件通知書に「週5日『程度』」という記載があったから所定労働日数の合意が認められたわけではないことです。

 この記載があることは、週4日の所定労働日を認める根拠として判示されていないため、週5『程度』といった書き方が結論に影響した可能性は著しく低いのではないかと思います。したがって、雇用契約書や労働条件通知書に、手掛かりがないからといって必ずしも過度に悲観する必要はありません。

 もう一つは、勤務実態から所定労労働日の日数に係る合意を認定したことです。

 契約当時の合意が不明確であったとしても、事後の勤務実態が所定労働日数の認定に活かされるというには、かなり画期的な判断だと思われます。こうした考え方が応用できれば、シフトに入れてもらえないシフト制労働者の保護に関しては、未払賃金請求の可否という問題設定が可能になるかも知れません。

 本件の裁判例は、コロナ禍のもと、シフトに入れてくれなくなって困っているか方の事件の処理にあたり、示唆に富んだ裁判例として位置付けられます。

 

 

給与ファクタリング業者に金銭を返す必要がないとされた例

1.給与ファクタリングとは

 給与ファクタリングとは、

「個人が勤務先に対して有する給与(賃金債権)を、給与の支払日前に一定の手数料を徴収して買い取り、給与が支払われた後に、個人を通じて資金の回収を行う」

ことをいいます。

ファクタリングに関する注意喚起:金融庁

 例えば、賃金債権のうち10万円を給与ファクタリング業者に8万円で売却します。これにより、労働者は給与ファクタリング業者から8万円を受け取ります。そして、給料日になったら、支払いを受けた賃金の中から10万円を給与ファクタリング業者に支払います。

 通常のファクタリングでは、債権を買い取ったファクタリング業者が権利行使して債務者からお金を取り立てます。しかし、労働基準法上、

「賃金は、通貨で、直接労働者に、その全額を支払わなければならない。

とされています(労働基準法24条1項)。

 この規定とのかねあいで、給与ファクタリング業者は、働者に代わって勤務先からお金を取り立てることができません。そのため、しばしば、労働者に賃金を受け取らせ、受け取った賃金で債権を買い戻させるといったスキームがとられます。

 しかし、一見して分かるとおり、これは、ファクタリング業者が労働者にお金を貸し、給料日に労働者から借金を取り立てているのと変わりありません。

 貸金業者は、貸金業法、出資の受入れ、預り金及び金利等の取締りに関する法律(出資法)、利息制限法といった各種法律の規制下にあります。

 給与ファクタリングは、債権譲渡や債権買戻の法形式を使うことにより、貸金業法などの各種法律の適用を免れようとするものです。

 その危険性・違法性は、上記リンク先で、金融庁が、

「『給与ファクタリング』を業として行うことは、貸金業に該当します(貸金業を営む者は、財務局長又は都道府県知事の登録を受ける必要があります。登録を受けずに貸金業を営む者はヤミ金融業者です。)」

などと注意喚起しているとおりです。

 金融庁が注意喚起に踏み切って以来、給与ファクタリングに対する行政の姿勢は明らかになっていました。しかし、少額の金銭がやりとりされる例が多く、紛争になりにくいこともあり、給与ファクタリングの適法性をめぐる裁判所の姿勢は、それほど明確ではありませんでした。

 そうした状況の中、給与ファクタリングの違法性を理由に、ファクタリング業者に対して金銭を返す必要はないと判示しが裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。東京地判令2.3.24判例時報2470-47です。

2.東京地判令2.3.24判例時報2470-47

 本件は給与ファクタリング業者が、労働者に対し、債権の買戻し代金を請求した事件です。

 そのスキームは概ね次のとおりです。

 先ず、原告業者が、被告労働者から、給与債権のうち6万3000円の譲渡を受けます。原告業者は、債権譲渡の代金として、被告労働者に対し4万円を支払います。

 このとき、原告業者は、被告労働者との間で、給料日に譲渡債権を額面額で買い戻してもらう合意を取り付けておきます。

 この合意に基づいて、原告業者は、被告労働者の給料日に、買戻代金6万3000円を支払えと請求します。

 こうしたスキームのもと、原告業者が、被告労働者に対し、買戻代金6万3000円の支払いを求める訴えを起こしたのが本件です。

 これに対し、被告労働者は、その実体が法外な利息をとる貸金であることを根拠に、受け取ったお金は公序良俗に違反する不法原因給付であるから、返還する義務を負わないと原告業者の主張を争いました。

 裁判所は、次のとおり述べて、給与ファクタリングによる本件取引の違法性を認め、原告業者の請求を退けました。

(裁判所の判断)

「被告は、本件取引は実質的に高利の貸付けであり、貸金業法の規制に抵触し又は暴利行為として民法90条の公序良俗に反し無効であると主張する。」

「この点、貸金業法や出資法は、金銭の貸付けを(業として)行う者が、所定の割合を超える利息の契約をしたり、又はこれを超える利息を受領したりする行為を規制しているところ、各法はいずれも規制対象となる貸付けに、『手形の割引、売渡担保その他これらに類する方法』によってする金銭の交付を含む旨を定めている(貸金業法2条1項本文、出資法7条)。これらの規制は、いわゆる高金利を取り締まって健全な金融秩序の保持に資すること等を立法趣旨としていることからすれば、金銭消費貸借契約とは異なる種類の契約方法が用いられている場合であっても、金銭の交付と返還約束を主たる内容とするもの、すなわち、契約の一方当事者の資金需要に応えるため、一定期間利用後の返済を約して他方当事者が資金を融通することを主目的とし、経済的に貸付けと同様の機能を有する契約に基づく金銭の交付については、前記各条の『これらに類する方法』に該当するというべきである。そこで、まず、給与ファクタリングによる本件取引が、『これらに類する方法』に当たるか検討する。」

労働基準法24条1項の趣旨に徴すれば、労働者が賃金の支払を受ける前に賃金債権を他に譲渡した場合においても、その支払についてはなお同条が適用され、使用者は直接労働者に対し賃金を支払わなければならず、したがって、労働者の賃金債権の譲受人は自ら使用者に対してその支払を求めることは許されない(前掲最高裁昭和43年3月12日判決)。そうすると、原告のように、労働者である顧客から給与債権を買い取って金銭を交付した業者は、常に当該労働者を通じて譲渡に係る債権の回収を図るほかないことになる。このような給与ファクタリングを業として行う場合においては、業者から当該労働者に対する債権譲渡代金の交付だけでなく、当該労働者からの資金の回収が一体となって資金移転の仕組みが構築されているというべきである。

「本件取引では、前述のとおり、債権譲渡人たる被告の買戻義務は明確に定められていないものの、被告は、譲渡した給与債権の支給日(振込日)には、受領した給与の中から、譲渡債権の額面額を支払うことが当然の前提とされていたことが認められる。このことは、被告が同日に額面額を支払わなかったとすると、原告から被告に厳しい取立てがされるのみならず、使用者に債権譲渡が通知され、使用者の信頼を損なったり、迷惑をかけたりするおそれがあることに加え、額面額の全額を支払うまで、原告から本件のような請求を受け続けることからも裏付けられる。」

「また、原告は、債務者の破綻等による不払の危険を負担している旨主張するが、給与債権は破産手続においても財団債権ないし優先的破産債権とされて厚く保護されており(破産法149条1項、98条1項)、通常使用者にとって支払の優先度の高いものであるから、その不払の危険は被用者である債権譲渡人の破綻の危険と比べて極めて小さい。しかも、原告が給与債権を譲り受けるに際しては、前月まで直近3か月の給与が遅滞なく支払われていることを確認した上で、翌月の給与債権を譲り受けることになるから、その間に債務者が破綻等する危険はかなり低いというべきである。」

「さらに、そのような事態が生じたときにはそもそも被用者からの回収も見込めなくなるから、実態としても被用者に対する通常の金銭消費貸借による貸付けとは異なる危険を負担しているとはいい難い。」

「したがって、本件取引のような給与ファクタリングの仕組みは、経済的には貸付けによる金銭の交付と返還の約束と同様の機能を有するものと認められ、本件取引における債権譲渡代金の交付は、『手形の割引、売渡担保その他これらに類する方法』による金銭の交付であり、貸金業法や出資法にいう『貸付け』に該当する。

そうすると、原告は、業として『貸付け』に該当する給与ファクタリング取引を行う者であるから、貸金業法にいう貸金業を営む者に当たる。

そして、原告が支払を請求する前記・・・の取引について、貸金業法ないし出資法の定める計算方法により年利率を計算すると、・・・年850%を超える割合による利息の契約をしたと認められる(なお、これ以前に行われた取引の利率も、いずれも年700%を超えるものであり、・・・最初の取引に至っては、年1800%を超える利率となる)。これは、貸金業法42条1項の定める年109.5%を大幅に超過するから、本件取引は同項により無効であると共に、出資法5条3項に違反し、刑事罰の対象となるものである。

「したがって、原被告間の本件取引が有効であることを前提として、譲渡債権に係る給与を受領した被告に対して、譲渡債権の額面額を支払う合意の履行を求めたり、譲渡債権の額面額を不当に利得したとして不当利得の返還を求める原告の請求は、その前提を欠くものであって、理由がない。

3.給与ファクタリング業者とは関わり合いにならないのが一番だが・・・

 給与ファクタリング業者は、ファクタリング業者を自称してはいても、その実体は単なる闇金融であることが多々みられます。

 闇金融からの違法な請求・取り立て行為に対しては、本件裁判例が構築しているような理屈で対抗することができます。

 しかし、闇金融と関わり合いになることは、多くの人にとって多大なストレスを伴います。救済法理はあるにしても、金融庁が注意喚起しているとおり、関わり合いにならないにこしたことはありません。

 第一次的には関わらないのが一番ですが、万一、関わってしまったら、速やかに弁護士のもとに相談に行くことをお勧めします。

 

雇用調整助成金を利用せず有期労働者を整理解雇することは非常に難しい

1.有期労働者への整理解雇の四要素の適用

 整理解雇=経営上の理由による人員削減のための解雇の効力は、①人員削減を行う経営上の必要性、②使用者による十分な解雇回避努力、③被解雇者の選定基準およびその適用の合理性、④被解雇者や労働組合との間の十分な協議等の適正な手続、という4つの観点から判断されると理解されています。

(90)【解雇】整理解雇|雇用関係紛争判例集|労働政策研究・研修機構(JILPT)

 この整理解雇の4要素の考え方は、無期で働く正社員を整理解雇する場面だけではなく、有期労働者を整理解雇する場面にも適用があります。

 ただ、同じく4要素に基づいて判断されるとはいっても、有期労働者は、無期で働く正社員よりも、ずっと解雇されにくい立場にあります。

 意外に思われる方もいるかも知れませんが、契約期間内である限りは、有期労働者の方が無期で働く正社員よりも強く保護されています。例えば、福岡地小倉支判平29.4.27労働判例1223-17 朝日建物管理事件は、

「本件労働契約は期間の定めのある労働契約であるから、被告が原告をその期間途中において解雇するためには、『やむを得ない事由がある場合』でなければならず(労働契約法17条1項)、期間の定めの雇用保障的な意義や同条項の文言等に照らせば、その合理性や社会的相当性について、期間の定めのない労働契約の場合よりも厳格に判断するのが相当というべきである。」

と、有期労働者の解雇が無期労働者の解雇よりも困難であると明示的に述べています。

 整理解雇の4要素の考え方は、無期で働く正社員に適用される場合にも、かなり厳格な基準として機能しています。そのため、有期労働者に適用される場合には、解雇をほぼ不可能にするのと同じくらい強い力を発揮します。そのことは、昨日ご紹介した仙台地決令2.8.21労働判例1236-63 センバ流通(仮処分)事件の判示事項からも読み取ることができます。

2.センバ流通(仮処分)事件

 本件は、労働契約上の地位の保全や、賃金の仮払の可否がテーマになった労働仮処分事件です。

 本件で債務者になったのは、タクシーによる一般乗用旅客自動車運送業等を目的とする有限会社です。

 債権者になったのは、債務者との間で有期労働契約を締結し、タクシー乗務員として働いていた方です。債務者から整理解雇されたことを受け、その無効を主張し、労働契約上の地位の保全や、賃金の仮払を求める仮処分の申し立てを行いました。

 本件の事案としての特徴は、雇用調整助成金の申請を行うことなく、整理解雇に踏み切られていたことです。昨日は、これが解雇可否努力との関係で、どのように評価されるのかをご紹介しました。本日は、これが人員削減を行う経営上の必要性との関係で、どのように評価されたのかをご紹介させて頂きます。

 本件の人員削減を行う経営上の必要性について、裁判所は、次のとおり述べて、これを否定しました。

(裁判所の判断)

「債務者の売上については、令和2年3月頃から、新型コロナによるタクシー利用客の減少による売上の減少が始まり・・・、令和2年4月は利用客が著しく減少した結果、売上が激減した・・・。」

「債務者の令和2年4月の収支を見るに、上記・・・のとおり、債務者の運賃収入は約501万円にとどまるにもかかわらず、乗務員給与約762万円、退職金約531万円、法定福利費約71万円、燃料費約116万円、製造経費約138万円(主な内訳は修繕費約64万円、保険料約28万円、自賠責保険料約24万円等)、販売管理費約269万円(主な内訳は給料手当約80万円、地代家賃約45万円、宣伝広告費約50万円、雑費約49万円等)等の合計約1902万円の経費が発生し、営業外収支を含め最終的に同月は約1415万円もの支出超過となっている。」

「また、債務者の令和2年4月30日の資産全体を検討しても、上記・・・のとおり、資産は現預金約2769万円、仮払消費税約421万円等の合計約4101万円に過ぎないのに対し、負債は前会計年度の未払消費税約1110万円、仮受消費税約1408万円、Fに対する2000万円以上の実質的な借受金を含む約3665万円の未払費用、Eからの900万円の借入金を含む長期借入金約936万円等の合計約7234万円であり、総額約3133万円もの債務超過となっている。」

「このような収支及び資産状況に加え、新型コロナの影響によるタクシー利用客の減少がいつまで続くのか不明確な状況であった以上、本件解雇時において、債務者に人員削減の必要性があること及びその必要性が相応に緊急かつ高度のものであったことは疎明がある。」

「しかし、令和2年4月と同様の支出が今後も継続するのかという点については、給与は従業員を休業させることによって6割の休業手当の支出にとどめることが可能であり、しかも、雇用調整助成金の申請をすればその大半が補填されることがほぼ確実であった・・・。また、退職金は恒常的に発生するものではなく、燃料費及び製造経費の大半を占める修繕費、保険料、自賠責保険料は、臨時休車措置をとることにより免れることができた・・・。販売管理費についても、地代家賃はともかくとして、給与手当や宣伝広告費、雑費等は削減の余地がある。そうすると、債務者の単月当たりの収支は大幅に改善の余地があったといえる。」

「また、債務者の負担する債務については、E及びFに対する負債が2900万円以上を占めている。債務者とE及びFとの間には資本関係等はないものの、Eが債務者の初代代表取締役であり・・・、現代表者に代わって団体交渉に出席するなど・・・、経営に密接に関与していることからすると、E及びEが代表者を務めるFに対する債務は即時全額の支払の必要があるとは解されない。そうすると、債務者の債務超過の程度は額面ほど大きくはないものといえる。」

「そして、債務者は、令和2年5月1日及び8日に合計500万円をEから借り入れていること・・・から明らかなとおり、Eからさらに融資を受けることが可能であった。」

「また、債務者は、貸借対照表上に金融機関からのものと思われる借入金の計上がほとんどないこと・・・、債務者は平成27年以降、継続して約1億8364万円から約2億円を超える運賃収入を計上するなど・・・、相応の営業規模の企業であったことからすると、当面の資金繰りについては金融機関から融資を受ける余地も十分にあったものと考えられる。

「さらに、債務者が本件解雇に際して交付した本件解雇通知には、『借金が100万円単位で増えていき、いつまで増えるのかを解らないまま増やし続けられない』『要はコロナウイルスが終息した時従業員の給料を減額しなければ借金返済不能の様な結果は避けなければならない』との記載があるが、かかる記載からは、債務者において、さらなる借金が不可能ではないと考えていること、現状のままでも給与を減額すれば存続可能であると考えていることがうかがわれる。少なくとも、本件解雇をしなければ直ちに倒産に至るとの見通しであったとは考えられない。

「これらの事情を総合すると、債務者の人員削減の必要性については、直ちに整理解雇を行わなければ倒産が必至であるほどに緊急かつ高度の必要性であったことの疎明があるとはいえない。

4.倒産必至でなければ人員削減を行う経営上の必要性すら認められない

 人員削減を行う経営上の必要性は、整理解雇の可否を判断するにあたり、それが認められなければ論外という入口の役割を果たしています。そして、整理解雇の可否は、各要素の相関で決まるためか、近時の裁判例の傾向として、無期で働く正社員が対象になる場合、倒産必至の状態でなければ人員削減を行う経営上の必要性すら認められないといった極端な判断がなされることは、あまりありません。

 しかし、センバ流通(仮処分)事件では、

休業と雇用調整助成金を使えば収支は大幅に改善する、

資本関係がなくても経営が密接に関連する取引先への支払いは直ちにしないでもいい、

資金繰りは金融機関から借りればいい、

給与を減らせば存続できるなら給与を減らせ、

というかなり思い切ったことを指摘したうえ、

倒産必至であるような状況にはないから、人員削減の必要性は認められない、

と判示しました。

 雇用調整助成金が、かなり手厚く支給されることを考えると、これを利用することなく有期労働者を整理解雇することは、不可能に近いと評しても、過言ではなさそうに思います。

 有期労働者は、法律上、かなり強く保護されています。

 コロナ禍の中、雇用調整助成金の利用すらしてもらえず、期間途中で整理解雇されてしまった有期労働者の方は、法的措置を検討してみても良いのではないかと思います。