弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

勤務成績欄の開示が認められた例

1.懲戒処分の考慮要素としての勤務成績

 公務員の場合、懲戒処分の処分量定を決定するにあたっては、日頃の勤務態度も考慮要素になります。例えば、国家公務員への懲戒処分の指針が記載された平成12年3月31日職職-68「懲戒処分の指針について」には、

具体的な処分量定の決定に当たっては、① 非違行為の動機、態様及び結果はどのようなものであったか・・・等のほか、適宜、日頃の勤務態度や非違行為後の対応等も含め総合的に考慮の上判断するものとする。

との記載があります。

 しかし、評価権者が忌憚のない意見を記載することが阻害されるなどの理由から、「日頃の勤務態度」を推知する資料となる勤務成績が記載された文書は、本人にも開示されない扱いになっていることが珍しくありません。

 それでは、公務員が裁判所で懲戒処分の適否を争うにあたり、所属先に対し、勤務成績が記載された文書の開示を求めることはできないでしょうか。

 この問題を考えるにあたり、参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。札幌地決令2.1.20判例時報2464-45です。

2.札幌地決令2.1.20判例時報2464-45

 本件は懲戒免職処分を受けた自衛隊員が行った文書提出命令申立事件です。

 申立人の方は、陸上自衛隊内に設置されていた真駒内自動車教習所に勤務していた当時、自衛官2名を欺いて現金を支払わせたことなどを理由に、懲戒免職処分(本件処分1)、退職金を不支給とする処分(本件処分2)を受けました。

 これを不服とした申立人の方は、本件各処分の取消を求める訴えを提起しました。

 その中で、被告国が勤務成績欄をマスキングした調査報告書を書証として提出してきたことを受け、申立人の方がマスキング部分の開示を求める文書提出命令を申立てたのが本件です。

 被告・相手方国は、マスキング部分が文書提出義務の除外事由である

「公務員の職務上の秘密に関する文書でその提出により公共の利益を害し、又は公務の遂行に著しい支障を生ずるおそれがあるもの」(民事訴訟法220条4号ロ)

に該当することを理由に、マスキング部分を開示する必要はないと主張しました。

 しかし、裁判所は、次のとおり判示して、マスキング部分の開示を命じました。

(裁判所の判断)

「確かに、勤務成績が開示された場合、自己が考える勤務態度に応じた勤務成績を得られなかったと捉えた隊員の中から、その職責を全うすることについて士気の低下等が生じる者が現れることも考えられ、そのことにより、指揮命令が徹底されず、自衛隊の組織規律に影響が生じる可能性は一定程度認められ、このような観点から、勤務評定訓令は勤務成績報告書を不開示としている・・・。」

「しかしながら、上記の可能性は、あくまでも抽象的、一般的なものにすぎず、勤務評定訓令が勤務成績報告書を不開示としているからといって、そのことから直ちに勤務成績報告書を基に作成された本件文書中の本件マスキング部分を開示することによって、公共の利益の侵害又は公務の遂行に著しい支障が生じる具体的なおそれがあるとはいえないというべきである。」

「そして、本件マスキング部分は、マスキングが施された部分から推測される情報量に照らせば、申立人の勤務成績のうち、具体的な勤務態度等の個別具体的な評価項目に関する記述や、これらの評価項目の内容を踏まえた評定者の申立人に対する具体的な評価結果を含むものではないと認められ、その開示によって、上記にいう具体的なおそれがあるとは認められないというべきである。また、上記のとおり、本件マスキング部分には、申立人に係る個別具体的な評価項目に関する記述や、申立人に対する具体的な評価結果が含まれていないことに照らすと、これが開示されたとしても、評定者の申立人に対する具体的な評価の内容が明らかになるわけではない以上、将来において、隊員に対する勤務評定に関する自衛隊内部における勤務評定関係者の自由かつ忌憚のない意思形成が阻害されるとはいえず、隊員に対する適正な勤務評定の実現が阻害されたり、勤務評定を通じた人事管理に具体的な支障が生じたりすると認めることはできない。」

「以上からすれば、本件マスキング部分の開示により『公共の利益を害し、又は公務の遂行に著しい支障を生ずるおそれがある』とは認められない。」

(中略)

「以上によれば、相手方は、民訴法220条4号に基づき、本件マスキング部分の提出義務を負う。」

3.開示が認められたのは二次的な文書ではあるが・・・

 本件で開示が認められたのは、勤務成績報告書を基に作成された調査報告書のマスキング部分であり、勤務成績報告書そのものではありません。決定の趣旨からすると、本決定があるからといって、勤務成績報告書の開示を求めるには、更に高いハードルを乗り越えなければなりません。

 それでも、勤務成績に関するマスキング部分が開示されたことが、画期的な判断であることに変わりはありません。本件は、公務員が懲戒処分の効力を争う場面で参考になる裁判例として、銘記されるべき事案だと思われます。

複数人で不法行為をした公務員が負う求償義務の範囲

1.公務員の個人責任

 公務員の場合、職務執行に関連して不法行為を犯しても、被害者から個人責任を追及されることはありません。このことは、過去、本ブログでも何度か説明させて頂いています。

パワハラ上司個人を訴えられるか?(公務員の場合) - 弁護士 師子角允彬のブログ

 しかし、公務員個人が何ら責任を負わないというと、そういうわけでもありません。

 国家賠償法1条2項は、

「前項の場合(国家賠償責任が発生する場合 括弧内筆者)において、公務員に故意又は重大な過失があつたときは、国又は公共団体は、その公務員に対して求償権を有する。」

と規定しています。

 したがって、故意・重過失に基づいて国家賠償責任を発生させた公務員は、賠償義務を履行した国や地方公共団体から、損害賠償金の負担を求められることがあります。

 それでは、複数の公務員が国家賠償責任を発生させた場合、賠償義務を履行した国や地方公共団体は、どの範囲で各公務員に求償することができるのでしょうか?

 この問題には、二つの考え方があります。

 一つは、責任割合に応じて、各公務員の責任が分割されるという考え方です。例えば、A、B、C三名の公務員が、2対3対5の責任割合で共同不法行為を犯した場合、10の賠償義務を履行した国は、Aに対しては2の限度で、Bに対しては3の限度で、Cに対しては5の限度で求償権を行使できるとする考え方です。

 もう一つは、いずれの公務員に対しても、全額の求償が可能であるとする考え方です。この考え方に立つと、国は、A、B、Cいずれに対しても、10を求償することができます。10の求償義務を履行したAは、Bに対しては3の、Cに対しては5の負担を求めることができます。しかし、国との関係では、自分の責任割合が2しかないことを理由に、求償義務を免れることはできません。

 いずれの見解が正当であるかに関しては、長らく最高裁判例の存在しない状態が続いていました。しかし、近時、この論点についての判断を示した最高裁判決が言い渡されました。最三小判令2.7.14判例時報2465・2466-5です。

2.最三小判令2.7.14判例時報2465・2466-5

 本件は、教員採用試験に関してE、Fと共に不正行為を行ったA(大分県教育審議監)の求償義務の範囲が問題となった事件です。

 B夫婦から子どもを教員採用試験に合格させて欲しいと依頼を受けたAは、E、Fらとともに、受験者の得点を操作して、B夫婦の子を合格させました(本件不正)。

 しかし、本件不正は後に発覚し、大分県は不合格者31名に対し総額7095万円もの損害賠償金を支払いました。

 Eは死亡し、Fは破産手続により免責許可決定がされていたこともあり、大分県は、住民から、E、Fの負担割合を考慮することなくAに対して求償義務の履行を迫ることを求める住民訴訟を提起されました。

 原審高裁は、A対E対Fの責任割合を、4 対 3.5 対 2.5 と理解し、4から弁済金を控除した金額の限度で、Aに対して求償権を行使すべきと判示しました。

 しかし、最高裁は、以下のとおり判示し、大分県は全額をAに対して求償すべき(Aは責任割合に応じた分割債務ではなく連帯債務を負う)と判示しました。

(裁判所の判断)

国又は公共団体の公権力の行使に当たる複数の公務員が、その職務を行うについて、共同して故意によって違法に他人に加えた損害につき、国又は公共団体がこれを賠償した場合においては、当該公務員らは、国又は公共団体に対し、連帯して国家賠償法1条2項による求償債務を負うものと解すべきである。なぜならば、上記の場合には、当該公務員らは、国又は公共団体に対する関係においても一体を成すものというべきであり、当該他人に対して支払われた損害賠償金に係る求償債務につき、当該公務員らのうち一部の者が無資力等により弁済することができないとしても、国又は公共団体と当該公務員らとの間では、当該公務員らにおいてその危険を負担すべきものとすることが公平の見地から相当であると解されるからである。」

3.僅かであっても不正行為への関与は危険

 裁判所も述べているとおり、連帯債務を負う結果、共同不法行為者の中に無資力者がいて負担部分以上の金額を負担しなければならないリスクは、公務員個人が負うことになります。これは本件のように損害額が大きな事件では、かなり大きな負担になります。特に、不正への関与割合の少ない人ほど割を食うことになります。

 不正行為に関与することは、僅かであったとしても、大きな負担と結びつくことがあります。やはり、不正行為に巻き込まれそうになった時の対応としては、毅然と断るのが一番であるように思われます。

 

戒告・譴責の無効を理由とする損害賠償請求の特殊性-実損ゼロでも弁護士費用を請求できる可能性がある

1.戒告・譴責の特殊性

 戒告・譴責といった軽微な懲戒処分の効力を争うことは、経済的な利益の割に難易度の高い事件類型の一つです。

 主な理由は、紛争形態の特殊性にあります。

 解雇・出勤停止・減給の効力を争う場合、賃金支払請求訴訟の形態をとるため、懲戒処分としての効力が否定されれば、それだけで勝訴することができます。

 しかし、戒告・譴責は、賃金の逸失とは結び付いていないため、賃金支払請求訴訟の形態をとることはできません。また、戒告・譴責が無効であることの確認を求める訴訟を提起しても、訴えの利益がないとして、不適法却下する裁判例が少なくありません。そのため、戒告・譴責の効力を争う場合、不法行為に基づく損害賠償(慰謝料)請求訴訟という形態をとらざるを得ません。

 戒告・譴責の処分の効力を問題とする慰謝料請求訴訟で勝ち切るには、三つのハードルを乗り越える必要があります。

 一つ目は、処分の効力の問題です。

 多くの事案で、戒告・譴責は、具体的な不利益とは結び付いてない軽微な懲戒処分として位置づけられています。軽微な懲戒処分は、軽微な非違行為によっても、その合理性・相当性が基礎づけられてしまうため、戒告・譴責が無効であることを論証することは決して容易ではありません。

 二つ目は、故意・過失の問題です。

 不法行為に基づいて損害賠償請求を行うためには、違法な加害行為がなされていることだけを立証すれば足りるわけではありません。違法な加害行為が、加害者の故意・過失に基づいていることまで立証する必要があります。例え、法的に効力のない戒告・譴責処分が行われたとしても、使用者として一般に果たすべき注意義務が履行されている場合、過失が認められないため、損害賠償請求は棄却されてしまいます。

 三つ目は、損害の問題です。

 違法な懲戒処分が行われたことを問題にして慰謝料を請求しても、裁判所は、しばしば、

「懲戒処分の効力が否定されれば、精神的な苦痛は自動的に慰謝される。」

という論理で請求を棄却します。解雇・出勤停止・減給といった懲戒処分を争う場合、慰謝料請求が棄却されても、処分の効力が否定されれば、賃金の支払に係る請求は認められます。しかし、賃金の逸失が伴わないため、戒告・譴責処分の無効を理由とする慰謝料請求訴訟では、賃金支払請求が併合されることはありません。結果、上述の論理が認められてしまった場合、損害の不発生を理由として、慰謝料請求が一円も認められない事態も生じ得ることになります。

2.慰謝料は認められなくても、弁護士費用の賠償請求が認められることがある

 不法行為に基づく損害賠償請求が認められる場合、一般論として、実損額(精神的損害を含む)の10%程度の弁護士費用を、加害行為と相当因果関係のある損害として計上することが認められています。

 しかし、戒告・譴責の無効を理由とする慰謝料請求の場面では、このルールに一定の修正を加える裁判例があります。

 例えば、秋田地判昭58.6.27労働判例415-51横手統制電話中継所事件は、戒告処分の無効確認請求と、慰謝料・弁護士費用の損害賠償請求が併合された事案において、

原告が、本件戒告処分により或程度の精神的苦痛を被ったことを認めることができる。しかし、戒告処分が、被告公社の懲戒処分のうちで、最も軽い処分である(公社法三三条、公社就業規則六〇条参照)ことに鑑みると、右精神的苦痛は、本件訴訟において、本件戒告処分の違法、無効であることが確認されることによって、慰謝され得る程度のものと認められ、逆に原告の精神的苦痛がそれを 廻るものであることを窺わせるだけの証拠はない。

「・・・原告は、本件戎告処分により前記のとおり精神的苦痛を被ったほか、昭和五四年四月一日に行なわれる定期昇給において、昇給標準説の四分の一を減じられたり(公社就業規則七六条四項参照)、あるいは、特別昇給の査定上、右処分の存することを不利益に考慮されたりするおそれがあったため、これら不利益を免れ、自己の権利を擁護するためには、本件訴訟の提起がやむを得ないものであったこと、訴訟の提起、追行には、一般的に高度の専門的法律知識と訴訟技術を必要とするうえ、本件にあっては難しい法律問題があったため、法律専門家である弁護士に頼らざるを得なかったこと、そして原告は、本件訴訟の提起と追行を弁護士高橋耕及び同鈴木宏一に委任したことなどが認められる。右事実に徴すると、本件訴訟に要した弁護士費用のうち、事案の難易、審理の期間、請求額、認容額等諸般事情を斟酌して、相当と認められる範囲内のものに限り、右不法行為と相当因果関係にある損害というべきところ、本件の場合は、金二〇万円をもって被告に負相させるべき弁護 費用の相当額と認めることができる。

と慰謝料請求を否定しつつも、一部弁護士費用の損害賠償請求を認めました。

 また、東京地判昭60.12.23労働判例466-46電電公社関東電気通信局事件も、戒告処分の無効確認請求と、慰謝料・弁護士費用の損害賠償請求が併合された事案において、

「被告公社には前記のように違法無効な懲戒処分をするにつき少なくとも過失があつたということができるから、被告公社は、この違法行為により原告aが被つた損害を賠償すべき義務がある。そして、本件における諸般の事情を総合すれば、本件懲戒処分によつて同原告が受けたであろう精神的苦痛は、本件訴訟において本件懲戒処分の違法、無効が確認されることによつて慰謝され得る程度のものと認められ、同原告がそれ以上の精神的苦痛を受けたとの事情を認めるには足りないが、弁護士費用については、金一〇万円をもつて被告公社の違法行為と相当因果関係のある損害と認めるのが相当である。

と慰謝料請求を否定しつつも、一部弁護士費用の損害賠償請求を認める判断をしています。

3.いずれも時季変更権の不適切な行使が前提となっている事案ではあるが・・・

 横手統制電話中継所事も電電公社関東電気通信局事件も、有給休暇の取得に際しての時季変更権行使の違法性が、無断欠勤を理由とする戒告の効力を否定する理由になっています。権利侵害性(有給休暇権)が明白であるという点で、非違行為かそうでないかが微妙な状況下で、かろうじて戒告・譴責の効力が否定された事案とは、性質が異なっています。また、いずれも昭和後期の古い裁判例であり、現在でも先例としての効力を持っているのかは不分明です。

 元々、ハードルが高いうえ、慰謝料の金額も伸びにくい事件類型であることから、戒告や譴責は、法的に問題があったとしても、司法的な紛争解決の俎上には乗りにくい傾向がありました。そのような状況のもと、慰謝料請求を否定しながらも、一部弁護士費用の損害賠償を認めた事案があることは、多少なりとも労働者の権利行使を容易にする裁判例として、銘記しておいて良いことだと思います。

 

「1コマ1万円」では労働契約の成立は認められない?

1.契約の文言をめぐる同床異夢

 契約上の文言をめぐって、各当事者が異なる認識を有することがあります。

 例えば、「100円」という文言も、税抜か税込かが表示されていなければ、二通りの理解が有り得ます。売る方は税抜100円・税込110円だと認識していたとしても、買う方は税込100円だと思っているかも知れません。

 同様の問題は、労働契約の場面でも生じます。例えば、講師の募集にあたっては「1コマ1万円」という文言で、求人募集されることがあります。

 この「1コマ1万円」には、

1授業あたり1万円であるという理解と、

1週間の時間割のうち1授業(月4回から5回)を受け持ち、それが1万円であるという理解

の二通りの考え方が成り立ちます。

 「1コマ1万円」という言葉自体は双方が認識していたものの、講師側が前者の意味で理解し、学校側が後者の意味で理解していたという場合、労働契約の成立は認められるのでしょうか?

 近時公刊された判例集に、この問題を取り扱った裁判例が掲載されていました。大阪地判令2.10.15労働判例ジャーナル107-24 イスト事件です。

2.イスト事件

 本件で被告になったのは、教育機関への人材派遣等の事業を行っている会社です。

 原告になったのは、教員免許を有し、被告に派遣登録していた方です。

 原告の方は、被告から、派遣先として須磨ノ浦高校の紹介を受けました。須磨ノ浦高校の求人案内には、「1コマ10,000円/月額固定」と記載されていました。

 これを原告は1授業1万円と理解しました。しかし、須磨ノ浦高校は、1週間の時間割のうち1授業(月4回から5回)を受け持ち、それが1万円であるということを意図していました。

 しかし、派遣会社である被告が就業条件の明示(労働者派遣法34条)をしなかったため、原告と須磨ノ浦高校の認識の齟齬は健在化することなく話が進み、須磨ノ浦高校は原告に授業用の教科書を交付しました。

 その後、被告派遣会社の社員Cから賃金は1授業1万円ではないとの認識が示され、原告は須磨ノ浦高校で働くことを断念しました。

 こうした事実関係のもと、原告は、

既に1授業1万円で労働契約は成立していた、

そうであるにもかかわらず、被告は原告を不当に解雇した、

と主張し、派遣期間満了までの賃金額に相当する損害賠償等を請求する訴訟を提起しました。

 しかし、裁判所は、次のとおり述べて、労働契約の成立を否定し、原告の請求を棄却しました。

(裁判所の判断)

「原告は、原告と被告との間で、須磨ノ浦高校への派遣に係る有期労働契約が成立した旨主張する。しかしながら、原告の主張を前提としても、原告と被告との間で、契約書が取り交わされていないだけでなく、賃金という労働契約の重要な要素について合意に至っていなかったのであるから、仮に派遣先である須磨ノ浦高校が原告の派遣を受入れる意向を示していたとしても、原告・被告間の労働契約の成立を認めることができない。

「原告は、平成30年8月30日、須磨ノ浦高校における勤務について、Cから、1コマにつき1回の講義当たり1万円、1か月(月に4回)につき4万円との説明を受けた旨主張し、これに沿う供述・・・をする。」

「しかしながら、Cが原告に対し、平成30年3月頃にも須磨ノ浦高校における勤務と同様の賃金額の非常勤講師の勤務を紹介していた・・・状況において、Cがあえて事実と異なり、かつ、高等学校における非常勤講師派遣の一般的な賃金額に比べて高額となる賃金額・・・を説明するとは考え難い。仮に、原告が、須磨ノ浦高校近くで、1コマ(1回の講義当たり)1万円でなければ赤字となるような賃貸物件を探していたとしても、そのことから直ちにCが1コマ(1回の講義当たり)1万円との説明をしていたとまで認められるものではない。そのほか、原告の上記供述部分・・・を裏付けるに足りる証拠はなく、これを採用することができない。」

3.契約の成立は認定されてもおかしくなかったのではないか

 「出向手当」を固定残業代として理解できるのか否かが問題になった事案において、「その労働契約はやはり一般に理解される意味で解釈するべきである」と述べたうえ、これを否定した裁判例があります(東京地判平29.8.25判例タイムズ1461-216)。

固定残業代-入社時には聞いてなかった、後で告げられて話が違うと思っている方へ - 弁護士 師子角允彬のブログ

 こうした考え方に準拠して、本件でも、契約の成立は認めたうえ「1コマ10,000円」の「一般的に理解される意味」が何なのかを探求するという判断も在り得たのではないかと思います。

 特に、本件のように就業条件の明示が懈怠されていた事案において、あまり形式的に労働契約の成立を否定することは、やや疑問に思われます。

 

本人訴訟のリスク-裁判所による強引な結審

1.本人訴訟に対する裁判所の姿勢

 代理人弁護士を選任しないで、当事者が自ら訴訟追行することを本人訴訟といいます。

 職業柄、原告、被告の双方が本人訴訟である場合の裁判所の訴訟指揮の実情に関しては、あまり良く知りません。しかし、訴訟代理業務をしていると、本人訴訟で審理に臨む相手方と対峙することは定期的にあります。そうした場合の裁判所の訴訟指揮は、大雑把に言って、

代理人弁護士が選任されている訴訟では考えられないほど本人保護に配慮するか、

ドライに淡々と進めるか、

の二つの類型に分かれるように思います。

 私の個人的な経験の範疇で言うと、前者のように本人保護に傾斜した訴訟指揮が行われることが圧倒的に多く、後者のような割り切った進行が図られることは稀です。

 ただ、稀ではあっても、そうした事例はないわけではなく、本人訴訟で代理人弁護士と対峙することのリスクの一つだと考えても良いのではないかと思います。

 近時公刊された判例集にも、裁判所による強引な結審が問題視された裁判例が掲載されていました。名古屋高判令2.5.20労働判例ジャーナル107-44 豊田中央研究所事件です。

2.豊田中央研究所事件

 本件は、原告・控訴人が解雇無効を主張し、被告・被控訴人会社に対し、地位確認等を求める訴えを提起した事件の控訴審です。

 幾つかの争点のある事案ですが、最も特徴的なのは、訴訟手続の法令違反が問題となった点です。

 一審の裁判所は、本件の弁論を、僅か2回の期日で終結させていました。

 しかも、1回目の期日で被告(訴訟代理人)は、請求の原因に対する答弁を「追って認否する。」と記載した答弁書を提出するのみで、欠席していました。被告側の実質答弁は、2回目の期日が最初になります。

 原告の方は、2回目の期日までに、反証の意向を付した準備書面を提出していたようですが、一審裁判所は、2回目の期日で弁論を終結し、判決言い渡し期日を指定しました。

 原告の方は、判決言い渡し前に、弁論再開の上申書、書証、準備書面を提出しました。しかし、一審裁判所は、弁論を再開することなく、原告敗訴の判決を言い渡しました。これに対し、原告の方が控訴提起したのが本件です。

 こうした審理経過に対し、裁判所は、次のとおり述べて、訴訟手続の法律違反を認め、原審に審理を差し戻しました。

(裁判所の判断)

「本件は、被控訴人に約25年勤務した後、本件就業規則41条1号(研究所員としての能力を著しく欠くとき)及び5号(その他前各号に準ずる程度の事由があるとき)に当たるとして普通解雇(本件解雇)された控訴人が、

〔1〕本件解雇の無効を主張して、地位確認等を求め、また、

〔2〕被控訴人が控訴人に対して裁量労働制を適用しなかったことや本件解雇に至る過程での被控訴人の行為について不法行為に基づいて損害賠償を求めた事案である。

このような解雇の有効性が問題となる事案においては、原告(労働者側)が解雇無効を基礎づける事実を主張し、被告(会社側)が当該解雇が客観的合理性と社会的相当性を有し権利濫用ではないことを基礎づける事実を主張立証することになる。そして、実際上は、解雇の客観的合理的理由の存在と社会的相当性を基礎づける事実について被告(会社側)が立証責任を負うにほとんど等しい運用がされている。このような訴訟の基本的な構造に鑑みれば、解雇無効が争われている訴訟においては、被告(会社側)が主張する具体的事実の主張立証について、原告(労働者側)に認否、反論、反証の機会を与えることが必要であることは明らかである。

「これを本件についてみると、被控訴人が、請求原因に対する認否をした書面は被告準備書面(1)であり、本件解雇を正当化する具体的事実を初めて主張したのは被告準備書面(2)であるところ、これらを控訴人が受領したのは原審第2回口頭弁論期日直前の令和元年7月8日頃と考えられる。この経過からすれば、上記口頭弁論期日において控訴人が十分な認否、反論、反証ができないとしてもやむを得ないことというべきである。そして、控訴人は、上記口頭弁論期日において、簡略な準備書面を提出するにとどまり、今後、反論、反証の意向があることを示している(書証提出の意向があることは上記口頭弁論期日調書の記載からして明らかであり、反論の意向を示したことは合理的に推認される。)。このような、実質的には初回の口頭弁論ともいうべき期日において、控訴人(原告)が反論、反証の意向があることを示しているにもかかわらず、その意向を押し切る形で、また、被控訴人が弁論終結を求めていないにもかかわらず(被告準備書面及び書証の提出時期及び経過からすれば、被控訴人も上記口頭弁論期日で弁論が終結されることは考えていなかったと思われる。)、原審が、弁論を終結したことは、訴訟の手続的正義の要請に反し、控訴人の正当に訴訟を追行する権利を害するものといわざるを得ない。そうすると、上記口頭弁論期日の時点において、本件が「訴訟が裁判をするのに熟したとき」(民事訴訟法243条)にあったとは評価し得ないものである。もとより、弁論終結について原審に裁量はあるが、その裁量も無制限なものではない。上記弁論終結手続は、上記の理由により原審の裁量を超えるものとして違法と判断せざるを得ない。原審は、控訴人の訴状における主張が詳細なものであったこと等から、被控訴人の主張に対する控訴人の反論がなくても本件訴訟が裁判をするのに熟していると判断したのかもしれないが、前記のとおり本件のような解雇の有効性が争われている訴訟においては、特別の事情のない限り、控訴人の反論を得て争点を明確化し、必要な書証を提出させることは最低限行われるべきことであるところ、本件においてそのような手続の省略を相当とする特別な事情はうかがえない。

「また、前記認定事実によれば、控訴人は、原審第2回口頭弁論期日終了後、ほどなく本件各書証を、また、その後に原告第3準備書面をそれぞれ原審に提出して弁論の再開を求めたが、原審は弁論を再開していない。前記認定に係る一連の経過の下において、原審が弁論を再開しなかったこともまた、訴訟手続の法律違反に当たるというべきである。

3.代理人弁護士が選任されていた場合、一審は同じ判断をしただろうか

 控訴審裁判所が指摘するとおり、原審裁判所は、かなり強引かつ正常でない訴訟進行を図っているように思われます。被告訴訟代理人すら結審を予期していなかったというのも、おそらくその通りだと思います。

 仮定の話でしかありませんが、もし、原告に訴訟代理人弁護士が選任されていた場合、一審裁判所が同じ判断をしたかというと、かなり疑問です。おそらくは、普通に期日を続行し、反論と立証の補充を指示していたのではないかと思います。

 本人訴訟には、弁護士費用が発生しないというメリットがある反面、種々のリスクが潜んでいます。本件は控訴審で是正されましたが、裁判所が強引に結審し、事件を落としてしまうというリスクも、考慮に入れておく必要があるのだろうと思われます。

 

懲戒処分-2年前の非違行為を蒸し返せるか?

1.非違行為を繰り返すことの意味

 刑法には、再犯加重というルールがあります。大雑把に言うと、懲役に処せられた方が、刑の執行の終わった日から5年以内に更に罪を犯した場合、刑の上限が2倍に跳ね上がるというルールです(刑法56条、57条参照)。

 また、再犯加重になるかとは関わりなく、同種前科があることは、一般に量刑を押し上げる事情になります。

 こうした考え方は、刑法に特有のものではありません。労働法の世界でも、非違行為を繰り返していることは、懲戒処分の加重理由になります。

 しかし、非違行為を犯したことは、永遠に桎梏になり続けるわけではありません。刑法の世界でも、5年間何事もなく過ごせば再犯加重はなくなります。また、前刑の終了から10年程度も経過すれば、再び罪を犯して有罪判決を受けたとしても、前科が不利な情状として考慮されることはあまりありません。一定の年限が経過した後、刑の言い渡しの効力が失われる「刑の消滅」という仕組みもあります(刑法34条の2)。

 それでは、労働法の世界において、過去の非違行為は、どの程度まで遡って考慮することができるのでしょうか。

 この問題を考えるうえで参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。昨日もご紹介した、名古屋地判令2.10.26労働判例ジャーナル107-20 学校法人梅村学園事件です。

2.学校法人梅村学園事件

 本件で被告になったのは、中京大学を設置する学校法人です。

 原告になったのは、中京大学の教授で総合政策学部の学部長の地位にあった方です(原告P1)。

 被告学園は、

〔1〕原告P1が、平成25年8月31日から平成26年9月1日までの間、大韓民国・・・の延世大学を研究機関とする在外研究を申請し、承認された・・・にもかかわらず、そのうち平成25年9月5日から平成26年2月28日までの6か月の間、無断で韓国を離れてハワイに滞在していたこと(本件在外研究事案)、

〔2〕原告P1が、平成27年10月24日に学生の個人情報が入ったパーソナルコンピューター(PC)を紛失したこと(本件PC紛失事案)、

〔3〕原告P1が、平成28年2月1日に行われた中京大学の入学試験において、学部長として待機出勤義務があるにもかかわらず欠勤したこと(本件入試欠勤事案)

を理由に原告P1を懲戒解雇しました。

 裁判所は、本件PC紛失事案は懲戒事由に該当しないと認定しましたが、本件在外研究事案と本件入試欠勤事案は懲戒事由に該当すると認定しました。そのうえで、懲戒解雇処分を選択したことの当否について、次のとおり判示し、懲戒解雇の効力を否定しました。

(裁判所の判断)

「本件在外研究事案及び本件入試欠勤事案は、いずれも旧規程5条1号が定める懲戒事由に該当するから、原告P1は、これらの事案に基づいて何らかの懲戒を受け得る立場にあったといえる。他方、本件PC紛失事案は、懲戒事由に該当せず、本件在外研究事案は、旧規程5条3号、4号、5号及び17号に、本件入試欠勤事案は、旧規程5条4号に、それぞれ該当するものではない。」

「以上に加えて、上記各懲戒事由となるべき各事案については、

〔1〕原告P1は、ハワイ大学韓国研究センターにおいて研究活動に従事していたのであって、その限りで、中京大学内外研究員規程の趣旨及び目的に反するところはないこと、

〔2〕本件在外研究事案によって被告学園には経済的な損失が発生しているとはいえないこと、

〔3〕原告P1は、本件在外研究事案についてP13教授の指摘を受けるや、速やかにP2理事長に対して謝罪の手紙を送っており、P2理事長も、これに対して今後を戒める趣旨の本件メールを送付するにとどまっているばかりか、原告P1は、内外研究員の資格をはく奪されず、本件在外研究事案は、それから約2年間にわたって問題とされていなかったこと

〔4〕本件入試欠勤事案によって、被告学園の入学試験の遂行上何らかの不都合が生じたという事実は認められないことを指摘することができる。」

「そうすると、本件在外研究事案及び本件入試欠勤事案が懲戒事由に該当するとしても、その違反の程度は、必ずしも原告P1の職を失わせるに足りるほど深刻ないし重大なものであったとはいえない。しかも、これらの事案が時間的に相当な間隔を置いて発生しており、原告P1が懲戒事由に該当する事実を頻繁に惹起していたとは評価できないことや、原告P1には過去に懲戒処分を受けた経歴がないことを併せ考えると、これらを理由とする原告P1に対する本件懲戒解雇は、その性質及び態様その他の事情に照らして、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められず、したがって、その余の点について論ずるまでもなく解雇権を濫用したものとして無効である。」

「被告学園は、本件懲戒解雇が有効であるとして縷々主張するが、これらの主張はいずれも採用できない。」

3.非違行為の蒸し返しには時間的な限界がある

 どれくらい放置されていれば重い処分が下されるリスクがなくなるのか、どれくらい時間が経てば先に犯した非違行為の処分量定へのインパクトが希釈されるのかについては、明確な基準がないため、判断に悩むことは少なくありません。

 本件の裁判所の判断は、

2年も前から放置されていた非違行為では重大な懲戒処分を科すには無理があること、

懲戒行為の間隔が2年近くも空いている事実は、常習的に非違行為をしていたわけではないという方向で労働者側に有利に働くこと、

を示した点において、実務上参考になります。

 

個人情報の入ったパソコンを過失で紛失したことが懲戒事由に該当しないとされた例

1.情報漏洩に対する過剰反応

 個人情報保護の意識が高まっているためか、近時、情報漏洩に対し、アンバランスなほど過酷な懲戒処分が行われる例が増えているように思われます。こうした傾向に対する違和感から、何か活用できる裁判例がないかと探していたところ、近時公刊された判例集に、目を引く裁判例が掲載されていました。名古屋地判令2.10.26労働判例ジャーナル107-20 学校法人梅村学園事件です。

 何に目を引かれたのかというと、学生の個人情報が入ったパソコンを紛失したことについて、懲戒事由への該当性が否定されている点です。

 懲戒処分の有効性は、①就業規則等に規定されている懲戒事由に該当するか、②該当する場合に当該処分を選択することが相当か、という二段階に分けて審査が行われます。懲戒事由への該当性が否定されるというのは、①のハードルをクリアできなかったということです。この場合、処分の軽重を問う以前の問題として、懲戒処分を行うこと自体が許容されません。

 懲戒解雇などの過酷な処分はともかく、情報媒体を紛失した場合、軽微な懲戒処分は免れないという意識でいたため、懲戒事由への該当性を否定すると判断した点は、画期的な判断だと思われます。

2.学校法人梅村学園事件

 本件で被告になったのは、中京大学を設置する学校法人です。

 原告になったのは、中京大学の教授で総合政策学部の学部長の地位にあった方です(原告P1)。

 被告学園は、

〔1〕原告P1が、平成25年8月31日から平成26年9月1日までの間、大韓民国・・・の延世大学を研究機関とする在外研究を申請し、承認された・・・にもかかわらず、そのうち平成25年9月5日から平成26年2月28日までの6か月の間、無断で韓国を離れてハワイに滞在していたこと(本件在外研究事案)、

〔2〕原告P1が、平成27年10月24日に学生の個人情報が入ったパーソナルコンピューター(PC)を紛失したこと(本件PC紛失事案)

〔3〕原告P1が、平成28年2月1日に行われた中京大学の入学試験において、学部長として待機出勤義務があるにもかかわらず欠勤したこと(本件入試欠勤事案)

を理由に原告P1を懲戒解雇しました。

 情報漏洩との関係で意味があるのは、解雇理由の〔2〕に関する判示です。

 本件PCには、

「原告P1のゼミの履修者名簿1期生から10期生まで121名分並びに同年度春学期の『現代デモクラシー論』の履修者の氏名及び学籍番号」

が記載されていました。

 被告学園は、こうした情報が収納された本件PCを紛失したことが、

「被告学園の規則又は規程を無視し、又は上司の指示に違反して被告学園の秩序を乱したとき」

に該当すると判断しました。

 しかし、裁判所は、次のとおり述べて、本件PC紛失事案が懲戒事由に該当することを否定しました。

(裁判所の判断)

「被告学園は、本件PC紛失事案が旧規程5条1号(被告学園の規則又は規程を無視し、又は上司の指示に違反して被告学園の秩序を乱したとき)に該当する旨主張する。」

「そこで検討するに、本件PC紛失事案で原告P1が紛失した私有のPCに記録されていた学生の氏名及び学籍番号は、いずれも中京大学個人情報保護に関する規程3条1項が定める個人情報に該当することが明らかであり、学部長でもあった原告P1は、置くべき個人情報管理者を置いていなかったのであるから、少なくとも自らが保有する個人情報の管理に当たって、不断に注意を払うべき義務があったのにこれを怠り、本件PC紛失事案を惹起したものであって、この点について責任を負うべき立場にあるといえる。」

「しかしながら、

〔1〕原告P1が個人情報管理者を置いていなかったことはともかくとして、上記PCの紛失自体は、多分に原告P1の過失によるものであって、これが被告学園の何らかの規則又は規程を無視し、あるいは上司の指示に違反したものであるとはいえないこと、

〔2〕原告P1は、上記PCについてパスワードを用いないと使用できない設定をしており、個人情報の漏洩について保護対策を講じていたこと、

〔3〕現に、上記PCに記録されていた個人情報が何らかの形で悪用されたという事案は発生していないこと

に照らすと、本件PC紛失事案が旧規程5条1号に該当すると評価することはできない。」

「よって、被告学園の前記主張を採用することはできない。」

3.規定の組み方にもよるだろうが・・・

 裁判所の判断には、懲戒事由を記述している規定が、

「被告学園の規則又は規程を無視し、又は上司の指示に違反して被告学園の秩序を乱したとき」

と故意や一定の結果の発生(秩序を乱したこと)を求める体裁になっていたことが無関係ではないと思います。過失による情報媒体の紛失が、別途、懲戒事由として規定されていた場合には、懲戒事由への該当性は否定されなかったかも知れません。

 しかし、そうであるとしても、過失であること、パスワードを設定していたこと、悪用の結果が生じていないことを懲戒権行使の消極的な事情として明示的に指摘したことは、過剰な懲戒処分の効力を争っていくにあたり、なお意味のある判示だと思われます。