弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

勤務成績欄の開示が認められた例

1.懲戒処分の考慮要素としての勤務成績

 公務員の場合、懲戒処分の処分量定を決定するにあたっては、日頃の勤務態度も考慮要素になります。例えば、国家公務員への懲戒処分の指針が記載された平成12年3月31日職職-68「懲戒処分の指針について」には、

具体的な処分量定の決定に当たっては、① 非違行為の動機、態様及び結果はどのようなものであったか・・・等のほか、適宜、日頃の勤務態度や非違行為後の対応等も含め総合的に考慮の上判断するものとする。

との記載があります。

 しかし、評価権者が忌憚のない意見を記載することが阻害されるなどの理由から、「日頃の勤務態度」を推知する資料となる勤務成績が記載された文書は、本人にも開示されない扱いになっていることが珍しくありません。

 それでは、公務員が裁判所で懲戒処分の適否を争うにあたり、所属先に対し、勤務成績が記載された文書の開示を求めることはできないでしょうか。

 この問題を考えるにあたり、参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。札幌地決令2.1.20判例時報2464-45です。

2.札幌地決令2.1.20判例時報2464-45

 本件は懲戒免職処分を受けた自衛隊員が行った文書提出命令申立事件です。

 申立人の方は、陸上自衛隊内に設置されていた真駒内自動車教習所に勤務していた当時、自衛官2名を欺いて現金を支払わせたことなどを理由に、懲戒免職処分(本件処分1)、退職金を不支給とする処分(本件処分2)を受けました。

 これを不服とした申立人の方は、本件各処分の取消を求める訴えを提起しました。

 その中で、被告国が勤務成績欄をマスキングした調査報告書を書証として提出してきたことを受け、申立人の方がマスキング部分の開示を求める文書提出命令を申立てたのが本件です。

 被告・相手方国は、マスキング部分が文書提出義務の除外事由である

「公務員の職務上の秘密に関する文書でその提出により公共の利益を害し、又は公務の遂行に著しい支障を生ずるおそれがあるもの」(民事訴訟法220条4号ロ)

に該当することを理由に、マスキング部分を開示する必要はないと主張しました。

 しかし、裁判所は、次のとおり判示して、マスキング部分の開示を命じました。

(裁判所の判断)

「確かに、勤務成績が開示された場合、自己が考える勤務態度に応じた勤務成績を得られなかったと捉えた隊員の中から、その職責を全うすることについて士気の低下等が生じる者が現れることも考えられ、そのことにより、指揮命令が徹底されず、自衛隊の組織規律に影響が生じる可能性は一定程度認められ、このような観点から、勤務評定訓令は勤務成績報告書を不開示としている・・・。」

「しかしながら、上記の可能性は、あくまでも抽象的、一般的なものにすぎず、勤務評定訓令が勤務成績報告書を不開示としているからといって、そのことから直ちに勤務成績報告書を基に作成された本件文書中の本件マスキング部分を開示することによって、公共の利益の侵害又は公務の遂行に著しい支障が生じる具体的なおそれがあるとはいえないというべきである。」

「そして、本件マスキング部分は、マスキングが施された部分から推測される情報量に照らせば、申立人の勤務成績のうち、具体的な勤務態度等の個別具体的な評価項目に関する記述や、これらの評価項目の内容を踏まえた評定者の申立人に対する具体的な評価結果を含むものではないと認められ、その開示によって、上記にいう具体的なおそれがあるとは認められないというべきである。また、上記のとおり、本件マスキング部分には、申立人に係る個別具体的な評価項目に関する記述や、申立人に対する具体的な評価結果が含まれていないことに照らすと、これが開示されたとしても、評定者の申立人に対する具体的な評価の内容が明らかになるわけではない以上、将来において、隊員に対する勤務評定に関する自衛隊内部における勤務評定関係者の自由かつ忌憚のない意思形成が阻害されるとはいえず、隊員に対する適正な勤務評定の実現が阻害されたり、勤務評定を通じた人事管理に具体的な支障が生じたりすると認めることはできない。」

「以上からすれば、本件マスキング部分の開示により『公共の利益を害し、又は公務の遂行に著しい支障を生ずるおそれがある』とは認められない。」

(中略)

「以上によれば、相手方は、民訴法220条4号に基づき、本件マスキング部分の提出義務を負う。」

3.開示が認められたのは二次的な文書ではあるが・・・

 本件で開示が認められたのは、勤務成績報告書を基に作成された調査報告書のマスキング部分であり、勤務成績報告書そのものではありません。決定の趣旨からすると、本決定があるからといって、勤務成績報告書の開示を求めるには、更に高いハードルを乗り越えなければなりません。

 それでも、勤務成績に関するマスキング部分が開示されたことが、画期的な判断であることに変わりはありません。本件は、公務員が懲戒処分の効力を争う場面で参考になる裁判例として、銘記されるべき事案だと思われます。