弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

大学教員の雇止め-教員公募・テニュアポジションへの応募で合理的期待を失わせていいのか?

1.雇止め法理

 有期労働契約は、期間の満了により終了するのが原則です。 

 しかし、労働契約の期間満了時に契約が更新されるものと期待することについて合理的な期待がある場合、使用者が契約を終了させるには、客観的に合理的な理由・社会通念上の相当性が必要になります。客観的合理的理由・社会通念上の相当性が認められない場合、使用者は有期労働契約者からの契約更新の申込みを拒絶することはできません(労働契約法19条2号参照)。

2.使用者から更新拒絶を告げられたら・・・

 以上のようなルールはあるものの、契約の更新を拒絶された有期契約労働者が地位の回復を得られるのは、裁判で勝った後です。当然のことながら、裁判で勝つか負けるかは、やってみなければ分かりません。

 経時的にみると、使用者から更新拒絶を通知された有期契約労働者は、

雇止め法理の適用を主張して更新拒絶の効力を争うか、

丁半博打のような勝負は避け、更新拒絶を受け入れ、次の就職先を探すか、

の二択を迫られることになります。

 それでは、更新拒絶が見込まれる場合、保険をかける趣旨で次の就職先を探しつつ、見つからなかった場合には、雇止めの効力を争うといった方針はとれないでしょうか? これは、次の就職先を探していることが、契約更新に向けられた合理的な期待を認定する妨げにならないのかという問題です。

 この問題を考えるにあたり参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。仙台高判令2.10.7労働判例ジャーナル107-28 国立大学法人東北大学事件です。

3.国立大学法人東北大学事件

 本件は、国立大学法人東北大学(被告・被控訴人)と有期労働契約を締結していた准教授の方(原告・控訴人)に対する雇止めの適否が問題になった事件です。

 原告の方は、過去7回に渡り有期労働契約を更新し、研究業務に従事してきました。しかし、国からの補助金給付の終了に伴い、雇止めを通知されました。

 これを受けて、原告は、被告を相手取り、雇止めの無効を主張し、地位確認等を求める訴えを提起しました。

 原審は、原告が補助金に支給期間(10年)があると認識していたことなどを指摘したうえ、雇止めの効力を認め、請求を棄却する判決を言い渡しました。これに対し、原告が控訴したのが本件です。

(なお、提訴までの詳細な経緯は、本件の一審を紹介した 補助金の打ち切りを理由に業績を上げている研究者を簡単に雇止めにしていいのか? - 弁護士 師子角允彬のブログ を参照)。

 控訴審は、次のとおり述べて、原告・控訴人の主張を排斥し、控訴を棄却する判決を言い渡しました。

(裁判所の判断)

「控訴人は、

〔1〕AIMRの研究者の雇用について、高い流動性は認められない、

〔2〕平成20年契約締結当時、平成29年にAIMRに対するWPIの補助金の支給が原則打ち切られることを認識していなかった、

〔3〕c機構長は人事権者の圧力として、平成29年4月1日以降労働契約を更新できないことを告知したものであるから、控訴人がその旨の説明を受けたと評価することはできない、

〔4〕補助金が打ち切られることにより大幅な人員整理が行われることを予見できなかったから、契約更新に対する期待には合理的な理由があった

と主張する。

しかしながら、大学における有期雇用の研究者はより良い研究環境を求めて他の研究機関に転出していくのであり、AIMRの設立目的等に照らしても、AIMRに所属する研究者がこれと異なる状況にあったとは認められないし、現に控訴人も他の研究機関の教授公募やテニュアポジション等の国際公募に応募していた。

「また、AIMRはWPIの補助金を資金として運営される機関であり、WPIの公募要領や平成19年当時の新聞報道等に照らすと、控訴人は、平成20年契約締結の当時において、平成29年にWPIの補助金が終了する可能性があることを認識していたものと認められ、そうすると、補助金の終了に伴いAIMRの人員整理が行われる可能性があることも予見できたところである。」

「また、c機構長の説明が不当な態様のもとで行われたと認めるに足りる証拠はない。」

「したがって、控訴人の上記主張はいずれも採用することができない。」

(中略)

「以上によれば、控訴人の請求をいずれも棄却した原判決は相当であり、本件控訴には理由がない。」

3.再就職活動で合理的期待を失わせるのは酷ではないか?

 上述のとおり、裁判所は、教員公募・テニュアポジションへの応募などの再就職活動をしていたことを、合理的期待を否定する根拠の一つとして指摘しました。

 しかし、これは雇止めの効力を争いたいのであれば、丁半博打の世界に突っ込めと言っているに等しく、労働者にとってかなり酷な判断であるように思われます。

 論旨に疑問は残りますが、本件のような裁判例があることは、更新拒絶を受けた有期契約労働者が以降の方針を選択するにあたり、留意しておく必要がありそうです。