弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

賞与の不支給への対抗手段としての損害賠償請求

1.賞与が支給されない

 使用者との関係が悪化すると、賞与を支給されないという措置をとられることがあります。こうした措置が許されるのかと、労働者の方から相談を受けることは珍しくありません。

 結論から言うと、賞与の不支給を争うことは、実務上困難なことが少なくありません。具体的な支給額や算定方法が給与規程等で定められていない場合、前年支給額を下回らない額が支給されている労使慣行が存在するなどの事情でもない限り、使用者が支給額を定めなければ、賞与は具体的な権利として発生しないと理解されているからです(最三小判平19.12.18労働判例951-5福岡雙葉学園事件)。

 賞与が前年支給額を下回ることなく恒常的に支払われている事案は多くはありません。それが労使慣行として成立しているといえる場面は、更に限定されます。結果、査定など支給額の決定が必要な賞与は、不支給を問題にして請求しても、その多くが門前払いに近い形で棄却されることになります。

 それでは、賞与の不支給を不法行為と構成したうえ、損害賠償請求の形で争うことはできないでしょうか?

 この問題を考えるうえで参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。千葉地判令2.3.27労働判例1232-46 フェデラルエクスプレス事件です。

2.フェデラルエクスプレス事件

 本件で被告になったのは、航空運送業を主要な業務とする外国法人です。

 原告になったのは、被告に雇用されている航空整備士の方です。平成29年の賞与が不当に低く査定されたとして、雇用契約に基づく賃金請求権又は不法行為による損害賠償請求権に基づいて、本来支給されるべき賞与額との差額等の支払を求めたのが、本件です。

 裁判所は、結論として原告の請求を棄却しましたが、請求の可否の判断基準について、興味深い判示をしています。その判示内容は、次のとおりです。

(裁判所の判断)

「被告は従業員に対し、毎年賞与を支給することとしているが、その具体的な金額は、観察期間における従業員の勤務状況を査定してPA(パフォーマンス・アプライザル 括弧内筆者)を定め、そのPAに応じたパフォーマンス・ボーナス比率を乗じて算出されるとされているから、賞与の具体的な請求権は、原告が雇用契約においてその支給を受け得る資格を有していることから直ちに発生するものではなく、当該年度分の支給の実施及び具体的な支給額又は算定方法についての使用者の決定があって初めて発生するというべきである(最高裁平成19年12月18日第三小法廷判決・集民226号539頁参照)。したがって、原告には被告が決定したPAに応じた賞与請求権しか発生していないというべきであり、確実に得られるはずの査定による賞与額というものは観念できないから、それと実際に支払われた賞与額との差額を雇用契約に基づき請求することはできないというべきである。

「もっとも、使用者は従業員の勤務状況の評価について裁量権を有しており、使用者は合理的な範囲で従業員の勤務状況を評価することができると解されるものの、評価の前提となる事実の認定に誤りがある場合や事実の評価が著しく合理性を欠く場合、被告が定めた評価方法や手順等に違反した場合には、その裁量権を逸脱・濫用したものとして、従業員に対する不法行為となる場合があるというべきである。

3.損害額立証の問題は残るが・・・

 裁判所は、査定が必要なことを根拠として、賞与請求(賃金請求)の形で差額部分を請求することを否定しました。その一方で、不法行為に基づく損害賠償請求の形であれば、認められる可能性があることを示唆しました。

 不法行為構成をとったとしても、認容判決を得ようと思った場合、損害(額)の立証責任を負っている関係で、確実に得られたはずの査定を証明する必要があることから、結果は変わらないのではないかと思われる方がいるかも知れません。

 しかし、損害額の認定にあたっては、民事訴訟法に特別な定めが置かれています。具体的に言うと、民事訴訟法248条は、

「損害が生じたことが認められる場合において、損害の性質上その額を立証することが極めて困難であるときは、裁判所は、口頭弁論の全趣旨及び証拠調べの結果に基づき、相当な損害額を認定することができる。

と規定しています。

 民事訴訟法248条の適用自体、相当なハードルの高さはありますが、理論上、適正な査定が得られなかったために逸失した賞与相当額を「損害の性質上、その額を立証することが極めて困難」な損害として理解できる余地は、十分にあるのではないかと思います。

 こうした規定も考慮に入れると、賞与の不支給を争う場合には、賞与請求権自体を訴訟物として構成するよりも、不法行為に基づく損害賠償請求権を訴訟物として法的手続に乗せた方が良さそうに思われます。

 

 

 

 

 

休職からの復職にあたり主治医面談への協力を義務付ける就業規則の変更の効力

1.勤務先による主治医面談

 休職者していた労働者が復職する時、従前の職務を通常の程度に行うことができる健康状態に復したことは、第一次的には主治医による診断書や意見書に基づいて立証するのが通例です。

 この労働者側から提出された主治医診断書・意見書に対し、使用者側から、主治医に面談して直接趣旨を確認させて欲しいという要望が出されることがあります。

 それでは、このような「要望」を超え、使用者が主治医面談を行うにあたり、労働者に協力義務を課することは許されるのでしょうか?

 また、許容されるとして、そうした義務を就業規則に規定することは、就業規則の不利益変更には該当しないのでしょうか?

 近時公刊された判例集に、この問題を考えるにあたり参考になる裁判例が、掲載されていました。昨日もご紹介した東京地判令2.8.27労働判例ジャーナル106-44 日本漁船保険組合事件です。

2.日本漁船保険組合事件

 本件で被告になったのは、漁船保険事業等を行うことを目的とする漁船保険組合です。

 原告になったのは、被告との間で期限の定めのない雇用契約を締結していた方です。平成28年7月上旬から統合失調症の影響で就労ができない状態になり、有給休暇等を消化した後、私傷病休職に入りました。

 原告はE医師による主治医による診断書(本件診断書2)を提出し、復職の申出を行いました。しかし、原告が被告とE医師との面会を拒否したことを理由として、被告は本件診断書2を不受理とし、原告を自然退職扱いとしました。

 これに対し、原告が地位確認等を求めて出訴したのが本件です。

 本件では、被告によりなされた本件診断書2を不受理とする扱いの適否が争点の一つになりました。

 その中で論点として浮上したのが、使用者と医師との面談の実現に協力することを労働者に義務付ける就業規則の効力です。

 原告が休職した時には、そのような就業規則の定めはありませんでした。しかし、本件診断書2を被告に提出した時には、就業規則の改正により、上記のような規定が盛り込まれていました。本件では、そうした就業規則の改正の効力が論点の一つになりました。

 裁判所は、次のとおり述べて、原告が改正後の就業規則に拘束されることを認めました。

(裁判所の判断)

「本件就業規則12条3項には、職員が復職を求める際に提出する主治医の治癒証明(診断書)について、被告が主治医に対する面談の上での事情聴取を求めた場合には、職員は、医師宛ての医療情報開示同意書を提出するほか、その実現に協力しなければならず、職員が正当な理由なくこれを拒絶した場合には、当該診断書を受理しない旨の定めがあるところ、これは、平成30年6月5日付けの就業規則の改正により新設されたものである(前記前提事実(2))。」

医師の診断書は、被告においてこれを閲読しただけでその意味内容や診断理由を十分に理解することができるとは限らないことから、被告が、診断内容を正確に理解して傷病休職中の職員の復職の可否を判断するために、主治医と面談し、主治医から直接に事情聴取をすることは必要であり、これについて職員に協力を求めることは合理的である。そして、職員が正当な理由なく協力を拒絶した場合には、被告において診断書の内容を正確に理解することが困難となる以上、当該診断書を不受理とすることはやむを得ないというべきである。他方、職員としては、被告が主治医と面談し、主治医から直接事情聴取を行うことによって、自己の傷病の回復状況を正確に理解してもらうことができ、また、医師宛ての医療情報開示同意書を提出するなど、被告と主治医との面談の実現に協力することは容易なことであるから、上記定めの新設によって何ら不利益を被るものではない。以上によれば、上記定めの新設は、合理的なものであり、就業規則の改正前から休職していた原告にも適用される。

3.不利益変更ではないという理解でよいのか?

 上述のとおり、裁判所は、就業規則によって、使用者が労働者に対し主治医面談に協力べき義務を課することを内容とする就業規則を定めても、労働者は何ら不利益を被るものではないと判示しました。

 しかし、傷病が精神疾患である場合、主治医に種々の事情確認をなされることには、必然的に強度のプライバシー侵害が伴います。就業規則による労働条件の不利益変更には、法律上、一定の制約が課せられています(労働契約法10条)。しかし、利益変更にそうした制約はありません。利益変更と理解される場合、改正内容は、ほぼ自動的に労働条件に組み込まれてしまします。

 確かに、主治医面談には、使用者に自己の傷病の回復状況を正確に理解してもらえるという点において、労働者の利益に適う面もあります。しかし、それは飽くまでも一面であって、強度のプライバシー侵害を伴うという面を無視することが、果たして許容されるのだろうかという感があります。

 本件では就業規則改正の効力が意識的に争われた形跡がありません。原告側からの強い問題提起がなかったことも判決に影響を与えている可能性がありますが、義務を加重する方向での就業規則の変更の効力を、それほど簡単に認めて良いのかには、少なからず疑問を覚えます。

 

精神疾患での休職からの復職要件-休職までの間に軽易業務が挟まっている場合の「従前の職務」

1.復職要件

 休職した労働者が復職するためには、求償満了時までに「治癒」したことが必要です。ここで問題になる「治癒」とは、従前の職務を通常の程度に行うことができる(労働契約上の債務の本旨に従って労務提供することができる)健康状態に復したことを意味します(白石哲編著『労働関係訴訟の実務』〔商事法務、第2版、平30〕247頁参照)。

 しかし、休職の原因になった傷病がメンタルヘルス不調である場合、「従前の職務」の理解について、難しい問題が生じます。メンタルヘルス不調では、徐々に稼働能力が落ちて行く例が多いからです。稼働能力の低下に応じ、当初よりも軽易な業務に従事した後で休職した場合、復職要件としての「従前の職務」はどのように理解されるのでしょうか? 休職前の軽易業務でしょうか? それとも、軽易業務以前に行っていた当所業務でしょうか?

 この問題を考えるにあたり、参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。東京地判令2.8.27労働判例ジャーナル106-44 日本漁船保険組合事件です。

2.日本漁船保険組合事件

 本件で被告になったのは、漁船保険事業等を行うことを目的とする漁船保険組合です。

 原告になったのは、被告との間で期限の定めのない雇用契約を締結していた方です。平成28年7月上旬から統合失調症の影響で就労ができない状態になり、有給休暇等を消化した後、私傷病休職に入りました。

 その後、復職を申し出ましたが、休職前に業務が簡易化されていたため、「従前の職務」をどのように理解するのかが問題になりました。

 原告は、

「原告の様子が変化する前の平成27年当時、原告が中央会から指示されて実際に従事していた業務(電話対応、会議に関する業務、月報等の発送、研修関連業務など)のことである」

と主張しました。

 これに対し、被告は、

「原告は、精神的な障害のない総合職の正社員として雇用されたのであるから、原告の『従前の職務』とは、企画課において本来的に想定されていた業務、具体的には、漁船損害等補償法等の運用や制度改善等のための企画立案、監督官庁である水産庁や全国の漁船保険組合と中央会との間の連絡、協議、調整及び内部職員に対する研修等の業務について、適切な対人折衝を行いつつ、上司の指示に従いながら従事することである。」

「休職前に病気の影響により業務を簡易化させていた場合には、『従前の業務』とは、そのような簡易化させた業務ではなく、雇用契約において本来想定された業務をいう。」

と主張しました。

 このように主張が対立する中、裁判所は、次のとおり判示し、復職要件としては、原告の主張するような軽易な事務作業(本件事務作業)を通常の程度に行える健康状態になっていれば足りると判示しました。

(裁判所の判断)

「原告は、企画課に配属された平成25年7月から約2年半の間、中央会の期待に沿うものではなかったものの、物静かな様子で本件事務作業を担っていたが、平成28年1月頃から、遅刻や欠勤が増え、反抗的で威圧的な様子に変化し、業務ミスも増え、同年7月以降は、就労することができない状態になったことが認められる。このような休職前の原告の勤務状況に鑑みると、本件において『休職事由が消滅したとき』とは、原告が平成25年7月から平成27年末までと同様の勤務を行うことができる状態に復すること、すなわち、原告が、本件事務作業を通常の程度に行える健康状態になった場合、又は、当初軽易作業に就かせればほどなく本件事務作業を通常の程度に行える健康状態になった場合であると解するのが相当である。

「これに対し、被告は、本件において『休職事由が消滅したとき』とは、原告が、本件事務作業ではなく、総合職として本来求められる業務を行える健康状態に復した場合であると主張する。しかしながら、上記・・・の認定事実によれば、中央会は、総合職として新卒採用した原告に対し、期待していた水準の労務の提供を受けることができないと不満を感じながらも、平成27年末までの約2年半の間、能力不足を理由とする解雇や処分などを行うことなく、上司らの原告に対する評価に基づいて、本件事務作業を担当させていたことが認められる。その間、中央会において、原告の希望又は統合失調症を発症した原告に対する配慮に基づき、原告の業務を一時的に軽減して本件事務作業を担当させていたといった事情などは認めることができない。そうすると、中央会は、原告が本件事務作業を担当することについて、不本意ながらも本件雇用契約で定められた債務の本旨に従った履行の提供には該当すると判断した上で、原告による労務の提供を受け入れていたということができる。このような休職前の状況を踏まえると、休職事由が消滅したか否かを検討するに当たり、休職前に原告が実際に従事していた本件事務作業ではなく、被告において本件事務作業よりも高度なものと考えている総合職として本来求められる業務の提供ができなければ、債務の本旨に従った履行の提供には当たらないと解することは相当ではない。したがって、被告の上記主張は採用することができない。

3.長期間の勤務実績、軽易業務と精神疾患との無関係さが効いたのであろうが・・・

 東京地判平27.7.29労働判例1124-5 日本電気事件は、

「『休職の事由が消滅』とは、原告と被告の労働契約における債務の本旨に従った履行の提供がある場合をいい、原則として、従前の職務を通常の程度に行える健康状態になった場合、又は当初軽易作業に就かせればほどなく従前の職務を通常の程度に行える健康状態になった場合をいうと解される。」

と判示しました。

 2年半もの長期間に渡って軽易業務を担当させていたこと、精神疾患を発症した原告への配慮から軽易業務につかせたわけではなかったことが判断の背景にあることは押さえておく必要がありますが、本件は軽易業務を「従前の職務」に取り込むものであり、復職要件を今一歩緩和する可能性のある事案として位置付けられます。

 

労働審判を申立てる時の留意点-期日出頭するための有給休暇は確保されているか?

1.公民権行使の保障と裁判(審判)期日への出頭の関係

 労働基準法7条本文は、

「使用者は、労働者が労働時間中に、選挙権その他公民としての権利を行使し、又は公の職務を執行するために必要な時間を請求した場合においては、拒んではならない。」

と規定しています。

 この「公民としての権利」に、裁判(審判)期日に出頭することが含まれるのでしょうか?

 この問題について、行政解釈は、

「公民といて有する公務に参与する権利とは解されないので、一般的には、訴権の行使は公民権の行使には含まれない」

との理解を示しています(厚生労働省労働基準局編『労働基準法 上』〔労務行政、平成22年版、平23〕103頁)。

 この見解に従えば、裁判(審判)期日に出頭する必要がある場合でも、使用者は労働者を休ませなければならないことにはなりません。

2.在職中の労働者が労働審判をする場合の困った問題

 訴訟の場合、当事者の方は、弁護士を代理人に選任すれば、原則として、自ら裁判所に出頭する必要はありません。そのため、勤務先が裁判に出頭するための休みを認めてくれなかったとしても、大した問題にはなりません。

 しかし、勤務先を相手に労働審判を申立てるという局面では困ったことが起きます。

 労働審判委員会は、第1回目の期日から、当事者の方に対し、積極的に発問して心証形成を行います。そのため、代理人弁護士は必ず当事者を帯同します。

 例えば、佐々木宗啓ほか編著『類型別 労働関係訴訟の実務』〔青林書院、初版、平29〕432頁には、

「いうまでもなく、第1回期日においては、労働者本人や使用者側の担当者など、問題となっている事案を直接経験し、その場で労働審判委員会からの発問に答えることができる者が期日に出頭することが重要である。上記第1回期日中心主義というべき運用により、同行しないことによる主張立証上の不利益もあるから、代理人は、必ずこれらの者を第1回期日に同項すべきである。」

と書いてありますし、

白石哲編著『労働関係訴訟の実務』〔商事法務、第2版、平30〕588頁にも

「労働審判手続を担当する代理人(労働者側、使用者側を問わない)としては、事案解明を行う第1回期日に、申立人本人や事案をよく知る関係者を同行することは必須である。」

と書かれています。

 困ったことというのは、有給休暇の残っていない在職中の労働者が労働審判を申し立てたときに、休暇の取得を認めず、労働審判への出頭を阻止しようとする使用者がいることです。期日への出頭が公民権行使の範疇に含まれないため、強引に休むと無断欠勤として問題にされる危険があります。

 私自身、労働審判期日に出頭するため休みたいという労働者の申出に対し、勤務先がこれを承認しなかったというケースを経験したことがあります。幸いにして、裁判所を通じて勤務先に働きかけをしてもらったところ、休暇の取得が許可されましたが、こうした経験をして以来、在職中の労働者を代理して勤務先に労働審判を申立てるにあたっては、有給休暇の残日数を確認するようにしています。

 しかし、裁判を受ける権利の保障という観点から、公民権行使に裁判期日への出頭が含まれないという通説的理解自体に疑問を呈する見解もあって良いのではないかと思います。

 そうした観点から、この問題が司法判断の対象になった場合、裁判所はどのような判断をするのだろうかということが気になっていたところ、近時公刊された判例集に、参考になる裁判例が掲載されているのを見付けました。昨日もご紹介した、東京地立川支判令2.7.16労働判例ジャーナル106-48PwCあらた有限責任監査法人事件です。

3.PwCあらた有限責任監査法人事件

 本件はストーカー行為等を理由とする諭旨免職処分の効力等が問題になった事件です。しかし、それ以外にも多数の争点が生じており、その中の一つに、被告勤務先が原告労働者に対し、裁判期日への出頭に有給休暇を充てるよう指示したこと等の適否がありました。

 こうした被告勤務先の措置に対し、原告は、

「平成30年10月26日、13時45分から14時45分まで昼休みを取り、その時間を利用して本件訴訟の期日に出席したが、同年11月、被告から、当該期日への出席分を有給休暇に振り替えるよう指示を受けるとともに、今後、裁判期日に出頭する際は有給休暇を取得するように指示を受けた。しかし、原告は、平成28年1月に復職して以降、q8パートナー(以下『q8 P』という。)及びq4 SMから、業務の状況に応じて自由な時間に昼休みを取ってよいとの業務指示を受けていた。労働基準法34条では、昼休みの時間を自由に利用することは労働者の権利であるから、被告の上記指示は同条に違反する。」

などと主張し、取得させられた有給休暇の賃金相当額の損害賠償請求を行いました。

 これに対し、裁判所は、次のとおり述べて、原告の請求を認めない判断をしました。

(裁判所の判断)

「被告の就業規則では、休憩時間は11時45分から12時45分までとされ、業務の都合により、休憩時間を変更することがあると定められており、原告と被告の間の雇用契約においても、同様の定めがある。これによると、被告は、原告に対し、業務上の都合により休憩時間を変更することは許容していると解することができるが、業務上の都合とは関係なく、自らの私事に合わせて自由に休憩時間を変更することまで許容していると解することはできない。そうすると、原告において、私事である裁判期日に出席する時間に合わせて休憩時間を変更することが許容されていたと認めることはできず、裁判期日に出席する際には年次有給休暇を取得するようにとの被告の指示に違法性は認められない。

「したがって、原告の裁判期日に出席するための有給休暇取得に係る損害賠償請求には理由がない。」

4.勤務先との裁判は純然たる私事か?

 本件は公民権行使の保障(労働基準法7条)と労働審判期日への出頭の問題を判示したものではありません。

 しかし、裁判を「私事」として理解し、出頭に有給休暇を充てるように指示しても違法ではないと判示していることからすると、裁判期日への出頭のため休むことに権利性があるという見解には立っていないように思われます。

 そう考えると、在職中の労働者が労働審判を申立てるにあたっては、やはり有給休暇の残日数は意識しておいた方が良いように思われます。

 

ストーカー行為等を理由とする諭旨免職処分の有効性-反省の情は決定的要素になるのか?

1.性的不祥事と解雇

 セクハラ行為を理由とする懲戒解雇の効力が問題になった代表的な裁判例に、東京地判平21.4.24労働判例987-48Y社(セクハラ・懲戒解雇)事件があります。

 この事案では、胸の大きさを話題にするなど日頃から性的な言動を繰り返していたほか、宴席等で女性従業員の手を握ったり、肩を抱く等の行為に及んだことを理由とする懲戒解雇の効力が問題になりました。

 裁判所は、原告労働者が会社に対して相応の貢献をしてきたことや、反省の情を示していることなどを指摘したうえ、

「これまで原告に対して何らの指導や処分をせず、労働者にとって極刑である懲戒解雇を直ちに選択するというのは、やはり重きに失するものと言わざるを得ない」

と述べ、懲戒解雇の効力を否定しました。

 相応に悪質な事案でありながら懲戒解雇が無効とされたことに対しては、反省の情を示していたことや、注意・処分歴がなかったことが効いたのではないかという分析があります。

 しかし、反省の情は懲戒解雇の効力を判断するうえで、決定的な要素となり得るのでしょうか?

 労働契約法15条は、

「使用者が労働者を懲戒することができる場合において、当該懲戒が、当該懲戒に係る労働者の行為の性質及び態様その他の事情に照らして、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、当該懲戒は、無効とする。」

と規定しています。

 反省の情が「その他の事情」として処分の量定判断に影響する事情であることは否定できませんが、「行為の性質及び態様」と並ぶほどの重みはあるのでしょうか?

 この問題を考えるうえで参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。東京地立川支判令2.7.16労働判例ジャーナル106-48PwCあらた有限責任監査法人事件です。

2.PwCあらた有限責任監査法人事件

 本件はストーカー行為等を理由とする諭旨免職処分の効力が問題になった事件です。

 被告の就業規則上、諭旨免職処分は、次のとおり定義されていました。

「説諭し退職届を提出させる。ただし、退職に応じない場合には懲戒解雇とすることができる。また、この場合には、被懲戒者に対して、退職金の全部または一部を支給しないことができる。」

 原告の方は、同じ職場で働く女性にしてストーカー行為を行ったとして、被告から諭旨免職処分を受けました。

 具体的なストーカー行為の内容としては、

「原告は、被害女性に興味を抱き、平成29年9月頃から同年11月までの間、複数回にわたり、被害女性の帰宅時に、被告の事務所が入居しているビルの外から最寄り駅のホームまで後をつけ、同じ電車に乗り込み追跡するといった行為(以下「本件ストーカー行為」という。)に及んだ。」

という事実が認定されています。

 懲戒処分に処するかどうかを判断するにあたり、被告は、賞罰委員会を設置して、原告に弁明の機会を付与しました。

 その際、原告は、

「反省している旨を述べる一方で、被害女性は、入院したり、PTSDになったりはしておらず、普通に出勤しているのであるから、問題はないのではないかなどといった発言」

をしました。

 こうした発言を受け、賞罰委員会は、原告に反省の態度が感じられないことなどを理由に、諭旨免職処分が相当との結論を出しました。

 本件では、この諭旨免職処分の社会的相当性が、検討の対象になりました。

 裁判所は、次のとおり述べて、諭旨免職処分の効力を否定しました。

(裁判所の判断)

原告は、被告から事情聴取を受けた際に、反省の弁を述べる一方で、被害女性が、入院したり、PTSDになったりはしておらず、普通に出勤しているのであるから問題はないのではないかなどといった被害女性への配慮を欠く発言をしていることからすると、原告が、本件ストーカー行為が被害女性に与えた精神的苦痛を十分に理解し、本件ストーカー行為を行ったことについて真に反省していたかは疑わしく、被告において、原告には本件ストーカー行為を行ったことについて反省の態度が感じられないと判断したこと自体に問題があったとはいえない。

しかしながら、原告には、本件警告を受けた後も被害女性に対するストーカー行為を継続していたといった事情や、他の女性職員に対してストーカー行為に及ぶ具体的危険性があったといった事情までは認められない。また、原告には、本件ストーカー行為が発覚するまでに懲戒処分歴はなく、管理職の地位にある者でもない。これらの事情を総合考慮すると、原告が本件ストーカー行為を行ったことについて真に反省していたかが疑わしい点を勘案したとしても、労働者たる地位の喪失につながる本件諭旨免職処分は、重きに失するものであったといわざるを得ない。そうすると、本件諭旨免職処分は、社会通念上相当であるとは認められない場合に当たる。

「以上によれば、本件諭旨免職処分は、労働契約法15条により、その権利を濫用したものとして無効である。」

3.懲戒権の行使は感情論では決まらない

 性的な不祥事は、嫌悪感の対象になりやすい傾向があります。特に、加害者側が被害者側に責任を転嫁したり、居直ったりする発言をした場合、処分は苛烈なものになりがちです。

 しかし、反省の情は飽くまでも一般情状であるにすぎず、

「行為の性質及び態様」

と並ぶほどの重みは持ちえないのではないかと思われます。

 実際、本件では、非違行為の内容や、懲戒処分歴がないことなどが指摘されたうえ、諭旨免職処分の効力が否定されました。

 懲戒処分の効力を判断するにあたっては、見かけ上の反省の態度や言葉よりも、やっていることそれ自体の性質や態様、注意・警告・指導等事前に行為を改める機会が付与されていたのかといったことの方が重要なのだろうと思われます。

 

残業代請求-不在返送された内容証明郵便に時効の完成猶予効は認められるか?

1.時効の完成猶予効

 労働基準法115条は、

「賃金の請求権はこれを行使することができる時から五年間・・・行わない場合においては、時効によつて消滅する。」

と規定しています。

 この

「賃金の請求権はこれを行使できる時から五年間」とある部分は、労働基準法附則143条3項により、

「退職手当の請求権はこれを行使することができる時から五年間、この法律の規定による賃金(退職手当を除く。)の請求権はこれを行使することができる時から三年間」

と読み替えられることになっています。

 したがって、残業代を含む賃金の請求権は、権利を行使できる時から三年間で消滅時効にかかります(令和2年4月1日の改正法の施行前は2年です)

 消滅時効の起算は、

「権利を行使できる時」

から起算されるため、給料日が来るたびに3年前の同じ月に請求できた残業代の請求権は消滅時効を迎えることになります。つまり、残業代請求は、介入のタイミングが1か月遅れれば、1か月分丸々損するという特徴を持っています。

 これを何とかするためには、取り敢えず催告(日常用語の催促とほぼ同じ意味です)してしまうという方法があります。

 民法150条1項は、

「催告があったときは、その時から六箇月を経過するまでの間は、時効は、完成しない。」

と規定してます。

 そのため、取り敢えず催告していれば、3年前の残業代でも、向こう6か月は、時効消滅してしまうことを阻止できます(ただし、完成猶予の効力を享受するためには向こう6か月の間に訴訟提起などの措置をとる必要があります。)

 この「催告」は、後の紛議を防止するため、しばしば内容証明郵便による方法で行われています。しかし、内容証明郵便は常に届くとは限りません。残念ながら、内容証明郵便を出しても、相手方が受け取ろうとしないことは、実務上、それほど珍しくはありません。

 それでは、時効の完成猶予を意図して内容証明郵便で残業代の支払を催告したものの、それが相手方によって受領されなかった場合、時効の完成猶予の効力は発生するのでしょうか?

 この点が問題になった事案に、東京地判令2.9.9労働判例ジャーナル106-52 総合管理事件があります。

2.総合管理事件

 本件はいわゆる残業代請求事件です。

 被告になったのは、ビルメンテナンス業務等を目的とする株式会社です。

 原告になったのは、過去被告で働いてた労働者の方です。退職後、残業代の支払を求めて内容証明郵便を出し、その後、被告を相手に訴訟を提起しました。

 しかし、原告が出した内容証明郵便は、不在のため配達されず、保管期間経過により原告のもとに返却されました。

 本件では、このように使用者側が実際に内容病名郵便を受領していない場合にも、催告の時効完成猶予効を認めても良いのかが問われた裁判例です。

 裁判所は、次のとおり述べて、遅くとも内容証明の保管期間満了時には催告の効力が生じると判示しました。

(裁判所の判断)

「前記前提事実・・・のとおり、原告は、平成31年1月23日、被告本店所在地に宛てて、被告に対し平成29年1月分以降の未払賃金及び立替経費の支払を求める旨の本件内容証明を送付したが、平成31年1月24日、不在のため配達されず、同年2月1日、保管期間満了により返送されたというのである。」

隔地者に対する意思表示は、相手方に到達することによってその効力を生ずるものであるが、ここでいう到達とは、意思表示を記載した書面が相手方によって直接受領又は了知されることを要するものではなく、これが相手方の了知可能な状態に置かれることをもって足りるものと解される(最高裁判所昭和33年(オ)第315号同36年4月20日第一小法廷判決参照)。

これを本件についてみるに、前記前提事実・・・のとおり、被告は本店所在地に事務所を有しているところ、前記前提事実・・・のとおり、本件内容証明は同住所宛に送付されたが、不在のため配達されず、その約1週間後に保管期間満了により返送されたというのであるから、被告代表者及びCとしては、受領の意思があれば、さしたる困難を伴うことなく本件内容証明を受領することができたということができる。そして、賃金の未払がある状況で・・・、元従業員である原告から内容証明郵便が届けば、被告代表者及びCとしては、未払賃金を含む何らかの請求をする趣旨の書面であると容易に想到することができるから、遅くとも本件内容証明が保管期間満了により返送された平成31年2月1日には、本件内容証明が被告の了知可能な状態に置かれたと評価することができる。

「これに対し、被告は、当時、被告代表者及びCは、被告事務所に赴くことがほとんどなかった旨主張するが、これを認めるに足りる的確な証拠はなく、採用することができない。」

「以上によれば、本件内容証明は、遅くともこれが被告の了知可能な状態に置かれた平成31年2月1日には被告に到達したものと認められ、これにより原告の請求にかかる未払賃金(最初の支払期日は平成29年2月20日。)の支払を催告したということができるから、消滅時効に関する被告の主張は理由がない。」

3.到達の効力は認められたが・・・

 以上のとおり、裁判所は、不在で返送されてきた内容証明郵便にも催告としての時効完成猶予効を認めました。

 ただ、到達時期に関して、届いた時になるのか、保管期間経過時になるのかは、明確に判示されているわけではありません。

 保管期間経過時と認定される可能性も否定できない以上、数日内に消滅時効にかかってしまいそうな残業代がある場合には、内容証明の形式に拘るよりも、FAXを送信したりPDF化した文書をメールで送ったりするなど、即時到達性のある方法をとった方がよさそうです。

 

労災の認定基準に掲げられていない具体的出来事(精神的不調者への対応)の心理的負荷の評価

1.精神障害の労災認定

 精神障害は、

対象疾病であること、

対象疾病の発病前おおむね6か月の間に、業務による強い心理的負荷が認められること、

業務以外の心理的負荷及び個体要因により対象疾病を発病したとは認められないこと、

の三要件を満たす場合、業務上の疾病として労災の対象になります(基発1226第1号 平成23年12月26日 改正 基発0529第1号 令和2年5月29日 改正 基発0821第4号 令和2年8月21日 厚生労働省労働基準局長 「心理的負荷による精神障害の認定基準について」参照)。

精神障害の労災補償について|厚生労働省

https://www.mhlw.go.jp/content/000661301.pdf

 このうち「業務による心理的負荷」の強弱をどのように判断するのかに関しては、認定基準が「具体的出来事」毎に指標を定めています。例えば、「重度の病気やケガをした」は「強」、「悲惨な事故や災害の体験、目撃をした」は「中」といったようにです。

 しかし、認定基準が掲げている「具体的出来事」は、必ずしも精神的負荷を生じさせる全ての出来事を網羅しているわけではありません。それでは、認定基準に掲げられていない出来事が心理的負荷を生じさせていると解される場合、その強弱はどのように判断されるのでしょうか。

 この点が問題になった近時の事案に、大阪地判令2.6.24労働判例1231-123 国・大阪中央労基署長(讀賣テレビ放送)事件があります。

2.国・大阪中央労基署長(讀賣テレビ放送)事件
 本件は、いわゆる労災の不支給処分に対する取消訴訟です。

 原告になったのは、テレビ放送事業等を目的とする株式会社の編成局コンテンツビジネスセンターで、予算・収支管理等の業務に従事していた方です。

 適応障害の発症が業務に起因するものであるとして、休業補償給付の支給申請をしたところ、処分行政庁(大阪中央労働基準監督署長)は、強い心理的負荷があったとは認められないとして、不支給処分を行いました。これに対し、原告の方は、不支給処分の取消を求めて出訴しました。

 本件で原告が主張した心理的負荷の一つに、C部長のフォローに関する心理的負荷がありました。その主張の骨子は、精神疾患に罹患し、配慮が必要な状態であったC部長のフォローにより、強い心理的負荷が発生したというものでした。

 しかし、精神的不調者をフォローすることは、認定基準に「具体的出来事」として掲げられていなかったため、その心理的負荷の強弱をどのように評価するのかが問題になりました。

 この問題について、裁判所は、次のとおり述べて、心理的負荷は精々「弱」に留まると判示しました。

(裁判所の判断)

「原告は、C部長から連日のように同人の担当業務に関するレクチャーを求められ、その顔色を見ながら、そのプライドを損なわないよう丁寧に説明するなど、精神的不調者であるC部長のフォローによる心理的負荷が極めて大きかった旨主張している。」

確かに、認定基準別表1の具体的出来事にはないものの、精神的不調者の対応に相応の心理的負荷が生じることは必ずしも否定できないところである。

「しかしながら、まず、C部長が原告の上司といえないことやその業務を代行したといえないことは、上記・・・で認定説示したとおりである。」

「そうすると、認定基準別表1の『上司が不在になることにより、その代行を任された』場合やそれに類する場合に当たるとはいえない。」

「また、C部長のフォローが原告の仕事内容・仕事量に大きな変化を生じさせるものとはいえないことも上記・・・で検討したとおりである。」

「そうすると、認定基準別表1の『仕事内容・仕事量の(大きな)変化を生じさせる出来事があった』の例にも当たらない。」

「さらに、上記2・・・で認定説示したところからすると、『複数名で担当していた業務を1人で担当するようになった』ともいえない。」

「その他、対人関係から生じる心理的負荷としてみたとしても、原告自身も述べるとおり、C部長と原告が対立するようなことはなく、C部長が原告を指導・叱責したり、嫌がらせ等をした事実も認められないこと、原告がC部長への対応に困っている旨D部長に相談したとはいえ、C部長の席から離してほしいとか、C部長の対応をほかの人に手伝ってもらわないと困るなどと話したことはないことやC部長のフォローのために残業時間が大きく増加したような事実のないことからすると、その心理的負荷の強度は精々『弱』にとどまると解される。

3.「具体的出来事」にない出来事類型でも無視はされない

 結局、精神的不調者への対応による心理的負荷は「弱」とされ、適応障害との業務起因性は否定されました。

 しかし、重要なのは、業務起因性が否定されたということよりも、「具体的出来事」にない出来事類型に関しても、心理的負荷の発生源になることが認められている部分ではないかと思います。

 労災でも労災民訴でも、精神障害と業務との相当因果関係は、認定基準を基に考えられているため、対応する具体的出来事がないと、そこで思考停止に陥りがちです。しかし、本裁判例は、認定基準に掲げられていない出来事類型でも、心理的負荷の発生源となることを認めました。また、裁判所は具体的な事実を積み上げながら比較的丁寧に心理的負荷の強弱を判断しました。これは、個別事案の内容によっては、強い心理的負荷が生じるという判断も有り得ることを示唆しています。

 精神的不調者への配慮・フォローが周辺の労働者に心理的な負荷を生じさせるという問題は、今後、益々顕在化して行くものと思われます。今回裁判所が行った判示は、そうした非典型的な事案を処理するにあたり、参考になるものとして位置付けられます。