1.勤務先による主治医面談
休職者していた労働者が復職する時、従前の職務を通常の程度に行うことができる健康状態に復したことは、第一次的には主治医による診断書や意見書に基づいて立証するのが通例です。
この労働者側から提出された主治医診断書・意見書に対し、使用者側から、主治医に面談して直接趣旨を確認させて欲しいという要望が出されることがあります。
それでは、このような「要望」を超え、使用者が主治医面談を行うにあたり、労働者に協力義務を課することは許されるのでしょうか?
また、許容されるとして、そうした義務を就業規則に規定することは、就業規則の不利益変更には該当しないのでしょうか?
近時公刊された判例集に、この問題を考えるにあたり参考になる裁判例が、掲載されていました。昨日もご紹介した東京地判令2.8.27労働判例ジャーナル106-44 日本漁船保険組合事件です。
2.日本漁船保険組合事件
本件で被告になったのは、漁船保険事業等を行うことを目的とする漁船保険組合です。
原告になったのは、被告との間で期限の定めのない雇用契約を締結していた方です。平成28年7月上旬から統合失調症の影響で就労ができない状態になり、有給休暇等を消化した後、私傷病休職に入りました。
原告はE医師による主治医による診断書(本件診断書2)を提出し、復職の申出を行いました。しかし、原告が被告とE医師との面会を拒否したことを理由として、被告は本件診断書2を不受理とし、原告を自然退職扱いとしました。
これに対し、原告が地位確認等を求めて出訴したのが本件です。
本件では、被告によりなされた本件診断書2を不受理とする扱いの適否が争点の一つになりました。
その中で論点として浮上したのが、使用者と医師との面談の実現に協力することを労働者に義務付ける就業規則の効力です。
原告が休職した時には、そのような就業規則の定めはありませんでした。しかし、本件診断書2を被告に提出した時には、就業規則の改正により、上記のような規定が盛り込まれていました。本件では、そうした就業規則の改正の効力が論点の一つになりました。
裁判所は、次のとおり述べて、原告が改正後の就業規則に拘束されることを認めました。
(裁判所の判断)
「本件就業規則12条3項には、職員が復職を求める際に提出する主治医の治癒証明(診断書)について、被告が主治医に対する面談の上での事情聴取を求めた場合には、職員は、医師宛ての医療情報開示同意書を提出するほか、その実現に協力しなければならず、職員が正当な理由なくこれを拒絶した場合には、当該診断書を受理しない旨の定めがあるところ、これは、平成30年6月5日付けの就業規則の改正により新設されたものである(前記前提事実(2))。」
「医師の診断書は、被告においてこれを閲読しただけでその意味内容や診断理由を十分に理解することができるとは限らないことから、被告が、診断内容を正確に理解して傷病休職中の職員の復職の可否を判断するために、主治医と面談し、主治医から直接に事情聴取をすることは必要であり、これについて職員に協力を求めることは合理的である。そして、職員が正当な理由なく協力を拒絶した場合には、被告において診断書の内容を正確に理解することが困難となる以上、当該診断書を不受理とすることはやむを得ないというべきである。他方、職員としては、被告が主治医と面談し、主治医から直接事情聴取を行うことによって、自己の傷病の回復状況を正確に理解してもらうことができ、また、医師宛ての医療情報開示同意書を提出するなど、被告と主治医との面談の実現に協力することは容易なことであるから、上記定めの新設によって何ら不利益を被るものではない。以上によれば、上記定めの新設は、合理的なものであり、就業規則の改正前から休職していた原告にも適用される。」
3.不利益変更ではないという理解でよいのか?
上述のとおり、裁判所は、就業規則によって、使用者が労働者に対し主治医面談に協力べき義務を課することを内容とする就業規則を定めても、労働者は何ら不利益を被るものではないと判示しました。
しかし、傷病が精神疾患である場合、主治医に種々の事情確認をなされることには、必然的に強度のプライバシー侵害が伴います。就業規則による労働条件の不利益変更には、法律上、一定の制約が課せられています(労働契約法10条)。しかし、利益変更にそうした制約はありません。利益変更と理解される場合、改正内容は、ほぼ自動的に労働条件に組み込まれてしまします。
確かに、主治医面談には、使用者に自己の傷病の回復状況を正確に理解してもらえるという点において、労働者の利益に適う面もあります。しかし、それは飽くまでも一面であって、強度のプライバシー侵害を伴うという面を無視することが、果たして許容されるのだろうかという感があります。
本件では就業規則改正の効力が意識的に争われた形跡がありません。原告側からの強い問題提起がなかったことも判決に影響を与えている可能性がありますが、義務を加重する方向での就業規則の変更の効力を、それほど簡単に認めて良いのかには、少なからず疑問を覚えます。