弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

傷病休職からの復職-主治医意見vs産業医意見(洗練された産業医意見にどう立ち向かうか)

1.休職からの復職

 休職とは、

「労働者に就労させることが適切でない場合に、労働契約関係そのものは存続させながら、就労を免除または禁止すること」

をいいます。

 休職のうち傷病を理由とするものを傷病休職といいます。

 傷病休職した労働者が、復職するためには、

「原則として従前の職務を支障なく行うことができる状態に回復したこと」

が必要と理解されています。

https://www.jil.go.jp/hanrei/conts/06/55.html

 この「従前の職務を支障なく行うことができる状態に回復したこと」は、主治医の診断書や意見書で立証することになります。

 しかし、主治医意見を添えて復職、労務提供の申出をしても、使用者側から「従前の職務を支障なく行うことができる状態に回復」していないとして、復職を拒まれることがあります。

 使用者の主張に何の医学的な裏付けもなければ、復職を拒否されたとしても、それほど不安に思う必要はありません。しかし、使用者の側でも産業医から意見を徴求しているなど、医学的な根拠に基づいて復職が拒否されている場合、困難な問題が生じます。

 このように復職の可否について、主治医意見と産業医意見とが異なる場合に、どちらの意見が優先されるのでしょうか?

 この問題は、ケースバイケースであり、一律に答えを導くことはできません。主治医意見が採用される場合もあれば、産業医意見が採用されることもあります。重要なのは、どのような場合に主治医意見が採用され、どのような場合に産業医意見が採用されるのかを個別の裁判例を通して分析して行くことです。

 近時公刊された判例集に、主治医意見と産業医意見とが対立した場合の裁判所の判断を知るうえで参考になる裁判例が掲載されていました。大阪地判令3.1.27労働判例ジャーナル110-20 日東電工事件です。

2.日東電工事件

 本件は私傷病休職からの復職の可否が争われた事件です。

 被告になったのは、包装材料、半導体関連材料、光学フィルム等の製造を事業内容とする株式会社です。

 原告(昭和49年生まれ)になったのは、被告と平成11年に職種限定のない雇用契約(本件雇用契約)を締結した方です。平成26年5月3日、趣味であるオフロードバイク競技の練習中に対向車と衝突する事故(本件事故)に遭遇し、頚髄損傷、頸椎骨折の傷害を負いました。

 本件事故当時、原告は被告のP3事業所内の「全社製造技術部門生産技術統括部基盤プロセス開発部第2グループ」(本件グループ)に所属し、人事制度「I-S」というコース・等級に位置付けられていました。

 「I(Innovation)-S」というのは「経営・事業の成長をリードする人財(42歳まで)将来のマネージメント(M)職、専門職(S)職候補」を意味しています。

 本件事故の翌日から有給休暇・休職に入り、リハビリテーションに取り組みましたが、平成27年9月30日を症状固定日として、下肢完全麻痺、上肢不全麻痺、神経因性膀胱及び直腸神経障害の後遺障害が残存しました。

 平成28年8月頃から、原告は被告に対して復職の意向を示しました。

 そして、平成29年1月6日には、

「被告に対し、原告の傷病名を『頚髄損傷』とし、『2014/5/3受傷、上記診断で加療を施行。後遺障害あるも症状安定している。就業規則どおりの勤務(月~金の週5日、午前8時~午後4時45分、休憩12時~12時50分)は問題なく可能である。上記の勤務をした場合、四肢麻痺の後遺症はあるも不安定な疾病はないため、業務に伴う疾病悪化リスクもない。『従前の業務の復職』に関しては、下肢完全麻痺・上肢不全麻痺であり車いす移動(自身での移動は可能)のため、可能な業務はその範囲でのものに限定される。病状的に禁忌制限としているものはない。』との所見が記載された、神戸赤十字病院のP5医師(以下『主治医』という。)作成に係る平成28年12月27日付け診断書(甲14、以下、『主治医作成の診断書』という。)を郵送提出」

しました。

 しかし、被告の産業医P6医師は(P6産業医)は、平成29年1月27日、復職審査会の場で、原告について「復職可能とは判断できない」との意見を述べ、その後、意見書を提出しました。

 被告は復職を不可とし、平成29年2月3日、休職期間満了によって本件雇用契約を終了させました。

 この扱いが違法であるとして、原告は、被告を相手取り、地位確認等を求める訴えを提起しました。

 本件の争点は幾つかに渡りますが、その中の一つに、主治医意見と産業医意見のどちらを採用するのかというテーマがあります。

 この問題について、裁判所は、次のとおり述べて、産業医意見を採用しました。結論としても、原告の請求は棄却されています。

(裁判所の判断)

「原告は、労働能力の回復ないし健康状態の回復に関する主張を裏付けるものとして、主治医作成の診断書の存在について指摘する。」

「確かに、同診断書には、『就業規則どおりの勤務(月~金の週5日、午前8時~午後4時45分、休憩12時~12時50分)は問題なく可能である』と記載されている。」

「しかし、P6産業医は、復職審査会の場で、原告について『復職可能とは判断できない』旨の意見を述べ、後に同意見及びその理由を記載した意見書・・・を提出しており・・・、上記診断書と反対の意見を述べている。」

「そこで、検討するに、P6産業医は、上記意見を形成するにあたり、原告作成に係る『生活リズム確認表』をもって、休職期間満了時期に程近い10週間分にわたる原告の生活状況等を確認・・・した上、復職審査会に先立って原告と面談して業務一覧表を用いつつ原告の健康状態や就労能力について確認している・・・。加えて、P6産業医は、被告の職場関係者及び原告の主治医とも面談・・・し、上記意見を形成しており、原告の業務内容や健康状態、身体能力を踏まえて業務の遂行可能性やその程度等について相当具体的に検討しているといい得る。

他方、原告の主治医が原告の職務内容や就労環境について、被告の従業員と面談し、具体的な情報を取得していたことは本件証拠上うかがわれず、また、上記診断書はどのような通勤を前提として就業規則どおりの勤務について問題なく可能であるとしているのかも不明である。さらに、同診断書が作成されるに先立ち、被告担当者は、原告代理人に対し、復職可能との判定に必要となるであろう診断書の記載内容として『従前の業務にて、就業規則どおりの勤務(月~金の週5日、午前8時~午後4時45分、休憩12時~12時50分)ができること』等の文例を示している・・・ところ、主治医作成の診断書の文言が先に示された文例に酷似しており、かつ本件雇用契約が終了に至るか否かといった時期・局面において主治医作成の診断書が作成されていることを踏まえると、主治医作成の診断書で示された所見は、復職を希望する原告の意向を踏まえ、担当業務の具体的内容等を十分検討されることなく記載された可能性が払拭できない。以上に加えて、原告の後遺障害の内容、身体能力、健康状態及び上述した労働条件に関する原告の申入れ及び発言内容等も踏まえると、上記診断書の内容は、にわかに信用できないものである。

「そうすると、原告が指摘する主治医作成の診断書を考慮しても、原告のP3事業所での勤務可能日数が1週間当たり4日間又は4.5日間であると認めることができず、他にこれを認めるに足る証拠もない。」

3.職務内容や就労環境をどのように伝達するのか

 産業医意見と主治医意見には、それぞれ一長一短があります。

 産業医意見は職務内容や就労環境を踏まえた意見形成であるという強みがあります。他方、労働者の治療経過を実際に診察していないという点は弱みといえます。

 主治医意見には、この逆の特徴があります。労働者の治療経過を具体的に見ているというのは産業医意見にない強みです。しかし、職務内容や就労環境を熟知しているわけではないという点では、産業医意見に劣後します。

 こうした特徴を踏まえ、近時の使用者側は、産業医から意見聴取するにあたり、弱点を補強しています。診療録の提出を受けたうえで、主治医面談を行うなどして、治療経過に関する情報を集め、そのうえで復職要件の存否に関する意見を提出させます。

 このような梃入れがなされると、産業医意見の信用性は、そう簡単には崩れません。本件で産業医意見が採用されたのも、弱点に関する手当がなされたうえで、意見が形成されていたからだと思います。

 使用者側の立証方法に対抗するためには、労働者側としても、主治医意見の弱点を意識したうえで、その補強を図って行く必要があります。言い換えると、主治医には、職務内容や就業環境を十分に伝達したうえで、意見形成してもらう必要があります。具体的な職務内容や就業環境を職場から引き出し、それを主治医に伝達することは、容易ではないとは思いますが、そうした立証上の工夫をしてゆかないと、洗練された産業医意見書の弾劾が難しいことは、意識されておく必要があるように思われます。