弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

改善の機会を与えたといえるには、どの程度の期間の観察が必要か?

1.勤務成績・業務遂行能力不良による解雇

 勤務成績が悪いからといって、いきなりなされた解雇は、それほど簡単には有効になりません。使用者が労働者に対して事前に改善の機会を与えるべきであるとする裁判例は、決して少なくありません。

 この改善の機会は、実質的なものである必要があります。例えば、3日間連続して注意して、それで3回にわたって改善の機会を与えたから十分だという話にはならないと思います。

 それでは、改善の機会を与えてから改善がないと判断するまでの経過観察には、どの程度の期間を要するのでしょうか。

 改善の対象が事案によって区々であることもあり、一概には言えない問題ですが、この問題を考えるうえで参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されています。

 東京地判令元.8.1労働判例ジャーナル95-48 ビックカメラ事件です。

2.ビックカメラ事件

  本件は、

「勤務成績又は業務遂行能力が著しく不良で、向上の見込みがなく、他の職務に転換できない等、就業に適さないと認められたとき。」
「勤務状況が著しく不良で、再三注意をしても改善の見込みがなく、社員として職責を果たし得ないと認められたとき。」

に該当することを理由に解雇された方が原告となって、ビジュアル製品、オーディオ製品等の販売を事業内容とする株式会社である被告会社に対し、地位確認等を求める訴えを提起した事件です。

 雇用契約の締結が平成14年12月27日で、解雇されるまでには2度の業務改善指導と、3度の懲戒処分が前置されています。

 一度目の業務改善指導は、平成27年6月6日です。

 被告会社は、

〔1〕同年5月2日の免税販売における会計ルールの間違いを指摘された際、自分の判断を主張し、店長代理が正しいルールを指導したにもかかわらず反省する態度がみられなかった、

〔2〕同月16日に所属長の許可を得ないまま早退した、

〔3〕同年6月3日に上司に無断で外出し、職場を離れ業務に従事しなかった、

との事項について、業務改善指導書を交付しました。

 二度目の業務改善指導は、平成27年6月18日です。

 被告会社は、

〔1〕同日、副店長が勤務改善指導書に基づき指導を行おうとしたのに対し、一方的に黙秘を宣言し、勝手に退出した、

〔2〕上司からの事実確認に対して事実と相違する主張を行った

との事項について、勤務改善指導書を交付しました。

 一度目の懲戒処分は、平成27年8月10日付けで行われています。

 被告会社は、

同年7月18日、同月19日、同月25日及び同月30日に、上長の許可なく就業時間中にみだりに職場を離れ、業務に支障を来した

との事由に基づき、譴責の懲戒処分を行いました。

 二度目の懲戒処分は、平成27年10月7日付けで行われています。

 被告会社は、

〔1〕同年9月25日に上司から問題行動の確認を受けたが無視した、

〔2〕同月29日に上長の許可なく職場を無断離脱し、上司の指導に対して反省の弁を述べなかった、

〔3〕同月30日に職場を無断離脱し、職場に戻る旨の上司の指示を拒否するなどした

との事由に基づき、出勤停止(7日間)の懲戒処分を行いました。

 三度目の懲戒処分は、平成28年3月8日付けで行われています。

 被告会社は、

〔1〕同年2月11日及び12日にインカムを使用し、フロアメンバーに対して業務と無関係な放送を行った、

〔2〕同月17日に無断欠勤した、

〔3〕同月20日に上司の指示、注意に背く内容の館内放送を繰り返し行うなどした

との事由に基づき、降格(降給)の懲戒処分を行いました。

 解雇がなされたのは、平成28年4月15日です。

 被告会社は、

就業規程違反を繰り返しており、再三の注意・指導にもかかわらず改善がされなかったこと、

3回にわたり懲戒処分を行ったが、現在まで改善されていないこと

などを理由に原告に解雇を通知しました。

 これに対し、原告は、

「本件解雇は、最後にされた懲戒処分から1か月後にされたものであり、このような短期間で改善の有無について判断することはできない」

と主張しました。

 しかし、裁判所は、次のとおり述べて、解雇の有効性を認めました。

(裁判所の判断)

「原告は、本件解雇は、最後にされた懲戒処分から1か月後にされたものであり、このような短期間で改善の有無について判断することはできない旨主張する。しかしながら、前記認定事実によれば、原告は、平成28年3月14日、同月8日付けで懲戒処分を受けた後も、同月23日から同年4月13日までの間、無断で売場を離れるなどの問題行動を繰り返しているところ・・・、同処分前にも、同様の事由に基づく懲戒処分や指導を受けていたことにも照らせば、本件解雇時点において、原告に改善の見込みがないと判断することが不合理であるということはできない。したがって、原告の上記主張は、採用することができない。」

3.最初の指導から10か月、最後の懲戒処分から1か月

 裁判所は、以前にも似たような理由で懲戒処分や指導を受けていたことを指摘し、最後の懲戒処分から1か月程度の経過観察で改善の見込みがないと見切りをつけても不合理ではないと判示しました。

 ただ、最初の業務改善指導書の交付から起算すれば、10か月程度様子が見られていることも意識しておく必要があると思います。

 本件は原告の方の行動に精神疾患の影響があったことも示唆・懸念されている事件ではありますが、職場の無断離脱といった比較的改善しやすい問題行動について、改善の機会を与えたといえるために必要な経過観察期間を理解するにあたり、参考になる事案だと思います。

 

取引先の従業員にぞんざいな口をきいて軋轢を生じさせることは、パワハラには至らなくても解雇の正当性を基礎づける理由の一つになる

1.取引先からのハラスメント

 今年の1月15日、

事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針

という文書が告示されました(厚生労働省告示第5号)。

https://www.mhlw.go.jp/hourei/doc/hourei/H200116M0020.pdf

 俗に、パワハラ防止指針と呼ばれているものです。

 パワハラ防止指針は、

「事業主は、取引先等の他の事業主が雇用する労働者又は他の事業主(その者が法人である場合にあっては、その役員)からのパワーハラスメントや顧客等からの著しい迷惑行為(暴行、脅迫、ひどい暴言、著しく不当な要求等)により、その雇用する労働者が就業環境を害されることのないよう、雇用管理上の配慮として、・・・取組を行うことが望ましい。」

と規定しており、事業主に対して自社の労働者が取引先の労働者からパワーハラスメント等の迷惑行為を受けた場合にも、雇用管理上の取り組みを行うことを推奨しています。

 これは、カスタマーハラスメントとも呼ばれる取引先からの迷惑行為が社会的に注目されるようになったことを受けて、指針として盛り込まれたものです。

 取引先からのハラスメントに対する問題意識の高まりを受けてか、近時公刊された判例集に、取引先の従業員にぞんざいな口をきいて、取引先と軋轢を生じさせたことを、解雇の正当性を基礎づける事情の一つとして位置づけた裁判例が掲載されていました。東京地判令元.9.18 労働判例ジャーナル95-40 ヤマダコーポレーション事件です。

2.ヤマダコーポレーション事件

 本件で被告となったのは、圧縮空気を動力源としたポンプを製造・開発するメーカーです。

 原告になったのは、被告に採用され、経営企画室IT管理者(係長)として勤務していた方です。試用期間の満了の約2週間前に解雇通知を受けたことから、その効力を争い、被告に対して地位確認等を求める訴訟を提起しました。

 本件で被告が挙げた解雇事由の一つが、取引先(富士エフ・ピー株式会社)の担当者であるq5氏に対してパワーハラスメントを行ったことです。

 平成29年10月19日、被告の購買EDI(Electronic  Data  Interchange)システムにおいて、被告から富士エフ・ピーへの発注データの一部が送信できないというトラブル(本件トラブル)が発生しました。

 被告側で本件トラブルの処理にあたったのが原告でした。

 富士エフ・ピーの担当者q5は、本件トラブルの原因は被告側の管理に係るサーバの問題であるとし、そのサーバに該当するデータが格納されているかどうかの確認を求めました。

 しかし、原告はq5からの要請に応えることなく、

「貴社にデータが到達しなかった理由はなんですか? 弊社は貴社のプログラムが動作しなかったことが要因ではないかと推測しております。」

などという質問や、富士エフ・ピーで直ちに対応することが不可能な要求を、メールや電話で繰り返し行いました。

 これを受けて、富士エフ・ピーはストレス管理の問題から担当者をq5から管理部のq8に変更したうえ、何度説明しても同じ内容のメールが送られてくることなどを被告に抗議しました。

 結局、本件トラブルの原因は被告側のシステムエラーであることが判明し、被告が取引先と余計な軋轢を生じさせた原告の行為を問題視したという流れになります。

 裁判所は、次のとおり述べて、被告が行った原告に対する解雇(本採用拒否)は有効だと判示しました。

(裁判所の判断)

「富士エフ・ピーの担当者であったq5氏との間での本件トラブルをめぐるやりとりについては、これが、被告の就業規則・・・やパワーハラスメントの防止に関する規程・・・において定められている『職場において、職権などの立場を利用して業務上の適切な範囲を超えて、個々の従業員の人格を無視した言動や強要を行い、従業員の労働条件に不利益を与えたり、従業員の健康や職場環境を悪化させる行為』といえるほどの違法性が認められる事情とまでは一概に評価できないものの、他方において、富士エフ・ピーの担当者からは、本件トラブルに関する原告との一連のやりとりについて、会社として明示的な抗議を受けていること・・・、その後、q6課長を含む被告関係者が、原告の対応について、富士エフ・ピーに謝罪に出向いていること・・・からすれば、少なくとも、原告の行為は、被告と富士エフ・ピーとの間での軋轢ないし関係修復が困難な状況を発現させたものと評価するのが相当である。そして、本件トラブルの解決に際しては、富士エフ・ピーとしては、原告に対して、本来的には、被告の社内中継サーバ内のログの有無を確認しなければ、送信エラーの有無が判別できず、対象となるデータもターゲットフォルダに到達していないために、送信の事実を確認しようがないと回答し続け、中継サーバ内のログを被告において確認する必要があることを繰り返し説明したにもかかわらず、原告は、被告社内にはデータが残存していないため、送信されたものと考え、データを1日程度残す方法、異常時に再起動する方法など現状ではできないことを質問したり、富士エフ・ピーのWAOシステムの異常である等と主張したために、事態が前進しない状況となり、富士エフ・ピー側の担当者交代及び被告に対する抗議という事態を招いたものであって、このような事態に陥ったのは、結果的には原告の対応が原因であったと認められる。」
(中略)
「原告には協調性に欠ける点や、配慮を欠いた言動等により、被告の社内関係者及び取引先等を困惑させ、軋轢を生じさせたことなどの問題点があり、被告の指導を要する状態であったと認められる。」
「そして、試用期間中の解雇は、本採用後の解雇より広汎に許容されることに加え、試用期間が3か月間と設定され、時間的制約があることにも鑑みれば、比較的短期間に複数回の指導を繰り返すことを求めるのは、使用者にとって必ずしも現実的とは言い難いところ、現に、原告の上司であるq9室長やq6課長が、入社から2か月目面談の実施まで、原告の上記問題点を改めるべく、機会を捉えて原告に対する相応の指導をするも、それに対する原告の反応や態度等・・・を踏まえると・・・、上記問題点に対する原告の認識が不十分であるか、原告が指導に従う姿勢に欠ける等の理由で、改善の見込みが乏しい状況であったことが認められる。」
「さらに、原告のITの専門家としての経歴及び被告における採用条件や職務内容、原告と他部署との関係等・・・を考慮すると、被告において、原告について配置転換等の措置をとるのは困難であり、かつ、前述した原告の問題点は、配置転換をすることにより改善が見込まれる性質のものでもないこと、被告が主張する解雇事由は、結局のところ、原告の勤務に臨む姿勢や態度といった根本的で重大な問題を含むものであって、係長としての管理職の資質に関するものであると解されること、原告は当時試用期間中であり、被告への入社までにすでに3社に勤務しており、システムエンジニアとして約27年間の社会人経験を経ているのであって・・・、上司からの指導を受けるなど、改善の必要性について十分認識し得たのであるから、改めて解雇の可能性を告げて警告することが必要であったともいえないことなどの事情に加え、被告の取引先との関係悪化等の上記事実関係からすると・・・、深刻又は重大な結果が生じなかったとしても、原告の雇用を継続することにより、今後、被告側の経営に与える影響等も懸念せざるを得ないことなどを総合的に考慮すると、被告が、試用期間中である同年11月30日の時点において、試用期間の満了までの残り2週間の指導によっても、原告の勤務態度等について容易に改善が見込めないものであると判断し、試用期間満了時まで原告に対する指導を継続せず、原告には管理職としての資質がなく、従業員として不適当である・・・として、原告の本採用拒否を決定したことをもって、相当性を欠くとまではいえない。」
「そうすると、本件解雇は、解約権留保の趣旨・目的に照らして、客観的に合理的な理由があり、社会通念上も相当というべきであるから、原告と被告との間の雇用契約は本件解雇により終了したものと認められる。」
「したがって、原告の労働契約上の地位確認請求・・・及び本件解雇以降の賃金支払請求・・・は、いずれも理由がない。」

3.会社の威を借ってはいけない

 本件は社内でも数多くのトラブルを引き起こしており、取引先の従業員に対するぞんざいな対応だけで解雇(本採用拒否)になったわけではありません。

 しかし、取引先の従業員に対してぞんざいな対応をすることは、ハラスメントといえるほどの違法性がなかったとしても、解雇の正当性を根拠付ける理由になります。取引先も自社の従業員を守る必要があるため抗議してきますし、正式な抗議があれば勤務先会社としても何等かの対応はせざるを得ません。

 パワハラ防止指針の施行(令和2年6月1日より施行)に伴い、ハラスメントに対する行政・司法の姿勢は、厳しくなることはあっても緩やかになることはないだろうと思われます。

 パワハラ防止指針の施行前においてすら、ヤマダコーポレーション事件のような裁判例が出されていることからすると、当たり前のことではありますが、会社の威を借って取引先の担当者に高圧的な物言いをしたなどと非難されないよう、労働者は、部下に対してだけではなく、取引先に対しても、節度を持って接する必要があります。

 

フリーランスの中には労働者性の認められる方が混ざっている

1.擬似労働者の問題

 ネット上に、

「フリーランスや自営業者にも休業補償…政府が支援対象拡大へ」

という記事が掲載されています。

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20200304-00050158-yom-pol

 記事には、

「菅官房長官は4日午前の記者会見で、新型コロナウイルスの感染拡大に伴う一斉休校を巡り、子どもの世話で仕事を休んだフリーランスや自営業者にも支援措置を講じる考えを示した。」

「政府が2日に創設を発表した新たな助成金制度は、企業に対し、正規か非正規かを問わず1人当たり日額8330円を上限に、保護者の休暇中の賃金全額を支給するもので、自営業者らは対象外だった。菅氏は支援について「可能な限りの対応をやりたい」と述べた。」

「安倍首相も3日の参院予算委員会で『フリーランスを含む個人事業主の声を直接うかがう仕組みを作り、しっかりと対策を講じる』と答弁していた。」

と書かれています。

 フリーランスへの議論の在り方を考えるにあたっては、誤分類と呼ばれる擬似労働者の存在を考えておく必要があります。誤分類・擬似労働者というのは、形のうえではフリーランスや個人事業主に該当していても、実質的には雇用されている労働者に等しいと言われている方々を言います。フリーランス・自営業者とされている人の中には、労働者性を争えば認められそうなものが相当数含まれています。

 近時公刊された判例集に掲載されている令元.10.24労働判例ジャーナル95-24イヤシス事件もそうした事例一つです。

2.イヤシス事件

 本件で被告とされたのは、リラクゼーションサロンの経営等を目的とする有限会社です。

 原告らになったのは、被告の運営する店舗施術等を担当した方です。自分達は労働者であるとして、未払い割増賃金等の支払いを求める訴えを起こしました。

 これに対し、被告は、原告らと締結した契約は労働契約ではなく、業務委託契約であると主張し、原告の請求の棄却を求めました。

 裁判所は、次のとおり述べて、原告らの労働者性を肯定しました。

(裁判所の判断)

-業務従事時間の拘束性-
「原告らの業務従事時間については、本件各契約書に「委託時間は1日8時間から10時間を目途とする」と記載され・・・、原告らに送付されたスタッフハンドブックにも『10分前出勤を徹底』、『休憩は8時間勤務で1時間』、『(※休憩中でも施術に入らなければいけない場合あり)』等の記載がある・・・。なお、被告代表者の陳述書・・・にも、店舗運営上原告らの面接時にできるだけ8時間はいてもらいたい旨伝えたとの記載がある。加えて、本件店舗に配置されたスタッフは、3名ないし4名であり、そのシフトにおいて、各日の労務を提供するのがそのうち2名又は3名であるところ、本件店舗においてスタッフ不足を理由に閉店できないから、休日の希望日が重なれば、どちらか一方が業務に従事せざるを得ない。また、例えば、2人体制の日にシフトで割り当てられた業務従事時間中に中抜け(休憩や私用等の都合のために一時的に業務から外れること)すると、本件店舗の業務従事者が1人になる。このような人員体制の状況を考えると、原告らが自由に中抜けすることも困難である・・・。他方で、被告が原告らの休日希望日が重なった場合に他の店舗から従業員を応援に出すなど原告らの自由に休んだり、中抜けしたりできる体制を構築していたことを認めるに足りる証拠もない。さらに、原告らは、被告に対し、売上兼出勤簿において、客の人数や売上のみならず、出退社時間も報告していた・・・。そうすると、仮にEが原告らに対し、業務従事(出勤)を明確には指示していなかったとしても、原告らは、被告によって業務従事時間の拘束を受けていたといわざるを得ない。」
-報酬の労働対価性-
「原告らの報酬は、歩合制であったけれども、1日当たり6000円又は5000円の最低保証額が定められており、しかも原告らの業務従事時間が8時間に満たない場合には減額されていたのであるから・・・、原告らの報酬は労働の対価と評価せざるを得ない。」
-諾否の自由、業務の内容・遂行方法に対する指揮命令、業務従事場所の拘束性、事業性等-
 そのほか、原告らが顧客の施術の依頼を自由に断れるわけではないこと・・・、被告が運営する店舗として他の店舗と同等のサービスを実施してもらう必要があった、、、こと(そのための研修を受けてもらう必要もあること)は被告も認めていること、原告らが被告に対し、イヤシスデータや売上兼出勤簿等によって業務報告をしていたこ、原告らの業務従事場所が本件店舗と定められていたこと・・・、本件店舗自体及びその備品を被告が提供していたこと・・・、後述のとおり、原告らの報酬がほとんど最低保証額であって最低賃金を下回るものであり、被告の他の従業員に比して高額なものであったとはいえないこと、本件各契約書には、労働契約書を修正等して作成されたためとはいえ、原告らが指摘するように『遅刻』や『始末書」』労働契約を前提とした文言が記載されていること・・・、本件各契約を業務委託とすることは、結果として、本件店舗の新規開店に伴うリスク(これまで展開してきたビジネスモデルと異なり、本件店舗での経営状況を計れなかったこと、周辺の他店舗との競争が激しいこと)をリラクゼーション業務の経験が乏しい原告らに負担させることとな「原告らに酷な状況であったこと・・・からすれば、本件店舗には原告らと同様に委託契約を取り交わした者以外には店長を含む被告の従業員が配置されていなかったこと、原告らと被告の従業員(労働契約を締結した者)とで業務従事時間の管理や報酬、評価制度の有無等異なった取扱いがされていること等被告が指摘する点を考慮しても、原告らは、労基法上の労働者に当たると認められる。」

3.フリーランスの実体

 フリーランスというと労働者と対置される概念として理解されがちですが、その地位は労働者と連続的であるように思われます。

 フリーランスとは銘打っていても、実体を分析してみると労働者と同様であったり(疑似労働者)、仕事を発注してくれる特定の一社に経済的に従属していたりすることは珍しくありません。

 所得補償などの貧困問題を考える政策を考えるにあたっては、フリーランスと呼ばれる人の中に、被用者と大差ない生活を送っていることが意識される必要があります。しかし、フリーランスの中で支援を必要としている人としていない人とを仕分けすることは、極めて困難です。救済の必要がある方を洩れなく救済することを試みようとする政府の方針は、フリーランスの実体を踏まえた適切な判断だと思われます。

 イシヤス事件のように、時間的・場所的に強く拘束されていて、最低賃金を割るような報酬水準・支払条件で働かされている人は少なくないだろうと思います。

 労働者かどうかは、契約の表題などの形式で決まるわけではなく、稼働の実体を見て判断されます。

 契約の表題が業務委託契約になっていたとしても、雇われているのと変わらないのではないか? という疑問を感じている方は少なくないと思います。こうした方は、一度、弁護士のもとに相談に行ってみるとよいと思います。労働者性が認められれば、残業代の請求など、労働基準法に根拠のある種々の権利行使の途が開かれることになります。

 

週刊誌のいう「事情を知る関係者」が法律を知っているとは限らない

1.不倫騒動で職場を訴えることはできるのか?

 ネット上に、

「不倫騒動でNHKを提訴 テレ朝『村上祐子』エリート夫の奇策」

という記事が掲載されています。

https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20200303-00610860-shincho-ent

 記事には、

「テレビ朝日『朝まで生テレビ!』の進行役としてお馴染みの元アナウンサー・村上祐子氏(41)。昨年4月、『週刊ポスト』にNHK記者とのお泊まり愛をすっぱ抜かれ、朝生への出演を見合わせることに。今では復帰を果たしたが、この騒動、思わぬ展開を見せていた。」

「一体、何が起きているのか。祐子氏の夫にしてテレ朝の同僚でもある西脇亨輔氏(49)が、妻とお泊まり愛を演じた男性X氏の勤務先、NHKを昨秋、なんと提訴するに及んでいたのだ。」

「相手はつまり、会社である。」

「もとを辿れば祐子氏は、西脇氏と5年ほど前に別居、離婚調停を申し立てていた。これが不調に終わると今度は訴訟に踏み切るが、その最中に週刊ポストの報道が世に出る。すると西脇氏がNHK記者のX氏を提訴。何が何やら夫婦双方、引くに引けない状態だった。」

「で、西脇氏による今般の、NHK本体に対する提訴。果たして、どんな理屈なのか。」

事情を知る関係者が言う。

西脇氏が持ち出したのは、NHKの使用者責任を問う論法。たとえば航空会社のCAとパイロットが浮気したら、会社の責任は問えそうだし、マッサージ店の男性施術師が客の女性と深い仲になれば、店にも問題はありそうだ。そうした考え方を援用したものです

「ほう、なるほど。」

「祐子氏とX氏は、テレ朝とNHKという別々の社のそれぞれ政治部で取材活動をしているが、情報交換というあくまで“職務”の中で誼(よしみ)を通じてしまった。仕事の過程で不法行為ともとれる関係が生じたのなら、使用する会社にも責任はあるだろう、というわけ。テレ朝の持つ情報を妻経由でNHKが得ていたとしても問題ですよね、と」

(後略)

などと書かれています。

2.「事情を知る関係者」が法律を知っているとは限らない

 このような記事を見て、一般の方が悪い意味で影響されることがないよう、「事情を知る関係者」の理屈に問題があることを指摘しておきます。

 記事が指摘する「使用者責任」とは、

「ある事業のために他人を使用する者は、被用者がその事業の執行について第三者に加えた損害を賠償する責任を負う。」

という民法上の規定(民法715条1項本文)を根拠とする責任をいいます。

 しかし、直観的に分かると思いますが、不貞行為は会社の事業とは関係がありません。そのため、不貞行為が「事業の執行について」行われたと認められる可能性は極めて例外的で、通常、会社が責任を負うことはありません。

 例えば、東京地判平15.4.24LLI/DB判例秘書登載は、パイロットAの妻が、パイロットAと不貞行為に及んだ客室乗務員Y2、パイロットA・客室乗務員共通の勤務先Y2に損害賠償請求訴訟を提起した事案において、

被告Y1とAとの不貞行為は、それがAの乗務宿泊先であるホテルに同宿するなどしてされたものであることなどを考慮しても、社会通念上、被告Y1の私生活上の行為でしかなく、外形的、客観的にみて、被告Y2の事業の執行についてされたものということはできない。したがって、被告Y2が被告Y1とAとの不貞行為について使用者責任を負担するということはできない。なお、原告は、被告Y2は、その被用者であるパイロット、客室乗務員等が不貞行為をすることのないように教育する義務を怠り、被告Y1とAとの不貞行為を助長したなどとも縷々主張する。しかし、被告Y2は、就業規則等に基づいて、被用者に対し、不貞行為等の非違行為をしない義務を課しているものの、被用者又はその他の者に対し、被用者が不貞行為等の非違行為をすることのないように教育する義務を負担しているわけではないのであるし、また、本件全証拠によるも、被告Y2が被告Y1とAとの不貞行為をことさらに助長したと認めることはできないから、原告の上記主張を採用することはできない。

と使用者責任の成立を否定しています。

 また、東京地裁平17.5.30LLI/DB判例秘書登載は、原告の妻Bと接骨院の従業員Aが不貞行為に及んだことを前提に、原告が従業員Aの勤務先接骨院を被告として損害賠償請求訴訟を提起した事案において、

原告の主張するAの不法行為は、Bとの間の不貞行為及びこれに関連してなされた離婚届の偽造・提出行為、原告とBとの間の子供らを連れての宿泊というものであり、このような行為が、被告の事業である本件接骨院での治療(仙骨、カイロ、テーピング及び鍼灸等による治療・・・)に該当せず、かつ、前記治療(行為)の延長ないしこれと密接な関係のある行為とも認められないことは明らかである。
「したがって、原告の本件請求は、その余の点(Bとの間の不貞行為等、原告の主張するAの不法行為の事実の有無を含む)について判断するまでもなく、理由がない。」

と使用者責任の成立を否定しています。

 確かに、妻を姦淫された夫が、姦淫者の勤務先を訴え、勤務先(自衛隊)に損害賠償責任が認められた事案もなくはありません(神戸地姫路支判平26.2.24LLI/DB判例秘書登載)。

 しかし、神戸地姫路支判平26.2.24LLI/DB判例秘書登載の事案は、自衛隊所属のカウンセラーが、カウンセリングの流れで、原告の妻を強いて姦淫した事件です。これを苦にした原告の妻が自殺未遂をしたことから事実が発覚し、その後、妻はカウンセラーを警務隊に告訴しています。これは強制性交・強制わいせつに近似する事案であり、そもそも不貞と呼べるかどうか微妙なケースです。使用者にはセクハラを防いだり、強制性交・強制わいせつから従業員を守ったりする義務はありますが、不貞行為にまで目を光らせる義務を負うわけではありません。

 記事の「事情を知る関係者」なる方が展開している立論は、裁判実務で一般に受け入れられている考え方ではありません。

3.不倫騒動で勤務先を巻き込むのは危険

 なぜ、このようなことを書くのかというと、一般の方が真似をすると危ないからです。

 上述のとおり、使用者には、従業員が不貞行為に及ばないように教育したり、不貞行為に及ばないように目を光らせたりする義務があるわけではありません。部外者である勤務先を敢えて巻き込もうとすると、そうした行為自体が全く関係のない第三者に不名誉な事実を告知するものとして違法性があると評価されかねません。不貞慰謝料を請求できる権利があっても、相手方からも名誉権の侵害などを理由に損害賠償を請求され、権利が目減りしかねないということです。

 記事には、

「離婚訴訟は代理人を立てずに自ら戦い、X氏とNHKに対する裁判もやはり本人訴訟で行っている。」

という記述があります。

 職場を相手方とする訴えを本人訴訟(弁護士を代理人に立てない訴訟)で行っていることには、

① 自分の技量に自信を持っている、

② 単に受任する弁護士がいなかった、

の二つの可能性があります。

 不貞行為にまつわる通知を職場宛てに出して懲戒になった例が一定数あるため、「職場に不倫の使用者責任を問いたい」と相談を受けても、普通の弁護士であれば「そういう依頼は受けられない。」と回答すると思います。上述の神戸地裁姫路支部の裁判例ような例外的な場合であっても、受任する弁護士を探すのは難渋するのではないかと思います(夫を代理するのではなく、セクハラや強制性交等の被害を受けた妻の代理人として勤務先の使用者責任を問うという構成であれば、受任する弁護士は普通にいるとは思いますが。)。

 不倫騒動に勤務先を巻き込むことは、理屈はあるけれども知られていないというのではなく、法的な理屈が成り立たないから一般に行われてはいないのです。勤務先を巻き込まないのは、益が見込めない反面、反撃を受けるリスクが高いからです。

 そのため、一般の方は、間違っても「事情を知る関係者」なる者の怪しげな法律論を真に受けたり、記事を模倣しようと思ったりしないことをお勧めします。

 

裁判所からの和解勧試を「検討する」ことの意義(NGT裁判)

1.裁判所からの和解勧試を「検討する」ことの意義(NGT裁判)
 ネット上に、
「NGT48裁判 地裁が和解提案 AKSは山口さん証人申請断念」
との記事が掲載されていました。
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20200302-00000545-san-soci
 記事には、
「新潟を拠点に活動するアイドルグループ『NGT48』の元メンバー、山口真帆さん(24)に対する暴行問題をめぐり、運営会社『AKS』(東京)が、暴行容疑で逮捕された男性ファン2人=不起訴=に3000万円の損害賠償を支払うよう求めた裁判で、新潟地裁が原告と被告に和解を提案したことが2日、AKS側代理人弁護人(これは「弁護士」の誤記だと思います。以下同じ。括弧内筆者。)への取材で分かった。両者とも『検討する』として持ち帰ったという。
「同弁護人によると、同日に開かれた弁論準備手続ではこのほか、AKS側が男性ファン2人を証人申請(これも「被告男性ファン2名の当事者尋問の申出」の誤記ではないかと思います。括弧内筆者)する意向を地裁に伝えた。3月27日に行われる弁論準備手続で申請する方針。」
「また、AKS側はこれまで山口さんの証人申請を検討していたが、『本人の立場やプライバシーの問題、負担』(同弁護人)などを考慮し断念したことも明らかにした。」
「AKS側が2人の逮捕時の供述調書などの開示を求めた文書送付嘱託については、新潟地検が応じなかったという。」
と書かれています。
 しかし、今更、何を検討するのだろうか? と思います。
2.今更、何を「検討する」のだろうか?
 昨年7月10日に原告側訴訟代理人弁護士は、
「被害による請求ということもあるが、額の問題ではなく、真相解明に向けて進めていきたい。真相解明をメンバーの方々や、親族の方々が求めている。そういった思いを会社も受けて、原因を究明して再発防止につなげたいという目的のために裁判を粛々と進めていきたい
と発言していたと報道されています。
https://www.nikkansports.com/entertainment/news/201909200000629.html
 裁判は、当事者の主張を聞き、その主張を裏付けるだけの証拠があるのかどうかをチェックする手続です。真相解明のために構築されているシステムではなく、裁判所が自ら積極的に事実や証拠を集めることもありません。
 相手方の主張を検討したり、相手方の関係者への尋問が可能になったりすることから、副次的に真相を解明する機能がないわけではありません。
 しかし、当然のことながら、相手方当事者・相手方証人は、相手方にとって有利なことしか喋ろうとしません。大の大人が専門家(弁護士)を交えて想定問答を検討し、何度もリハーサルを重ねて準備するのが尋問手続です。関係者から、有利・不利なことを問わず、そのまま真相が語られると信じている素朴な弁護士は殆どいないと思います。
 また、山口氏の協力がなければ、被告側の主張に対して的確な反論ができず、請求を維持し難くなることも、初めから分かっていたはずです。そのことは訴状を見なくても、ある程度推測できます。根拠は、本訴が1憶円余りの損害額のうち3000万円を請求するという一部請求の形をとっていたことです(上記リンク先記事の「訴状によると、ファンの男性2人は昨年12月8日、新潟市内の山口の自宅前で、山口の顔をつかむなど暴行。その後、今年1月に山口が事件を明らかにして以降、劇場公演の中止や予定していたホールツアーの中止、広告打ち切りなどによる損失、メンバーの自宅警備費用などにかかった計1億円余りのうち3000万円を請求している。」との記載参照)。
 常識的に考えて頂ければ分かると思いますが、真実1憶の損害が発生していると確信できる事案では、躊躇せず1憶の損害賠償を請求します。1憶の損害が発生しているのに3000万円の損害の賠償しか求めないということは普通ありません。
 実務上、一部請求が使われるのは、
① 立証に難点がある場合、
② 総損害額を訴訟提起時点で確定できない場合、
のいずれかです。
 弁護士費用を措くとしても、訴訟提起はタダではできません。
 訴状に印紙を貼る必要があります。
 印紙は請求金額によって決まっており、1憶円の請求だと32万円分の収入印紙を貼らなければなりません。3000万円の請求だと11万円分の収入印紙の貼付が必要になります。
http://www.courts.go.jp/saiban/tesuuryou/index.html

http://www.courts.go.jp/vcms_lf/315004.pdf
 敗訴リスクが無視できない高額請求事案では印紙代が高いので、一部請求の形式をとって様子を見て、負けそうならそのまま、勝てそうなら請求を拡張するという訴訟戦略がとられることがあります(ただ、印紙代はかかるとはいっても、請求額との関係ではそれほど高額というわけでもないため、資力のある当事者が1憶レベルの請求をするに留まる場合、印紙代の節約に走ることは割と例外的だとは思います。記述したような訴訟戦略は、主には手持資金に乏しい人が一か八かの裁判をするときに使われます。)。
本件では総損害額が訴状で明示されていたとのことなので、総損害額が不明だというケースではなく、原告は山口氏の協力を欠く立証計画に無理があることを最初から認識していたのだと思います。
 真相解明にシステム上の限界があることも、立証上の難点があることも理解したうえで、それでも、
「額の問題ではなく、真相解明に向けて進めていきたい。」
ということで訴えを提起したのに、被告2名の当事者尋問も未了のうちから、今更何を検討することがあるのだろうかというのが私の疑問の趣旨です。
 訴訟提起の趣旨が、額の問題ではなく真相解明に向けたものであるとするならば、検討するまでもなく、和解勧試(裁判所からの和解の提案)は断り、尋問、判決へと粛々と手続の進行を求めるのが標準的な手続態度ではないかと思います。
3.訴訟提起は適切な選択だったのだろうか?
 もし、和解になる場合、この種の訴えでは、秘密保持条項が挿入されるのではないかと思います。
 秘密保持条項というのは、
「原告及び被告は、本件及び本和解の内容について、正当な理由なく、第三者に口外ないし開示しないことを、相互に確約する。」
といった趣旨の条項です。
 被告側で好き勝手なことを言われると困るため、原告側としては秘密保持条項の挿入は求めるだろうと思います。
 しかし、余程特殊な事情でもない限り、被告側に対して秘密保持を求めると、被告側からも原告側に対して秘密保持を求められます。一方的に自分達を非難されないため、発言も反論もできないのであれば、そちらも余計なことは言ってくれるなとなるわけです。
 このようなことからも、真相解明を目的として訴訟をする場合、和解という選択は取りにくいのではないかと思います。
 「真相解明に向けて進めていきたい。」と大見得を切ってしまった以上ここで引く訳には行かない、かといって山口氏の協力がないのに勝負に出て万が一にも負けることがあったら非常に見栄えが悪い、この二律背反が、原告の「検討する」という言葉に表れているのではないかという気がします。
 しかし、こうした雪隠詰めのような状況になることは当初から予測できたことです。既成事実を積めば山口氏が協力すると踏んでいたのかも知れませんが、そうした神風作戦が奏功しなかったからといって今更方針に思い悩むくらいであれば、最初から訴訟は提起しない方が良かったのではないかと思います。今のところ、本訴は被告側の信憑性に疑義のある主張を拡散し、暴行事件の被害者(山口氏)に二次被害を与える程度の意義しか果たせていないように思われるからです。

 

新型コロナ対策-従業員の「体温」の掲示板記入の問題に男女差は関係あるか?

1.新型コロナ対策と従業員の「体温」の掲示板記入問題

 ネット上に、

「新型コロナ対策、従業員の「体温」を掲示板に記入させて公開 こんな職場は問題では?」

との記事が掲載されていました。

https://www.bengo4.com/c_5/n_10858/

 記事は、

「新型コロナウイルスの対策として、従業員に『毎朝の体温測定と体温報告』を求める企業もあるという。報告先は上司や総務課など、会社によってさまざまだ。」

(中略)

「相談者の会社では、仕事が始まる前に全員が検温をしなければならない。ここまでは許容できるとしても、問題はその先だ。会社内の掲示板に張り出した用紙に自分の体温を記入しなければならず、その掲示板は誰もが見ることができるのだという。」

との事実関係を前提に、

「男性が多い職場のため、抵抗があります。拒否することはできないのでしょうか」

と問題提起しています。

 これに対し、回答者となっている弁護士は、

「プライバシー権は『私生活をみだりに公開されない権利』(伝統的古典的定義)や『自己の情報をコントロールする権利』(憲法学の通説的見解)などと定義されます。」

「もし、プライバシー権を『自己の情報をコントロールする権利』と解した場合には、毎朝の体温を公表されることは個人のプライバシー権を侵害する行為に該当し得ると思われます。」

「特に、妊娠・出産を望んでいる女性従業員にしてみれば、公表の期間が1か月にも及べば、自らの基礎体温を公表するに等しいといえます。そのため、プライバシー侵害の程度は男性従業員のそれに比して極めて強いと考えます

と回答しています。

 このような会社が現実に存在するとすれば、私も会社の対応には問題があると思います。しかし、この問題を考えるにあたっては、

性差は関係あるのだろうか? 

プライバシー侵害の程度は男性従業員のそれに比して極めて強いと言えるのだろうか? 

と疑問に思っています。

2.厚生労働省ガイドライン

 厚生労働省は、

「雇用管理分野における個人情報のうち健康情報を取り扱うに当たっての留意事項」

という文書を作成・公表しています。

https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000027272.html

https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-12600000-Seisakutoukatsukan/0000167762.pdf

 「任意に労働者等から提供された本人の病歴、健康診断の結果、その他の健康に関する情報」は「留意事項」のいう「健康情報」の定義に含まれるため、「留意事項」に添った取扱いが必要になります。

 そして、留意事項では、

「健康情報については労働者個人の心身の健康に関する情報であり、本人に対する不利益な取扱い又は差別等につながるおそれのある要配慮個人情報であるため、事業者においては健康情報の取扱いに特に配慮を要する。」

と規定されています。

 健康情報の取り扱いの場面では、差別等につながる可能性があることは、欠かすことができない視点だと思います。

 新型コロナウイルスへの罹患についても、東京都総務局人権部が、

「新型コロナウイルスの感染が拡大する中、感染者や中国の方に対する誹謗中傷や心無い書き込み等がSNS等で広がっています。また、感染者を受け入れた病院で職員やその子供がいわれのない差別的扱いを受けたり、海外旅行から帰国後自宅待機を無給で命じられたりするなどの事例も発生しています。」

と注意喚起しているとおり、不確かな情報に惑わされたことによる人権侵害・差別を引き起こしかねない問題として考えることが必要だと思います。

https://www.soumu.metro.tokyo.lg.jp/10jinken/tobira/

3.基礎体温の公開といったレベルの問題なのだろうか?

 少し前に、

「採用面接で嘘をつくことは例外なく責められるべきことなのか?-HIV訴訟」

という記事を書きました。

https://sskdlawyer.hatenablog.com/entry/2020/02/27/011921

 記事でご紹介した裁判例(札幌地判令元.9.17労働判例1214-18 社会福祉法人北海道社会事業協会事件)は、

「HIVに感染しているという情報は、極めて秘密性が高く、その取扱いには極めて慎重な配慮が必要であるのに対し、HIV感染者の就労による他者への感染の危険性は、ほぼ皆無といってよい。そうすると、そもそも事業者が採用に当たって応募者に無断でHIV検査をすることはもちろんのこと、応募者に対しHIV感染の有無を確認することですら、HIV抗体検査陰性証明が必要な外国での勤務が予定されているなど特段の事情のない限り、許されないというべきである。

と述べています。

 新型コロナウイルスに関しては、他者への感染の危険性があるため、これと同列に議論することはできないと思います。事業主には安全配慮義務の一環として他の従業員への感染を防ぐ責務があり、時節柄、労務管理部門が、取扱いに注意しながら、体温に関する情報を収集・取得すること自体には、それほどの問題はないと思います。

 しかし、疾病とそれに伴う社会的偏見・差別の問題は密接不可分な問題として意識されておく必要があります。

 掲示板に体温を記入させ続ける措置は、新型コロナウイルスに感染している可能性を公にすることを強いているのと同義だと思います。

 感染者に対して不利益取扱・差別が生じかねない社会状況において、そうした行為を強制することは、業務命令権の濫用というのかプライバシー権の侵害というのかは別として、不適切な行為であることは確かだと思います。それは、女性の基礎体温云々といった話ではなく(基礎体温を知られたくないという心情を否定するものではありませんが)、性差に関係のない、差別との脈絡で意識される必要があるのではないかと思います。

4.男性にとっても、強度のプライバシーの侵害と言えるのではないだろうか

 以上のような意味において、記事にかかれているような取扱いは、男性にとっても女性にとっても、等しく強度のプライバシー侵害に該当するのではないかと思っています。

 記事で回答を担当している弁護士の「プライバシー侵害の程度は男性従業員のそれに比して極めて強いと考えます」との記載を見て、女性だから救済されると思いこむ人が出かねないと思い、本記事を執筆しました。

 この問題に関しては、特に定まった見解はないと思いますが、性差が関係ないという見解を持つ弁護士もいることを、ご承知おき頂ければと思います。

 

告知・聴聞の機会を欠く公務員の懲戒処分の効力

1.公務員の懲戒と告知・聴聞

 公務員に懲戒処分を科するにあたり、事前に告知・聴聞の機会を付与することが必要かどうかという論点があります。 

 最大判平4.7.1最高裁判所民事判例集46-5-437は、憲法31条の理解に関し、

「行政処分の相手方に事前の告知、弁解、防御の機会を与えるかどうかは、行政処分により制限を受ける権利利益の内容、性質、制限の程度、行政処分により達成しようとする公益の内容、程度、緊急性等を総合較量して決定されるべきものであって、常に必ずそのような機会を与えることを必要とするものではないと解するのが相当である。

と判示しています。

 要するに、事前に告知・聴聞の機会を付与することは憲法上の要請ではないという趣旨です。

 こうした判例があることもあり、国家公務員法の概説書には、

「現行法体系では、懲戒処分決定前の事前手続としての聴聞等は義務付けられておらず、懲戒処分に対する不服申立てという事後手続が法定されている」

だけであると書かれています(森園幸男ほか編著『逐条国家公務員法』〔学陽書房、全訂版、平27〕726参照)。

 ただ、だからといって事前手続が重要でないかというと、そういうわけでもありません。上記の国家公務員法の概説書には、上記の説明に続けて、

「しかしながら、処分に当たって公正慎重な手続が求められることに変わりなく、本法及び人事院規則でその手順が定められている。また、一部の府省では処分を判断するための部内手続として懲戒委員会等による審査を設けている。」

と書かれています。

 それでは、以上の理解を前提として、事前の告知・聴聞の機会を欠いたことが、懲戒処分の効力に影響を及ぼすことはあるのでしょうか?

2.二系統の裁判例

 裁判例には二通りの系譜があります。

 一つ目は、福岡高判平18.11.9労働判例956-69 熊本県教委(教員・懲戒免職処分)事件です。

 この裁判例は、

「免職処分は当該職員にとってこの上なく不利益な処分なのであるから、そのような処分をするに際しては、手続的にも適正手続を踏まえていることが不可欠の要請である。この点につき、原判決は、熊本県における市町村立学校の教職員の懲戒手続について、地方教育行政の組織及び運営に関する法律38条1項に定める市町村教育委員会の内申をまって、同法43条3項に基づき制定された熊本県市町村立学校職員の分限及び懲戒に関する条例が準拠するところの熊本県職員の懲戒に関する条例に基づいてなされること、そこには被処分者の弁明についての規定は存在しないことを指摘した上で、『法令の規定上は告知・聴聞の手続を被処分者の権利として保障したものと解することはできず、告知・聴聞の手続きを取るか否かは処分をする行政庁の裁量に委ねられており、手続上不可欠のものとは認められない。ただし、懲戒処分の中でも懲戒免職処分は被処分者の実体上の権利に重大な不利益を及ぼすものであるから、懲戒免職処分に際し、被処分者に対して告知・聴聞の機会を与えることにより、処分の基礎となる事実の認定に影響を及ぼし、ひいては処分の内容に影響を及ぼす可能性があるときに限り、上記機会を与えないでした処分は違法となると解される。』としているが、にわかに首肯することができない。いやしくも、懲戒処分のような不利益処分、なかんずく免職処分をする場合には、適正手続の保障に十分意を用いるべきであって、中でもその中核である弁明の機会については例外なく保障することが必要であるものというべきである。
と判示しています。

 告知・聴聞の機会を付与していれば処分の内容に影響していた可能性があるかどうかにかかわらず、一律に告知・聴聞の機会を付与しなければならないとする立場です。

 二つ目は、高松高判平23.5.10労働判例1029-5 高知県(酒酔い運転・懲戒免職)事件です。

 この裁判例は、

「地方公務員法49条1項において、懲戒処分等の不利益処分を行うに当たって、その職員に対し処分の事由を記載した書面を交付しなければならないものと規定され、また、控訴人の職員の懲戒の手続及び効果に関する条例3条が、懲戒処分としての戒告、減給、停職又は免職の処分は、その旨を記載した書面を当該職員に交付して行わなければならないと定めている(乙1)ものの、懲戒処分を行うに当たって、弁明の機会を与えなければならないとの規定は設けられていない。しかし、地方公務員法27条1項が『すべて職員の分限及び懲戒については、公正でなければならない』として、地方公務員に対する懲戒処分の公正を定めていることに照らすと、特に被処分者の地方公務員としての身分を喪失させるという重大な不利益を及ぼす懲戒免職処分については、処分の基礎となる事実の認定等について被処分者の実体上の権利の保護に欠けることのないよう、適正かつ公正な手続を履践することが要求されているというべきである。かかる観点からすると、懲戒免職処分の基礎となる事実の認定に影響を及ぼし、ひいては処分の内容に影響を及ぼす相当程度の可能性があるにもかかわらず、弁明の機会を与えなかった場合には、裁量権の逸脱があるものとして当該懲戒免職処分には違法があるというべきである。

と判示しています。

 要するに、告知・聴聞の機会を与えなかったとしても、それで懲戒処分が違法になるのは告知・聴聞の機会を与えていれば結論に影響を及ぼしていた可能性のある場合に限られ、告知・聴聞の機会を与えていなかったとしても結論に影響がなかっただろうと言える場合にまで違法になることはないとする立場です。

 どちらかといえば、高松高裁の系譜に立つ裁判例の方が多そうには思いますが、どちらの理解が正当かは未だ決着がついていません。

3.富士吉田市事件

 以上のような議論状況のもと、東京高裁で、事前の告知・聴聞の機会付与と懲戒処分の効力について判示された裁判例が出されました。東京高判令元.10.30労働判例ジャーナル95-16富士吉田市事件です。

 以前、懲戒事由の認定が極めてラフで、懲戒免職処分が取り消された裁判例を「パワハラ冤罪」という表題でご紹介させて頂きました。

https://sskdlawyer.hatenablog.com/entry/2019/06/16/204729

 本件は、この一審甲府地裁の判決の控訴審になります。

 基本的に一審の判断が維持されていますが、特筆するのは告知・聴聞の機会付与との関係です。

 一審は告知・聴聞の機会付与の問題に踏み込むまでもなく懲戒処分は違法だとしたため、この点を判示していませんでした。

 東京高裁も、懲戒事由の大部分は事実として認定できないうえ、わずかに残った問題行為にしても斟酌すべき事情があることから懲戒免職と不釣り合いなのは明らかであるとして、実体判断の問題として懲戒処分の効力を否定しました。

 ただ、東京高裁は、なお書きとして次のとおり判示しています。

「なお、地方公務員法27条は、すべての職員の分限及び懲戒については、『公正』でなければならないと定めているところ、懲戒処分、とりわけ懲戒免職処分は、被処分者である公務員の実体上の権利に重大な不利益を及ぼすものであるから、地方公務員法が求める不利益処分を行うに際しての事前手続が、処分事由書の交付(同法49条)にとどまっており、また、行政庁が不利益処分をしようとする場合には事前の聴聞手続が必要と定める行政手続法の規定が、公務員に対する不利益処分については適用除外とされ、条例上は告知・聴聞の手続を定めていないとしても、当該懲戒処分が科される公務員に対して、少なくとも実質的に告知・聴聞の機会を与えて、実体上の権利保護に欠けることのないようにすることが必要であると解するのが相当である。本件においては、控訴人が本件処分(懲戒免職処分)をするに当たって、被控訴人に対して実質的な告知・聴聞の機会を与えているとはいえないのであって、控訴人は適正公正な手続を履践しているとはいえず、この点からも本件処分の適法性には問題があるというべきである。」

 東京高裁の立場は、結論への影響を問題にしていない点において、文言としては福岡高裁の系譜に近そうな気がします。ただ、懲戒事由の認定がいい加減であった関係で、事案としては適切な告知・聴聞の手続きが踏まれていたとすれば、その段階で結論が変わっていてもおかしくない事案だったともいえそうです。

4.事前のヒアリングと告知・聴聞との違いとは?

 それでは、東京高裁で否定された

「実質的な告知・聴聞の機会を与えているとはいえない」

と消極的に評価された事実関係は、具体的にどのようなものだったのでしょうか?

 残念ながら、これは判決文を読むだけでは、良く分かりません。

 判断するまでもない問題として処理された関係で、一審では手続に関して事実認定が詰められていません。東京高裁も独自の事実認定をしているわけではありません。

 本件でどのような事前手続が履践されているのかは、当事者の主張を対照して推知するほかありません。

 手続違反に関する一審当事者の主張は次のとおりです。

(原告の主張)
「本件処分に際して原告に交付された懲戒処分説明書・・・には、『いつ』、『誰に対して』、『どのような行為』を行ったかの指摘が一切ない。」
「原告は、平成28年11月8日に審査委員会の聴聞を受けるまでに、審査委員会からの同月2日付けの文書・・・により、懲戒事由に該当する可能性があるものとして15項目の行為を示されたが、その内容は、いつ、だれに対する、どのような行為であるかが不明確なものであり、そのため、原告は、上記の審査委員会の聴聞において、十分な弁明を行うことができなかった。本来、審査委員会の聴聞においては、あらかじめ、不利益処分の名宛人となるべき原告に対し、対象行為を明らかにし、十分な弁明をすることができるようにすべきであったにもかかわらず、これをしなかったものであり、このことは、地方公務員法27条1項の分限懲戒手続の公平性に反するものであるから、本件処分には手続違反があり、違法である。」
(被告の主張)
「本件処分には行政手続法が適用されないところ(行政手続法3条1項9号)、地方公務員法49条2項及び3項の規定によれば、処分の事由を記載した説明書の交付と処分は分離されているから、処分説明書の記載内容が不適切であること又は処分説明書に処分理由の説明がないことは、本件処分の効力に影響を及ぼすものではない。」

「一般に、不利益処分に際し、その理由をどの程度提示すべきかという点については、行政庁の判断の慎重と合理性を担保してその恣意を抑制するとともに、処分の名宛人に不服申立ての便宜を与えるという趣旨に照らして、当該処分の根拠法令の規定内容、当該処分に係る処分基準の存否及び内容並びに公表の有無、当該処分の性質及び内容、当該処分の原因となる事実関係の内容等を総合考慮してこれを決定すべきであると解されているところ、本件処分の際の懲戒処分説明書の『処分の理由』の記載に不備があるとはいえない。」
「上記・・・のとおり、本件処分には行政手続法が適用されないところ、地方公務員法29条4項に基づく富士吉田市職員の懲戒の手続及び効果に関する条例においても、聴聞、弁明の機会の付与は要求されておらず、告知、聴聞、弁明の機会の付与がなくとも、本件処分の効力に影響を及ぼさない。」

 本件は事前の告知・聴聞の機会を与えているとはいえないとされている事案ではあります。しかし、原告は審査委員会からの聞き取りは受けていたようで、事前手続が全く踏まれていない事案というわけではなさそうです。

 そうであるにもかかわらず、

「実質的な告知・聴聞の機会を与えているとはいえない」

とされたのは、懲戒事由の特定が不十分で、実質的な弁明を行うことができないような状態であったからだと思います。

 実務上、事前のヒアリングが全く行われないまま懲戒処分が出されることは稀だと思いますが、このヒアリングと法が求める告知・聴聞との違いに関しては、あまり明確には分かっていません。

 抽象的には実質的な弁明が可能だったかどうかで判断されるのだと思います。そして、今回、懲戒事由の特定が不十分なままヒアリングを行うだけでは、告知・聴聞が前置されたことにはならないと判示されました。しかし、それ以上のことは、今後の裁判例の集積を待つことになるのだろうと思います。

 公務員の労働問題に関しては、これをフォローしている弁護士は、現状、極めて少ないと思います。お困りの方は、ぜひ、当事務所まで、ご相談頂ければと思います。