弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

裁判所からの和解勧試を「検討する」ことの意義(NGT裁判)

1.裁判所からの和解勧試を「検討する」ことの意義(NGT裁判)
 ネット上に、
「NGT48裁判 地裁が和解提案 AKSは山口さん証人申請断念」
との記事が掲載されていました。
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20200302-00000545-san-soci
 記事には、
「新潟を拠点に活動するアイドルグループ『NGT48』の元メンバー、山口真帆さん(24)に対する暴行問題をめぐり、運営会社『AKS』(東京)が、暴行容疑で逮捕された男性ファン2人=不起訴=に3000万円の損害賠償を支払うよう求めた裁判で、新潟地裁が原告と被告に和解を提案したことが2日、AKS側代理人弁護人(これは「弁護士」の誤記だと思います。以下同じ。括弧内筆者。)への取材で分かった。両者とも『検討する』として持ち帰ったという。
「同弁護人によると、同日に開かれた弁論準備手続ではこのほか、AKS側が男性ファン2人を証人申請(これも「被告男性ファン2名の当事者尋問の申出」の誤記ではないかと思います。括弧内筆者)する意向を地裁に伝えた。3月27日に行われる弁論準備手続で申請する方針。」
「また、AKS側はこれまで山口さんの証人申請を検討していたが、『本人の立場やプライバシーの問題、負担』(同弁護人)などを考慮し断念したことも明らかにした。」
「AKS側が2人の逮捕時の供述調書などの開示を求めた文書送付嘱託については、新潟地検が応じなかったという。」
と書かれています。
 しかし、今更、何を検討するのだろうか? と思います。
2.今更、何を「検討する」のだろうか?
 昨年7月10日に原告側訴訟代理人弁護士は、
「被害による請求ということもあるが、額の問題ではなく、真相解明に向けて進めていきたい。真相解明をメンバーの方々や、親族の方々が求めている。そういった思いを会社も受けて、原因を究明して再発防止につなげたいという目的のために裁判を粛々と進めていきたい
と発言していたと報道されています。
https://www.nikkansports.com/entertainment/news/201909200000629.html
 裁判は、当事者の主張を聞き、その主張を裏付けるだけの証拠があるのかどうかをチェックする手続です。真相解明のために構築されているシステムではなく、裁判所が自ら積極的に事実や証拠を集めることもありません。
 相手方の主張を検討したり、相手方の関係者への尋問が可能になったりすることから、副次的に真相を解明する機能がないわけではありません。
 しかし、当然のことながら、相手方当事者・相手方証人は、相手方にとって有利なことしか喋ろうとしません。大の大人が専門家(弁護士)を交えて想定問答を検討し、何度もリハーサルを重ねて準備するのが尋問手続です。関係者から、有利・不利なことを問わず、そのまま真相が語られると信じている素朴な弁護士は殆どいないと思います。
 また、山口氏の協力がなければ、被告側の主張に対して的確な反論ができず、請求を維持し難くなることも、初めから分かっていたはずです。そのことは訴状を見なくても、ある程度推測できます。根拠は、本訴が1憶円余りの損害額のうち3000万円を請求するという一部請求の形をとっていたことです(上記リンク先記事の「訴状によると、ファンの男性2人は昨年12月8日、新潟市内の山口の自宅前で、山口の顔をつかむなど暴行。その後、今年1月に山口が事件を明らかにして以降、劇場公演の中止や予定していたホールツアーの中止、広告打ち切りなどによる損失、メンバーの自宅警備費用などにかかった計1億円余りのうち3000万円を請求している。」との記載参照)。
 常識的に考えて頂ければ分かると思いますが、真実1憶の損害が発生していると確信できる事案では、躊躇せず1憶の損害賠償を請求します。1憶の損害が発生しているのに3000万円の損害の賠償しか求めないということは普通ありません。
 実務上、一部請求が使われるのは、
① 立証に難点がある場合、
② 総損害額を訴訟提起時点で確定できない場合、
のいずれかです。
 弁護士費用を措くとしても、訴訟提起はタダではできません。
 訴状に印紙を貼る必要があります。
 印紙は請求金額によって決まっており、1憶円の請求だと32万円分の収入印紙を貼らなければなりません。3000万円の請求だと11万円分の収入印紙の貼付が必要になります。
http://www.courts.go.jp/saiban/tesuuryou/index.html

http://www.courts.go.jp/vcms_lf/315004.pdf
 敗訴リスクが無視できない高額請求事案では印紙代が高いので、一部請求の形式をとって様子を見て、負けそうならそのまま、勝てそうなら請求を拡張するという訴訟戦略がとられることがあります(ただ、印紙代はかかるとはいっても、請求額との関係ではそれほど高額というわけでもないため、資力のある当事者が1憶レベルの請求をするに留まる場合、印紙代の節約に走ることは割と例外的だとは思います。記述したような訴訟戦略は、主には手持資金に乏しい人が一か八かの裁判をするときに使われます。)。
本件では総損害額が訴状で明示されていたとのことなので、総損害額が不明だというケースではなく、原告は山口氏の協力を欠く立証計画に無理があることを最初から認識していたのだと思います。
 真相解明にシステム上の限界があることも、立証上の難点があることも理解したうえで、それでも、
「額の問題ではなく、真相解明に向けて進めていきたい。」
ということで訴えを提起したのに、被告2名の当事者尋問も未了のうちから、今更何を検討することがあるのだろうかというのが私の疑問の趣旨です。
 訴訟提起の趣旨が、額の問題ではなく真相解明に向けたものであるとするならば、検討するまでもなく、和解勧試(裁判所からの和解の提案)は断り、尋問、判決へと粛々と手続の進行を求めるのが標準的な手続態度ではないかと思います。
3.訴訟提起は適切な選択だったのだろうか?
 もし、和解になる場合、この種の訴えでは、秘密保持条項が挿入されるのではないかと思います。
 秘密保持条項というのは、
「原告及び被告は、本件及び本和解の内容について、正当な理由なく、第三者に口外ないし開示しないことを、相互に確約する。」
といった趣旨の条項です。
 被告側で好き勝手なことを言われると困るため、原告側としては秘密保持条項の挿入は求めるだろうと思います。
 しかし、余程特殊な事情でもない限り、被告側に対して秘密保持を求めると、被告側からも原告側に対して秘密保持を求められます。一方的に自分達を非難されないため、発言も反論もできないのであれば、そちらも余計なことは言ってくれるなとなるわけです。
 このようなことからも、真相解明を目的として訴訟をする場合、和解という選択は取りにくいのではないかと思います。
 「真相解明に向けて進めていきたい。」と大見得を切ってしまった以上ここで引く訳には行かない、かといって山口氏の協力がないのに勝負に出て万が一にも負けることがあったら非常に見栄えが悪い、この二律背反が、原告の「検討する」という言葉に表れているのではないかという気がします。
 しかし、こうした雪隠詰めのような状況になることは当初から予測できたことです。既成事実を積めば山口氏が協力すると踏んでいたのかも知れませんが、そうした神風作戦が奏功しなかったからといって今更方針に思い悩むくらいであれば、最初から訴訟は提起しない方が良かったのではないかと思います。今のところ、本訴は被告側の信憑性に疑義のある主張を拡散し、暴行事件の被害者(山口氏)に二次被害を与える程度の意義しか果たせていないように思われるからです。