弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

権利行使(残業代請求)の報復としての整理解雇が否定された例

1.訴訟提起したことへの報復

 憲法32条は、

「何人も、裁判所において裁判を受ける権利を奪はれない。」

と規定しています。裁判を受ける権利は基本的人権の一つであり、訴訟提起したことを理由に不利益な処分を科することは許されません。これが認められると、裁判を受ける権利を保障した趣旨が没却されるからです。

 しかし、実務上、訴訟提起したことに対する報復としか思えない行為を目の当たりにすることは、決して少なくありません。その傾向は、労使紛争の場面において、特に顕著です。例えば、残業代を請求した後、僻地への転勤を命じられたり、何かと理由をつけられて解雇されてしまったりする例は、枚挙に暇がありません。

 報復としての実体があることと、それを立証することができるのかとは別の問題です。不利益な処分を行うにあたり、使用者が「労働者が訴訟を提起したからだ。」ということはありません。そのようなことを言っては、労働者の裁判を受ける権利との関係で、明らかに分が悪いからです。それでは、どのような主張をするかというと、もっともらしい別の理由を持ってきます。不利益な処分を行ったのは、訴訟を提起したことが原因ではなく、他に理由があるからだという主張を展開します。この使用者側の主張を突き崩すことは容易ではなく、権利行使をしたことによる報復だという労働者側の主張が認められることは、必ずしも多くはありません(紛争になる事案では、使用者側でも報復目的を覆い隠せるだけの「もっともらしい別の理由」を構築することができるのかを、きちんと検証するので当たり前ですが)。

 しかし、近時公刊された判例集に、残業代請求のための法的措置をとったことが整理解雇の被解雇者の選定に影響した可能性がある判示した裁判例が掲載されていました。東京地判令3.4.26労働判例ジャーナル114-28 ストーンエックスフィナンシャル事件です。

2.ストーンエックスフィナンシャル事件

 本件で被告になったのは、外国為替証拠金取引(FX)を行うトレーダーに、オンラインFX取引サービスの提供等を行っている米国会社の子会社です。この会社は、日本において、親会社の米国会社と同様のサービスの提供を行っていました。

 原告になったのは、被告との間で期限の定めのない労働契約を交わしていた方です。未払残業代等の支払いを求める労働審判、本訴移行を経て、しばらく経った後、

「当社は、極めて厳しい経営状況の中、これまで経費の削減、新規採用の縮減、希望退職者の募集など、継続的に様々な経営努力を続けて行ってまいりましたが、残念ながら経営状況の抜本的な改善の見込みは立っていません。経営の再建を図るためには、誠に遺憾ながら、やむを得ず、人員を削減する必要な状況となっています。」

と記載された書面で解雇を通知されました。これに対し、原告が、被告を相手取って、地位確認等を求める訴訟を提起したのが本件です。被告は原告を基準に従って整理解雇しただけだと主張しましたが、裁判所は、次のとおり述べて、被解雇者選定の妥当性を否定しました。結論としても、原告の地位確認請求は認容されています。

(裁判所の判断)

「被告は、クライアントサービス課以外に余剰人員がなく、同課にいる原告、H、Eから、今後の被告の会社運営の観点等から3名を対比して原告を対象者として選定した旨主張しているが、原告は、そもそもマーケティング部(M、J、Nの3名が本件解雇当時配属)はM 1名で十分であると主張している。そして、被告は、原告を選定した妥当性に関する事情として、原告が他の従業員と協調して業務を継続することが困難であった事情や、不適切な業務上の対応等について重要な業務上の注意を行っても素直に耳を傾けないことが多々あったなどと主張し、原告はこれらを否認していて双方の主張は対立するが、少なくとも前記・・・のカ及びキの事実が認められ、原告の就労態度に少なくない問題があった可能性は否定し難い。」

「もっとも、被告が主張する原告を被解雇者に選定した理由は、なお被告の主観によるところが少なくないと思われ、基準の客観性に乏しいことを指摘せざるを得ない。」

「そして、本件解雇に至る原告・被告間のやりとりをみると、前記・・・のとおり、原告が平成30年1月に約1200時間の残業代を請求する可能性のある態度を示したのに対し、被告が、残業代の支払を当初拒絶し、その後、残業代等の解決を前提とした特別退職金を提示して退職勧奨をし、原告が退職勧奨に応じないで被告に残業代等の支払を求めたのに対し、被告が東京都紛争調整委員会あっせん委員に対して原告との信頼関係を回復することは不可能だと考えざるを得ない旨伝え、本件労働審判(平成30年12月12日)の8日後に原告がLに『犯罪者が会社であるということは決まった』、『(原告の残業制限の意思決定に関与したD、G、H、Lについて)不法行為を行った4人』などと発言するなどの事実があり、本件解雇は原告と被告との対立が顕著になる中で行われたと評さざるを得ない。この評価は、本件解雇前に被告が別件訴訟における原告請求債権を認諾に等しい内容で和解に応じる意思を示して本件解雇後に別件訴訟の和解が成立している事実・・・によって動揺しない。」

「そうすると、原告の被告に対する残業代等の請求で原告・被告間の対立が顕著になったことが、被解雇者の選定に影響した可能性も否定し難く、・・・被解雇者の選定の妥当性にも疑問が残るといえる。

3.客観性に乏しい基準の適用+時期の近接=報復目的

 上述のとおり、裁判所は、

被解雇者の選定に客観性の乏しい基準を適用していることと、

解雇がなされた時に残業代請求訴訟が係属中であったこと

等を理由に、残業代請求訴訟の係属の事実が、被解雇者の選定に影響した可能性を認めました。

 冒頭で述べたとおり、解雇ほか不利益処分の原因が権利行使に対する報復であることの立証は、決して容易ではありません。本件は、その困難な立証に成功した数少ない例であり、類似事案の立証活動の指針として参考になります。