弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

引用報道と個人の人権(NGT裁判)

1.陳述書、準備書面の引用による報道(NGT裁判)
 ネット上に、
「『山口真帆が住所を教えてくれた』犯人側あらためて主張の根拠《NGT裁判速報》」
という記事が掲載されていました。

https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20200203-00031620-bunshun-ent&p=1
 記事には、
「『住所は山口に教えてもらった』
 2019年11月5日に 被告から提出された陳述書 では、「住所は山口に教えてもらった」と述べている。
《私は平成28年11月27日に幕張メッセで開かれた「LOVE TRIP」握手会、平成28年12月17日インテックス大阪で山口真帆と会話をしました。どっちの握手会かはっきりしないが、プレゼントを贈りたいから住所を教えてほしいと言って山口真帆の住所を尋ねました。山口真帆は私にいいよと言って○○○○○○(※編集部註 山口の住所、部屋番号)を教えてくれました》」
「《山口氏は、自己の熱烈なファンである被告1が原告のスタッフの目前では、山口自身から山口氏の部屋の所在場所を教わったという事実を口にしないことを確信していたため、本件グループのメンバーの中にはファンとつながりを持っている者がいることを印象付ける目的で、スタッフの面前で、被告1に対し、『何でDの向の家が私だって知ってたの。』と質問をし、それに対し、被告1が曖昧なことを答えたというのが、この会話の真相である》(被告ら第4準備書面より引用)」
「つまり山口は、事件直後に駆け付けたAKSスタッフの前で、被告1に対してあえて『なぜ私の部屋を知っていたのか』と質問することで、“自分はマンションの部屋を教えていない”とアピールした。これが被告側の主張である。」
「事件から早くも1年以上が経つ。一刻も早い真相究明が待たれる。」
などと書かれています。

2.提訴報道・意見引用と名誉毀損
 名誉毀損に関する紛争類型に、「提訴報道」というものがあります。
 提訴報道と名誉毀損に関しては、佃克彦『名誉毀損の法律実務』〔弘文堂、第3版、平29〕492頁に次のように紹介されています。
「民事訴訟を提起した際、原告や原告の代理人弁護士が記者会見を開いたり、訴状を記者クラブに配布したりし、報道機関が提訴の事実を報道することがある。この場合において、当該民事訴訟で被告とされた人から、当該提訴報道が名誉毀損であるとして報道機関が訴えられることがある。」
「たとえば、原告が『大学教授からセクシャル・ハラスメントの被害を受けた』として大学教授に対する民事訴訟を提起し、新聞社がその事実を報じた場合において、被告とされた大学教授が新聞社に対し、自分をセクハラの実行者として摘示したものであり名誉毀損にあたる、として損害賠償請求をするような場合である。」
「このような提訴報道の場合、報道機関の真実証明の対象は、セクハラの事実自体か、それとも提訴された事実か。」
 文献で「真実証明」とされているのは、名誉毀損行為について、免責されるための要件の一つです。名誉毀損は指摘された事実が真実であるかどうかを問わず違法であるのが原則ですが、表現の自由を保障する観点から、一定の要件のもとで免責されるとされています。その要件の一つが、摘示事実が真実であると証明されること、
又は、
摘示事実が真実であると信ずるについて相当の理由があること
であり、真実証明とはこれを立証することを指す言葉です。
 文献で問題提起されているとおり、第三者の意見や事実認識を引用する場合、真実証明の対象が引用されている事実自体なのか、それとも、第三者が該当の主張をしていること自体なのかは、しばしば問題になります。
 真実証明の対象が前者であれば、表現者には相当な負担が生じます。当該第三者の主張が真実であることを調査・検討し、きちんとした根拠を用意しておかなければ訴えられた時に免責されません。他方、後者であれば、記者会見を録画するなどしておけば良いだけなので、表現行為にそれほどの負担は生じません。
 それでは、真実立証の対象が、引用されている事実自体になるのか、第三者が該当の主張をしていること自体になるのかは、どのように切り分けられるのでしょうか。
 この問題に対しては、福岡高判平7.12.15判例タイムズ912-190が次のとおり判示しています。
「一般に、記事が、ある者の名誉を毀損する内容を含む第三者の意見を引用するという形式を装いながら、実際には右意見のとおりの事実があることを仄めかし、読者にそのような印象を抱かせることを主な狙いとしている場合には、右記事は、これを発表した者自身による事実の摘示、意見の開陳にほかならないから、そのような意見が存在するという客観的事実を記述したにすぎないという弁明は通用せず、名誉毀損の責任を免れ得るものではない。」
 このように、第三者の「意見のとおりの事実があることを仄めかし、読者にそのような印象を抱かせることを主な狙いとしている場合」か否かが真実立証の対象を切り分ける一つの基準となります。
3.記事が被告の陳述書、準備書面からの引用に留められているのは?
 記事の執筆媒体が文章の多くの部分を引用の形式にしているのは、以上のような名誉毀損に関する真実立証のルールを意識しているのではないかと思います。
 記事にある、
「住所は山口に教えてもらった」
などの事実主張は、山口氏の社会的評価を下げる事実の摘示として、名誉毀損に該当する可能性があると思います。
それが真実であるならば、山口氏は狂言で多くの人を巻き込んだとして、社会的な非難を受けかねないからです。
 これを自社・執筆者の認識として書くと、記事の執筆者・掲載者は山口氏から名誉毀損で訴えられた時に、住所を山口氏が教えたことなどを立証しなければ免責されないことになってしまいます。
 他方、引用形式であれば、被告が所掲のような主張をしていた事実さえ立証すれば免責されることになります。
 もちろん、福岡高裁が指摘するとおり、引用形式をとりさえすれば、真実立証の対象を動かせるというわけではありません。「意見のとおりの事実があることを仄めかし、読者にそのような印象を抱かせることを主な狙いとしている場合」には、真実立証の対象は引用されている事実自体になります。しかし、淡々と被告の陳述書、準備書面の内容を記述する体裁をとることにより、訴訟リスクはある程度コントロールできます。
4.そうまでして被告の主張を報じる意味はあるのだろうか
 係争中の事件について、証拠に直接触れていない弁護士が事実認定に関する意見を述べるのは、基本的には控えるべきだと考えています。
 ただ、直観的には、被告は真実立証のハードルの高い主張をしているなという印象は受けます。
 おそらく、記事の執筆者にしても掲載媒体にしても、似たような印象は持っているのではないかと思います。記事の多くが引用形式で占められているのは、そのためではないかと思います。
 そう考えると、被告側の「山口真帆が住所を教えてくれた」との主張にあたかも合理的根拠があるかのようなミスリーディングを誘う可能性のある見出しを付けてまで被告の供述・主張を引用する記事を掲載することに、果たしてどれだけの合理性があるのだろうかという疑問が生じます。
 名誉毀損的な事実を伝える報道は、その真偽はどうあれ、名指しされた方や、その家族、周りにいる人達に強いストレスを与え、運命を大きく狂わせることがあるからです。
 仕事上、事件報道に苦しめられている人や家族は何度か目にしたことがありますが、個人の人権にここまで踏み込まなければならない社会的な必要性・公共的な利益が本当にあるといえるのだろうかと違和感を覚えることは少なくありません。