弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

セクハラ・アカハラの成立に故意・過失等は不要? 東京高裁「知らなかったでは済まされないのが普通」

1.セクハラ・アカハラの成立に故意・過失は必要か?

 以前、

「セクハラの弁解をするときに注意すること-自分の知的能力を過信してはダメ」

という表題で、セクハラで懲戒処分を受けた大学教授の事件をご紹介しました(東京地裁平31.1.24労働判例ジャーナル89-50学校法人國學院大學事件)。

https://sskdlawyer.hatenablog.com/entry/2019/08/13/005502

 この事件は、

学会終了後の慰労会後に女子大学院生の部屋に入って朝まで滞在したこと、

その後、謝罪と称して数度に渡り数度に渡りメールを送信し、食事に誘うなどの行動に出たこと、

がセクハラ・アカハラに該当するとして、5年間の准教授への降格処分を受けた私立大学の教授が、

上記各行為のセクハラ・アカハラへの該当性、

懲戒処分の処分量定の当否、

を争って、教授としての雇用契約上の地位にあることの確認などを求めて出訴した事件です。

 一審判決は原告となった私立大学教授の請求を棄却しました(メールはセクハラ・アカハラに該当しないが、一晩滞在行為だけで5年間降格処分に値するとの理屈)。これに対し、私立大学教授側が控訴していた事件の二審判決が公刊物に掲載されていました。東京高判令元.6.26判例タイムズ1467-54です。

 この東京高裁の判決は、セクハラ・アカハラの成否について、特徴的な判断をしています。セクハラ・アカハラの成立に故意・過失等の主観的要件は不要だと言い切っている点です。

2.東京高判令元.6.26判例タイムズ1467-54

 セクハラ・アカハラの成立と故意・過失等の主観的要件との関係について、東京高裁の判決は次のとおり判示しています。

「セクシュアル・ハラスメントとは、行為者の性的発言や行動により対象者に不利益又は不快を与えることである(被告ハラスメント規程・・・)。ここで重要なことは、セクシュアル・ハラスメントに該当するというためには、対象者が不利益を受け、又は性的不快感を受けることは必要であるが、不利益を受け、又は性的不快感を受けることを行為者が意図したこと又はこの点について行為者に過失があることは不要であることである。

「アカデミック・ハラスメントとは、行為者の優越的な地位を利用した発言や行動により対象者に不利益を与え、又は修学等を困難にすることである(被告ハラスメント規程・・・)。ここで重要なことは、アカデミック・ハラスメントに該当するというためには、対象者が不利益を受け、又は修学等が困難になることは必要であるが、優越的な地位を利用すること又は対象者が不利益を受け、若しくは修学等が困難となることを行為者が意図したこと又はこの点について行為者に過失があることは不要であることである。

「行為者の主観的要件(故意・過失等)は、主に、懲戒処分をするかどうか、処分をする場合にどのような処分をするかに関して裁量権の逸脱・濫用があるかどうかを判断する場合に、考慮されるにとどまる。」

(中略)

大学院生は、本音や言いたいことを、教授に直接的に伝えることができず、黙っていたり、婉曲な表現(私も防犯意識が薄かった)をしたりすることがよくあることに、教授としては常に配慮していくべきである。セクシュアル・ハラスメントや、アカデミック・ハラスメントに該当するかどうかの判断においては、指導教授や上司の立場にある者は、知らなかったでは済まされないのが普通であることに留意すべきである。

(中略)

「本件非違行為2(メール送信行為 括弧内筆者)が甲野に強い性的不快感を与え、甲野の大学院での修学環境を著しく汚染するという結果を生じていることを考慮すると、これを軽微なセクシュアル・ハラスメントやアカデミックハラスメントと評価することはできない。本件非違行為2は、放置しておくと、甲野の性的不快感と修学環境の汚染がさらに著しく悪化する原因となるものであり、その悪質性を軽視することは不適当である。

3.過失もないのに懲戒処分を受ける場合は限られてくるだろうが・・・

 上記の判例雑誌の解説部分は、

「行為者に故意過失がなくても、大学側が学内措置・・・をとるという仕組みの必要性」

があることを指摘したうえ、

「行為者に故意はおろか過失すら認められないようなときには、懲戒事由に該当するといえる場合は少ないであろう」

と帰結しています。

 とはいえ、

「大学院生は、本音や言いたいことを、教授に直接的に伝えることができず、黙っていたり、婉曲な表現(私も防犯意識が薄かった)をしたりすることがよくある」

との経験則、

「セクシュアル・ハラスメントや、アカデミック・ハラスメントに該当するかどうかの判断においては、指導教授や上司の立場にある者は、知らなかったでは済まされないのが普通である」

という水準での注意義務を前提とすると、過失が否定される場面はかなり限定されるのではないかと思われます。

 セクハラ・アカハラに関しては、行為の客観面が懲戒事由該当性・処分量定の中心となり、「そんなつもりではなかった。」との弁解の持つ意味合いは、年々薄れて行っているように思われます。

 大学に身を置いている方に限らず、職場では、誤解されかねない行為は、しないに越したことはありません。

 また、被害者の方は、大学・職場に援助を求めるにあたり、加害者に悪気があるかどうかが関係なくなりつつあることを知っておくと良いと思います。本当に過失がない場合は加害者が懲戒処分を受けることは考えられにくいので、援助を求めることで加害者が過酷な状態になってしまうのではないかということは、それほど心配しなくても良いだろうとも思います。