弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

旧職場からの従業員の引き抜き-旧職場に事業運営上の支障が生じることの認識

1.違法性の存否に主観面が与える影響

 競業や従業員の引き抜き行為が行われる時、行為者の主観面が違法性の認定にどのような影響を与えるのかという問題があります。

 端的に言うと、客観的に大したことが行われていなくても、旧職場に事業運営上の支障が生じるであろうという明確な認識のもとでなされた競業や引き抜きについては、競業や引き抜きに違法性を認定できるのではないかという問題です。

 近時公刊された判例集に、この点を推知する手掛かりになる裁判例が掲載されていました。東京地裁令元.1.19労働判例ジャーナル94-84 コプロ・ホールディングス事件です。

2.コプロ・ホールディングス事件

 本件は旧職場からの従業員の引き抜きの適否が問題になった事件です。

 本件で原告になったのは、建設業に関する労働者派遣事業等を行う株式会社2社です(原告アーキ、原告アクト)。

 被告になったのは、原告アーキの元従業員(被告P2)とその再就職先(被告コプロ)です。

 被告P2が被告コプロで働くよう原告アーキの従業員P2~P9らを引き抜いたりP10に転職勧誘をしたりしたとして、原告アーキらが被告P2や被告コプロに対し損害賠償を請求したのが本件です。

 原告アーキは、被告らの行為に違法性が認められる根拠として、被告P2が

「派遣労働者の管理部門で労務管理を行う管理職の地位にあったところ、原告アーキのCSグループの従業員が大量に引き抜かれれば、原告らの運営に支障が生じることを知っていた。」

ことなどを指摘しました。

 しかし、裁判所は次のとおり述べて、原告らの請求を棄却しました。

(裁判所の判断)

「被告P2は、原告アーキを退職する前には、P4に被告コプロへの転職を勧誘していたこと、退職した後には、転職を希望するP5の相談に乗り転職の手続に対応していたこと、また、P10に転職を勧誘していたことは認められるものの、その他の原告ら従業員を引き抜いたとは認められない。そして、現実に被告P2の勧誘により被告コプロに転職したのは、200名を超えることがうかがわれる原告らの従業員・・・の中でP4とP5のわずか2名にとどまる上、被告P2が、P4、P5及びP10に対する勧誘等に当たって、原告らの従業員情報を不当に利用したとか、その他社会的相当性を逸脱するような方法、態様で勧誘等を行ったというべき点も見受けられない。そして、認定できる勧誘等の内容及び態様が以上のようなものに留まることからすれば、被告P2がその勧誘に当たって原告らの事業の運営に支障が生じ得ることを認識していたとしても・・・、これが不当な引き抜きであるとして被告P2が原告らに対し不法行為責任を負うとはいえず、また、被告コプロが原告に対し不法行為責任を負うともいえない。

3.客観的に大したことをしてなければ、多少の言い過ぎは問題ない

 裁判所が、

「原告らの事業の運営に支障が生じ得ることを認識していた」

と認定した根拠としては、被告P2が、原告の従業員に対して、

「『俺のあとの裏プランと言うのは、4年以内のAJを潰す計画だから』・・・などと発言した。」

ことなどが指摘されています。

 AJというのが何の略なのかは判決文中に記載されていませんが、原告の正式名称が「株式会社アーキ・ジャパン」なので、おそらくアーキ・ジャパンの略称ではないかと思います。

 訴訟事件を誘発する可能性もあるため、公の場で旧職場の悪口を言うのは基本的には避けた方が良いと思います。ただ、言動に多少の行き過ぎがあったとしても、客観的にそれほど大したことをしていなければ、損害賠償責任を負わされる可能性は低いのではないかと思います。