弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

被告欠席の場合、付加金は原告の請求通りに認定されるのか?

1.欠席判決

 裁判所から訴状や期日への呼出状が届いたのに、これを無視していると、原則として原告の言い分通りの判決が言い渡されることになります。被告の言い分はないものとして取り扱われるからです。

 このような判決を、俗に欠席判決といいます。

(参考:愛知県弁護士会HP)

https://www.aiben.jp/soudan/soudannaiyou/saibansyo/

2.欠席判決では何でも原告の言い分通りになる?

 欠席判決では、被告の言い分がないものとして取り扱われるため、基本的には原告の言い分通りの判決が言い渡されます。

 しかし、何でもかんでも原告の言い分通りになるかといえば、そういうわけでもありません。

 例えば、違法な勧誘行為によって必要のない宝石類を買わされたという消費者被害に関する事案で、原告となった被害者が、財産的損害に加えて慰謝料を請求した事件がありました(東京地判平19.6.1LLI/DB判例秘書登載)。

 この事案では、被告欠席のまま判決が言い渡されましたが、裁判所は、

「原告らは、本件勧誘行為により必要のない宝飾品の購入や代理店契約の締結をさせられた上多額の借財を負担させられ、不安な日々を過ごすという精神的苦痛を受けたことが認められるが、これらの損害は、財産上のものであるから、特段の事情のない限り、財産的被害の回復を受けることにより填補される関係にあると考えられるところ、財産的被害の回復のみでは原告らの精神的損害が填補されないと認めるに足りる特段の事情は特に窺えないから、原告らの慰謝料請求は認められない。」

と慰謝料請求を棄却しました。

 被告が欠席する場合、裁判所は、主要事実の認定を原告の主張に拘束されることになりますが、それ以外の法解釈の部分まで拘束されるわけではありません。この事件の裁判所は、慰謝料が発生するかどうか、するとしてその金額を幾らと評価するのかを、事実認定というよりも、法解釈に近いものとして位置付けたのだと思います。

3.付加金はどのように理解されるのか?

 それでは、労働事件における付加金はどのように理解されるのでしょうか?

 付加金は労働基準法114条に根拠のある制度で、

「使用者が、解雇の際の予告手当(労基20条)、休業手当(同26条)もしくは時間外・休日・深夜労働の割増賃金(同37条)の支払義務に違反した場合または年次有給休暇中の賃金(同39条7項)を支払わなかった場合には、裁判所は、労働者の請求により、それらの規定により使用者が支払わなければならない金額についての未払金のほか、これと同一額の付加金の支払を命じることができる」

とする仕組みです(菅野和夫『労働法』〔弘文堂、第12版、令元〕191頁)。

 付加金の支払の要否及び額に関しては、

「裁判所は、使用者による同法違反の程度・態様、労働者の不利益の性質・内容等諸般の事情を考慮して支払義務の存否及び額を決定すべきもの」

と理解されています(前掲文献192頁)。

 こうした理解からすると、被告欠席の場合の付加金の要否及び額に関しては、訴状の記載から認定される事実関係をもとに、労基法違反の程度・態様等を評価し、裁判所が裁量的に判断するということになりそうに思えます。

 しかし、近時の公刊物に、被告欠席の場合の付加金の要否及び額について、比較的ラフに原告の言い分通りの金額を認めた裁判例が掲載されていました。

 東京地判令1.7.14労働判例ジャーナル94-84 オフィスサーティー事件です。

4.オフィスサーティー事件

 本件は、タレントのマネジメントを業とする株式会社である被告に勤務していた方が、残業代と付加金を請求した事件です。

 被告欠席のまま判決が言い渡されましたが、裁判所は次のとおり述べて、付加金の全額(原告の計算ミス分を除く)を認容しました。

(裁判所の判断)

「被告は、これまで原告に対して時間外労働等に対する割増賃金を一切支払っていない上、本件訴訟において出頭も答弁書その他の準備書面の提出もせず、割増賃金を支払わない理由を何ら明らかにしないことに照らすと、被告の割増賃金の未払は悪質であるというほかないから、原告が付加金請求の対象とする平成29年1月支払分から同年10月支払分までの割増賃金と同額の307万1067円(所定休日労働に対する賃金は含まない。)の付加金の支払を命ずるのが相当である。

5.認容されても回収は大変であろうが・・・

 被告が欠席するのは、応訴するだけの経済力がないからである場合が多いため、回収には難渋するかもしれません。

 また、本件では割増賃金を一切払っていない事実も考慮されており、単純に欠席したからということで判断が出ているわけではありません。

 しかし、裁判所に出てきて真面目に言い分を尽くさなかったことを悪質性の根拠としたうえ、付加金の全額を認容するという判断が出されたことは、労働側にとって一定の意味のある判決であるように思われます。

 

「残業好き」の人たちはフリーランスになればよいのではないだろうか

1.「残業好き」の人たちと働き方改革

 ネット上に、

「『残業好き』の人たちにとって働き方改革とは何なのか?」

という記事が掲載されていました。

https://news.yahoo.co.jp/byline/yokoyamanobuhiro/20200207-00162075/

 記事の著者は、

「働き方改革は、ものすごく矛盾している」

「その通りだ。自由度の高い働き方を、と言いながら、かえって窮屈になっている」

「柔軟性を求めるなら、残業も認めてほしいね。残業代は要らないから」

などという声を紹介したうえ、

「組織には残業を減らされても喜ばないどころか、不満を覚える人が20%はいるということだ。」

「他の人が帰宅しているのに、自分だけが残っていると「取り残された」感覚を覚える人も多いだろう。」

「休日に、ほとんど誰もいないオフィスに昼から出社し、コンビニで買ったコーヒーとチョコレートを口にしながら、ダラダラと作業をするのが、意外と嫌いじゃないんだよな。」

「――こういった感覚を、本当に否定していいものか、と思ったりする。他人に強要するのはよくないが、そういう働き方の『嗜好』なのだと言われたら、どう反論すればいいのだろうか。」

「ベストな解決策は存在しないが、これからは働く時間帯ぐらいは、個人によって柔軟に設計できるようにしたほうがいいだろう。わかりやすいのはフレックスタイムの導入だ。『残業好き』な人は、残業代目当てではない。ただ、遅い時間までやるのが好きなのだから、職場に残って業務をしているのを『時間外労働』とさせなければいいのだ。」

などと主張しています。

2.フレックスタイム制を採用したからといって残業代の支払義務はなくならない

 前提として、フレックスタイム制でも残業代の支払義務は発生します。

 フレックスタイム制では清算期間の総枠を超えた時間数が時間外労働になります。

 清算期間が1か月を超える場合には、

① 1か月ごとに、週平均50時間を超えた労働時間

② ①でカウントした時間を除き、清算期間を通じて、法廷労働時間の総枠を超えて労働した時間

が時間外労働のカウントの対象になります。

https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000148322_00001.html

https://www.mhlw.go.jp/content/000476042.pdf

 一般の方には何を言っているのか非常に分かりにくいと思いますが、フレックスタイム制が採用されたからといって、残業代が請求できなくなるわけではありません。

3.「残業好き」な人には、フリーランスになるという選択肢がある

 この種の「残業好き」な人に関する議論を見るたびに、なぜ、フリーランスになればよいのではないかという議論が出ないのかと思います。

 以前、長時間の就労を余儀なくされているフリーランスの方を保護するための仕組みがないのかを調べたことがあります。

 しかし、現行法上、フリーランスの方の就業時間を直接規制する法律は、家内労働法4条の定める努力義務規定くらいしかありません。

(参考:家内労働法4条1項)

「委託者又は家内労働者は、当該家内労働者が業務に従事する場所の周辺地域において同一又は類似の業務に従事する労働者の通常の労働時間をこえて当該家内労働者及び補助者が業務に従事することとなるような委託をし、又は委託を受けることがないように努めなければならない。

 あとは自営型テレワークの適正な実施のためのガイドラインで、

「注文者は、・・・業務の遂行に必要な技術・経験や、業務遂行に必要な所要時間の目安等を示すことが望ましいこと。」

とされている程度です(ガイドライン第3(1)ロ)。

https://homeworkers.mhlw.go.jp/guideline/

https://homeworkers.mhlw.go.jp/files/guideline.pdf

 なお、指摘するまでもありませんが、ガイドラインは法令ではありません。

 間接的な規制としては、下請法や独占禁止法が人件費増を考慮しない短納期発注を問題視することで間接的に過重労働を抑制する役割を担っています。

https://www.jftc.go.jp/houdou/pressrelease/h30/nov/181127.html

https://www.jftc.go.jp/houdou/pressrelease/h30/nov/181127_2.pdf

https://www.jftc.go.jp/houdou/pressrelease/2019/nov/191115.html

https://www.jftc.go.jp/houdou/pressrelease/2019/nov/191115_2.pdf

https://www.jftc.go.jp/dk/guideline/index.html

https://www.jftc.go.jp/hourei_files/yuuetsutekichii.pdf

 フリーランスの方の就業時間規制は上述の程度しか存在しません。疑似労働者で労働基準法を適用することができれば話は別ですが、真正の意味でのフリーランスの方の就業時間は野放しに近い状態にあります。

 そのため、「残業好き」な人はフリーランスになって、会社と業務委託契約を結んで仕事をすれば、文字通り青天井で働くことができます(ただし、その結果、病気になったり死亡したりしても、基本は自己責任で処理されるため、私はそのような働き方は推奨しません)。

 以前、このブログで社員の個人事業主化を志向している企業のことを紹介しました。

https://sskdlawyer.hatenablog.com/entry/2019/08/15/233607

 フリーランスになって青天井で残業したいと言えば、おそらく会社は断らないと思います。

4.働き方改革のもとでも住み分けは可能

 働き方改革が対象としているのは、基本的には使用者-労働者の関係です。事業者間での契約(巨大企業-個人事業主間の契約を含む)に干渉するものではありません。

 そのため、残業代がなくても残業をしたい「残業好き」な人と、そうではない人とは住み分けが可能です。

 しかし、残業をしたいからという理由で労働者側が望んで雇用契約を業務委託契約に切り替えたという話は、事件化しないであろうことを考慮しても、あまり見聞きしたことがありません。

 記事の著者の

「残業を減らされても喜ばないどころか、不満を覚える人が20%はいる」

との指摘は、私の弁護士としての実務感覚・体感とは相当に乖離しますが、もし、本気でそう考えている人がいるのであれば、フレックスタイム制云々を論じるよりも、労働契約を解消して業務委託契約に切り替えるという方法を教えてあげるとよいと思います。

 残業をそれほど望まない残り80%の人を巻き込んで働き方改革を止めようとするよりも、その方がずっと簡単です。

 

 

執筆に参加した書籍のご紹介、固定残業代でお困りの方へ

 第二東京弁護士会労働問題検討委員会『働き方改革関連法 その他重要改正のポイント』〔労働開発研究会、第1版、令2〕という書籍が、本日、弁護士会館で先行販売されました。

 この書籍は、

第1部 長時間労働の是正と多様な柔軟な働き方の実現等に関する法改正

第2部 正規・非正規雇用労働者の待遇格差の是正

第3部 外国人と労働-入管法改正

第4部 その他法改正等(民法改正・ハラスメント防止対策関係)

第5部 最新判例の紹介

の5部構成になっています。

 私は第5部の

「固定残業代に関する近時の裁判例の動向」

という部分の執筆を担当しました。表題通り、近時の固定残業代に関する裁判例の動向をまとめた内容になっています。

 固定残業代とは、

「時間外労働、休日および深夜労働に対する各割増賃金(残業代)として支払われる、あらかじめ定められた一定の金額」

をいいます(白石哲編著『労働関係訴訟の実務』〔商事法務、第2版、平30〕115頁参照)。

 固定残業代には、残業代部分が基本給に組み込まれているタイプ(基本給組込型)と手当の形で支給されるタイプ(手当型)があります。基本給組込型にしても、手当型にしても、一定の要件のもとで残業代の支払としての有効性が認められています。

 しかし、固定残業代は使用者にとって損でしかない仕組みです。

 残業時間が予定された時間に満たなくても固定残業代部分の賃金を支払わなければならない反面、実労働をもとに計算した残業代が固定残業代を上回っている場合には、その差額を労働者に支払わなければならないからです。また、固定残業代を導入したところで、使用者は労働者の労働時間を把握する責務から解放されるわけでもありません。

 つまり、経済合理性の観点からは、固定残業代を導入するメリットはありません。

 そのため、固定残業代の導入の背景には、法の趣旨にそぐわない意図があることが少なくありません。

 固定残業代を含んだ額を給料として求人広告に掲載して見かけ上の労働条件を良くするだとか(※)、過労死しかねない水準の労働時間を想定した制度設計にして事実上労働者を定額働かせたい放題にするといったことが典型です。

 また、下級審の裁判例を含めると、固定残業代に関する判例法理は複雑な様相を呈していて、有効要件に疑義のある固定残業代は相当数眠っているのではないかとも思います。

 今回の書籍の執筆を通じて知見を蓄積したこともあり、固定残業代に関する問題には、弁護士の中でも、かなり詳しい方ではないかと自負しています。

 働いている中で固定残業代に関して違和感を持たれている方は、ぜひ、一度、ご相談を頂ければと思います。

 

※ 募集段階での労働条件の明示に関しては、

「職業紹介事業者、求人者、労働者の募集を行う者、募集受託者、募集情報等提供事業を行う者、労働者供給事業者、労働者供給を受けようとする者等が均等待遇、労働条件等の明示、求職者等の個人情報の取扱い、職業紹介事業者の責務、募集内容の的確な表示、労働者の募集を行う者等の責務、労働者供給事業者の責務等に関して適切に対処するための指針(平成11年労働省告示第141号 最終改正 平成 31年厚生労働省告示第122号)」

という告示があり、ここで職業紹介事業者等は、

「賃金に関しては、賃金形態(月給、日給、時給等の区分)、基本給、定額的に支払われる手当、通勤手当、昇給に関する事項等について明示すること。また、一定時間分の時間外労働、休日労働及び深夜労働に対する割増賃金を定額で支払うこととする労働契約を締結する仕組みを採用する場合は、名称のいかんにかかわらず、一定時間分の時間外労働、休日労働及び深夜労働に対して定額で支払われる割増賃金(以下・・・「固定残業代」という。)に係る計算方法(固定残業代の算定の基礎として設定する労働時間数(以下・・・「固定残業時間」という。)及び金額を明らかにするものに限る。)、固定残業代を除外した基本給の額、固定残業時間を超える時間外労働、休日労働及び深夜労働分についての割増賃金を追加で支払うこと等を明示すること」

とされたため、今後は多少は分かりやすくなると思います。

 

旧職場からの従業員の引き抜き-旧職場に事業運営上の支障が生じることの認識

1.違法性の存否に主観面が与える影響

 競業や従業員の引き抜き行為が行われる時、行為者の主観面が違法性の認定にどのような影響を与えるのかという問題があります。

 端的に言うと、客観的に大したことが行われていなくても、旧職場に事業運営上の支障が生じるであろうという明確な認識のもとでなされた競業や引き抜きについては、競業や引き抜きに違法性を認定できるのではないかという問題です。

 近時公刊された判例集に、この点を推知する手掛かりになる裁判例が掲載されていました。東京地裁令元.1.19労働判例ジャーナル94-84 コプロ・ホールディングス事件です。

2.コプロ・ホールディングス事件

 本件は旧職場からの従業員の引き抜きの適否が問題になった事件です。

 本件で原告になったのは、建設業に関する労働者派遣事業等を行う株式会社2社です(原告アーキ、原告アクト)。

 被告になったのは、原告アーキの元従業員(被告P2)とその再就職先(被告コプロ)です。

 被告P2が被告コプロで働くよう原告アーキの従業員P2~P9らを引き抜いたりP10に転職勧誘をしたりしたとして、原告アーキらが被告P2や被告コプロに対し損害賠償を請求したのが本件です。

 原告アーキは、被告らの行為に違法性が認められる根拠として、被告P2が

「派遣労働者の管理部門で労務管理を行う管理職の地位にあったところ、原告アーキのCSグループの従業員が大量に引き抜かれれば、原告らの運営に支障が生じることを知っていた。」

ことなどを指摘しました。

 しかし、裁判所は次のとおり述べて、原告らの請求を棄却しました。

(裁判所の判断)

「被告P2は、原告アーキを退職する前には、P4に被告コプロへの転職を勧誘していたこと、退職した後には、転職を希望するP5の相談に乗り転職の手続に対応していたこと、また、P10に転職を勧誘していたことは認められるものの、その他の原告ら従業員を引き抜いたとは認められない。そして、現実に被告P2の勧誘により被告コプロに転職したのは、200名を超えることがうかがわれる原告らの従業員・・・の中でP4とP5のわずか2名にとどまる上、被告P2が、P4、P5及びP10に対する勧誘等に当たって、原告らの従業員情報を不当に利用したとか、その他社会的相当性を逸脱するような方法、態様で勧誘等を行ったというべき点も見受けられない。そして、認定できる勧誘等の内容及び態様が以上のようなものに留まることからすれば、被告P2がその勧誘に当たって原告らの事業の運営に支障が生じ得ることを認識していたとしても・・・、これが不当な引き抜きであるとして被告P2が原告らに対し不法行為責任を負うとはいえず、また、被告コプロが原告に対し不法行為責任を負うともいえない。

3.客観的に大したことをしてなければ、多少の言い過ぎは問題ない

 裁判所が、

「原告らの事業の運営に支障が生じ得ることを認識していた」

と認定した根拠としては、被告P2が、原告の従業員に対して、

「『俺のあとの裏プランと言うのは、4年以内のAJを潰す計画だから』・・・などと発言した。」

ことなどが指摘されています。

 AJというのが何の略なのかは判決文中に記載されていませんが、原告の正式名称が「株式会社アーキ・ジャパン」なので、おそらくアーキ・ジャパンの略称ではないかと思います。

 訴訟事件を誘発する可能性もあるため、公の場で旧職場の悪口を言うのは基本的には避けた方が良いと思います。ただ、言動に多少の行き過ぎがあったとしても、客観的にそれほど大したことをしていなければ、損害賠償責任を負わされる可能性は低いのではないかと思います。

 

引用報道と個人の人権(NGT裁判)

1.陳述書、準備書面の引用による報道(NGT裁判)
 ネット上に、
「『山口真帆が住所を教えてくれた』犯人側あらためて主張の根拠《NGT裁判速報》」
という記事が掲載されていました。

https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20200203-00031620-bunshun-ent&p=1
 記事には、
「『住所は山口に教えてもらった』
 2019年11月5日に 被告から提出された陳述書 では、「住所は山口に教えてもらった」と述べている。
《私は平成28年11月27日に幕張メッセで開かれた「LOVE TRIP」握手会、平成28年12月17日インテックス大阪で山口真帆と会話をしました。どっちの握手会かはっきりしないが、プレゼントを贈りたいから住所を教えてほしいと言って山口真帆の住所を尋ねました。山口真帆は私にいいよと言って○○○○○○(※編集部註 山口の住所、部屋番号)を教えてくれました》」
「《山口氏は、自己の熱烈なファンである被告1が原告のスタッフの目前では、山口自身から山口氏の部屋の所在場所を教わったという事実を口にしないことを確信していたため、本件グループのメンバーの中にはファンとつながりを持っている者がいることを印象付ける目的で、スタッフの面前で、被告1に対し、『何でDの向の家が私だって知ってたの。』と質問をし、それに対し、被告1が曖昧なことを答えたというのが、この会話の真相である》(被告ら第4準備書面より引用)」
「つまり山口は、事件直後に駆け付けたAKSスタッフの前で、被告1に対してあえて『なぜ私の部屋を知っていたのか』と質問することで、“自分はマンションの部屋を教えていない”とアピールした。これが被告側の主張である。」
「事件から早くも1年以上が経つ。一刻も早い真相究明が待たれる。」
などと書かれています。

2.提訴報道・意見引用と名誉毀損
 名誉毀損に関する紛争類型に、「提訴報道」というものがあります。
 提訴報道と名誉毀損に関しては、佃克彦『名誉毀損の法律実務』〔弘文堂、第3版、平29〕492頁に次のように紹介されています。
「民事訴訟を提起した際、原告や原告の代理人弁護士が記者会見を開いたり、訴状を記者クラブに配布したりし、報道機関が提訴の事実を報道することがある。この場合において、当該民事訴訟で被告とされた人から、当該提訴報道が名誉毀損であるとして報道機関が訴えられることがある。」
「たとえば、原告が『大学教授からセクシャル・ハラスメントの被害を受けた』として大学教授に対する民事訴訟を提起し、新聞社がその事実を報じた場合において、被告とされた大学教授が新聞社に対し、自分をセクハラの実行者として摘示したものであり名誉毀損にあたる、として損害賠償請求をするような場合である。」
「このような提訴報道の場合、報道機関の真実証明の対象は、セクハラの事実自体か、それとも提訴された事実か。」
 文献で「真実証明」とされているのは、名誉毀損行為について、免責されるための要件の一つです。名誉毀損は指摘された事実が真実であるかどうかを問わず違法であるのが原則ですが、表現の自由を保障する観点から、一定の要件のもとで免責されるとされています。その要件の一つが、摘示事実が真実であると証明されること、
又は、
摘示事実が真実であると信ずるについて相当の理由があること
であり、真実証明とはこれを立証することを指す言葉です。
 文献で問題提起されているとおり、第三者の意見や事実認識を引用する場合、真実証明の対象が引用されている事実自体なのか、それとも、第三者が該当の主張をしていること自体なのかは、しばしば問題になります。
 真実証明の対象が前者であれば、表現者には相当な負担が生じます。当該第三者の主張が真実であることを調査・検討し、きちんとした根拠を用意しておかなければ訴えられた時に免責されません。他方、後者であれば、記者会見を録画するなどしておけば良いだけなので、表現行為にそれほどの負担は生じません。
 それでは、真実立証の対象が、引用されている事実自体になるのか、第三者が該当の主張をしていること自体になるのかは、どのように切り分けられるのでしょうか。
 この問題に対しては、福岡高判平7.12.15判例タイムズ912-190が次のとおり判示しています。
「一般に、記事が、ある者の名誉を毀損する内容を含む第三者の意見を引用するという形式を装いながら、実際には右意見のとおりの事実があることを仄めかし、読者にそのような印象を抱かせることを主な狙いとしている場合には、右記事は、これを発表した者自身による事実の摘示、意見の開陳にほかならないから、そのような意見が存在するという客観的事実を記述したにすぎないという弁明は通用せず、名誉毀損の責任を免れ得るものではない。」
 このように、第三者の「意見のとおりの事実があることを仄めかし、読者にそのような印象を抱かせることを主な狙いとしている場合」か否かが真実立証の対象を切り分ける一つの基準となります。
3.記事が被告の陳述書、準備書面からの引用に留められているのは?
 記事の執筆媒体が文章の多くの部分を引用の形式にしているのは、以上のような名誉毀損に関する真実立証のルールを意識しているのではないかと思います。
 記事にある、
「住所は山口に教えてもらった」
などの事実主張は、山口氏の社会的評価を下げる事実の摘示として、名誉毀損に該当する可能性があると思います。
それが真実であるならば、山口氏は狂言で多くの人を巻き込んだとして、社会的な非難を受けかねないからです。
 これを自社・執筆者の認識として書くと、記事の執筆者・掲載者は山口氏から名誉毀損で訴えられた時に、住所を山口氏が教えたことなどを立証しなければ免責されないことになってしまいます。
 他方、引用形式であれば、被告が所掲のような主張をしていた事実さえ立証すれば免責されることになります。
 もちろん、福岡高裁が指摘するとおり、引用形式をとりさえすれば、真実立証の対象を動かせるというわけではありません。「意見のとおりの事実があることを仄めかし、読者にそのような印象を抱かせることを主な狙いとしている場合」には、真実立証の対象は引用されている事実自体になります。しかし、淡々と被告の陳述書、準備書面の内容を記述する体裁をとることにより、訴訟リスクはある程度コントロールできます。
4.そうまでして被告の主張を報じる意味はあるのだろうか
 係争中の事件について、証拠に直接触れていない弁護士が事実認定に関する意見を述べるのは、基本的には控えるべきだと考えています。
 ただ、直観的には、被告は真実立証のハードルの高い主張をしているなという印象は受けます。
 おそらく、記事の執筆者にしても掲載媒体にしても、似たような印象は持っているのではないかと思います。記事の多くが引用形式で占められているのは、そのためではないかと思います。
 そう考えると、被告側の「山口真帆が住所を教えてくれた」との主張にあたかも合理的根拠があるかのようなミスリーディングを誘う可能性のある見出しを付けてまで被告の供述・主張を引用する記事を掲載することに、果たしてどれだけの合理性があるのだろうかという疑問が生じます。
 名誉毀損的な事実を伝える報道は、その真偽はどうあれ、名指しされた方や、その家族、周りにいる人達に強いストレスを与え、運命を大きく狂わせることがあるからです。
 仕事上、事件報道に苦しめられている人や家族は何度か目にしたことがありますが、個人の人権にここまで踏み込まなければならない社会的な必要性・公共的な利益が本当にあるといえるのだろうかと違和感を覚えることは少なくありません。

 

セクハラ・アカハラの成立に故意・過失等は不要? 東京高裁「知らなかったでは済まされないのが普通」

1.セクハラ・アカハラの成立に故意・過失は必要か?

 以前、

「セクハラの弁解をするときに注意すること-自分の知的能力を過信してはダメ」

という表題で、セクハラで懲戒処分を受けた大学教授の事件をご紹介しました(東京地裁平31.1.24労働判例ジャーナル89-50学校法人國學院大學事件)。

https://sskdlawyer.hatenablog.com/entry/2019/08/13/005502

 この事件は、

学会終了後の慰労会後に女子大学院生の部屋に入って朝まで滞在したこと、

その後、謝罪と称して数度に渡り数度に渡りメールを送信し、食事に誘うなどの行動に出たこと、

がセクハラ・アカハラに該当するとして、5年間の准教授への降格処分を受けた私立大学の教授が、

上記各行為のセクハラ・アカハラへの該当性、

懲戒処分の処分量定の当否、

を争って、教授としての雇用契約上の地位にあることの確認などを求めて出訴した事件です。

 一審判決は原告となった私立大学教授の請求を棄却しました(メールはセクハラ・アカハラに該当しないが、一晩滞在行為だけで5年間降格処分に値するとの理屈)。これに対し、私立大学教授側が控訴していた事件の二審判決が公刊物に掲載されていました。東京高判令元.6.26判例タイムズ1467-54です。

 この東京高裁の判決は、セクハラ・アカハラの成否について、特徴的な判断をしています。セクハラ・アカハラの成立に故意・過失等の主観的要件は不要だと言い切っている点です。

2.東京高判令元.6.26判例タイムズ1467-54

 セクハラ・アカハラの成立と故意・過失等の主観的要件との関係について、東京高裁の判決は次のとおり判示しています。

「セクシュアル・ハラスメントとは、行為者の性的発言や行動により対象者に不利益又は不快を与えることである(被告ハラスメント規程・・・)。ここで重要なことは、セクシュアル・ハラスメントに該当するというためには、対象者が不利益を受け、又は性的不快感を受けることは必要であるが、不利益を受け、又は性的不快感を受けることを行為者が意図したこと又はこの点について行為者に過失があることは不要であることである。

「アカデミック・ハラスメントとは、行為者の優越的な地位を利用した発言や行動により対象者に不利益を与え、又は修学等を困難にすることである(被告ハラスメント規程・・・)。ここで重要なことは、アカデミック・ハラスメントに該当するというためには、対象者が不利益を受け、又は修学等が困難になることは必要であるが、優越的な地位を利用すること又は対象者が不利益を受け、若しくは修学等が困難となることを行為者が意図したこと又はこの点について行為者に過失があることは不要であることである。

「行為者の主観的要件(故意・過失等)は、主に、懲戒処分をするかどうか、処分をする場合にどのような処分をするかに関して裁量権の逸脱・濫用があるかどうかを判断する場合に、考慮されるにとどまる。」

(中略)

大学院生は、本音や言いたいことを、教授に直接的に伝えることができず、黙っていたり、婉曲な表現(私も防犯意識が薄かった)をしたりすることがよくあることに、教授としては常に配慮していくべきである。セクシュアル・ハラスメントや、アカデミック・ハラスメントに該当するかどうかの判断においては、指導教授や上司の立場にある者は、知らなかったでは済まされないのが普通であることに留意すべきである。

(中略)

「本件非違行為2(メール送信行為 括弧内筆者)が甲野に強い性的不快感を与え、甲野の大学院での修学環境を著しく汚染するという結果を生じていることを考慮すると、これを軽微なセクシュアル・ハラスメントやアカデミックハラスメントと評価することはできない。本件非違行為2は、放置しておくと、甲野の性的不快感と修学環境の汚染がさらに著しく悪化する原因となるものであり、その悪質性を軽視することは不適当である。

3.過失もないのに懲戒処分を受ける場合は限られてくるだろうが・・・

 上記の判例雑誌の解説部分は、

「行為者に故意過失がなくても、大学側が学内措置・・・をとるという仕組みの必要性」

があることを指摘したうえ、

「行為者に故意はおろか過失すら認められないようなときには、懲戒事由に該当するといえる場合は少ないであろう」

と帰結しています。

 とはいえ、

「大学院生は、本音や言いたいことを、教授に直接的に伝えることができず、黙っていたり、婉曲な表現(私も防犯意識が薄かった)をしたりすることがよくある」

との経験則、

「セクシュアル・ハラスメントや、アカデミック・ハラスメントに該当するかどうかの判断においては、指導教授や上司の立場にある者は、知らなかったでは済まされないのが普通である」

という水準での注意義務を前提とすると、過失が否定される場面はかなり限定されるのではないかと思われます。

 セクハラ・アカハラに関しては、行為の客観面が懲戒事由該当性・処分量定の中心となり、「そんなつもりではなかった。」との弁解の持つ意味合いは、年々薄れて行っているように思われます。

 大学に身を置いている方に限らず、職場では、誤解されかねない行為は、しないに越したことはありません。

 また、被害者の方は、大学・職場に援助を求めるにあたり、加害者に悪気があるかどうかが関係なくなりつつあることを知っておくと良いと思います。本当に過失がない場合は加害者が懲戒処分を受けることは考えられにくいので、援助を求めることで加害者が過酷な状態になってしまうのではないかということは、それほど心配しなくても良いだろうとも思います。

 

問題視されていなかった遅刻・勤務時間中の私的活動-後になって賃金を返せと言われたら

1.残業代請求に対する報復

 残業代を請求すると、使用者側から多彩な反論が寄せられることが少なくありません。その中の一つに、遅刻した分、サボっていた分の給料を返せという主張があります。

 それまで特に問題視されていなかったことが突然問題視されて、面食らう方は少なくありません。

 しかし、こうした合理性に乏しい報復的な主張が裁判所で重視されることは、あまりないように思われます。そのことは、近時の公刊物に掲載されている東京地判令元.6.28労働判例ジャーナル94-84 大作商事事件からも伺われます。

2.大作商事事件

 本件は、被告の従業員として稼働していた原告が、残業代を請求した事件です。

 原告が労働時間立証の核にしたのは、パソコンのログ記録です。

 これに対し、被告は、

① 出勤簿記載の時間を超えて残業をしたとの申告を受けたことはない(出勤簿記載の時間を超える残業代は放棄されている)、

② 原告は勤務時間中に私的活動を行うこともあった、指揮命令がない、

③ 原告は187回もの主張を繰り返していた、遅刻2日について欠勤1日として計算する就業規則の規定に基づいて、93.5日分の給与相当額を返せ、

などといった反論を展開しました。

 裁判所は、次のように述べて被告の主張を排斥し、原告の請求する残業代の多くの部分を認める判決を言い渡しました。

(裁判所の判断)

-残業代の放棄の主張について-

「被告は、原告において、出勤簿記載の限度の残業時間しか申告していなかったことに照らせば、原告は、出勤簿記載の残業時間を超える時間外労働等の割増賃金を放棄したものとみるべきである旨主張する。しかし、原告はそのような意思表示をしたことを争っているところ、出勤簿に30時間以内の残業時間しか記入していなかったからといって、放棄の意思表示がなされていたなどとは認めるに足りない。

-勤務時間中の私的活動、指揮命令について-

「被告は、原告が、勤務時間中、歯科医診察や内科医受診、役所訪問等で私的活動を行うこともあった旨主張する。しかしながら、そのような事を窺うことのできる的確な証拠はなく、むしろ、被告において、通常どおりの勤務があった旨の出勤簿の記載内容について上司認印を施すなどしてこれを認め、基本給の支払をしていたことは前記説示のとおりであって、被告主張のような事実があったとは認められない。」

・・・中略・・・

「被告は、原告が会社内にいたとしても労働していなかったものとみるべきであるなどとも主張して争う。しかし、社屋内に休憩施設があればともかく、そのようなものがあったとも認められない本件にあっては、具体的な休憩時間を認めるべき反証のない限りは始業終業時刻の間、労務の提供があったものと推認するのが相当であり、この点に関する的確な反証を欠く本件にあっては、被告の主張によって前記判断が左右されるということはできない。」
「また、被告は、原告が被告の指揮命令下にあったものと認めるべきでないとの主張もしている。しかし、上記のとおり、前記認定の始業終業時刻の間、労務の提供がなされていたと推認するのが相当というべきところ、証人P3は日頃から原告の間近でその勤務状況をみていたものである上、同人の証言によっても、原告が前日のネクタイをして稼働するなど、社内泊等に及んでいる可能性もあることを認めながら、特段の措置をとったり、異議を差し挟むこともなかったというのであって(証人P3 5頁、10頁)、同人により、残業可否に関する許可が事前に厳格になされていたとみるべき証拠もない。これらの点に照らせば、被告の主張を踏まえても原告の稼働について黙示的な指揮命令はあったと認めることができ、これに反する被告主張も採用することができない。

-遅刻について-

「原告に被告の主張するような頻回の遅刻欠勤があったとまでは認め難いところ、原告の自認している遅刻についても、出勤簿にみられるように、被告において異議なく通常出勤があったものと認め、基本給を支払っていることからすれば、これを宥恕していたものとみるのが相当であり、これに反して不法行為又は不当利得の成立をいう被告の主張は採用することができず、これら請求権は肯認することができない。」

3.それまで問題にされていなかったことが、残業代請求のへ報復材料に持ち出されてもその効果は怖れるほどのものではない。

 裁判所は、被告が異論や異議を述べないまま普通に基本給を払っていたことなどを根拠に、勤務時間中に私的な活動を行っているだとか、遅刻が多いので給料の過払分を返せだとかいった、被告の報復的・後付け的な主張を排斥しました。

 また、出勤簿に時刻を記入したら、それは残業代を放棄する意思の表れであるといった立論も採用しませんでした。労働者側に残業代を放棄するメリットはなく、単に使用者側から残業を一定の時間内に収めるように示唆され、それに従っただけのことに残業代放棄の意思を読み込むのは無理があったからではないかと思われます。

 会社側から寄せられる多彩な反論に対し、法令や裁判例を使って逐一反論して行くことは、結構な負担を伴うことが多く、一般の方にとって、決して容易ではないように思われます。そのため、困ったら速やかに弁護士のもとに相談に行くことをお勧めしています。