弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

セクハラの弁解をするときに注意すること-自分の知的能力を過信してはダメ

1.セクハラで不合理な弁解をすると処分が重くなる?

 ハラスメントに限らず、やましいことをしてしまった時、それを指摘されると、弁解したくなる人は多いのではないかと思います。その弁解が苦しいことを、自分自身、分かっていたとしてもです。

 しかし、セクハラで職場から懲戒処分を受けかかっているような場面では、弁解をするかどうか、するとしてどのような言葉で弁解するのかは、慎重に考える必要があります。不合理な弁解をすると、そのこと自体が真摯な反省に欠けるものとして、重い処分が相当であることの論拠とされかねないからです。

 近時、公刊物に掲載された裁判例・東京地裁平31.1.24労働判例ジャーナル89-50学校法人國學院大學事件でも、このことが指摘されています。

2.事案の概要

 この事件で原告になったのは、大学の文学部の教授です。

 大学院の女子学生に対してハラスメントをしたとして、5年間、教授から准教授に降格することを内容とする懲戒処分を受けました。

 これに対し、事実誤認や評価の誤りがあるため懲戒処分は無効であるとして、引き続き教授職にあることの確認などを求めて出訴したのが本件です。

 本件では被告学校法人が非違行為としたのは、

「原告が、平成28年5月22日・・・の学会後の慰労会終了後、C(大学院の女子学生 括弧内筆者)をC宅まで送り、C宅に入って宿泊したこと」

です。

 裁判所の認定事実としては、

「原告は、平成28年5月22日、中古文学会後の慰労会からの帰り、CとともにC宅の最寄り駅である国領駅まで電車で行った後、同駅前のガストに誘い、翌23日午前2時頃まで同店において二人で飲酒し、その後、CをC宅のあるアパートまで徒歩で送っていき、C宅に入れてほしいと執拗に頼み込んで、一人暮らしのC宅に入室し、朝まで滞在したことが認められる。」
「そして、原告が、C宅への入室直後から、ベッドの上に横になり、Cを原告の傍に来るように誘い、Cの手や肩を触ったり、Cが嫌がっているにもかかわらず、Cのブラウスのリボンやボタンを外して胸を触ったりした」
といったことが指摘されています。

3.裁判所の判断

 上記のような非違行為があったことを前提に、裁判所は次のとおり判示し、懲戒処分は不相当ではないと判示しました。

「原告は、終電車が終了した深夜の時間帯に、一人暮らしの女子大学院生であるCの自宅に入室し、朝まで滞在したというものであって、Cに対し、性的自由を奪われるかもしれないという不安、恐怖心、不快感等を与えるものであり、悪質なハラスメント行為といえる。しかも、前判示のとおり、原告も、Cとの間で性的な問題を生じ得る状況であることを認識しながら、Cの自宅に入室したことが認められるから、この点でも原告の行為は悪質である。大学の教授は、研究のみならず、学生に対する指導をも主たる業務としており、学生との信頼関係構築が求められるところ、上記行為は、原告の教授としての影響力を利用してされたものであり、これによって、教授と学生との信頼関係が深刻に毀損され、かつ、被告の名誉と信頼を大きく傷つけたものといえる。原告は、本件処分の決定過程においては、C宅に入室したこと自体は認めていたものの、その経緯について、疲労等により歩行が困難となったため、やむを得ず入室させてもらったなどと不合理な弁解をしており(乙4の2及び乙6)、上記行為について真摯に反省したとみることもできない。
そうすると、原告が、本件出来事の直後にCに対して謝罪のメールを送信していること、過去に懲戒処分歴がないことに加え、原告主張に係る本件処分による不利益の程度等の事情を考慮しても、5年間の准教授への降格が不相当に重いとはいえず、本件処分が社会的相当性を欠くとは認められない。

4.不合理な弁解

 上述のように、裁判所は原告が不合理な弁解をしていることを指摘し、真摯に反省しているとは疑わしいことを、処分の相当性を基礎づける一因として指摘しました。

 それでは、この裁判所から切って捨てられた原告の不合理な弁解とは、一体どのような弁解だったのでしょうか。また、裁判所が不合理と判断した論拠はどこにあったのでしょうか。

 判決文には次のように記載されています。

「原告は、C宅に入った経緯やC宅での原告の行動等について、C宅に向かう途中で持病の糖尿病由来のこむら返りが起きて歩行困難となり、このままでは歩いて駅に戻ることや、タクシーを探すことさえできないと考え、やむを得ずC宅で休ませてもらうことを緊急に提案して、Cの了承を得てC宅に入った、Cは、原告を拒絶するどころか、『こういうことになるなら、もっと部屋をきれいにしておけばよかった。』と明るい声ではしゃぎ立て、原告にお茶を出すなどしており、歓迎に近い意を示していた、C宅に入った後、原告は、万が一にも失礼があってはいけないと気を付け、偶発的に手足が触れないように、可能な限り、距離を取って座るようにしていたなどと主張し、これに沿う供述をする(甲14、原告本人)。」
「しかしながら、C宅に向かう途中で持病の糖尿病由来のこむら返りが起きてしまい、歩いて駅に戻ることや、タクシーを探すことさえできない状態であったという原告の供述は、原告がその後C宅まで徒歩でたどり着いていることと合致せず、仮に歩行が困難な状態になったとしても、C宅に入るのではなく、C宅のアパートの敷地内や階段等で足が回復するまで休憩すればよかったのであるから、C宅に入った上で休憩しなければならない緊急の必要があったともいい難い。また、上記のこむら返りに関する主張は、平成28年11月26日付けの不服申立ての理由書(乙10の2)から主張し始めたものであり、それ以前の同年7月21日に実施されたハラスメント調査委員会による調査に対しては、C宅に入室した理由について、疲れてふらふらになってC宅に上がり込んだ、どうして上がり込んでしまったのかは、明確には覚えていないが、茶でもどうかとなった旨供述し(乙4の2)、同年9月21日に提出された原告の異議申立書には、『疲労が極限に達していて、足もガクガク』だったため、少し休ませてほしいと原告がCに頼んだ旨の記載があるなど(乙6)、C宅への入室経緯について、原告の主張及び供述内容には無視し難い変遷がみられる。また、原告がC宅に入った後、Cが歓迎に近い意を示していたとか、原告は、偶発的に手足が触れないように、可能な限り、距離を取って座るようにしていたなどの供述についても、もしそうであるならば、原告は、本件出来事について後に謝罪するなどして気を遣う必要はないはずであるが、前記認定事実(3)のとおり、原告は、本件出来事の直後から、C宛てに、何度も謝罪のメールを送信し、一方でCも、本件出来事後に非常勤講師や本件大学のハラスメント相談委員会に対し、原告によるセクシュアル・ハラスメントについて相談しているのである。このように原告の上記供述は、本件出来事後の原告及びCの態度と整合しないばかりか、主要な内容に変遷があり、内容そのものも不自然であって、採用することができない。」

5.自分の身に起きていることに対しては、大学教授でも冷静ではいられない

 判決に目を通すと、大学教授ともあろう者が、なぜ、これほど緻密さに欠ける言い訳をするのかと不思議に思う方がいると思います。

 駅に戻ることさえできないほど歩行が困難であったと言いながら、Cの家まで歩いて行っている部分などは、何かの冗談であるかのようにも読めてしまいます。

 しかし、弁護士として当事者の言い分をそのまま裁判所に顕出するかは別として、大学教授が一見して合理性に欠けると思われるような弁解を行うという現象自体は、普通に有り得ることだと思います。自分の身に降りかかっている危機に対しては、誰だって冷静ではいられないからです。セクハラ教授という不名誉な烙印が押され、これまで積み重ねてきた地位・名誉が崩され、追い詰められた時、やぶれかぶれになって苦しいことでも言いたくなってしまったのではないかと思います。

 しかし、追い詰められ、冷静でいられないような状態のもとでの判断は、大体碌なものではありません。本件でも余計な弁解はせず、徹頭徹尾反省の意を示し、再発の防止を確約していれば、また違った結果になったかも知れません。

 この事件から分かるのは、懲戒処分を受けかけているなどの危機的な状態においては、大学教授ほどの知的能力を持っている人であったとしても、普通では考えられないような選択をするということです。

 セクハラで処分を受けそうになっているといったように、強い精神的なプレッシャーがかかっている状態で、辛い、苦しい、と思ったら、一人で何とかしようとはせず、弁護士に対応を相談すると良いと思います。危機的な状況で的確な判断ができるかどうかと知的能力は必ずしも相関しないので、自分自身の知的能力に自信があったとしても、それを過信するのはあまりお勧めできません。

 対応を弁護士に相談すれば、弁解をするのかしないのか、するとして、どのような言葉で話したらよいのかについてアドバイスを受けられると思います。言いたいことを本当に言っていくのかを決めるのは、弁護士からのアドバイスを受けた後でも遅くはありません。