1.クレームへの対応方法
顧客からのクレームに対し、顧客と従業員のどちらに非があるのかを見極めることなく、取り敢えず自社の従業員に謝らせるという方法があります。
それが揉め事を丸く収めていた時代もあったのだと思います。
しかし、こうした手法は、自社の従業員を苦しめ、不満を蓄積させてしまうため、労務管理の観点からみれば、決して適切とはいえません。
この取り敢えず部下を謝らせるというクレーム対応の手法の適否が争われた事件が、判例集に掲載されていました。
甲府地判平30.11.13労働判例1202-95甲府市・山梨県(市立小学校教諭)事件です。
2.事案の概要(犬に噛まれて飼い主に損害賠償の話をしたら、勤務先学校にクレームを入れられ、管理職から謝罪を強要された)
本件で原告になったのは、甲府市の市立小学校の教諭の方です。
平成24年8月26日、地域防災訓練の会場に向かう途中、原告教諭は自身が担任を務める学級に属する女子児童の家に立ち寄りました。
その際、児童宅の庭で飼育されていた甲斐犬に噛まれ、右膝部と右下腿部に加療2週間の怪我を負いました。
その後、原告が犬の飼い主である児童の保護者に損害賠償に関する話をしたところ、児童の父・祖父から「地域の人に教師が損害賠償を求めるのは何事か」などと学校にクレームが持ち込まれました。
校長室にやってきた祖父・父に対し、校長は
「原告に対して、本件児童の父と祖父に謝罪するよう求め」
原告は
「ソファから腰を降ろし、床に膝を着き、頭を下げて(頭を床に着けたというものではない。)、謝罪し」
ました。
そして、校長は、
「本件児童の父と祖父が帰った後、原告に対し『会ってもらえなくとも、明日、朝行って謝ってこい。』と言い、翌日に本件児童宅を訪問し、本件児童の母に謝罪するよう指示」
しました。
本件では、こうした校長の措置がパワーハラスメントとして不法行為を構成するのではないかが争点の一つになりました。
3.裁判所の判断
裁判所は、次のとおり述べて、校長の対応に違法性を認めました。
「A校長は、本件児童の父から、原告から損害賠償を請求された旨の抗議を受け、原告に対して報告書の提出を求め、その内容を確認すると、原告に対して、原告が電話で本件児童の母に対して『賠償』という言葉を使ったこと及び本件児童の祖父を引き合いに出して保険の話をしたことを非難した。」
「しかし、原告は、犬咬み事故に関しては、全くの被害者であり、被害に遭ったことについて原告に何らかの過失があったともいえない。そして、動物の占有者は、動物の種類及び性質に従い相当の注意をもってその管理をしていたものでない限り、その動物が他人に加えた損害を賠償する責任を負うものであるところ(民法718条1項)、本件犬の占有者・管理者とみられる本件児童の保護者が本件犬の種類及び性質に従い相当の注意をもってその管理をしていたことをうかがわせる事情もないから、原告が本件犬の占有者・管理者としての本件児童の保護者に対して犬咬み事故による損害の賠償を求めたとしても、権利の行使として何ら非難されるべきことではない。」
「なお、犬咬み事故が公務災害に該当するかについては、後に裁判で争われ、通勤災害として公務災害に該当すると判断した東京高等裁判所の判決が確定したが(甲30、31)、犬咬み事故は第三者行為災害であるから、基金においても、原則として、まず賠償責任を負う第三者に対して損害賠償請求を行うこと(示談先行)を求めているのであり(甲34、35)、しかも、A校長は、犬咬み事故は公務災害には該当しないと認識していたのであるから、本件児童の保護者に対して損害賠償を請求することができなければ、いわば泣き寝入りするしかなくなってしまうのであって、それを批判することは明らかに不当である。」
「しかも、原告は、本件児童の母に対し、電話で、賠償責任保険に加入していたら、その保険を使用してほしいという趣旨の話をしただけであり、本件児童の祖父が経営する会社の名前を出して、『相談なさってみてはいかがでしょうか』などと言ったのは、今後同様の事故が起きたときに備えて保険への加入を勧める趣旨であって、そのことも何ら非難されるべきものではない。」
「それにもかかわらず、A校長は、原告を一方的に非難したものであって、この行為は、原告に対し、職務上の優位性を背景に、職務上の指導等として社会通念上許容される範囲を逸脱し、多大な精神的苦痛を与えたものといわざるを得ない。」
「C校長は、・・・『・・・客観的に見た場合、話を収めるには、この方法が良いと判断しました。』と述べている。しかし、客観的にみれば、原告は犬咬み事故の被害者であるにもかかわらず、加害者側である本件児童の父と祖父が原告に怒りを向けて謝罪を求めているのであり、原告には謝罪すべき理由がないのであるから、原告が謝罪することに納得できないことは当然であり、A校長は、本件児童の父と祖父の理不尽な要求に対し、事実関係を冷静に判断して的確に対応することなく、その勢いに押され、専らその場を穏便に収めるために安易に行動したというほかない。そして、この行為は、原告に対し、職務上の優越性を背景とし、職務上の指導等として社会通念上許容される範囲を明らかに逸脱したものであり、原告の自尊心を傷つけ、多大な精神的苦痛を与えたものといわざるを得ない。」
「したがって、上記のA校長の言動は、原告に対するパワハラであり、不法行為をも構成するというべきである。」
4.非のない部下を謝らせて丸く収める手法の終焉
裁判所は、被害者である原告を一方的に非難し、泣き寝入りを強いるとは何事かという趣旨の判断をしました。
校長の『客観的に見た場合、話を収めるには、この方法が良い。』という事なかれ的なクレーム対応方法に関しては、理不尽な要求に対して冷静・的確に対応すべきところ、勢いに押されて安易に対応したというほかないと厳しく批判しています。
結局、この件だけではないとはいえ、裁判所は、
「C校長の不法行為により原告に生じた精神的苦痛を慰謝するための慰謝料の額は、100万円が相当である。」
と比較的高額な慰謝料を認定しました。
一昔前は、本件の校長のように、顧客からのクレームに対し、部下側に非があろうがなかろうが取り敢えず部下に謝らせてその場を収めるという手法が、一定数見られていたように思います。
しかし、今、こうした是非善悪・理非曲直を有耶無耶にした対応をとると、組織へのロイヤリティを失くした部下が離れて行ってしまうのはまだいい方で、悪ければパワーハラスメントで訴えられるリスクが生じます。
管理職には、クレームの勢いに気圧されることなく、正当なクレームと理不尽なクレームを冷静に仕分けし、場合に即した適切な対応をとることが求められます。
正当なクレームと理不尽なクレームの仕分けが難しい場合には、安易に部下を謝らせたりせず、対応を弁護士に相談すると良いだろうと思います。