弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

問題視されていなかった遅刻・勤務時間中の私的活動-後になって賃金を返せと言われたら

1.残業代請求に対する報復

 残業代を請求すると、使用者側から多彩な反論が寄せられることが少なくありません。その中の一つに、遅刻した分、サボっていた分の給料を返せという主張があります。

 それまで特に問題視されていなかったことが突然問題視されて、面食らう方は少なくありません。

 しかし、こうした合理性に乏しい報復的な主張が裁判所で重視されることは、あまりないように思われます。そのことは、近時の公刊物に掲載されている東京地判令元.6.28労働判例ジャーナル94-84 大作商事事件からも伺われます。

2.大作商事事件

 本件は、被告の従業員として稼働していた原告が、残業代を請求した事件です。

 原告が労働時間立証の核にしたのは、パソコンのログ記録です。

 これに対し、被告は、

① 出勤簿記載の時間を超えて残業をしたとの申告を受けたことはない(出勤簿記載の時間を超える残業代は放棄されている)、

② 原告は勤務時間中に私的活動を行うこともあった、指揮命令がない、

③ 原告は187回もの主張を繰り返していた、遅刻2日について欠勤1日として計算する就業規則の規定に基づいて、93.5日分の給与相当額を返せ、

などといった反論を展開しました。

 裁判所は、次のように述べて被告の主張を排斥し、原告の請求する残業代の多くの部分を認める判決を言い渡しました。

(裁判所の判断)

-残業代の放棄の主張について-

「被告は、原告において、出勤簿記載の限度の残業時間しか申告していなかったことに照らせば、原告は、出勤簿記載の残業時間を超える時間外労働等の割増賃金を放棄したものとみるべきである旨主張する。しかし、原告はそのような意思表示をしたことを争っているところ、出勤簿に30時間以内の残業時間しか記入していなかったからといって、放棄の意思表示がなされていたなどとは認めるに足りない。

-勤務時間中の私的活動、指揮命令について-

「被告は、原告が、勤務時間中、歯科医診察や内科医受診、役所訪問等で私的活動を行うこともあった旨主張する。しかしながら、そのような事を窺うことのできる的確な証拠はなく、むしろ、被告において、通常どおりの勤務があった旨の出勤簿の記載内容について上司認印を施すなどしてこれを認め、基本給の支払をしていたことは前記説示のとおりであって、被告主張のような事実があったとは認められない。」

・・・中略・・・

「被告は、原告が会社内にいたとしても労働していなかったものとみるべきであるなどとも主張して争う。しかし、社屋内に休憩施設があればともかく、そのようなものがあったとも認められない本件にあっては、具体的な休憩時間を認めるべき反証のない限りは始業終業時刻の間、労務の提供があったものと推認するのが相当であり、この点に関する的確な反証を欠く本件にあっては、被告の主張によって前記判断が左右されるということはできない。」
「また、被告は、原告が被告の指揮命令下にあったものと認めるべきでないとの主張もしている。しかし、上記のとおり、前記認定の始業終業時刻の間、労務の提供がなされていたと推認するのが相当というべきところ、証人P3は日頃から原告の間近でその勤務状況をみていたものである上、同人の証言によっても、原告が前日のネクタイをして稼働するなど、社内泊等に及んでいる可能性もあることを認めながら、特段の措置をとったり、異議を差し挟むこともなかったというのであって(証人P3 5頁、10頁)、同人により、残業可否に関する許可が事前に厳格になされていたとみるべき証拠もない。これらの点に照らせば、被告の主張を踏まえても原告の稼働について黙示的な指揮命令はあったと認めることができ、これに反する被告主張も採用することができない。

-遅刻について-

「原告に被告の主張するような頻回の遅刻欠勤があったとまでは認め難いところ、原告の自認している遅刻についても、出勤簿にみられるように、被告において異議なく通常出勤があったものと認め、基本給を支払っていることからすれば、これを宥恕していたものとみるのが相当であり、これに反して不法行為又は不当利得の成立をいう被告の主張は採用することができず、これら請求権は肯認することができない。」

3.それまで問題にされていなかったことが、残業代請求のへ報復材料に持ち出されてもその効果は怖れるほどのものではない。

 裁判所は、被告が異論や異議を述べないまま普通に基本給を払っていたことなどを根拠に、勤務時間中に私的な活動を行っているだとか、遅刻が多いので給料の過払分を返せだとかいった、被告の報復的・後付け的な主張を排斥しました。

 また、出勤簿に時刻を記入したら、それは残業代を放棄する意思の表れであるといった立論も採用しませんでした。労働者側に残業代を放棄するメリットはなく、単に使用者側から残業を一定の時間内に収めるように示唆され、それに従っただけのことに残業代放棄の意思を読み込むのは無理があったからではないかと思われます。

 会社側から寄せられる多彩な反論に対し、法令や裁判例を使って逐一反論して行くことは、結構な負担を伴うことが多く、一般の方にとって、決して容易ではないように思われます。そのため、困ったら速やかに弁護士のもとに相談に行くことをお勧めしています。