弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

仕事で病気・怪我をしたフリーランスの方へ-労働者性を争うことにより手厚い補償を受けられる可能性がある

1.フリーランス・個人事業主の病気や怪我に対する脆弱性

 フリーランス・個人事業主(以下「フリーランス等」といいます)は、病気や怪我に対して労働者よりも遥かに脆弱です。それは社会保険や労働保険が不十分だからです。

 業務上の災害に対し、労働者は、労働者災害補償保険法に基づく保険給付を受けることができます。療養補償給付により、費用負担なく必要な治療を受けられますし、働けない期間には休業補償給付を受けることもできます。障害が残れば、障害補償給付を受けることができます。

 私傷病で働けなくなった場合にも、労働者は、健康保険組合から傷病手当金を受給することができます。

 しかし、フリーランス等には、原則として、そうした仕組みはありません。労働者災害補償保険法上の特別加入という仕組みで一定の保護が図られていますが、特別加入をしていない場合・特別加入の対象とされていない業態の場合、私保険に加入していなければ、医療費や休業による収入減などの経済的な負担が重くのしかかってきます。

 こうした負担を前に、途方に暮れてしまうフリーランス等の方は少なくありません。

 しかし、途方に暮れる前に、一つ、検討してみてもいいことがあります。それは、自分の働き方が労働者にあたるのではないかということです。

 労働者に該当すると、どうなるのかというと、労働者災害補償保険法上の保険給付を受けることができるようになります。

 近時の公刊物に掲載されていた、大阪地判令2.5.29労働判例ジャーナル102-28 国・津山労基署長事件も、労働者性を争うことにより、業務委託で働いていた方が救済されたケースです。

2.国・津山労基署長事件

 本件は労災の不支給処分に対する取消を求める訴えです。

 原告になったのは、自営で左官業をする傍ら、テストライダーとして働いていた方です。テストライダーとは、タイヤの製造販売等を業とする会社から委託を受けて、二輪車用タイヤの開発テストのため、タイヤを装着したバイクを走行させる仕事をいいます。

 原告は、

「平成29年5月20日午前11時20分頃、城里テストセンターにおいて、テスト走行に従事していたところ、大型バイクに乗車して外周路に向かう構内路を低速で走行中、道路左側の縁石への接触により転倒する事故(本件事故)が発生し、これにより胸髄損傷、第2頚椎椎体骨折、第3胸椎脱臼骨折及び第4胸椎圧迫骨折の傷害を負い、その後、リハビリ等の治療を受けたものの、後遺障害が残存」

する状態になりました。

 これを受けて、原告は労働基準監督署長宛てに療養補償給付、障害補償給付、介護保障給付の支給申請を行いました。

 しかし、労働基準監督署長は、原告が「労働者」に該当しないことを理由に、療養補償給付等を支給しない処分を行いました。

 労働者に該当しないとされたのは、原告と被告との間で交わされていた「タイヤ開発テスト委託契約」が労働契約とは異なる業務委託契約として理解されたからではないかと思われます。

 これに対し、原告は、不支給処分の取消を求めて裁判所に出訴しました。

 裁判所は、次のとおり述べて、原告の労働者性を認めました。 

 「〔1〕本件事故が発生した当時、社員ライダーと同様に、本件会社による一定の時間的・場所的な拘束・管理の下で、本件会社から業務の内容及び方法に関する具体的な指揮命令を受け、これに従って業務を遂行していたといえることに、

〔2〕本件会社から原告に対して支払われる報酬には、一定の労務対償性があったといえること、

〔3〕原告の業務遂行に不可欠なバイクは、本件会社が用意していたことや、原告が本件会社の業務に従事している間は一定の専属性があったといえること

を併せ考慮すれば、本件契約が形式上は業務委託契約とされていること、本件契約には、業務遂行上生じた損害は原則として原告の負担とする旨の条項があること、原告の報酬から、給与所得としてではなく、報酬・料金としての源泉徴収がされていたことなど、被告の主張する事情を勘案しても、原告は、本件会社の指揮監督の下で、本件会社に労務を提供し、本件会社から賃金を支払われていた者、すなわち労基法9条にいう『労働者』に当たるというべきである。

3.専属性の弱い業務委託契約でも労働者性を主張することは可能

 本件で特徴的だと思われたのが、専属性がかなり弱かったことです。

 本件事故の前年、原告の方は、自営の左官業から368万円の収入を得ていました。これに対し、タイヤの製造販売会社から受け取っていた報酬額は、

「〔1〕平成27年分は、支払金額が38万9790円、源泉所得税額が3万9790円、

〔2〕平成28年分は、支払金額が58万4685円、源泉所得税額が5万9685円、

〔3〕平成29年分は、支払金額が15万5916円、源泉所得税額が1万5916円」

でしかありませんでした。

  テストライダーは、左官業の傍ら、期間限定でやる副業のような位置付けになっており、原告の方は、労働者のように会社に経済的に従属しているような関係にはありませんでした。

 しかし、裁判所は、次のとおり述べて、原告にはタイヤの製造販売会社への専属性があったと判示しました。

(裁判所の判断)

「被告は、原告が自営で左官業を営んで収入を得ており、本件会社からの収入はその6分の1程度にすぎなかったから経済的に本件会社に依存していたということはできず、専属性があったとはいえない旨主張する。」

「しかし、上記のとおり、契約ライダーである原告は、本件会社の人員需要に応じて、短期間、限定された業務に従事することが予定された者であるから、他に自営業を営んで収入を得ていることや、本件会社からの収入が原告の収入の一部にすぎないことはむしろ当然に予定されたことである。かえって、前記認定のとおり、原告は、テスト走行業務に従事している期間中、他のテストライダーと同じ宿舎に宿泊するなど、城里テストセンターから離れることは事実上困難であり、自ら共同経営する左官工その他の業務に従事することも困難であったということができるから、上記期間中は一定の専属性があったものと評価することができる。

 元々、「専属性の程度」は労働者性の判断基準において、補強要素として位置付けられているにすぎません。また、専属性がないことは労働者性を弱めることにはならないと理解されています(昭和60年12月19日『労働基準法研究会報告(労働基準法の『労働者』の判断基準について)』参照)。

 その意味において、本件においても、専属性の弱さは、結論を左右する本質的な考慮要素になったわけではないと思います。

 それにしても、受託業務に従事している間、本業ができなければ専属性ありだとしている点は、かなり思い切った判断だなと思います。この程度で専属性が認定されるのであれば、かなりの業務に専属性が認められることになるのではないかと思います。

4.フリーランス等であっても、従事していた仕事の内容によって労働者になる

 フリーランス等として複数の仕事を受託している方であったとしても、受託している仕事の内容によっては、その仕事に従事している間は労働者になることが有り得ます。そして、労働者である場面で病気や怪我をすれば、労働者災害補償保険法上の保護を受けられる可能性があります。

 働く人が病気や怪我で受けるダメージは、労働者災害補償保険法上の保険給付を受けられるか否かで、大きく異なります。

 フリーランス等であったとしても、「労働者と変わらないのではないか」と思えるような仕事をしている中で病気になったり怪我をしたりした場合、労働者災害補償保険法の適用の可否を考えてみても良いだろうと思います。労働者性の有無の判断には専門的な知見が必要ですが、弁護士に相談してみれば、ある程度の当たりはつくのではないかと思います。もちろん、私で相談に与らせて頂くことも可能です。