1.セクハラの該当例
職場における性的な言動への対応により労働条件に不利益を受けたり、性的な言動で就業環境が害されたりすることを、「職場におけるセクシュアルハラスメント」といいます(平成18年厚生労働省告示第615号 事業主が職場における性的な言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針「1 はじめに」参照)。
職場におけるセクシュアルハラスメントを定義する上記指針には、幾つかの典型例が記載されています。これによると、
「出張中の車中において上司が労働者の腰、胸等に触ったが、抵抗されたため、当該労働者について不利益な配置転換をすること。」
「事務所内において上司が労働者の腰、胸等に度々触ったため、当該労働者が苦痛に感じてその就業意欲が低下していること。」
などがセクシュアルハラスメントの典型とされています。
https://www.mhlw.go.jp/content/11900000/000605548.pdf
また、セクシュアルハラスメントを含む心理的負荷により精神障害を発症した場合の労災認定基準を定める
「基発第1226第1号 平成23年12月26日 改正 基発0529第1号 令和2年5月29日 心理的負荷による精神障害の認定基準について」
は、心理的負荷が弱である例としてではあるものの、「〇〇ちゃん。」という発言をセクシュアルハラスメントとして位置付けています。
https://www.mhlw.go.jp/content/000638820.pdf
具体例の摘示は注意しなければならない行為が分かりやすくなる半面、それさえしなければいいのかという誤解を招くことがあります。セクシュアルハラスメントに関して言うと、時折「胸や腰にさえ触らなければいい」といった反対解釈的な理解を強く主張する人を目にすることがあります。
しかし、そうした理解は誤りです。指針を普通に読めば行政解釈がそうした理解を採用していないことは容易に読み取れますし、裁判所もセクシュアルハラスメントの対象行為を身体の特定の部位への接触に限定して理解しているわけではありません。セクシュアルハラスメントとなる性的な発言を、貶す方向での発言に限定しているわけでもありません。そのことは、近時公刊された判例集に掲載されていた札幌地判令2.3.13労働判例1221-29国・札幌東労基署長(紀文フレッシュシステム)事件からも読み取ることができます。
2.国・札幌東労基署長(紀文フレッシュシステム)事件
この事件は労災の不支給処分に対する取消訴訟です。
原告となった女性は、チルド商品の配送等を業とする株式会社のA2センターで働いていた方です。別部署A1センターのセンター長Bからセクシュアルハラスメントを受けたことなどが原因で精神障害(うつ病)を発症したとして、療養補償給付や休業補償給付の支給を請求しました。しかし、労基署長から業務起因性がないとして不支給処分を受けたことから、不支給処分の取消訴訟を提起したという流れです。
原告がセクシュアルハラスメントとして供述したのは、次の六つの事実です。
① 「平成27年6月27日に本件事業所の隣地に建設される物流センターの話をしていた際、Bから『そっちがここより時給高かったら行くんでしょう。』と言われ、冗談気味に『1000円になったら行くかも知れませんね。』と返答したところ、その後、Bが『そんなこと言わないの。』と言いながら、原告の頭を3回、べっとりとした感じでなでてきた」こと。
② 「平成27年7月16日、外部から漬物の匂いが流れてきたところ、Bが原告の胸や脇の辺りに顔を近づけ、匂いを嗅ぐしぐさをした上、『この匂い、甲野さん?』などと言ってきた」こと。
③ 「平成27年8月中旬頃、Bが菓子を口に含み、顔を50cm程度にまで近づけて、口移しをするようなしぐさをしてきた」こと。
④ 「眼鏡を掛けていたところ、Bから『眼鏡を外した方がかわいいよ。』と言われた、その後、原告が眼鏡を外してコンタクトレンズを着けていたところ、Bから大きな声で『かわいい』と言われた」こと。
⑤ 「平成27年8月24日、同僚のL・・・と、『派遣社員のMさんに年下の彼氏ができたんだって。』、『年下の彼氏、すてきだね。』などと会話をしていたところ、Bがその会話に入り、『どうせ床上手なんだろう。』、『10歳も年下の彼氏なんて、それしかねえべや。』と言ってきた」こと。
「翌日の同月25日、Bから『甲野さん・・・、うまいしょう。』と言われ、『何がですか。』と答えたところ、『いや、うまいしょう、うまそうだもん』と言われた上、B自身の股間を指で指しながら『ねえ、ここでして、ここでしてよ。』などと言われ」たこと。
⑥ 「平成27年8月26日に結婚を報告したところ、Bから『なんで結婚したの。』、『結婚したら国からお金もらえないべや。俺の知り合いなんてわざと籍入れないで生活保護を受けてるやついるぞ。』と言われた」こと。
裁判所は、原告の供述に信用性を認め、これに沿う事実を認定したうえ、①~⑥の事実について、次のように評価しました。
(裁判所の判断)
「これらの各行為は、直接の身体接触を伴うか(上記①)、顔、胸及び脇といった身体のデリケートな部分に極めて近接するものであり(上記②及び③)、しかも、性行為を求めたり(上記⑤)性的に不適切な言動をしたりしたものであって(上記②~④)、セクシュアルハラスメントと評価されるべきものである。」
(中略)
(上記⑥の)「行為はセクシュアルハラスメントそのものではないものの、上記⑤の翌日の出来事であり、また原告に不快感を及ぼすものであるから、心理的負荷の判断に当たっては、上記①ないし⑤の行為と関連のある出来事として評価するのが相当である。」
(中略)
「被告は、セクシュアルハラスメント該当性の判断は『平均的な女性労働者の感じ方』を基準にすべきであって・・・、Bが原告の頭をなでた行為は、胸や腰等への身体接触とは明らかに異なるものであり、心理的負荷の評価に際してもこれを考慮すべきである旨主張する。」
「しかし、上記・・・のとおり、Bによる原告の頭のなで方は、原告が気持ち悪さを感じるような態様であったのであるし、認定基準も身体接触の部位を『胸や腰』だけに限定しているわけではない。これに、Bが原告の胸や脇に顔を近づけて匂いを嗅いだこと(・・・②)、口移しをするようなしぐさをしたこと(・・・③)、股間部分を指して性行為(口淫)を求めたこと(・・・⑤)なども一体として評価すると、『平均的な女性労働者の感じ方』を基準にしても、Bによる一連の行為は『胸や腰等の身体接触を含むセクシュアルハラスメントというべきである。」
「したがって、被告の上記主張は採用することができない。」
3.腰胸でなくてもダメ、非接触でもダメ、褒める方向でもダメ
身体的接触は、腰胸でなければ問題ないわけではありません。身体的接触を伴わないなら問題ないというわけでもありません。褒める方向での言動もセクシュアルハラスメントに該当することはあります。
セクシュアルハラスメントに該当するかどうかは、常識に従って判断していれば、大外しすることはあまりないと思います。
しかし、この境界線がどうしても分かりにくいという方は「その言動が、職場という公共空間におけるコミュニケーションとして本当に必要か?」を考えてみると良いと思います。不必要なことをしないようにしておけば、セクハラかどうかの基準が分からなくても、加害者になってしまうことは避けられます。