1.男性シッターによる新規予約受付の一時停止
ネット上に、
「キッズライン、男性シッターの予約受け付けを停止 登録者の強制わいせつ事件が問題に」
という記事が掲載されていました。
https://news.yahoo.co.jp/articles/a2d5b7840a991d3a5df06abcc2989b0a3e941af0
記事には、
「ベビーシッターマッチングアプリの大手『キッズライン』は、男性シッターによる新規予約受付を一時停止すると2020年6月4日に発表した。」
「専門家から性犯罪が男性により発生する傾向が高いことを指摘された」
「ベビーシッター・キッズシッター(サポーター)と利用希望者をマッチングさせるサービスを提供している。このサービスに登録していた元ベビーシッターの男性が、保育していた男児の下半身を触ったとして強制わいせつの疑いで逮捕されたことが報道されていた。」
「キッズラインは公式サイトを更新し、『本日2020年6月4日14時から、男性シッターによる新規予約受付を一時停止いたしますので、お知らせいたします』と発表。」
「『過去に登録していた男性サポーターが逮捕されたことを重く受け止め、様々な安全管理の対策のみならず、性犯罪撲滅のためにも、社内に安全対策委員会を設置し、専門家とも度重なる協議を重ねてまいりました』『弊社としましては、国や自治体との性犯罪データベースの共有が実現することや、安全性に関する充分な仕組みが構築されるまで、また、専門家から性犯罪が男性により発生する傾向が高いことを指摘されたことなどを鑑み、男性サポーターのサポート(家事代行を除く)を一時停止することといたしました』」
と書かれています。
犯罪発生率を根拠として特定の性を締め出すとの対策は、一見して非理性的であるように思われますが、こうした措置は法的に許容されるのでしょうか。
2.労働者なら先ず許容されないだろう
雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等に関する法律(男女雇用機会均等法)5条は、
「事業主は、労働者の募集及び採用について、その性別にかかわりなく均等な機会を与えなければならない。」
と規定しています。
そして、労働者に対する性別を理由とする差別の禁止等に関する規定に定める事項に関し、事業主が適切に対処するための指針(厚生労働省告示第614号)第2-2(2)は、
「一定の職種・・・について、募集又は採用の対象を男女のいずれかのみとすること」
を男女雇用機会均等法第5条による禁止対象であると位置付けています。
したがって、企業がベビーシッターを労働者として雇用するにあたり、男性を排除した募集をかけたり、採用の場面から男性を一律に排除したりすれば、それは違法性ありと判断される可能性が極めて高いのではないかと思います。
こう言うと、一般の方の中のは、犯罪の発生傾向が締め出しを正当化する根拠にならないのかと、条文の形式的な適用に疑問を持つ方がいるかもしれません。
しかし、これはならないと思います。
根拠は二点あります。
一点目は、公正な採用選考から逸脱していることです。
厚生労働省は「厚生な採用選考の基本」という考え方を提示しています。
https://www.mhlw.go.jp/www2/topics/topics/saiyo/saiyo1.htm
ここでは、
「応募者の適正・能力のみを基準として行うこと」
「本人のもつ適正・能力以外のことを採用の条件にしないこと」
を構成な採用選考の基本として位置付けています。
性差による犯罪の発生傾向は、応募者個人の適正・能力とは関係がありませんし、応募者個人がコントロール可能な事情でもありません。
犯罪の発生傾向を理由として特定の性を排除することは「公正」さに関する行政解釈に合致しません。
二点目は、犯罪の発生傾向が理由になるなら、法規制としての意味がなくなるからです。
統計上の数値という意味では、犯罪の発生傾向は男性の方が女性よりも高い傾向にあります。例えば、法務省の矯正統計「刑務所・拘置所別 被収容者の入手所事由別人員」によると、令和2年3月の月末時点において、男性受刑者は3万8231人いるのに対し、女性受刑者は3456人しかいません。
犯罪=受刑ではないにしても、犯罪の発生傾向を理由とした募集・採用の場からの男性の締め出しが許容されるのであれば、男女雇用機会均等法による法規制は殆ど意味を持たなくなります。そうした状況を法が許容しているとは到底思えません。
3.プラットフォームなら許容されるのか?
それでは、労働者に対しては性差別として許容されないことであったとしても、プラットフォーム事業者がフリーランスに対して行うのは許されるのでしょうか。
私の感覚では、許容されないのではないかと思います。
確かに、男女雇用機会均等法のようなダイレクトにフリーランスの募集・採用の在り方を規制する法律はありません。
しかし、法は男女差別に対して消極的な評価を与えています。
例えば、憲法14条1項は、
「すべて国民は、法の下に平等であつて、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。」
と規定しています。
こうした価値観は私人間での法律関係にも反映されます。
例えば、最三小判昭56.3.24 最高裁判所民事判例集35-2-300 労働判例360-23 日産自動車事件は、男性の定年を60歳、女性の定年を55歳とする雇用システムに対し、
「専ら女子であることのみを理由として差別したことに帰着するものであり、性別のみによる不合理な差別を定めたものとして民法九〇条の規定により無効であると解するのが相当である(憲法一四条一項、民法一条ノ二参照)」
と判示しています。
これは労働契約を対象とするものではありますが、民法90条は、
「公の秩序又は善良の風俗に反する法律行為は、無効とする。」
という条文であり、労働契約に限らず、広く法律行為(契約)全般に干渉する建付けになっています。
労働契約だろうが、プラットフォームの提供契約であろうが、
「専ら男性/女性であることのみを理由として差別した」
と理解されるような措置が不適法と理解される余地は十分にあるだろうと思います。
また、男女共同参画社会基本法10条は、国民の責務として、
「国民は、職域、学校、地域、家庭その他の社会のあらゆる分野において、基本理念にのっとり、男女共同参画社会の形成に寄与するように努めなければならない。」
と規定しています。
「男女共同参画社会の形成」という言葉は、
「男女が、社会の対等な構成員として、自らの意思によって社会のあらゆる分野における活動に参画する機会が確保され、もって男女が均等に政治的、経済的、社会的及び文化的利益を享受することができ、かつ、共に責任を担うべき社会を形成することをいう。」
と定義されています(男女共同参画社会基本法2条1号)。
男女共同参画の概念は社会のあらゆる分野において妥当するものであり、これも労働契約に限られるわけではありません。
加えて、雇用によらない働き方に対する法的保護の在り方は、世界的にも重要な課題として位置付けられています。例えば、日本労働研究雑誌2019年5月号に掲載されている鎌田耕一「雇用によらない働き方をめぐる法的問題」という論文の中には、次のような記述があります。
「イギリスの差別禁止法83条2項は、その適用対象を雇用契約、徒弟契約及び個人的就業契約人就業契約(contract personally to do work)の下にある者としている。これは employee, workerとも異なる概念である。役務提供契約の下で使用される者も、それが個人で仕事または業務を行うことが義務付けられている限り適用される」
プラットフォームを使用者的な立場で理解できるのかという議論はあるにしても、労働契約以外の法形式における働き方に(性)差別禁止に関する考え方を及ぼして行くという発想は、決して特異な考え方ではありません。
私個人の考えとしては、プラットフォームからであろうが(労働契約の場面ではなかったとしても)、個々人の能力や適性とは離れ、男性であることを理由とした排除には問題があり、不法行為(民法709条)上の違法性が認められる可能性は十分にあるのではないかと思っています(訴訟自体が先例性のない難易度の高いものである反面、仮に損害賠償請求が認められても、逸失利益の立証はしにくいですし、慰謝料は微々たるものになることが想定されるため、事件化はしにくいと思いますが)。
4.犯罪の発生傾向などという議論は理性的思考の放棄ではないか
犯罪の発生傾向などという大雑把な議論がが許容されるのであれば、黒人・アジア人・白人で犯罪発生率を比較して、特定の人種を就労の場所から排除することまで許容されかねません。
「男性シッターによる新規予約受付を一時停止する」という意思決定の背景には専門家の存在もいたとのことですが、男性の就労者数に占める性犯罪者の割合を考慮するなど、もう少し理性的な判断はできなかったのかと疑問に思います。