弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

雇用保険の手続不履践による疑似労働者の救済手続-損害賠償請求か確認請求か?

1.雇用保険の未加入と債務不履行責任

 事業主は、雇用保険の対象となる労働者を雇入れた場合、その者が被保険者になったことを公共職業安定所長に届出る義務があります(雇用保険法7条、雇用保険法施行規則6条参照)。

 しかし、実体は労働契約であるにもかかわらず、業務委託などの事業者間での契約の形が仮装されている場合、雇用保険の加入手続が履践されることはありません。

 このような場合、労働者は、使用者に対し、何等かの損害の賠償を請求することはできないのでしょうか。

 この論点を考えるにあたっては、雇用保険法上の救済措置との関係が問題になります。

 事業主が雇用保険の被保険者資格の取得を届け出ていなかったとしても、労働者は被保険者資格を有していたことの確認を請求することができます(雇用保険法8条及び9条参照)。遡及確認によって被保険者資格が取得を取得できるのは、原則として2年前までに限られはしますが(雇用保険法14条2項2号、22条4項、雇用保険に関する業務取扱要領 20502(2)遡及適用参照)、確認請求をすることによって雇用保険を受給すること自体ができなくなるわけではありません。

 そのため、雇用保険の受給が可能であるならば、事業主が雇用保険の加入手続を履践しなかったとしても、損害を認定することはできないのではないのかが問題となります。

 この問題に関する裁判所の姿勢は、肯定例(高年齢求職者給付金について大阪地判平27.1.29労働判例 1116-5 医療法人一心会事件、慰謝料について東京地判平18.11.1労働判例926-93 グローバルアイ事件)と否定例(大阪地判平元.8.22労働判例546-27 山口(角兵衛寿し)事件)が混在しており、それほど明確には分かっていません。

 こうした議論状況のもと、近時公刊された判例集に、この論点を判示した裁判例が掲載されていました。大阪地判令2.1.17労働判例ジャーナル97-18 思いやり整骨院事件です。

2.思いやり整骨院事件

 本件で原告になったのは、整骨院(本件整骨院)の院長を務めていた柔術整復師の方です。

 被告になったのは、「思いやりグループ」と称する本件整骨院を含む複数の事業所若しくは法人からなる集団の中で、「統括」等と呼称される地位にあった方です。

 院長を辞めた後、未払賃金等の支払を求めて、統括を訴えたのが本件です。

 原告の請求の中には、雇用保険の手続不履践による損害賠償請求(給付相当額及び慰謝料)も含まれていました。

 これに対し、被告とされた統括側は、原告・被告間の契約は業務委託契約である(だから「賃金」は発生しないし、雇用保険に加入手続をとるべき義務があったわけでもない)という争い方をしました。

 裁判所は、原告・被告間の契約が労働契約であることを認め、一定の限度で未払賃金等の請求を認容する判決を言い渡しましたが、雇用保険の手続不履践による損害賠償請求は棄却しました。

 雇用保険の手続不履践による損害賠償請求の可否に係る判示は、次のとおりです。

(裁判所の判断)

「事業者は、要件を充足する被用者に係る雇用保険資格取得届について手続を履践すべき義務を負うものの、これは公法上の義務であり、直ちに当事者間の契約上の義務となるものではないが、前記認定事実のとおり、本件整骨院に関する『正社員』に係る求人情報に『社会保険完備』との記載があり、原告がこれを閲覧した上で、被告との雇用契約締結に至っていること・・・が認められるという本件特有の事情に照らせば、被告は、原告との関係においても、雇用契約に付随する義務として、このような手続を履践すべき義務を負うと認めることが相当であり、これに反する被告の主張は採用できない。」
「しかし、雇用関係終了後であっても、制度上、関係機関に対する被用者側の申出によって雇用保険資格取得や保険料納付に関して手続を行う余地があり得ることに照らせば、必ずしも原告主張どおりの失業等給付に相当する損害が発生したものとは認められず、仮にこのような損害の発生が観念できたとしても、被告による前記手続を履践すべき義務を怠った債務不履行との間の相当因果関係の存在を認めることはできない。また、原告は、本件整骨院の院長を務めている間、被告に対し、雇用保険資格取得届の手続をするよう求めた形跡は見当たらず、原告においてそのような取扱いを受け容れていたとみる余地があることに照らせば、被告に対して慰謝料の支払を命ずるまでの精神的損害が発生したと認めるには足りない。
「以上によれば、主位的請求のうち雇用保険資格取得届について手続を履践すべきであるにもかかわらずこれを怠ったという債務不履行に基づく損害賠償に係る部分・・・は理由がない。」

3.雇用保険を受給したい疑似労働者の方は、すぐに確認請求を

 思いやり整骨院事件の判決は、冒頭で述べたような手続があることを根拠に「損害」や「因果関係」が認められないと判示しました。

 また、雇用保険の資格取得手続を求めなかったことを根拠に慰謝料請求も認められませんでした。

 冒頭で指摘したとおり、損害賠償請求を肯定した裁判例も存在しはするのですが、裁判例の傾向は決して安定しているわけではありません。

 裁判をやっているうちに遡及適用の2年が経過してしまうことも懸念されるため、雇用保険を受給できないことに疑問のあるフリーランス(疑似労働者)の方は、損害賠償にかけるよりも、できるだけ速やかに確認請求を行うことが推奨されます。