弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

取締役就任にあたっての留意点-雇用契約終了の黙示的合意

1.取締役就任

 従業員(労働者)と取締役とでは、地位の安定の度合いが全く異なります。

 従業員の解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合には無効となります(労働契約法16条)。

 しかし、取締役などの会社役員は、株主総会決議によって、いつでも解任することができます(会社法339条1項)。正当な理由のない解任に関しては、残任期分の報酬に見合う損害賠償を支払う必要が生じますが(同条2項)、逆に言えば、損害賠償さえすれば、ただ単に気に入らないという理由で解任することもできます。

 本邦の法制では、従業員が取締役を兼務することが認められています。そのため、従業員であることと、取締役であることとは、必ずしも矛盾しません。従業員が取締役に就任したとしても、当然に従業員の地位が失われるわけではありません。

 しかし、取締役として具体的に担当する職務によっては、明示的に雇用契約を終了させる合意をしなかったとしても、従業員としての地位が失われることがあるので注意が必要です。そのような判示をした裁判例が、近時公刊された判例集にも掲載されていました。大阪地判令2.1.24労働判例ジャーナル97-16加賀金属事件です。

2.加賀金属事件

 本件はパワーハラスメント行為等を理由として解任された従業員兼務取締役の方が、雇用契約上の権利を有する地位にあることの確認などを求めて訴えを提起した事件です。

 被告会社は、取締役就任に伴って、雇用契約は終了していると争いました。

 これに対し、裁判所は、次のように判示して、原告による地位確認請求を認めない判断をしました。

(裁判所の判断)

「被告は、平成20年9月27日の取締役就任、さらには、その後の平成22年8月20日、原告に対して使用人職務を委嘱する旨の取締役会決議をしており、引き続き製造部長との役職名を付与していることが認められる・・・。この点は、引き続き使用人としての役職名を付与したという外形のみにとどまらず、取締役会決議という被告内部での意思決定の下、原告に使用人としての地位を兼ねさせていたとの評価が妥当し得る事情である。」
「そして、このような取締役会決議の存在につき、被告は、退職金共済に加入させるための形式上のものとして行ったにすぎないとも主張するが、その後においても、原告について退職金共済の加入が継続されていたとみられるところ、平成24年以降の取締役の重任に際してそのような決議がされていないことに照らせば、被告の主張には必ずしも合理性があるとは認められない。被告は、取締役就任によって原告が労働者性を喪失したとして、その後の待遇面や担当職務等について様々な指摘を行うものではあるが、前記取締役会決議の存在及びそのような事情が持ち得る意味合いに照らせば、被告が主張する諸事情を総合したとしても、原告と被告の間に本件雇用契約を終了させる旨の黙示的な合意があったとは認めるに足りないというべきである。

(中略)
「原告は、平成27年6月1日、被告から常務取締役の役職名を付与されているが・・・、その役職名自体、明らかに従業員とは一線を画するものであるとともに、引き続き営業部長の役職名が付与されていたであろうe取締役とは異なり、製造部長等といった使用人の地位を示す役職名が付与されないようになっている・・・。そして、原告が関与した具体的な職務内容の中には、原告は、常務取締役就任後である平成28年8月22日、労使協定に関する書面について、常務取締役との肩書を付した上で、使用者側の唯一の署名者として署名押印していることなど・・・、従業員としての地位の保有とは明らかに矛盾抵触するというべきものが見受けられるようになっている(原告は、b社長が八方美人的な性格であり、同協定書の内容が従業員の反発を招く恐れのあるものであったため、原告に対して署名押印するよう指示をした旨指摘するが、原告が同協定書に署名押印をして然るべき立場ないし地位にあったことに変わりはなく、原告の指摘によって同事情が持つ意味合いや評価に大きな違いが生ずるものではない。)。さらに、原告の報酬額を中心とした待遇面に着目すれば、前記認定事実のとおり、取締役就任時において、b社長及びd専務との報酬額の差は顕著であったというべきであるが、平成24年度期以降その差は縮小していき、常務取締役就任前後である平成26年度期(b社長年額1008万円、d専務年額960万円、原告年額900万円)及び平成27年度期(b社長年額960万円、d専務年額1060万円、原告年額950万円)には、その差は更に縮小したものとなっている・・・。」
以上の諸事情を総合考慮すれば、原告と被告の間に、原告が平成27年6月1日に常務取締役に就任した際、本件雇用契約を終了させる旨の黙示的な合意が成立したものと認定することが相当である。

3.平取締役と常務取締役

 裁判所は平取締役への就任にあたっては雇用契約終了の黙示的な合意の存在は認めませんでしたが、肩書等の変更を伴う常務取締役への就任にあたっては雇用契約終了の黙示的な合意が認められると判示しました。

 明示的な合意がなくても、黙示的な合意があるとして、知らない間に従業員としての地位が失われているというのは、かなり怖いことだと思います。

 この裁判例がどれだけの通用力を持つのかは分かりませんが、取締役への就任にあたっては、それが不安定な立場に身を置くことに繋がる可能性を、十分に理解しておく必要があります。