弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

有給休暇の買取代金の法的性質

1.有給休暇の買い取り

 労働者が使用者に有給休暇の買い取りを求めたとしても、これに応じる義務が使用者に生じるわけではありません。

 しかし、実務上、退職日までに使い切ることができなかった有給休暇があるなどの場面で、労使間で有給休暇の買い取りが合意されることは、それなりに見られます。

 それでは、この時に合意された有給休暇の代金の法的性質はどのように理解されるのでしょうか。

 なぜ、このようなことが問題になるのかというと、法的性質によって適用されるルールが違ってくるからです。

 例えば、民事上の売買代金債権として理解するのであれば、法定利率は年3%になります(改正民法404条1項2項)。しかし、労働基準法上の賃金に該当する場合、退職の日の翌日から年14.6%の割合による遅延利息の請求が可能になります(賃金の支払の確保等に関する法律6条1項)。

 元々買取義務があるわけではないので、買取の合意が成立した場合に、使用者側が代金を支払わないことは稀です。

 そのため、買取代金の支払をめぐって訴訟が係属する事態に至ることがなく、裁判所が有給休暇の買い取り代金の法的性質をどのように理解するのかは、あまり良く分かっていませんでした。

 そうした状況の中、有給休暇の買取代金の法的性質を判示した裁判例が公刊物に掲載されていました。

 東京地判令元.11.27労働判例ジャーナル97-40 未払賃金等支払請求事件です。

2.未払賃金等支払請求事件

 この事件で被告になったのは、行政書士資格を有し、佐藤国際法務事務所の所長を務めるとともにSATO不動産の屋号を用いて不動産仲介業を営んでいる方です。

 原告になったのは、平成25年1月に被告に雇われ、平成30年4月11日に退職した方です。被告は平成25年4月ころから賃金の支払を遅滞し始めており、原告の退職時に、有給休暇の買取分を含めて合計674万2497円の未払賃金を、分割で支払うことを合意しました。

 その分割金の支払が滞ったため、原告が合意したお金の支払を求めて被告を訴えたのが本件です。

 被告が本人訴訟で対応したためか、明示的に有給休暇の買取代金の法的性質が争点になったわけではありませんが、この問題について、裁判所は次のとおり判示して、買取代金の賃金該当性を認めました。

(裁判所の判断)

「本訴請求に関し、被告が、原告に対し、未払賃金債務を負っていること、その額は本訴提起時点で674万2497円であったことについては争いがない。」
「前記前提事実のとおり、被告は、弁論終結までの間に、原告に対し、合計45万円を弁済したことが認められる。これらの弁済金は、原告の指定により、支払期の早い未払賃金元本に充当する。」
「したがって、被告は、原告に対し、629万2497円を支払う義務がある。」
「また、同金額は、平成30年3月分までの未払賃金603万1211円、同年4月分の未払賃金11万8810円、有給休暇の買上分14万2476円の合計額であるところ、有給休暇の買上分については、賃金該当性が問題となり得る。この点、労働基準法11条によれば、賃金は、労働の対象として使用者が労働者に対して支払うものというところ、労働者が有給休暇を取得した場合、労働者は使用者から労務の提供を免除されているが、労基法39条9項に従って支払われる金銭は、同条項の文言等から賃金であると解するのが相当である。そうすると、退職に当たり残余有給休暇を買い取る合意に基づいて支払われる金銭についても、有給休暇を取得した場合に支払われる金銭とその性質は異ならないと解すべきであるから、残余有給休暇の買取合意に基づく14万2476円についても、賃金に当たると解するのが相当である。

3.有給休暇買取代金の部分も14.6%の遅延利息の対象にした

 以上の論理構成のもと、裁判所は有給休暇の買取代金も14.6%の遅延利息の対象になると判示しました。

 最初に述べたとおり、有給休暇の買取合意は、義務がないものを買い取るという建付けになるため、買取の資力がないにもかかわらず使用者がこれに応じることは、あまり想定できません。

 そのため、実務的に頻繁に活用する余地があるというわけではないとは思いますが、珍しい裁判例であるため、備忘も兼ねて記事として掲載することにしました。