弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

中途採用・転職の場面で、どこまで話を盛ってよいのか(内定取消の適法性)

1.経歴詐称の境界線

 職務経歴の詐称は解雇理由になることがあります。

 しかし、多かれ少なかれ採用面接の場面で職務経歴を「盛る」ことは、それほど珍しいことではありませんし、「盛る」ことは全て不適法だとされているわけでもありません。

 それでは、法的に消極的に評価される経歴詐称と、許容された限度での盛る行為との境界線はどのあたりにあるのでしょうか。

 近時の公刊物に、この点が問題になった裁判例が掲載されています。東京地判令元.8.7労働判例ジャーナル95-1 ドリームエクスチェンジ事件です。

2.ドリームエクスチェンジ事件

 本件で被告になったのは、旅行業等を行う株式会社です。

 原告になったのは、被告会社から採用内定を受けたものの、経歴詐称・能力詐称を理由に、内定を取り消された方です。内定取消が違法であるとして、地位確認や未払賃金の支払いを求める訴えを提起しました。

 原告には前々職(アールアンドシーツアーズ)で次のような業務に従事したと認定されています。

(ア)ハワイ・アメリカ予約課(代理店予約オペレーター)
主な実績 新潟発商品の新規立ち上げメンバーに加わる。
(イ)仕入運行部エアー手配課(ハワイ航空座席仕入、手配)
主な実績 航空会社担当との関係強化に努め、ピーク時の仕入れ強化に貢献。仕入販売数のバランスを計ることで6年連続売上ターゲット達成。
(ウ)本社営業部営業四課(ハワイ・アメリカ方面手配・営業)
主な実績 月間10本以上の団体手配を担当し、現地法人を持つ強みを生かした手配で集客強化に貢献した。
(エ)営業部商品企画課(ハワイ商品企画)
主な実績 造成商品の1本がそのシリーズとして過去最高の集客を記録。
(オ)営業部ランド仕入課(ハワイ仕入業務)
マネージメント人数:3人

 上記は、裁判所の「認定事実」の引用です。

 しかし、ここで言う「認定事実」の読み方には注意が必要です。アールアンドシーツアーズの職務経歴は、後述するとおり、アールアンドシーツアーズが個人情報を理由に回答しなかったため、原告の自称をそのまま認定することになった可能性が高いのではないかと思います。

 また、原告の方は、採用面接のときに、特に尋ねられなかったことから、前職(ハワイ州観光局)での雇用契約が契約社員であったことに言及しませんでした。

 そして、アールアンドシーツアーズとハワイ州観光局の退職理由に関しては、

「職場環境の面で完全には満足できなかった」

などと説明しました。

 こうして採用内定を得た原告ですが、業務能力に疑問を感じた被告会社が、原告の同意のもとで、アールアンドシーツアーズとハワイ州観光局にバックグランド調査を実施したところ、次のような回答が返ってきました。バックグランド調査は人材紹介会社が行っていると思っていたところ、実際には行っていなかったことから、実施されたという経緯になります。

(アールアンドシーツアーズからの回答)

出勤状況 良好

執務態度 良好

職務能力 評価なし(回答なし)

人間関係 普通

記述式勤務評価欄

「アピールしている実績の事実関係を含めて、職務能力については個人情報につき回答しない。」

「18年以上も勤務しながら役職に就くことなく一般社員に終始したとの経歴から、どの程度のスキルであるかは加味して頂きたい。」

退職理由 一身上の都合で依願退職 退職勧告をした事実はない

(ハワイ州観光局からの回答)

出勤状況 良好

執務態度 良好

職務能力 やや悪い

人間関係 普通

記述式勤務評価欄

「雇用形態は1年更新の契約社員」

「業界のキャリアは長いがスキル不足である。」

「結論として当社が求めるレベルではなく戦力外と判断し、平成28年12月31日をもって契約を打ち切った。」

退職理由 戦力外と判断し、2度目の契約満了日をもって打ち切った

 これを受け、話が違うとして、被告会社が採用内定を取り消したところ、原告から訴えられたのが本件です。

 裁判所は、次のとおり述べて、採用内定の取消は違法だと判断しました。

(裁判所の判断)

「被告は、原告がアールアンドシーツアーズにおける実績について、明らかに虚偽ないし誇張された内容を職務経歴書・・・に記載したと主張し、これが経歴詐称や能力詐称に当たると主張する。」
「しかしながら、同社における勤務状況に関するバックグラウンド調査を見ても、職務能力については個人情報につき回答しないとされ、職務能力の5段階評価において『悪い』『やや悪い』など、特段の消極的な評価をされた事実はなく、その能力については『役職に就くことはなく一般社員に終始した経歴から、どの程度のスキルであるか加味して頂きたい』と記載されているのみであって・・・、原告の業務実績自体を何ら否定するものではない。以上に加え、原告の供述を踏まえると・・・、原告の業務実績に関する被告への説明内容が明らかな虚偽であるとか、誇張された内容であることを認めるに足りる証拠はない。
被告は、原告のハワイ州観光局での肩書を『セールスマネージャー』と記載したこと等が経歴詐称に当たると主張する。しかしながら、同社における原告の肩書は『セールスマネージャー』・・・であり、その点に虚偽は認められないから、これをもって経歴詐称などということはできない。
「また、同社での雇用形態が契約社員(一年毎の契約更新)であったことについても、原告は、被告代表者から二次面接において尋ねられたこともなく・・・、一般に、採用試験や面接において、当該事項について、労働者に告知すべき信義則上の義務があるとも言い難いから、これを被告に伝えなかった原告の行為が、黙示の欺罔行為に当たるということもできない。そして、結果的に、被告代表者が、原告は『セールスマネージャー』の肩書を持つ『正社員』であると誤信したことについて、原告に非難すべき点があるとも言えない。」
「加えて、ハワイ州観光局の退職理由について、同社の認識として、原告について戦力外と判断し、二度目の契約満了日をもって契約を打ち切ったという経緯があることは一応うかがわれるものの・・・、原告としては、すでに同社を退職することを決意し、平成28年10月下旬、その意思を同社に伝えていたところに、同年11月に入ってから、同社より契約の更新がない旨を告げられた、その理由としては『ビジョンに合わない』という程度の説明を受けた、退職の理由は人間関係の問題にあったというのであって・・・、このような原告の認識に照らし、原告が前職の退職理由について被告に説明したことが、故意に事実を隠蔽したとか事実を虚構したなどということはできない。

(中略)

「以上のとおり、本件全証拠に照らしても、原告が、被告に対し、経歴詐称や能力詐称に当たる行為をしたことを認めるに足りる的確な証拠はない。
「そして、被告は、原告の採用に当たり、人材紹介会社においてすでにバックグラウンド調査が実施されたものと考えていたところ、原告に対する本件採用内定通知を発した後に、原告の業務能力や採用の当否について疑問が生じたことから、アールアンドシーツアーズやハワイ州観光局における原告の勤務状況についてのバックグラウンド調査を実施し、その結果、後日判明した事情を本件内定取消の主たる理由として主張しているのであって、そもそも、本件採用内定通知を行う前に同調査を実施していれば容易に判明し得た事情に基づき本件内定取消を行ったものと評価されてもやむを得ないところである(被告が、バックグラウンド調査については、人材紹介会社においてすでに実施されたものと誤信したことや、原告が被告の求めに応じてバックグラウンド調査に同意したことなどの事情は、上記認定を左右するものとはいえない。)。」
「そうすると、被告が主張する上記事情は、採用内定当時知ることができず、また知ることが期待できないような事実であって、これを理由として採用内定を取消すことが解約権留保の趣旨、目的に照らして客観的に合理的と認められ、社会通念上相当として是認することができるものとはいえないから、本件内定取消は無効である。」

3.明らかな虚偽でなければいい?

 裁判所は、アールアンドシーツアーズの輝かしい経歴に関しては、アールアンドシーツアーズが明示的に否定していないことを理由に、明らかな虚偽だとか誇張だとか認めることはできないと判断しました。

 1年更新の契約社員であることは、聞かれなかった場合に答えないのは問題なく、セールスマネージャーの地位を誤解したのも原告のせいではないとしています。

 戦力外で契約を打ち切られたことを、

「職場環境の面で完全には満足できなかった」

と話したことは、打ち切られる前に退職意思を勤務先に伝えていたのだから、虚構とまでは言えないと判断しました。

 辞めた従業員に対する勤務先の目は厳しくなりがちなので、アールアンドシーツアーズやハワイ州観光局の回答を鵜呑みにするのもどうかとは思います。また、本件の結論には、被告会社が用意した待遇(月給35万円)が極端に良いわけではなかったことも影響しているとは思います。

 とはいえ、大雑把に言うと、裁判所は、

明らかな嘘が混じってなければ、取り敢えず問題はない、

聞かれないことを黙っているのは大丈夫、

という判断をしているように思われます。

 仮に採用内定は取り消されないにしても、あまり盛りすぎて期待値を上げると、入社した後にがっかりされて居づらくなるのが目に見えています。そのため、極端に「盛る」ことは勧めはしませんが、本件の判示事項は、転職にあたり、どこまで経歴を盛ることが許されるのかを判断するにあたっての、一つの指標になるのではないかと思います。