弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

非弁業者による退職代行を避けた方が良いケース-退職金がある場合

1.退職代行と弁護士法72条

 退職代行というサービスがあります。

 法令用語ではないため、正確な定義はありませんが、雇用契約の解約の申入れの意思表示を媒介するサービスだと理解しています。

 退職代行は弁護士以外にも、株式会社などで広く行われています。

 しかし、弁護士法72条は次のとおり規定しています。

弁護士又は弁護士法人でない者は、報酬を得る目的で訴訟事件、非訟事件及び審査請求、再調査の請求、再審査請求等行政庁に対する不服申立事件その他一般の法律事件に関して鑑定、代理、仲裁若しくは和解その他の法律事務を取り扱い、又はこれらの周旋をすることを業とすることができない。ただし、この法律又は他の法律に別段の定めがある場合は、この限りでない。」

 弁護士法72条の

「法律事件」

とは、

「法律上の権利義務に関し争いや疑義があり、又は、新たな権利義務関係の発生する案件をいう」

とされています(日本弁護士連合会調査室編著『条解 弁護士法』〔弘文堂、第4版、平19〕615頁)。

 また、

「法律事務」

とは、

「(一般的に法律上の権利義務に関し争いや疑義があり、又は新たな権利義務関係の発生する案件について)法律上の効果を発生、変更する事項の処理・・・のみでなく、確定した事項を契約書にする行為のように、法律上の効果を発生・変更するものではないが、法律上の効果を保全・明確化する事項の処理」

も含まれるものとして理解されています(前掲『条解 弁護士法』621頁)。

 弁護士ではない退職代行業者は、退職代行は非弁行為(弁護士法72条違反)に該当しないと主張しているようですが、個人的には、雇用契約の解約申入れは、権利義務関係を変更(雇用契約上の権利義務関係を解消)することを意図したもので、これを媒介することは、弁護士法72条のいう法律事件に関して法律事務を取り扱うことに該当する可能性が高いのではないかという印象を持っています。

2.弁護士法72条は、弁護士業界の利権確保のためのルールか?

 法律事務を弁護士が独占していることに関しては、時々、利権確保のための法規制にすぎないのではないかという批判をする人がいます。

 しかし、こういう批判は、実務をしている弁護士には、あまり実感が湧きません。

 事件屋とまでは言わないにしても、素人の方や、あまり紛争処理のことを良く分かっていない隣接職種の方によって、グチャグチャに掻き回された事件の後始末を、多かれ少なかれ経験しているからです。

 こういう事件に途中から介入することは、最初から介入するよりも、かなり大変であることが多いです。

 弁護士法72条に関しては、業界の利益を守るというよりも、一般の方が、いい加減な知識を吹聴する法律マニアやセミプロの食い物にされないためのルールというのが、大方の弁護士の捉え方ではないかと思います。

 素人でも自由に外科手術ができるように法改正しようと言っても、賛成する人は少ないと思いますが、弁護士法72条への批判には、それと似たような危うさがあります。

 そのため、一般の方は、退職代行のような法律ギリギリを狙うサービスを提供する業者への依頼には、慎重になった方が良いだろうと思っています。

3.非弁業者による退職代行を避けた方が良いケース

 実際、きちんと自分の置かれている状況を知らないで、非弁業者の提供する退職代行サービスを利用すると、権利利益を損う可能性のある事件類型があります。退職金が発生するケースは、その典型だと思います。

 そのことは、近時の裁判例に絡めて言うと、東京地判令元.9.27労働判例ジャーナル95-34 インタアクト事件の判示事項から読み取ることができます。

 本件で被告になったのは、コンピュータによる情報提供サービス、ソフトウェアの企画販売等を行っている株式会社です。

 原告になったのは、被告を退職した元従業員の方です。

 退職にあたっては、代理人弁護士を使ったようで、裁判所では、

「原告は、原告代理人を通じて、退職通知書の到達後1か月を経過する日をもって退職する旨、及び、平成28年11月10日から退職日までの間は有給休暇を取得する旨等が記載された平成28年11月10日付け内容証明郵便を被告に送り、同書面は同月11日に被告に到達した。」

事実が認定されています。

 こうした辞め方をしたところ、業務への引継の懈怠があったなどと難癖をつけられ、退職金が支給されませんでした。

 これに対し、退職金の支給等を求めて、原告が被告会社を訴えたのが本件です。

 裁判所は、次のとおり判示し、被告会社に対して退職金の支払いを命じました。

(裁判所の判断) 

「退職金が賃金の後払い的性格を有しており、労基法上の賃金に該当すると解されることからすれば、退職金を不支給とすることができるのは、労働者の勤続の功を抹消ないし減殺してしまうほどの著しい背信行為があった場合に限られると解すべきである。」
「これを本件についてみると、・・・、被告が本件背信行為として主張するものの多くは、そもそも懲戒解雇事由に該当しないものである上、仮に懲戒解雇事由に該当しうるものが存在するとしても・・・その内容は原告が担当していた業務遂行に関する問題であって被告の組織維持に直接影響するものであるとか刑事処罰の対象になるといった性質のものではなく、これについて被告が具体的な改善指導や処分を行ったことがないばかりか、被告においても業務フローやマニュアルの作成といった従業員の執務体制や執務環境に関する適切な対応を行っていなかったのであり、また、・・・被告に具体的な損害が生じたとはみとめられないのであって、これらの点に、被告の退職金規程の内容からすれば、被告における退職金の基本的な性質が賃金であると解されること、原告とZ6との関係を推認させる客観的な証拠である携帯電話の着信履歴、写真、LINE履歴及び会話の録音内容によれば、Z6と原告がある時期被告における上司と部下の関係を超えて私的関係においても緊密な関係を有していたが、原告が被告を退職する直前にはZ6と原告との関係に軋轢が生じていたことがうかがわれるところであり・・・、原告において対面による引継行為を敬遠したことには一定の理由があると解され、原告において対面による引継行為に代えて原告代理人を通じた書面による引継行為を行っていることなどの本件における全事情を総合考慮すると、原告について、被告における勤労の功を抹消してしまうほどの著しい背信行為があったとは評価できない。」
「したがって、被告は、原告に対して、退職金規程に従って退職金を支払う義務を負う。」

4.何だかんだで退職には何等かの交渉が必要になることは多い

 有給休暇を取得していたので完全に無視してもひょっとしたら結論は変わらなかったかも知れません。しかし、本件では代理人弁護士を通じて書面による引継行為を行っていることが、被告の主張する背信性を打ち消す事情の一つとして考慮されました。こうしたことは、交渉を伴わない限度での事務処理しか行えない非弁業者の提供する退職代行サービスでは難しかったのではないかと思います。

 退職にあたっては、何だかんだで勤務先との間で何等かの話し合いは必要になることが多いです。また、弁護士でなければ、ある時点での行動が、訴訟においてどのように評価されるかの予測が難しいため、要所要所で適切な対応をアドバイスすることに支障があるのではないかと思います。

 退職金の不支給などの報復が予想されるブラックな職場から退職するにあたり、自分だけでは不安だという場合には、やはり法専門家としての交渉も可能な弁護士に依頼することが適切なのだろうと思います。