弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

パワハラの慰謝料(学歴を揶揄する発言等)

1.学歴を揶揄する発言等に対する慰謝料

 令和2年1月15日、事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針(厚生労働省告示第5号)が告示されました。

https://www.no-harassment.mhlw.go.jp/law-measure

https://www.no-harassment.mhlw.go.jp/pdf/pawahara_soti.pdf

 俗にパワハラ防止指針などと言われているものです。

 指針上、精神的な攻撃(脅迫・名誉棄損・侮辱・ひどい暴言)はパワハラの一類型として位置づけられており、人格を否定するような言動を行うことは精神的な攻撃の該当例として掲げられています。

 パワハラ防止指針が告示される前から、侮辱・ひどい暴言などの精神的な攻撃はパワハラの一類型として整理されていて、これがハラスメントをめぐる訴訟のテーマになることは、以前から少なくありませんでした。

https://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/2r98520000021hkd.html

https://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/2r98520000021hkd-att/2r98520000021hlu.pdf

 しかし、バカ・アホといった類の暴言が問題になることは多くても、近時、学歴を揶揄する発言が問題になるケースは稀になっているのではないかと思います。人の学歴を揶揄するような発言に関しては、そのような発言をする側の品性が疑われるような社会的な合意が形成されてきているからではないかと思います。

 サンプルになる裁判例自体があまり見られないため、この種の揶揄に対する慰謝料の水準がどの程度になるのかに、明確な回答を持っている弁護士は、それほど多くはないと思います。

 そうした状況の中、学歴を揶揄する発言等に対する慰謝料請求の可否が問題になった裁判例が公刊物に掲載されていました。

 福岡地判令元.9.10労働判例ジャーナル94-76 社会福祉法人Y会事件です。

2.社会福祉法人Y会事件

 この事件で被告になったのは、特別養護老人ホームや老人デイサービスセンターの経営等を目的とする社会福祉法人(被告法人)と、その代表者G(被告G)、被告Gの妻で被告法人が経営する施設の施設長F(被告F)の三名です。

 原告になったのは、A~Eの5名で、いずれも介護職として被告法人で働いていた方です。

 本件では数多くの請求の趣旨が掲げられていますが、その一つが被告Fのパワハラを問題にする損害賠償(慰謝料)請求です。

 原告A~Eはいずれも被告Fから酷い暴言を浴びせられていました。

 裁判所が認定した被告Fの言動は次のとおりです。

(原告Aに対する行為について)
「被告Fは、原告Aに対し、平成23年頃、バザー担当になった際に、バザーの売上金を横領したと決めつけたり、施設の米を盗んだと決めつけたりして、同人が退職に至るまで、日常的に、『品がない』『ばか』「『泥棒さん』などと発言した。」
(原告Bに対する行為について)
「被告Fは、原告Bに対し、平成26年頃、叱責する度に『あなたの子どもはかたわになる』と言ったり、原告Bが退職に至るまで、日常的に、『ばか』などと発言した。」
(原告Cに対する行為について)
「被告Fは、原告Cに対し、平成26年頃、叱責する度に、『言語障害』などと発言したり、原告Cが退職に至るまで、日常的に、配偶者の方が高学歴であることを理由に『格差結婚』『身分が対等じゃない』と発言した。
「被告Fは、全体会議の場など他の職員がいる中で上記発言をすることもあった。」
(原告Dに対する行為について)
「被告Fは、原告Dに対し、平成20年頃から同人の退職に至るまで、日常的に、最終学歴が中学校卒業であることを理由に、『学歴がないのに雇ってあげてんのに感謝しなさい』などと発言した。
「被告Fは、全体会議の場など他の職員がいる中で上記発言をすることもあった。」
(原告Eに対する行為について)
「被告法人の職員であったS(以下『S』という。)は、平成17年頃、利用者が手に便が付いたままであるのを見落とし、そのまま食事をさせたことがあった。」

「原告Eは、当時、生活相談員の職位にあったところ、この事故について被告Fに報告しなかったことから、被告Fから厳しく叱責を受けた。被告Fは、口頭で叱責するにとどまらず、他の職員に命じて便器掃除用ブラシを持って来させて自らこれをなめた上で、原告Eに対し、同じようにブラシをなめるよう指示した。」

「原告Eは、被告Fに対し、繰り返し謝罪したが、被告Fはこれを許さず、原告Eも最終的にはブラシをなめた。」

 被告Fは、

「原告ら主張の暴言等をしていない。」

とパワハラ行為を否認しましたが、

裁判所は、

「(暴言等の文言は)原告らの身上等を踏まえた具体的内容であり、原告らが自らこのような発言をされたことを口にすること自体が自尊心を傷つけることになるおそれもある中で、精神的に動揺しながらもあえて本人尋問において発言したなどの原告らの供述態度等に照らしても、原告らが虚偽の発言をしたものとは考えにくい。」

などと述べて、被告Fの供述は採用しませんでした。

 また、被告Fは、原告Eがトイレブラシを任意になめたなどとも主張しましたが、裁判所からは、

「原告Eがトイレブラシを進んでなめるとは通常考えられず、原告Eは、被告Fの圧迫を受け、場の収拾が着かないと考えてやむなくトイレブラシをなめたとみるべきであるから、被告Fが原告Eに対してトイレブラシをなめるよう強要したと認めるのが相当である。」

と窘められています。

 裁判所は、次のとおり述べて、被告Fのしたことの不法行為への該当性を認め、被告Fとその使用者である被告法人に対し、A~Dに各15万円、Eに30万円の慰謝料を支払うように命じました。

(裁判所の判断)

「被告Fは施設長として各施設の責任者たる地位にあり、被告法人の職員等がその職務において不適切ないし不当な行為をした場合に叱責、指導をすることは、それが社会通念上相当である限り、直ちに違法であるとはいえない。」
「もっとも、少なくとも被告Fの原告らに対する前記・・・の各発言や行動は、職務における叱責、指導の範ちゅうに収まるものではなく(学歴等を非難するなど、そもそも職務とはおよそ関係のない発言も含まれている。)、名誉感情を害し、人格をおとしめる発言や行動であるというべきであって、職務上の地位や人間関係などの職場内の優位性を背景として、業務の適正な範囲を超えて、精神的、身体的苦痛を与える発言や行動であると認められるから、不法行為に該当すると認めるのが相当である。」
「原告らが被告Fから受けた暴言等の内容、原告らと被告Fとの関係その他本件に顕れた一切の事情を考慮すると、原告らの受けた精神的苦痛を慰謝するに足りる慰謝料は、原告A、同B、同C、同Dについてそれぞれ15万円、原告Eについて30万円と認めるのが相当である。」

3.単なる「ばか」よりも、より侮辱的ではないかと思われるが・・・

 学歴差を理由に格差結婚だと揶揄したり、中学校卒業であることを念頭に学歴がないと揶揄したりすることは、単に「ばか」などと言うよりも、一層侮蔑的・屈辱的ではないかという気がしたのですが、裁判所は慰謝料の算定にあたり、それほど有意な差を見出さなかったようです。

 また、トイレブラシをなめるように強要して慰謝料が30万円というのも、慰謝料に対する裁判所の謙抑的な姿勢が表れています。

 パワハラの立証は、録音等の客観証拠がなければ、困難な場合が少なくありません。しかし、多数の被害者が集まって集団で訴訟を起こすような場面では、加害者が否認しても、被害者相互の供述が補強しあって、ハラスメントの事実を立証できる可能性があります。

 慰謝料はそれほど伸びないかも知れませんが、録音等はないもののどうしても許容できないというハラスメントを受けた方が、これを問題にしようとする場合、協力してくれる仲間を見つけることは、立証の壁を超えるための一つの解決方法になるのだと思います。