弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

会社から損害賠償請求を受けた労働者の方へ-過失の存在が認められながら損害賠償責任の発生が否定された事例

1.会社から労働者に対する損害賠償請求

 労働者が仕事で何等かのミスをして会社に損害を与えた場合、労働契約上の義務の不履行により損害を被ったとして、会社が労働者に対して損害賠償を請求することがあります。

 しかし、会社が労働者に対して損害賠償を請求することには、判例法理により一定の制限が課されています。

 制限の課され方としては、大きく言って、

① 責任の発生に故意や重過失等を要求し、責任の発生そのものを制限する方法、

② 責任の発生は認めても、信義則上相当な範囲に賠償額を圧縮する方法(最一小判昭51.7.8民集30-7-689参照)、

の二通りがあります。

 ①のアプローチをとった裁判例に、京都地判平23.10.31労働判例1041-49 エーディーディー事件があります。

 エーディーディー事件は、会社がミスをしたシステムエンジニアに損害賠償を請求した事案について、

「本件においては、被告BあるいはCチームの従業員のミスもあり、C社からの不良改善要求に応えることができず、受注が減ったという経過は前記認定のとおりであるが、被告Bにおいてそれについて故意又は重過失があったとは証拠上認められないこと、原告が損害であると主張する売上減少、ノルマ未達などは、ある程度予想できるところであり、報償責任・危険責任の観点から本来的に使用者が負担すべきリスクであると考えられること、原告の主張する損害額は2000万円を超えるものであり、被告Bの受領してきた賃金額に比しあまりにも高額であり、労働者が負担すべきものとは考えがたいことなどからすると、原告が主張するような損害は、結局は取引関係にある企業同士で通常に有り得るトラブルなのであって、それを労働者個人に負担させることは相当ではなく、原告の損害賠償請求は認められないというべきである。

と、故意・重過失が認められないことなどを理由に、損害賠償責任の発生自体を否定しました。

 これに対し、近時の公刊物に、損害額が低額である場合に関しても、故意・重過失がないことなどを根拠に、会社から労働者に対する損害賠償請求を否定した裁判例が掲載されていました。大阪地判令元.9.2労働判例ジャーナル94-82 トモエタクシー事件です。

2.トモエタクシー事件

 本件は、タクシー会社が原告・控訴人となって、交通事故を起こした従業員であるタクシー乗務員に対し、車両の修理費用などの損害賠償を請求した事件です。地裁判例でありながら当事者が控訴人・被控訴人と呼ばれているのは、請求額が少額で、原審が簡裁で審理されたことによります。

 損害賠償請求は予備的請求という位置づけですが、タクシー乗務員に損害賠償義務が発生するか否かが、本件の中心的な争点になりました。

 裁判所は次のとおり述べて、被告・被控訴人タクシー乗務員の損害賠償責任を否定し、原告の請求を棄却しました。

(裁判所の判断)

本件各事故は、いずれも比較的軽微な物損事故であり、被控訴人に過失があったとはいえるものの、それが重大なものであったとは認め難い上、控訴人に生じた車両修理費に相当する損害も、特に高額とまではいえないものである。このことに、控訴人は、被控訴人を含む100名以上の乗務員のタクシー乗務によりその経営を行うタクシー事業者であり、その事業の性格や規模等に照らし、ある程度の件数の交通事故の発生は想定されるところ、本件各事故が同経営において生じる各種事故の中で特に悪質であるとは認め難く、控訴人に過大な損害や負担を生じさせたものとまではいえないことも併せ鑑みれば、タクシー乗務員として相応の経験を有するにもかかわらず、被控訴人による事故の頻度が他の乗務員に比べて多いことや、事故後の報告等の対応や反省の状況に不十分な点があること(ただし、控訴人において、被控訴人に対し、事故対策委員会による分担金に係る審議・決定以外に、より的確な事故防止のための対策や事故対応に係る十分な指導が行われていたことを認めるに足りる証拠はない。)を考慮しても、本件各事故に係る損害について、被用者である被控訴人に対し損害賠償責任を負わせることが、損害の公平な分担という見地から信義則上相当であるとは認め難い。そうすると、控訴人は、本件各事故に係る損害につき、被控訴人に対する損害賠償請求をなし得ないのであり、このことは、本件労働協約に基づき各分担金が決定されたことによって変わるものではないというべきである。

3.本件の修理費用は13万0600円でしかなかったが・・・

 本件の損害賠償請求額は、

第1事故の車両の修理費用は2万8000円、

第2事故の車両の修理費用は7万0200円、

第3事故の車両の修理費用は3万2400円

の合計13万0600円でしかありませんでした。

 エーディーディー事件の判示では、損害額が低額であることを損害賠償責任の発生を認める方向での考慮要素として位置づけているかにも読めました。

 しかし、トモエタクシー事件は、損害が

「特に高額とまではいえないものである」

ことや、

「控訴人に過大な損害や負担を生じさせたものとまではいえないこと」

を損害賠償責任の発生を否定する要素として位置付けました。

 会社から労働者に対する損害賠償請求は、一定のミスがあったとしても、それほど容易には認められません。

 会社から損害賠償請求をされて困惑している方がおられましたら、一度、対応を弁護士に相談してみることをお勧めします。