弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

精神疾患の発症がなくても長時間労働は労働者の人格的利益を侵害する

1.長時間労働と慰謝料

 昨年10月、精神疾患の発症がなかったにもかかわらず、長時間労働を理由とする慰謝料請求が認められた事案が話題になりました。

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20191004-00000104-kyodonews-soci

 報道にあるとおり、疾患の発症を伴わない単純な長時間労働で慰謝料請求が認められるのは、極めて珍しいことです。

 報道時点から気になってはいましたが、近時の公刊物に、この事件の判決文が掲載されていました。

 長時間労働に悩む方の参考になると思われたので、要点をご紹介させて頂きます。

2.狩野ジャパン事件

 本件は、長崎地大村支判令元.9.26労働判例ジャーナル94-68 狩野ジャパン事件です。

 本件で被告になったのは、麺類の製造及び販売等を目的とする株式会社です。

 原告になったのは、被告に雇われ、ミキサーに小麦粉を手で投入する業務を行っていた方です。長時間労働を理由として、未払残業代、付加金、そして、慰謝料を請求する訴訟を提起したのが本件です。

 本件で特に意義があるのは、慰謝料請求に係る判示部分です。

 裁判所は次のとおり述べて、30万円の限度で慰謝料の請求を認めました。

(裁判所の判断)

「労働者が労働日に長時間にわたり業務に従事する状況が継続するなどして、疲労や心理的負荷等が過度に蓄積すると、労働者の心身の健康を損なう危険のあることは、周知の事実である。」
「そうすると、被告は、原告に対し、従事させる業務を定めてこれを管理するに際し、業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して原告の心身の健康を損なうことがないように注意すべき義務があったというべきである。

(中略)

「原告は、・・・平成27年6月1日から退職日である平成29年6月30日までの間において、平成28年1月と平成29年1月を除く全ての月で月100時間以上の時間外等労働を行い、うち平成27年6月、同年9月、同年10月、平成28年4月、平成29年3月及び同年6月は月150時間以上、平成28年4月に至っては月160時間以上の時間外等労働を行ったこと、平成28年1月と平成29年1月においても、月90時間以上の時間外等労働を行ったことが認められる。被告は、・・・平成27年6月1日から平成29年1月31日までの期間については36協定を締結することもなく、また、平成29年2月1日以降は労働基準法施行規則6条の2第1項の要件を満たさない無効な36協定を締結して、原告を時間外労働に従事させていた上、・・・上記期間中、タイムカードの打刻時刻から窺われる原告の労働状況について注意を払い、原告の作業を確認し、改善指導を行うなどの措置を講じることもなかったことが認められる。
(中略)
「以上によれば、被告には、安全配慮義務違反があったといえる。」

(中略)

本件において、原告が長時間労働により心身の不調を来したことについては、これを認めるに足りる医学的な証拠はない・・・。
「しかしながら、結果的に原告が具体的な疾患を発症するに至らなかったとしても、被告は、安全配慮義務を怠り、2年余にわたり、原告を心身の不調を来す危険があるような長時間労働に従事させたのであるから、原告の人格的利益を侵害したものといえる。
被告の安全配慮義務違反による人格的利益の侵害により原告が精神的苦痛を受けたであろうことは容易に推察されるところ、本件に顕れた諸般の事情を考慮すると、上記精神的苦痛に対する慰謝料は、30万円をもって相当と認める。

(※1)

 労働時間のカウントの始期が平成27年6月1日であるのは、賃金の消滅時効期間が2年間であることに対応します(労働基準法115条)。

(※2)

 36協定というのは労働基準法36条に根拠のある協定で、これを結ばないで残業を命じることは刑事罰の対象になります(労働基準法119条1号、32条)。

3.慰謝料請求が認められるには、幾つかの付加的な事情が必要になるだろうが・・・

 上述のように、本件は単に長時間労働が行われたという事案とは、性質が異なるように思われます。

 ①月に100時間を超えるような長時間労働、②2年余りにも及ぶ長時間労働の継続性、③36協定の不存在・不備、④改善指導を行うなどの措置の不存在、といったように極めて悪質性の高いケースであったことが看取されます。

 そのような意味では、長時間労働が慰謝料請求の対象になった、と安易に一般化するのは難しいように思います。

 しかし、この判決が、違法な長時間労働に悩み、苦しんでいる人にとって、権利の行使・救済を容易にする画期的なものであることは確かです。

 慰謝料30万円という金額は少ないような印象を受けるかも知れませんが、弁護士費用の内30万円が浮くという考え方をすると、それなりのメリットとして感じることもできるのではないかと思います。

 今後、長時間労働、残業代の未払い等でお悩みの方は、本件のような判決があることを念頭に置いたうえで、事件化するかどうかを決めると良いと思います。