弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

中小企業主等の特別加入者の労働者性と労災認定

1.特別加入制度

 労災には特別加入という仕組みがあります。

 これは、大雑把に言えば、労働者でない方であったとしても、一定の要件のもとで労災に入ることができる仕組みをいいます。

 厚生労働省の資料では、次のような説明がなされています。

(厚生労働省の資料より引用)

「労災保険は、本来、労働者の業務または通勤による災害に対して保険給付を行う制度ですが、労働者以外でも、その業務の実情、災害の発生状況などからみて、特に労働者に準じて保護することが適当であると認められる一定の人には特別に任意加入を認めています。これが、特別加入制度です。」

https://www.mhlw.go.jp/new-info/kobetu/roudou/gyousei/rousai/040324-5.html

https://www.mhlw.go.jp/new-info/kobetu/roudou/gyousei/rousai/dl/040324-5.pdf

 この特別加入制度に基づいて、中小企業主等は労災に加入することが認められています。

 この「中小企業主等」には、一定の数以下の労働者を常時使用する事業主(法人の場合は代表者)のほか、その事業主の事業に従事する人(典型的には事業主の家族従事者や代表者以外の役員など)が該当します(労働者災害補償保険法33条1号2号、労働者災害補償保険法施行規則46条の16、上述の厚生労働省の資料参照)。

 特別加入という仕組みは、加入者が労働者ではないことを前提とする仕組みであるため、業務起因性に関する認定基準が労働者の場合とは異なっています。

 具体的には、

「申請書の『業務の内容』欄に記載された労働者の所定労働時間(休憩時間を含む)内に特別加入申請した事業のためにする行為およびこれに直接附帯する行為を行う場合(事業主の立場で行われる業務を除く)」
「労働者の時間外労働または休日労働に応じて就業する場合」

などに業務起因性が認められる場面が限定されています(上記リンク先の厚生労働省の資料参照)。

 そのため、長時間働いていて精神障害を発症したとしても、特別加入者の場合、それだけでは精神障害に業務起因性が認められることはありません。業務起因性が認められるためには、長時間の稼働を、事業主の立場で行われた業務と、労働者の行う業務に準じた業務に切り分け、後者だけで精神障害を発症したといえる関係が必要になります。

 これは労災という仕組みに事業主を組み込んだことから生じるある程度やむを得ない制約ではあるのですが、納得し難いと感じる被災者の方は少なくないと思います。特に、精神障害を発症したのが特別加入者が経営者から大量の業務を指示されていた役員の方である場合、文句の一つでも言いたくなっても不思議ではありません。現実には事業主としての業務と労働者に準じる業務とを明確に区別できないことは少なくないからです。

 では事業主としての業務と労働者に準じる業務が判然としない結果、労働時間を特別加入の申請書に記載した時間で把握され、精神障害の業務起因性を否定されてしまった場合、被災者はどうすることもできないのでしょうか。

 結論から言うと、そのようなことはありません。

 労働者性が認められれば、事業主としての業務・労働者に準じる業務といった、ややこしい区別をすることなく、働いていた時間を労働時間として把握したうえで精神障害との業務起因性を議論することができます。

 しかし、特別加入は労働者性がない者であることを前提に、これを労災に加入させる仕組みです。被災したからと言って、労働者であることを主張することは可能なのでしょうか。

 この点が問題になった事案に、前橋地裁令元.9.26労働判例ジャーナル94-66 国・高崎労基署長事件があります。

2.国・高崎労基署長事件

 本件で原告になったのは、会社代表者である父のもとで働いていた特別加入者の方です。長時間労働から精神障害を発症したものの、強い心理的負荷はなかったとして労災給付の不支給処分しました。これに対し、不支給処分の取消を求めて出訴したのが本件です。

 本件では特別加入者の労働者性が争点となり、国・高崎労基署長側は、

「原告は、労災保険法に基づき、中小事業主等の特別加入者として群馬労働局長に加入承認を受けた者であり、労働者ではない。」

と主張しました。

 しかし、裁判所は次のとおり述べて原告の労働者性を認めました。

(裁判所の判断)

「労災保険法の保険給付の対象となる労働者の意義については、同法にこれを定義した規定はないものの、同法が労働基準法第8章『災害補償』に定める各規定の使用者の労災補償義務を補填する制度として制定されたものであることに鑑みると、労災保険法上の『労働者』は、労働基準法上の『労働者』と同一のものであると解するのが相当である。」
「そして、労働基準法9条は、労働者について、『職業の種類を問わず、事業又は事務所(中略)に使用される者で、賃金を支払われる者をいう。』と規定しており、その意とするところは、使用者との使用従属関係の下に労務を提供し、その対価として使用者から賃金の支払を受ける者をいうと解されるから、『労働者』に当たるか否かは、雇用、請負等の法形式にかかわらず、その実態が使用従属関係の下における労務の提供と評価するにふさわしいものであるかどうかによって判断すべきである。
「実際の使用従属関係の有無については、〔1〕仕事の依頼、業務指示等に対する諾否の自由の有無、〔2〕業務遂行上の指揮監督の有無、〔3〕時間的及び場所的拘束性の有無・程度、〔4〕労務提供の代替性の有無、〔5〕報酬の労務対償性、その他諸般の事情を総合的に考慮して判断するのが相当である。」

(中略)

「原告は、仕事の依頼、業務指示等に対する諾否の自由が制限されており、時間的及び場所的に拘束されていて、本件会社の経営者であるP5からの具体的な指揮監督を受けていたこと、原告の労務提供に代替性がなく、従事した業務の対価として報酬を得ていたことからすれば、P5との使用従属関係の下に労務を提供していたと認めるのが相当である。」
「したがって、原告は、労働基準法9条の『労働者』に当たり、労災保険法の『労働者』に該当するというべきである。」

3.特別加入者であっても労働者性は争うことができる

 請負や業務委託などの法形式がとられていたとしても、それが労働者保護のための法的規制を潜脱するものである場合、労働者性を主張して労災の適用を申請することは従前から普通に行われています。

 そうした観点からすると、特別加入者であったとしても、就労実体から労働者性が認められる場合に、労働者として労災の認定を受けられることは、特に驚くような判断ではありません。

 本件で、国・高崎労基署長は、

「原告の就業時間を認定する資料となり得るものは、特別加入申請書とタイムカードのみであり、労災保険の対象となるべき原告の就業時間を特定することは、不可能であるといわざるを得ず、本件において長時間労働を理由として業務起因性を肯定することはできない。」
「特別加入申請書とタイムカードのみから最大限認められる就業時間を前提としても、原告の時間外労働時間数は

発病前1か月目が18時間43分、

発病前2か月目が45時間52分、

発病前3か月目が56時間10分、

発病前4か月目が30時間59分、

発病前5か月目が35時間49分、

発病前6か月目が31時間19分であり、

原告には、本件疾病の発病前おおむね6か月の間に、業務による強い心理的負荷があったとは認められないから、本件疾病の発病につき業務起因性は認められない。」

と主張していました。

 しかし、原告の労働者性を認めた裁判所は、

発病前1か月目 133時間27分
発病前2か月目 143時間52分
発病前3か月目 136時間29分
発病前4か月目 138時間53分
発病前5か月目  90時間42分
発病前6か月目 133時間35分

と労働時間を認定し、強い心理的負荷があったとして、精神障害の業務起因性を肯定しました。

 特別加入者の場合、労働者性がないことを前提とする加入申請が先行していることから、今更労働者性を争うことなどできない・争っても無駄であるといった先入観に囚われている方は少なくないと思います。

 しかし、本件のように特別加入者にも労働者性を認めた裁判例はあります。

 特別加入者の方で業務起因性を否定され、釈然としない思いをお抱えの方は、一度、弁護士に相談してみても良いのではないかと思います。