弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

内縁関係にある夫婦を引き離すためだけに行われる配転は違法

1.職場結婚と配転

 統計に触れたことはありませんが、職場結婚に伴い、夫婦の一方が別の事業所に配置転換されることは、それほど珍しいことではないと思います。しかし、こうした慣行は働く人のキャリア形成を困難にし、時として夫婦の一方に退職を決意させる原因にもなっています。

 仕事に人間関係や情実が持ち込まれることへの懸念は分からないではありません。しかし、仕事と家庭を天秤にかけ、常に生活の中心を仕事に置くような時代でもなくなりつつある今、当人達が仕事とプライベートをきちんと区分けし、職場秩序に実害を生じさせていない場合にまで一律に引き離すことが本当に適切なのかは、再考の余地があるかも知れません。

 近時、内縁関係にある夫婦を引き離すために行われた配置転換を違法だとする裁判例が出されました。広島高松江支判令元.9.4労働判例ジャーナル93-1公益社団法人島根県水産振興協会事件です。

2.公益社団法人島根県水産振興協会事件

 この事件で原告になったのは、内縁の夫婦です。

 勤務先は、内縁の夫婦のうち一方・aに、島根県松江市の事業所から同県隠岐郡の事業所αへの配置転換を命じました。

 これに対し、当該配転命令は、業務上の必要性を欠き、内縁関係にある控訴人らを同じ職場に勤務させないという不当な動機、目的に基づくものであるから無効であると主張して、事業所αに勤務する義務がないことの確認などを求め、aが勤務先を提訴したのが本件です。

 一審は配転命令の有効性を認めましたが、二審広島高裁島根支部は次のように述べて配置転換の効力を否定しました。

 なお、控訴人とあるのが原告aであり、被控訴人とあるのが被告勤務先です。

(判決文より引用)

「被控訴人が本件配転命令の理由として掲げる栽培漁業センターの技術指導や組織活性化の必要性は、名目上の理由にすぎず、本件配転命令の実質は、控訴人らが内縁関係にあることが明らかになり、被控訴人に会費を支払う立場にある漁協の代表者から、そのような関係にある控訴人らが同じ職場で執務に当たることを問題視され、これを理由に会費不納付に出る関係者も現れている状況にあって、状況の打開を図る目的で発せられたものと判断せざるを得ない。
「そして、控訴人らが内縁関係にあることによってそれまで被控訴人の業務遂行上特段の支障が生ずるとか、職場環境が悪化するとか、それらの具体的なおそれがあるとかいった特別の事情は、本件では主張も立証もされていない。付言すると、上記の平成27年5月の理事会の議事終了後の話合いでも、そのような特別の事情の指摘はなく、かえって、事務局の職場の現況として、他の職員は特に問題ないと話している旨が代表理事から報告されているところである。本件訴訟における被控訴人代理人の対応をみても、控訴人らが内縁関係にあることが本件配転命令の主な理由でなく、副次的なものであることを繰り返し主張するにとどまり、控訴人らが内縁関係にあることによって配転の業務上の必要が生じていることを積極的に主張立証するものではない。」
「以上のとおり、本件配転命令は、専ら、控訴人らが内縁関係にあることのみを理由として発令されたものと認められ、また、控訴人らが内縁関係にあるために本件配転命令を発すべき業務上の必要性があるとは認められない。
そうであれば、本件配転命令は、業務上の必要性を欠き、むしろ不当な動機、目的に基づいてされたものであって、・・・権利の濫用に当たり、無効である。

3.あまりに家庭生活への配慮にかける配転命令には異を唱えてもいいのではないか

 配置転換には使用者に広範な裁量が認められています。そのため、配転命令はそれほど簡単には違法になりません。

 そうした裁判例の傾向の中で、高等裁判所が内縁関係にあることのみを理由として発令された配転命令は違法だと判示したことの意味は大きいと思います。

 職場結婚、内縁関係の形成をきっかけに、さしたる業務上の必要性もないはずなのに夫婦の一方が配置転換命令を出されてしまい、キャリア形成と家庭生活との両立にお悩みの方は、その効力を法的に争ってみても良いかもしれません。

 それほど簡単に勝てる事件だとは思いませんが、今回広島高裁松江支部が示した判断が広がりを見せれば、家庭生活に重い負荷を与える本邦の転勤システムの在り方に一石を投じることができるかも知れません。