弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

被害者への報復が懸念されることはハラスメントの加害者に謙抑的な措置を講じる理由になるのだろうか?

1.被害者への報復の懸念を懲戒処分の量定の考慮要素とすることの可否

 企業がハラスメントの加害者に対してきちんと懲戒処分をした事案においても、被害者の方が、その処分を軽すぎると感じることは少なくありません。

 非違行為が確認されたとして、どのような懲戒処分を選択するかを決めるにあたっては、様々な事情が考慮されます。

 それでは、この懲戒処分の相当性を検討する場面において、被害者への報復が懸念されることを考慮要素とすることは許されるのでしょうか。

 報復が懸念されることを理由に加害者に甘い処分をすることが許容されると、危険な傾向が強ければ強いほど重い処分を受けにくくなるといった逆転現象の余地が生じ易くなります。

 他方、いかなる場合でも報復の懸念を考慮要素から画一的に排除しなければならないとすると、それはそれで被害者への報復リスクを増加させることに繋がり、適切ではない結果に繋がる懸念があります。

 近時公刊された判例集に、この点に言及した裁判例が掲載されていました。東京地判平31.4.24労働判例ジャーナル92-52LEX/DB25563772公立大学法人会津大学事件です。

2.公立大学法人会津大学事件

 本件はアカデミック・ハラスメントを行ったとして懲戒処分(減給)を受けた公立大学法人の短期大学部の教授が、その無効の確認などを請求して当該公立大学法人を訴えた事件です。

 アカデミック・ハラスメントの内実は学生に不適切なメール(学生を「アホ」「金魚のフン」などと非難したり、「馬さんと鹿さん」「お馬さんがいます。鹿さんもいます」と揶揄したりするなどのメール)を大量に送ったことです。

 公立大学法人の教育研究審議会は被害者への報復の懸念などを考え、懲戒処分を否決し訓戒にとどめるべきとしましたが、その上位機関である役員会は審議会の判断を覆し、懲戒処分(減給)を行いました。

 裁判所は懲戒処分(減給)は有効だとして原告の請求を棄却しました。

 報復の懸念を懲戒処分の量定にあたり考慮できるかに関しては、懲戒処分の相当性に関する判示の中で、次のように言及されています。

「原告は、原告に私利目的はなかったことや、過去に処分歴がないこと、原告が、被告の短期大学部において、長年多数の学生を指導してきたこと、教育研究審議会も訓戒にとどめていたこと等を指摘し、上記判断を争う。しかし、私利目的がないというのは当然のことで、そのことから特段原告に有利に斟酌すべき事情があるということはできず、過去に処分歴がなく、原告が長年短期大学部で教鞭をとって要職も務めてきたことについても、原告にとって酌むべき事情にはなるとはいえるが、処分内容が減給程度にとどまっている本件において、その相当性を損なうまでのものと評価することはできない。もっとも、教育研究審議会が懲戒処分を否決し、訓戒にとどめていたとする点は、被告の定款において教育研究審議会の議決に配慮することが求められていることに照らすと、軽視できない事柄とはいえる。しかし、審議会の議決が訓戒にとどまったのは、その所為が指導の趣旨に出たものであったことや、総体としての期間が比較的短期にとどまったこと、本件女子学生へのファイトバック(反撃)への懸念があったこと等を踏まえたものと推察されるものの、指導の趣旨に出たものとはいえ表現は総じて苛烈で、結果も相応に重大であることは前記のとおりであり、期間が短いとされている点も、入学間もない時期に立て続けにメールを送信したという点ではより学生に与える影響が大きかったとも評価可能で、過度に重視すべき事柄とはいえない。また、本件女子学生への報復の懸念についても、被害を受けた者の立場を慮って謙抑的な措置を講ずべき理由となるとはいえても、実際に行われた懲戒処分の相当性がないとする理由になるものではない。むしろ、前記認定の役員会における議論状況のとおり、本件所為の悪質性や与えた影響の度合い、その他前判示の諸事情のほか、後日、本件懲戒処分について行われた記者会見において、減給処分を軽すぎるとして疑問視する声が上がったこと(乙13)等も併せ考慮すると、被告の役員会において懲戒処分を要するとなお判断したとしても、その判断には相応の合理性を認めることができる。そうしてみると、この点も前記判断を左右するまでのものではない。」

3.考慮は可能だが、減軽要素としなくても相当性は否定されない

 傍論的な判示ではあるものの、裁判所は被害者への報復の懸念を考慮して謙抑的な処分をすること自体は否定しませんでした。

 ただ、加害者の側から不服を言うことを抑制するため、減軽要素としなくても相当性は否定されないとしています。

 ハラスメントの被害者から、加害者に適切な懲戒処分を受けさせたいとする相談は一定数ありますが、そうした希望を貫徹するにあたっては、職場に対し、報復の懸念は考慮しなくても良いと意見表明しておくことも考えられるのではないかと思います。