弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

裁判に勝つための方策-反省すべきか、反省しないべきかⅡ

1.無謬性をとるか、改善可能性をとるか

 解雇事件で使用者から解雇事由を主張された時、大雑把に言って二通りの戦略があります。

 一つは、何ら問題のない行為だと押し切ることです。

 もう一つは、確かに非がないとは言わないが、解雇されるほどの事由ではないし、反省しているとして、改善可能性を強調することです。

 以前、

裁判に勝つための方策-反省すべきか、反省しないべきか - 弁護士 師子角允彬のブログ

という記事で述べたとおり、反省は多義的な解釈の仕方が可能です。

 何ら問題のない行為だとして押し切ろうとすれば、使用者側はそれを改善可能性が欠如していることの根拠として反論してきます。

 だからといって、反省しているといえば、行為が不適切であったこと自体に争いはないとして畳みかけてきます。

 そのため、使用者側から非違行為の指摘を受けた時に、どのように対応するのかは、慎重な判断を要します。可能であれば、解雇される前の段階から弁護士に相談して対応を決めておくことが推奨されます。

 近時公刊された判例集にも、反省の欠如が解雇の可否の判断に響いたと思われる裁判例が掲載されていました。一昨日、昨日とご紹介させて頂いている、大阪地判例4.7.22労働判例ジャーナル129-30 カワサキテクノサービス事件です。

2.カワサキテクノサービス事件

 本件で被告になったのは、科学・工業技術に関する情報提供サービス業、コンサルタント業等を目的とする特例有限会社です。

 原告になったのは、中華人民共和国出身の男性であり、被告との間で無期労働契約を締結し、調査・コンサルティング業務等に従事していた方です。入社翌月である平成30年7月分からは基本給20万円に業務手当7万円を加えた合計27万円を賃金として支給されていました。しかし、令和元年7月分以降、基本給16万3000円、業務手当5万7000円の合計22万円にまで賃金を減額され、休業を命じられるなどした後、令和2年8月31日付けで解雇されてしまいました。その後、解雇が無効であるとして労働契約上の地位の確認等を求めて原告が被告を提訴したのが本件です。

 本件の被告は多数の解雇理由を主張しましたが、その中の一つに「入社以来の度重なる遅刻及び欠勤」がありました。

 これに対し、原告の方は、「事前に遅刻や欠勤の理由を伝えて、貴社の承認を得た上でのことなので、反省することはない」と応じました。

 こうした主張の対立を受け、裁判所は、次のとおり述べて、改善可能性がないとの判断を行いました。結論としても、解雇の適法性を認めています。

(裁判所の判断)

「原告につき、平成30年6月の入社当初より、始業時刻直前の出勤や遅刻等のために始業時刻と同時に業務を開始することができないという問題が見られたため、被告が平成31年4月以降に原告の勤怠管理を厳格化させたところ、その後、令和2年1月までの約10か月間における原告の遅刻及び欠勤の回数は、合計27回に上った・・・。このように、原告の遅刻及び欠勤の頻度は、被告の業務の円滑な遂行について悪影響を与えるのに十分なものであったといえる。」

被告代表者は、原告が令和2年1月8日に寝坊を理由に始業時刻の午前9時から40分もの時間が経過するに至るまで何の連絡もしないまま午前中に欠勤したことを受けて、同月9日、原告に対し、口頭で注意を与えたものの、原告は、その約1週間後である同月17日、再度、寝坊を理由に遅刻した・・・。原告は、同年2月1日以降、適応障害を理由に欠勤又は休職しており、休職期間が満了した同年5月22日以降は被告より休業を命じられていたため・・・、原告が同年2月以降に遅刻又は無断欠勤を繰り返すことはなかったものの、原告は、本件懲戒処分を受けて本件始末書を作成するに当たり、遅刻及び欠勤につき、『事前に遅刻や欠勤の理由を伝えて、貴社の承認を得た上でのことなので、反省することない。』と述べ、反省及び改善の意思が無いことを明らかにした・・・。上記の原告の対応等に鑑みれば、原告には、度重なる遅刻及び欠勤につき、改善の見込みがないものと判断されてもやむを得ない。

「これに関し、原告は、寝坊や体調不良を理由とする遅刻に関しては性質上事後報告となっていたものの、それ以外の私用による遅刻及び欠勤については被告の承認を得ていたから特段問題はないはずであるし、寝坊を理由とする遅刻についてはうつ病に伴う不眠症が原因であって原告に酌むべき事情があり、こうした遅刻について、原告に改善の見込みがなかったとはいえない旨主張する。」

「しかし、別紙1『遅刻及び欠勤一覧』の記載からも明らかであるとおり、『私用』を理由とする遅刻には、事前に被告の承認を得ていたわけではないものも多数含まれているところ、仮に被告が原告による上記の遅刻を事後的に有給扱いにすることを認めていたとしても、上記の遅刻によって被告の通常の事業活動が阻害される結果となったことは明らかである。また、原告は、遅刻又は欠勤に先立って有給休暇の届出をした場合であっても、就業規則の定め・・・に従って14日前までにその届出をしたことはなく、直前に届出をすることが多かったのであって、これにより被告の通常の事業活動が阻害されていたことに変わりはない。」

「また、仮に原告が何らかの精神疾患を発症しており、そのために寝坊が多くなっていたものであるとしても、当該精神疾患が業務上のものであると認めるに足りる証拠はなく、そうである以上、被告に対して事前に連絡することなく遅刻を繰り返していた点につき、原告に酌むべき事情があったとはいえない。」

「以上のように、原告が多数回にわたって遅刻及び欠勤を繰り返していたことにより、被告の通常の事業活動が阻害されていたことは明らかであり、これに関して原告に酌むべき事情があったとはいえないところ、それにもかかわらず、原告は、前記(イ)のとおり、遅刻及び欠勤につき、『貴社の承認を得た上でのことなので、反省することない。』などと述べて自らの態度を改める意思がないことを明らかにしていた。上記の経緯に鑑みれば、被告において、原告には遅刻及び欠勤を繰り返す傾向を改善する意思がないものと判断するに至ってもやむを得ないというべきであり、これに反する原告の主張を採用することはできない。

3.無謬性の主張で押し切れるか?

 例外はありますが、使用者側も何も考えずに解雇に踏み切るわけではありません。個人的な実務経験の範囲で言うと、反省することが何一つないという主張で押し切れるケースは、それほど多いわけではありません。

 注意・指導を受けた時に、どのような反応を返すのかは、解雇事由として構成された時に裁判所からどのように評価されるのかを考えたうえで決めてみてもよいかも知れません。判断に自信がない場合には、対応を弁護士に相談してみるとよいのではないかと思います。

 

休業手当の崩し方-他の従業員には在宅でも処理可能な業務が割り振られていないか?

1.休業手当分しか賃金を払わないと言われたら・・・

 労働基準法26条は、

使用者の責に帰すべき事由による休業の場合においては、使用者は、休業期間中当該労働者に、その平均賃金の百分の六十以上の手当を支払わなければならない。」

と規定しています。一般に「休業手当」と呼ばれる条文です。

 ここで言う「使用者の責めに帰すべき事由」とは、

「第一に使用者の故意、過失又は信義則上これと同視すべきものよりも広く、第二に不可抗力のものは、含まれない」

と理解されています(厚生労働省労働基準局『労働基準法(上)」〔労務行政、

 新型コロナウイルス感染症の拡大に伴い、

この条文に基づいて従業員に休業を明じつつ、

給料を従前の60%しか支払わない、

という扱いを散見することが多くなっています。

 それでは、この休業手当の支給が行われた時に、

本件では、帰責性としてより強い「債権者の責めに帰すべき事由」(民法536条2項)が認められる、

民法536条2項の債権者の責めに帰すべき事由が認められる場合、労働者は給料全額の支給を請求することができる(民法536条2項)、

本件においても、民法536条2項に基づいて、休業手当分だけではなく、本来支給してもらえる給料全額が支給対象とされるべきである、

と主張し、差額賃金の支払を請求することができないでしょうか?

 この問題を考えるうえで参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。昨日もご紹介させて頂いた、大阪地判例4.7.22労働判例ジャーナル129-30 カワサキテクノサービス事件です。

2.カワサキテクノサービス事件

 本件で被告になったのは、科学・工業技術に関する情報提供サービス業、コンサルタント業等を目的とする特例有限会社です。

 原告になったのは、中華人民共和国出身の男性であり、被告との間で無期労働契約を締結し、調査・コンサルティング業務等に従事していた方です。入社翌月である平成30年7月分からは基本給20万円に業務手当7万円を加えた合計27万円を賃金として支給されていました。しかし、令和元年7月分以降、基本給16万3000円、業務手当5万7000円の合計22万円にまで賃金を減額され、休業を命じられるなどした後、令和2年8月31日付けで解雇されてしまいました。その後、解雇が無効であるとして労働契約上の地位の確認等を求めて原告が被告を提訴したのが本件です。

 本件では新型コロナウイルスの感染防止対策という名目のもと、休業手当分のみ賃金を支給したことの適否が問題になりました。

 この問題について、裁判所は、次のとおり述べて、休業手当のみの支払いに留めることは許されないと判示しました。

(裁判所の判断)

「原告は、令和2年2月22日から同年5月21日まで休職し、同月22日から一応復職可能な状態となったものの、被告は、原告に対し、新型コロナウイルス感染症の感染防止対策として業務態勢が変化している中で原告に任せることのできる業務が無くなったなどとして、同日以降の休業を命じた。被告は、上記のとおりに休業を命じていた期間において、原告に対し、本件労働契約において定められていた賃金額の一部のみを休業手当として支給していた。・・・。

「しかし、被告は、原告が復職することが可能となった令和2年5月22日以降において、感染防止対策として在宅勤務の交代実施を行っていたものの、その業務を停止させていたものではない。被告は、上記期間においても、原告以外の従業員らに対しては、出社を命じるか、あるいは、レポート作成及びメールによる連絡等の業務を在宅で処理するよう命じ、従業員らはこれに従って被告の業務に従事していた・・・。そして、本件全証拠によっても、当時において、他の従業員らが在宅で処理することが可能な業務があったにもかかわらず、原告に担当させることのできる業務だけが一切存在しなくなっていたとの事実を認めることはできない。
ウ そうすると、結局のところ、被告は、原告に対し、単に業務命令としての自宅待機を命じたにすぎず、上記自宅待機命令が発せられたことにつき、原告の側に全面的な責任があったともいい難い。よって、原告が令和2年5月22日から本件解雇に至るまでの期間において被告の業務に従事することができなかったことにつき、民法536条2項前段にいう『債権者の責めに帰すべき事由』があったということができるから、被告は、上記期間について、原告に対し、本件労働契約において定められていた賃金全額の支払義務を負う。

3.休業手当しか請求できない場合/賃金全額を請求できる場合

 休業手当しか請求できない場合と、賃金全額を請求できる場合との境界は、実務上、それほどはっきりとした線引きができるわけではありません。休業手当分の支給しか受けていなかったとしても、裁判所で争うことにより、賃金全額の請求が認められる事案は少なくないように思います。

 本件では、他の従業員に在宅でも処理可能な業務が割り振られていたことが重視され、賃金全額の請求が認められる事案にあたると判断されました。この指摘は他の事案にも広く応用することができます。

 新型コロナウイルスの流行やそれに伴う休業は当面収束しそうにありません。休業に伴い支払われる賃金が幾らになるのかという問題は、今後とも重要な問題であり続けるように思われます。

 本件は、休業手当の限度で賃金を支給していればよいのだという使用者側の主張に反駁する上で参考になります。

 

解雇されるかも知れないというプレッシャーの中で行った賃金減額同意の効力が否定された例

1.勤務成績不良等を理由に賃金減額の提案を受けた労働者の立場

 勤務成績不良等を理由に賃金減額の提案を受けた労働者は、難しい判断を迫られます。断ると賃金と提供された労務の水準が見合っていないとして解雇される危険があるからです。裁判所は、賃金減額の打診をしたことを、解雇を回避するための努力として、解雇の適法性を基礎づける理由として評価することがあります。そのため、賃金減額の提案は、嫌なら即断れば良いといった単純な問題ではなく、断った場合に使用者が解雇まで踏み込んでくるのかを見極めたうえで判断しなければなりません。

 こうしたプレッシャーに押しつぶされ、不本意な形で賃金減額の提案に同意してしまう方は少なくありません。

 しかし、賃金減額に同意したからといって、使用者が解雇を諦めるとは限りません。解雇回避努力を尽くしたというために賃金減額の提案をしたところ、これが望外に同意されてしまったというケースもあります。このようなケースでは、結局、使用者は何だかんだ理由をつけて解雇に踏み切ってきます。

 それでは、このように解雇されてしまった労働者が、先行する不本意な賃金減額の同意の効力を争うことはできないのでしょうか?

 この問題を考えるにあたり参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。大阪地判例4.7.22労働判例ジャーナル129-30 カワサキテクノサービス事件です。

2.カワサキテクノサービス事件

 本件で被告になったのは、科学・工業技術に関する情報提供サービス業、コンサルタント業等を目的とする特例有限会社です。

 原告になったのは、中華人民共和国出身の男性であり、被告との間で無期労働契約を締結し、調査・コンサルティング業務等に従事していた方です。入社翌月である平成30年7月分からは基本給20万円に業務手当7万円を加えた合計27万円を賃金として支給されていました。しかし、令和元年7月分以降、基本給16万3000円、業務手当5万7000円の合計22万円にまで賃金を減額され、休業を命じられるなどした後、令和2年8月31日付けで解雇されてしまいました。その後、解雇が無効であるとして労働契約上の地位の確認等を求めるとともに、自由な意思による合意なしに賃金を引き下げたことは許されないとして差額賃金の支払を求める訴えを提起したのが本件です。

 本件の賃金減額には原告の外形的な同意がありましたが、裁判所は、次のとおり述べて、賃金減額の効力を否定しました。

(裁判所の判断)

・判断枠組み

「賃金に関する労働条件の変更に対する労働者の同意の有無については、当該変更を受入れる旨の労働者の行為の有無だけでなく、当該変更により労働者にもたらされる不利益の内容及び程度、労働者により当該行為がされるに至った経緯及びその態様、当該行為に先立つ労働者への情報提供又は説明の内容等に照らして、当該行為が労働者の自由な意思に基づいてされたものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するか否かという観点からも、判断されるべきものと解するのが相当である(最高裁昭和44年(オ)第1073号同48年1月19日第二小法廷判決・民集27巻1号27頁、最高裁昭和63年(オ)第4号平成2年11月26日第二小法廷判決・民集44巻8号1085頁、最高裁平成25年(受)第2595号同28年2月19日第二小法廷判決・民集70巻2号123頁等参照)。」

・検討

「本件賃金減額は、原告の月額賃金を合計27万円から22万円に引き下げるものであり、賃金の減額幅は約2割にも上るから、本件賃金減額が原告に与える不利益は相当大きいものであったといえる。」

原告は、令和元年6月26日に行われた被告代表者及びCとの話合いの結果、最終的には本件賃金減額に同意したものの・・・、上記の話合いの過程において、被告代表者は、原告に対し、原告の勤務成績及び勤務態度の不良を理由として、原告を正社員からアルバイトに変更する旨の打診をしていた・・・。原告は、自身の地位を正社員からアルバイトに変更することによって日本の在留資格が取り消される可能性についての懸念を抱いたため、被告代表者からの上記の打診を拒絶したところ、これを受けて、被告代表者から本件賃金減額に係る提案がされるに至った・・・。上記の経緯に照らせば、原告にしてみれば、仮に本件賃金減額に係る被告代表者からの提案を拒絶すれば、被告との間の本件労働契約の存続そのものが危ぶまれ、ひいては、日本の在留資格を取り消されるおそれがあるのではないかとの危惧を抱いたとしてもやむを得ない。

「なお、本件全証拠によっても、原告が被告代表者に対して無償でもよいので正社員たる地位を継続させてほしい旨述べたとの事実を認めることはできない。」

本件賃金減額により原告が被る不利益の内容及び程度並びに原告が本件賃金減額に同意するに至った経緯等に鑑みれば、原告の上記同意が原告の自由な意思に基づいてされたものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するとはいい難い。

これに関し、被告は、減額後に異議が述べられなかったことや減額後の業務量や責任の程度等にも照らせば、本件賃金減額について原告の自由な意思に基づく同意があったといえる旨主張する。

しかし、本件全証拠によっても、本件賃金減額後の原告の業務量及び責任の程度が本件賃金減額前のそれに比べて約2割も低下したとの事実を認めることはできないし、前記アで説示した経緯にも照らせば、本件賃金減額後に原告が被告代表者に対して抗議をしなかったとしても無理はないというべきである。

よって、本件賃金減額につき、原告による有効な同意があったものと認めることはできず、これに反する被告の主張は採用できない。

3.解雇自体は有効とされたが・・・

 本件は解雇は有効と判断されました。しかし、上述のとおり、賃金減額は無効とされたため、使用者側に一矢報いることができました。

 この例からも分かるとおり、解雇されるかもしれない・労働契約が解消されるかもしれないというプレッシャーの中で賃金減額に同意しても、その効力が維持される場面は限定的です。外形的に同意してしまっていても、その法的効力を争える余地があることは、広く労働者に周知されておいて良いことだと思います。

 

安全配慮義務違反を問う上での予見可能性-同種事故の認識は現場責任者レベルの認識で足りるのか?

1.安全配慮義務と予見可能性

 労働契約法5条は、

「使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする。」

と規定しています。この義務は一般に「安全配慮義務」と呼ばれています。

 安全配慮義務は、職場で事故が発生した時、労働者が使用者に損害賠償を請求する根拠として、しばしば用いられています。

 安全配慮義務違反を問うにあたっては、「予見可能性」という概念が鍵になります。危険な結果の発生を予見できない場合、安全対策をとらなかったことを非難できないからです。

 昨日、この予見可能性を問うにあたり、過去に同種の事故が発生していたのかどうかが重要な考慮要素になることを、お話しました。

 それでは、この過去に同種の事故が発生していたことの認識は、現場責任者レベルで存在していれば足りるのでしょうか? それとも、会社の正式な事故記録として存在していなければならないのでしょうか?

 昨日ご紹介した東京高判例4.6.29労働判例ジャーナル129-40 第一興商事件は、この問題を考えるうえでも参考になる判断を示しています。

2.第一興商事件

 本件で原告(控訴人)になったのは、被告(被控訴人)の経営する店舗(本件店舗)において、調理担当として働いていた方です。雨に濡れた屋外階段(本件階段)を使用したところ、転倒して負傷しました。

 原告の方は、この事故の原因が、本件階段の床面に滑り止めを施工したり、注意を促す表示をしたり、雨でも滑らない履物を用意したりするなど、本件階段が雨で濡れた際も、従業員が同階段を安全に使用することができるように配慮すべき義務を懈怠した使用者の側にあるとして、被告に対して損害賠償を請求する訴えを提起しました。

 一審が原告の請求を棄却したことを受け、原告が控訴提起したのが本件です。

 控訴審裁判所は、過去に同種の事故が生じていたことなどを理由に、被告の安全配慮義務違反を認めました。

 その中で、同種事故の認識の主体について、次のとおり判示しました。

(裁判所の判断)

被控訴人は、本件事故時、他の従業員が転倒した事例は把握しておらず、また、控訴人の主張を前提にしたとしても、平成28年頃から平成30年9月にかけて計4名の従業員が各1回転倒したという程度であり、その転倒原因についても、いずれも、本件階段の状態をよく認識せず、足元を十分に注意して見て足を運ばなかったことがうかがえる旨主張する。

「しかし、前記説示のとおり、本件事故が発生する以前に、本件店舗の現場責任者であるF店長が、Cが本件階段で転倒した直後に現場を見て同人の転倒の事実を把握した以上、仮に被控訴人内部において同現場責任者からの報告が上がっていなかったとしても、被控訴人が、従業員の転倒事例を把握していなかったとしてその安全配慮義務違反の責任を免れることはできない。また、前記説示のとおり、本件事故を含めその前後において、判明しているだけでも、控訴人を含む4名もの調理担当従業員が本件階段で転倒しており、また、証拠・・・及び弁論の全趣旨によれば、調理担当従業員以外の者が本件階段で転倒した事実がうかがわれることにも照らすと、従業員等の安全に配慮すべき立場にある被控訴人において、本件階段における転倒の危険性を軽視することは許されないものというべきである。さらに、少なくとも4名もの調理担当従業員が転倒していることについて、その全ての転倒事例が従業員側の不注意によって発生したものとは通常は考え難いし、仮にこれらの者に不注意があったとしても、そのことから直ちに、被控訴人における安全配慮義務違反が否定されるものともいえない。」

「したがって、被控訴人の上記主張は採用することができない。」

3.「現場責任者からの事故報告があがっていない」は通用しない

 上述のとおり、裁判所は、現場責任者レベルでの認識がある以上、報告がなかったとしても、安全配慮義務違反の責任を免れることはできないと判示しました。

 現場担当者から報告されていないという反論は、安全配慮義務違反が問題になる訴訟において、しばしば使用者側から主張されます。現場担当者にしては管理責任を問われかねない事故の存在は進んで申告したいものではありません。報告がなかったと主張される事案の何割かは、実際、報告がなかったのではないかと疑われます。

 このような言い訳を排斥したところに本件の特徴があります。

 現場から報告が上がってきていないなどと使用者側が言い出したときには、本裁判例を活用して反論して行くことが考えられます。

 

安全配慮義務違反を追及するポイント-過去に同種の事故が起きていないか?

1.安全配慮義務違反か? 単なる労働者の不注意か?

 労働契約法5条は、

「使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする。」

と規定しています。この義務は一般に「安全配慮義務」と呼ばれています。

 職場で事故が発生した時、安全配慮義務は、労働者が使用者に損害賠償を請求する根拠として、しばしば用いられています。

 これに対し、使用者側から、

事故は単なる労働者の不注意である(安全に配慮しなかったから生じた事故ではない)

と反論されることがあります。

 確かに、職場で発生する事故の中には、労働者が安全に気を配っていれば回避できたと考えられるものも少なくありません。

 それでは、ある事故の原因が安全配慮義務違反に該当するのか、それとも、単なる労働者の不注意に起因するものであるのかは、どのように考えられるのでしょうか?

 ごく大雑把に言うと、この問題は使用者側の予見可能性によって判断されます。

 使用者の側で事故をある程度予見できたのであれば安全配慮義務違反が成立し、労働者の不注意は過失相殺の中で考慮されることになります。他方、労働者の不注意が使用者の側で予見できないほど甚だしいものであれば、使用者側に安全配慮義務違反を追及することは難しくなります。

 それでは労働者の側が使用者の予見可能性を立証して行くにあたっては、どのような事実が重要になってくるのでしょうか?

 事案により一概には言えませんが、どの事案にも共通する視点として、

過去に同種の事故が起きていないか?

という切り口があります。

 過去に同種の事故が発生していれば、それは安全配慮義務違反を立証するうえで、有力な武器になります。

 近時公刊された判例集にも、この点が強調されることにより、労働者側が逆転勝訴した裁判例が掲載されていました。東京高判例4.6.29労働判例ジャーナル129-40 第一興商事件です。

2.第一興商事件

 本件で原告(控訴人)になったのは、被告(被控訴人)の経営する店舗(本件店舗)において、調理担当として働いていた方です。雨に濡れた屋外階段(本件階段)を使用したところ、転倒して負傷しました。

 原告の方は、この事故の原因が、本件階段の床面に滑り止めを施工したり、注意を促す表示をしたり、雨でも滑らない履物を用意したりするなど、本件階段が雨で濡れた際も、従業員が同階段を安全に使用することができるように配慮すべき義務を懈怠した使用者の側にあるとして、被告に対して損害賠償を請求する訴えを提起しました。

 一審が原告の請求を棄却したことを受け、原告が控訴提起したのが本件です。

 この事件では安全配慮義務違反の有無が争点となりましたが、裁判所は、次のおとり述べて、これを肯定しました。

(裁判所の判断)

「被控訴人は、本件ビルにおいて本件店舗を経営し、調理担当従業員をして食材の運搬、調理等の業務に従事させていたところ、その業務上の必要から、いわば職場の一部として本件階段を常時使用させるとともに、本件サンダルを使わせていたものといえる。しかるに、本件階段は、本件ビルの屋外に設置された外階段であって、雨よけ等の屋根がなく、雨に濡れる場所にあったところ、被控訴人は、調理担当従業員をして、食材やごみを運搬するなどのため、3階店舗の玄関で土間に降りさせ、本件サンダルを履かせて本件階段を降りさせていたものである。このような状況の下、控訴人の前任者であるCは、平成28年ないし同29年頃、被控訴人の用意したサンダルを履いて本件階段を降りていた際、雨で濡れた本件階段で足を滑らせて転倒し、本件店舗の現場責任者であるF店長は、その直後に現場を見て、Cの転倒の事実を把握していたものである。また、本件事故の直前に、Eは、ごみを出しに行くため、本件サンダルを履き、発砲スチロール等を両手に持った状態で本件階段を降り始めたところ、滑ったものの転倒せず、その後は慎重に本件階段を降りたにもかかわらず、再び滑って転倒し、でん部を階段の角にぶつけているし、本件事故のあった月の翌月にも、Dは、本件サンダルを履いて本件階段を降りた際、足を滑らせて転倒している。

このような事情の下では、本件事故時において、調理担当従業員が、降雨の影響によって滑りやすくなった本件階段を、裏面が摩耗したサンダルを履いて降りる場合には、本件階段は、調理担当従業員が安全に使用することができる性状を客観的に欠いた状態にあったものというべきである。それにもかかわらず、被控訴人は、調理担当従業員に、降雨の影響を受ける本件階段を、その職場の一部として昇降させるとともに、裏面が摩耗した本件サンダルを使わせていたものである。しかるところ、雨で濡れた階段を裏面が摩耗したサンダルで降りる場合には、滑って転倒しやすいことは容易に認識し得ることである上、本件事故が発生する以前に、本件店舗の現場責任者(F店長)も、調理担当従業員であるCが本件階段で転倒した直後に現場を見て、同人が転倒した事実を把握していたというのであるから、被控訴人は、上記の場合において、業務中の調理担当従業員が、本件階段で足を滑らせて転倒するなどの危険が生ずる可能性があることを、客観的に予見し得たものというほかない。そして、被控訴人において、そのような危険が現実化することを回避すべく、本件事故発生以前において、本件階段に滑り止めの加工をしたり、降雨の際は滑りやすい旨注意を促したり、裏面が摩耗していないサンダルを用意したりするなど、控訴人を含む調理担当従業員が、本件階段を安全に使用することができるよう配慮する措置を講ずることは、被控訴人自身が、本件事故発生以後においてではあるが、実際に行った措置であることに照らしても、十分可能であったというべきである。」

「そうである以上、被控訴人は、本件事故時において、上記のような危険が現実化することを回避すべく、上記のとおり、調理担当従業員に対して本件階段の使用について注意を促したり、本件階段に滑り止めの加工をしたりするなどの措置を講じ、控訴人を含む調理担当従業員が、本件階段を安全に使用することができるよう配慮すべき義務を負っていたものと解するのが相当であるところ、被控訴人において、本件事故時、上記の義務を履行するために、何らかの安全対策を採っていたことを認めるに足りる証拠はないから、被控訴人は、控訴人に対する安全配慮義務に違反したものといわざるを得ない。そして、本件階段への滑り止めの加工等の措置の性質・内容に、被控訴人が、本件事故後上記のような安全対策を施した後は、本件階段で足を滑らせて転倒した調理担当従業員が存することが本件証拠上うかがわれないことも併せ考慮すれば、被控訴人が上記義務を尽くすべく安全対策を採っていれば、本件事故の発生を防止することができたことが認められる。そうすると、被控訴人は、上記安全配慮義務違反によって、控訴人をして、本件階段で足を滑らせて転倒させ、その右手、腰部等に本件傷害を負わせたものというほかない。」

「以上によれば、被控訴人は、控訴人に対し、上記安全配慮義務に違反したことによる損害賠償義務を負担するものというべきである。」

・被控訴人の主張に対する判断

「被控訴人は、控訴人においては、本件事故時、自らの足元を十分に注意して見て足を運ぶという注意を怠っており、本件事故の直接の原因は、控訴人の不注意にある旨主張する。」

「しかし、控訴人において、本件事故時、上記注意を怠っていたことを前提としても、これを、過失相殺を基礎付ける事情として考慮することはともかく、控訴人が上記注意を怠ったことから当然に、被控訴人の安全配慮義務違反が否定されるものではない。」

「したがって、被控訴人の上記主張は採用することができない。」

3.過去事例が鍵になった例

 本件は過去に類似の事故が発生していたことが原審とは異なり安全配慮義務違反を認める根拠にとして重視されました。

 安全配慮義務違反が争われる事案では、ともすると当該事故時の状況に議論が集中し、過去に同種の事故が起きていたのかどうかは、等閑になりがちです。

 しかし、本件のように過去に同種の事故が発生していないのかが重要な意味を持つ事案もあるため、過去事例は必ず調査すべきですし、調査できない場合は訴訟の初期段階で求釈明を申立てるなどの対応をとっておく必要があります。

 

 

 

公務起因認定を受けた日、自殺未遂をした日がパワハラ・セクハラ慰謝料請求権の消滅時効起算点とされた例

1.不法行為による損害賠償請求権の起算点

 不法行為による損害賠償の請求権は、

「被害者又はその法定代理人が損害及び加害者を知った時から三年間行使しないとき」

は時効によって消滅するとされています(民法724条1項)。

 「損害・・・を知った時」とは「被害者が損害の発生を現実に認識したとき」を意味します(最三小判平14.1.29民集56-218参照)。

 しかし、「被害者が損害の発生を現実に認識したとき」という言葉は多義的であり、必ずしも明確ではありません。例えば、ハラスメントによって精神障害を発症した事案でいうと、①ハラスメントを受けた時点をいうのか、②症状の発生を自覚した時点をいうのか、③精神障害の診断を受けた時点をいうのか、④精神障害が業務(公務)に起因しているという認定を受けた時点をいうのか様々な解釈が考えられます。

 このハラスメントにより精神障害を発症した事案の消滅時効の起算点について、近時公刊された判例集に、

公務起因認定を受けた日、

もしくは、自殺未遂をした日

であると判示した裁判例が掲載されていました。一昨々日、一昨日、昨日とご紹介を続けさせて頂いている、高松高判令4.8.30労働判例ジャーナル129-24 国・高松刑務所事件です。

2.国・高松刑務所事件

 本件では、刑務所職員の方が原告となって、使用者である国に対し、

同僚職員及び上司からパワーハラスメントやセクシュアルハラスメントを受けたこと、

それらの事実を申告したにもかかわらず、心情に配慮した適切な措置をとってくれなかったこと、

公務災害認定請求に対する判断を不当に遅延したこと、

などを理由に損害賠償を請求しました。

 原審が原告の請求を棄却したことを受け、原告側が控訴したのが本件です。

 本件は自系列が特徴的で、

平成25年11月22日 パワハラ行為、

平成25年12月20日 セクハラ行為、

平成26年1月23日 うつ病との診断、

平成27年4月7日 自殺未遂、

平成30年4月6日 訴訟提起

平成30年10月31日 法務大臣による公務起因認定

という経過が辿られています。

 被告・被控訴人国側は、高松刑務所の職員の各行為を理由とする損害賠償請求権のうち慰謝料請求に係る部分は3年の消滅時効期間を経過しているとして、時効を援用しました。

 本件では「損害・・・を知った時」との関係で時効援用の可否が争われましたが、裁判所は次のとおり述べて、消滅時効期間の経過を否定しました。

(裁判所の判断)

「不法行為による損害賠償請求権の時効の起算日は、『被害者が損害を知った時』であるところ(国賠法4条、民法724条)、これは被害者が損害の発生を現実に認識した時をいうものと解される(最高裁判所平成14年1月29日第三小法廷判決・民集56巻1号218頁参照)。」

「これを本件についてみるに、控訴人は、本件パワハラ行為及び本件セクハラ行為が相俟ってうつ病を発症し、それが被控訴人の安全配慮義務違反によって、より悪化して、平成27年4月7日に自殺未遂をし、平成30年10月31日に控訴人のうつ病が公務に起因すると認定された旨主張して、本件の損害賠償請求をしていることは明らかであるところ、控訴人が本件パワハラ行為及び本件セクハラ行為によってうつ病を発症したことを知ったのが前記のとおり、公務起因認定のされた平成30年10月31日である以上、控訴人が本件パワハラ行為及び本件セクハラ行為による損害を現実に認識したのは同日というべきであるから、平成30年10月31日をもって、国賠法1条1項に基づく慰謝料請求権の消滅時効の起算点と認めるのが相当である。

仮に、そうでないとしても、控訴人において、うつ病が自殺を余儀なくさせる程度のものであることを知ったのは、控訴人が自殺未遂をした平成27年4月7日というべきであるから、同日をもって、国賠法1条1項に基づく慰謝料請求権の消滅時効の起算点と認めるのが相当である。

「そうすると、前記前提事実・・・記載のとおり、控訴人が本件訴訟を提起したのが平成30年4月6日であるから、平成30年10月31日ないし平成27年4月7日から、未だ3年は経過しておらず、消滅時効は完成していない。」

3.消滅時効起算点に関する議論の実益は増す

 ハラスメント、特に、セクシュアルハラスメントに関しては、ハラスメント行為時と精神障害の発症(診断)時点、自殺などの深刻な行為に及んだ時点との間に、時間的離隔のあることが少なくありません。

 従来、こうした事案に関しては、無理に不法行為構成(消滅時効期間3年)をとることなく、債務不履行(安全配慮義務違反)構成(消滅時効期間10年)をとることで対処してきました。

 しかし、民法改正により、現在、債権は、

「債権者が権利を行使することができることを知った時から五年間行使しないとき」

には時効によって消滅すると規定されています。不法行為構成とのタイムラグが2年しかなく、時効の起算点をどのように理解するのかによって権利行使の明暗が分かれてくる事案は、今後、必ず増えて行くことが予想されます。

 精神障害に業務起因性や公務起因性が認められるため、かなりの時間を要する例は少なくありません。本件も公務起因性が認定されるまでには約2年8か月とかなりの期間が経過しています。そのため、業務起因認定・公務起因認定を受けた日を消滅時効期間の起算点にすることができるのであれば、かなりのケースで時効の壁をクリアできることになります。

 自殺未遂など深刻な行動に及んだ場合を起算点とすることに関しても同様です。これが許容されるのであれば、時効の壁に阻まれるケースのうち相当数を救済することができます。

 民法改正とも関連し、本件は時効起算点について、かなり重要な判断をしています。高裁判例であることもあり、労働事件に関与する弁護士が覚えておかなければならない裁判例の一つだと言えます。

 

ハラスメント被害者に対する配転・配置換えが安全配慮義務(職場環境整備義務)違反とされた例

1.ハラスメント被害者は踏んだり蹴ったり(被害者側の配転)

 ハラスメント被害を申告すると、しばしば被害者と行為者とを引き離すための配転が行われます。この引き離しのための配転自体は違法・不当なものではありません。

 令和2年厚生労働省告示第5号「事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」でも、平成18年厚生労働省告示第615号「事業主が職場における性的な言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」でも、「被害者と行為者を引き離すための配置転換」は、ハラスメントが認められた場合に事業主がとるべき適正な措置の具体例として明記されています。

 しかし、ハラスメント被害者と行為者を引き離すための配転が行われる時、本邦内の企業では、被害者側が職場を変わることが多く見られます。こうした雇用慣行は、ハラスメントで酷い目に遭うだけではなく、やりがいのある仕事まで奪われるという意味において、被害者を二重に苦しめると共に、ハラスメントに関する相談意欲を阻害する大きな要因になっています。

 この被害者側に配転を強いる現状については常々違和感を持っていたのですが、近時公刊された判例集に、被害者に対する無配慮な配置換えを違法だと判示した裁判例が掲載されていました。一昨日、昨日とご紹介させて頂いている高松高判令4.8.30労働判例ジャーナル129-24 国・高松刑務所事件です。

4.国・高松刑務所事件

 本件では、刑務所職員の方が原告となって、使用者である国に対し、

同僚職員及び上司からパワーハラスメントやセクシュアルハラスメントを受けたこと、

それらの事実を申告したにもかかわらず、心情に配慮した適切な措置をとってくれなかったこと、

公務災害認定請求に対する判断を不当に遅延したこと、

などを理由に損害賠償を請求しました。

 原審が原告の請求を棄却したことを受け、原告側が控訴したのが本件です。

 配置換えが問題になったのは、二番目の理由との関係です。原告は、ハラスメント申告後に処遇部門から庶務課に異動させられたことや、その後、改めて処遇部門女子少年院の法務教官に異動させられたことについて、

「腫物に触るような状態でほとんど仕事が与えられず閑職に追いやられた」

「高松刑務所で実績を積みたいことやうつ病なのに少年院という新しい環境に耐えられるかどうか不安であるという意見を出し」た「にもかかわらず、・・・『丸亀少女の家』(女子少年院 括弧内筆者)に異動させた」

などと述べ、職場環境委整備義務違反していると主張しました。

 これに対し、裁判所は、次のとおり述べて、職場環境整備義務違反を認めました。

(裁判所の判断)

「被控訴人と国家公務員との間にも、雇用契約類似の関係があるから、被控訴人は、国家公務員に対し、一般的な安全配慮義務を負っているところ、高松刑務所長は、高松刑務所に所属する職員の管理者的立場に立ち、被控訴人の履行補助者として、生命、身体等への危険から職員の安全を確保して被害発生を防止すべき信義則上の義務(安全配慮義務)を負うから、職場の加害行為により他の職員が被害を受けた場合には、具体的事情に応じて、当該被害職員の出勤・復職等に向けた適切な職場環境を整備すべき義務を負うと解するのが相当である。」

(中略)

「そこで、控訴人が高松刑務所のG統括やD首席に対し、うつ病発症を伝えた後の高松刑務所の対応の適否について検討する。」

「前記認定事実によれば、高松刑務所は、控訴人が高松刑務所のG統括やD首席に対し、うつ病発症を伝えた後、控訴人を、

〔1〕平成26年2月17日に庶務課に配置換えし、

〔2〕同年12月17日に処遇部の作業部門に配置換えし、

〔3〕平成27年4月1日に「丸亀少女の家」に転任させたことが認められる。」

控訴人は、Eとの人間関係につき苦情を申し出ていたのであるから、高松刑務所が控訴人の職場を変えようとしたこと自体は適切であるといえる。しかしながら、前記認定のとおり、庶務課への配置換えにおいては、H庶務課長からは、控訴人に対し、Eとの接触をなるべく避けるため、戒護区域内には極力入らないこと、残業は基本的にしないこと、電話対応は難しいため、積極的に電話に出る必要はないことなどの指示がされたが、控訴人の異動は増員扱いだったため控訴人にはほとんど仕事が与えられず、控訴人は疎外感を感じたこと、他の職員に対しては、H庶務課長等から、控訴人に対して上記のとおり職務上の制限等が加えられていることについて、十分な周知がされていなかったため、控訴人が、上記指示に従い、女区で応援が必要となったときにこれに対応しないでいたりすると、他の職員から、非難されることがあり、控訴人は、そのことで精神的に負担を感じたことが認められる。次いで、作業部門への配置換えについても、控訴人は、工場には入らないように指示されていたため、疎外感を感じるとともに、約10か月で新たな部署に異動になり新しい環境に慣れねばならず、頻繁に部署を換えられることなどに苦痛を感じたことが認められる。さらに、『丸亀少女の家』への転任については、控訴人が転任の打診の時点で、高松刑務所で実績を積みたいことや、うつ病なのに少年院という新しい環境に耐えられるかどうか不安であるとして、「丸亀少女の家」には異動したくないとの異議を述べ、さらに転任直前の平成27年3月2日~同月31日の間、『適応障害』で病気休暇を取得した直後の同年4月1日に、転居を伴う異動である、『丸亀少女の家』への転任が命じられたことが認められる。
 以上のように、うつ病に罹患している控訴人に対し、仕事をあまり与えないようにして疎外感を与えたり、短期間で職場を転々と移動させたり、控訴人が反対しているにもかかわらず、転居を伴う異動であり、法務教官というこれまでの刑務所職員と大きく環境が変わる職場に異動させた行為は、控訴人の心理的負担をより増大させる行為であったことは明らかであり、現に、控訴人は、そのため、自分は高松刑務所から邪魔者扱いされ、見放されたとの思いを強め、絶望的な気持ちになり、平成27年4月7日に自殺を試みるに至っているのであって、うつ病発症後の高松刑務所の一連の控訴人の配置換えや転任は、高松刑務所長が、職員の人事配置等について一定の裁量権を有していることを考慮しても、裁量権を逸脱したものであって、職場環境整備義務違反に当たると認めるのが相当である

3.「指針に引き離し措置が書いてあるから~」では通用しない?

 引き離しは指針に規定されていることもあり、それが違法だと判断されることは、あまりありません。

 そのような状況のもと、本件の裁判所は、上述のとおり、被害者(原告)に対する配置転換に違法性を認めました。

 これはかなり画期的なもので、キャリアを絶たれたハラスメント被害者が法的措置を採るに当たり参考にして行くことが考えられます。