弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

軽微な懲戒処分(譴責)だからといって、弁明の機会を付与しないことは許されない

1.譴責・戒告の効力と手続違反

 懲戒解雇の場合、

「就業規則等において労働者に対する弁明の機会を付与することが要求されていない場合にも、労働者に対する弁明の機会を与えることが要請され、この手続を欠く場合には、ささいな手続上の瑕疵があるにすぎないとされる場合を除き、懲戒権の濫用になるとする見解もあり、同旨の裁判例も存在する・・・。しかし、裁判例では、労働者に対する弁明の機会付与を欠くことのみで懲戒処分を無効としないものも多くみられる」(佐々木宗啓ほか編著『類型別 労働関係訴訟の実務Ⅱ』〔青林書院、改訂版、令3〕391頁参照)とされています。

 このように、懲戒解雇という重大な不利益処分が行われた場合であっても、手続の相当性のみを理由に勝ち切れる事件は、必ずしも多くはありません。

 それでは、より軽い懲戒処分の場合はどうなのでしょうか? 重大な懲戒処分の場面でさえ無効事由になりにくいのだとすれば、軽微な懲戒処分の場合には、猶更、手続違反のみでは勝ちにくいということになるのでしょうか?

 それとも、軽微であっても懲戒処分である以上、懲戒解雇の場合以上に、その意義が希釈されることはないと理解してよいのでしょうか?

 この問題を考えるにあたり、参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。東京地判令3.9.7労働経済判例速報2464-31 テトラ・コミュニケーションズ事件です。

2.テトラ・コミュニケーションズ事件

 本件で被告になったのは、情報通信技術に関するコンサルティング業務等を目的とする株式会社です。

 原告になったのは、被告との間で期限の定めのない雇用契約を締結していた方です。特徴的なのは、過去に被告に対して労働審判を申立ていたことです。

 労働審判の後も被告のもとで稼働していたところ、被告の従業員Pから、企業年金の確定拠出年金への移行に係る必要書類の提出を求められた際、

「この件で、私が不利益を被ることがありましたら、訴訟しますことをお伝えします。」

とのメッセージ(本件メッセージ)を送りました。

 これが懲戒事由に該当するとして、被告は原告に対して譴責処分を行い、始末書の提出を命じました。これが懲戒権の濫用で不法行為を構成するとして、原告が慰謝料等の支払いを求めて被告を提訴したのが本件です。

 この事件では、譴責処分の効力が問題になりました。

 裁判所は、次のとおり述べて、譴責処分の効力を否定しました。

(裁判所の判断)

懲戒処分に当たっては、就業規則等に手続的な規定がなくとも格別の支障がない限り当該労働者に弁明の機会を与えるべきであり、重要な手続違反があるなど手続的相当性を欠く懲戒処分は、社会通念上相当なものといえず、懲戒権を濫用したものとして無効になるものと解するのが相当である。

「これを本件についてみるに、本件けん責処分は、原告に弁明の機会を付与することなくなされたものである。原告がAに対して本件メッセージを送信したこと自体は動かし難い事実であるし、証拠・・・によれば、原告が度々抗議に際して訴訟提起の可能性に言及するなどして被告、その代表者および従業員に対する敵対的な態度を示していたことが認められ、これが抗議の方法として相当といえるか疑問の余地もある。しかしながら、それが脅迫に当たるか、DC移行に係る必要書類の提出を拒むなどした原告の態度が、懲戒処分を相当とする程度に業務に非協力的で協調性を欠くものといえるかについては、経緯や背景を含め、本件メッセージの送信についての原告の言い分を聴いた上で判断すべきものといえる。そうすると、原告に弁明の機会を付与しなかったことは些細な手続的瑕疵にとどまるものともいい難いから、本件けん責処分は手続的相当性を欠くものというべきである。

3.譴責であっても手続は重要

 本件は弁明の機会付与・手続的相当性の欠如を理由に、譴責処分の効力を否定しました。譴責という軽微な懲戒処分においても、弁明の機会付与・手続的相当性を欠けば、その効力が無効になると判示したことは、先例として重要な意味があります。譴責においてそうであるならば、減給や出勤停止などの他の懲戒処分の場合も猶更だとして、他の処分の効力を争う場合に活用することも考えられます。

 譴責や戒告は、必ずしも具体的な不利益と結びついているわけではありません。弁護士費用との兼ね合いもあり、その効力が訴訟で争われることは、それほありません。

 本件は譴責の効力が問題になった珍しい事案として、今後の実務の参考になります。

 

懲戒解雇と退職金-「これまでの功労を抹消・減殺するほどの背信行為」との規範の否定例

1.懲戒解雇と退職金

 退職金制度のある会社では、懲戒解雇と退職金が紐づいていることが多くみられます。懲戒解雇された場合には、退職金は不支給にするといったようにです。

 しかし、懲戒解雇が有効である場合であっても、必ずしも退職金を不支給にすることが認められるわけではありません。退職金の不支給・減額が認められるためには、

「就業規則あるいは退職金規程に退職金不支給・減額条項があることに加えて、労働者のこれまでの功労を抹消・減殺するほどの背信行為があることが必要

とされています(第二東京弁護士会労働問題検討委員会編『2018 労働事件ハンドブック』〔労働開発研究会、初版、平30〕286頁参照)。

 しかし、近時公刊された判例集に、退職金不支給の許容性を上記の規範によらず、より緩やかに認めた裁判例が掲載されていました。東京高判令3.2.24労働経済判例速報2463-22 みずほ銀行事件です。

2.みずほ銀行事件

 本件は、情報漏洩を理由に懲戒解雇、退職金全部不支給となった方が原告になって、主位的には懲戒解雇が無効であるとして地位確認等を、予備的には退職金の支給を求めて会社を訴えた事件です。

 一審は、懲戒解雇が有効であるとして、地位確認請求を棄却しました。しかし、退職金に関しては、全額不支給は不適法であるとして、請求額の3割を認容する判決を言い渡しました。これに対して、原告が控訴し、被告が附帯控訴したのが本件です。

 本件の裁判所は、懲戒解雇の効力を有効とした一審の判断を是認したうえ、次のとおり述べて、退職金全部不支給も適法だと判示しました。

(裁判所の判断)

「本件退職金規程・・・5条1項は、懲戒処分・・・を受けた者の退職金は減額又は不支給とすることがある旨を規定しており、懲戒処分を受けた者に対する退職金の支給、不支給については第1審被告の合理的な裁量に委ねている。そして、懲戒処分のうち懲戒解雇の処分を受けた者については、原則として、退職金を不支給とすることができると解される。ただし、懲戒解雇事由の具体的な内容や、労働者の雇用企業への貢献の度合いを考慮して退職金の全部又は一部の不支給が信義誠実の原則に照らして許されないと評価される場合には、全部又は一部を不支給とすることは、裁量権の濫用となり、許されないものというべきである。

(中略)

「第1審原告の行為は、第1審被告の信用を大きく毀損する行為であり、悪質である。また、現実に雑誌やSNSに掲載されて一般人にアクセス可能となった情報は、通常は金融機関(銀行)から外部に漏えいすることはないと一般人が考えるような種類、性質のものであったから、その信用毀損の程度は大きく、反復継続して持ち出し、漏えい行為が実行されたことも併せて考慮すると、悪質性の程度は高い。そうすると、第1審原告が永年第1審被告に勤続してその業務に通常の貢献をしてきたことを考慮しても、退職金の全部を不支給とすることが、信義誠実の原則に照らして許されないとはいえず、裁量権の濫用には当たらないというべきである。」

「第1審原告は、退職金は賃金の後払いであるから、不支給とすることは許されないと主張する。しかし、退職金に賃金の後払い的な性格があるとしても、それは退職金の経済的側面における一つの性質を表現したものにすぎない。過去の労働に対する対価であることが、法的に確定しているわけではない。そうすると、悪質な非行により懲戒解雇された労働者について、退職金支払請求権の全部又は一部を消滅させることは、違法ではない。」

「また、第1審原告は、退職金全額を不支給とするには、当該労働者の永年の勤続の功を抹消してしまうほどの重大な不信行為があることが必要であると主張する。しかし、勤続の功績と非違行為の重大さを比較することは、一般的には非常に困難であって、判断基準として不適当である。また、本件について個別に検討を加えると、第1審原告の懲戒事由は、金融業・銀行業の経営の基盤である信用を著しく毀損する行為であって、永年の勤続の功を跡形もなく消し去ってしまうものであることは明確であると判断することが可能である。本件は、例外的に、勤続の功績と非違行為の重大さを比較することが、困難ではないのである。いずれにせよ、本件における退職金全部不支給が違法であるというには、無理があるというほかはない。

3.特異な規範であるように思われるが・・・

 本件の一審(東京地判令2.1.29労働経済判例速報2463-25)は、

「退職金は、通常、賃金の後払い的性格と功労報償的性格とを併せ持つものであり、職員が懲戒処分を受けた場合に退職金を不支給とする条項があったとしても、当然に退職金を不支給とすることは相当ではなく、これを不支給とすることができるのは、労働者が使用者に採用されて以降の長年の勤続の功を抹消ないし減殺してしまうほどの著しく信義に反する行為がある場合に限られると解するのが相当である。

と一般に馴染みのある規範を用いて退職金不支給の可否・範囲を判示していました。

 二審の判断は、こうした規範に依拠することを明示的に否定した点に特徴があります。従来の裁判例の流れからすると特異な判断であり、一般性を有するとはいえないように思われますが、それでも、こうした裁判例の存在自体は、今後、一応意識しておく必要があるように思われます。

 

昇進して給料が上がっても、昇給分より残業代の方が高いようでは管理監督者とはいえない

1.管理監督者性

 管理監督者には、労働基準法上の労働時間規制が適用されません(労働基準法41条2号)。俗に、管理職に残業代が支払われないいといわれるのは、このためです。

 残業代が支払われるのか/支払われないのかの分水嶺になることから、管理監督者への該当性は、しばしば裁判で熾烈に争われます。

 管理監督者とは、

「労働条件その他労務管理について経営者と一体的な立場にある者」

という意味であると理解されています。そして、裁判例の多くは、①事業主の経営上の決定に参画し、労務管理上の決定権限を有していること(経営者との一体性)、②自己の労働時間についての裁量を有していること(労働時間の裁量)、③管理監督者にふさわしい賃金等の待遇を得ていること(賃金等の待遇)といった要素をもとに管理監督者性を判断しています(佐々木宗啓ほか編著『類型別 労働関係訴訟の実務Ⅰ」〔青林書院、改訂版、令3〕249-250参照)。

 このうち③の判断にあたっては、

「定期に支給される基本給、その他の手当において、その地位にふさわしい待遇を受けているか、賞与等の一時金の支給率やその算定基礎において、一般労働者に比べて優遇されているかなどに留意する必要がある。そして、管理監督者でない一般労働者との間に有意な待遇差が設けられていれば、管理監督者性を肯定する一事情として考慮すべき事情となる。他方で、有意な差が認められなかったり、時間外手当等を考慮するとかえって賃金が下がったりしているなどの事情があれば、管理監督者性を否定する方向に働くであろう。

と理解されています(前掲『類型別 労働関係訴訟の実務Ⅰ』253-254頁参照)。

 この昇進して基本賃金が上がっても、残業代を考慮すると賃金総額が下がっているケースは、実務上、それなりの頻度で遭遇します。一昨日、昨日とご紹介させて頂いている、東京地判令元.11.7労働判例1252-83 国・川崎北労基署長(MCOR)事件も、そうした事案の一つです。

2.国・川崎北労基署長(MCOR)事件

 本件は労災の取消訴訟です。

 原告になったのは、自殺した労働者(亡B)の妻です。自殺に業務起因性が認められ、遺族補償年金給付・葬祭料給付が支給されたものの、給付基礎日額は亡Bが管理監督者であることを前提に決定されました。これに対し、亡Bは管理監督者ではなく、時間外勤務手当等の発生を考慮せず給付基礎日額を決定したことは違法であるとして、各処分の取消を求めて国を提訴したのが本件です。

 ここでは亡Bの管理監督者性が争点になりました。

 待遇面について言うと、原告は、マネージャとして、月に、

基本給 42万4000円

食事手当   5000円

の合計42万9000円の支給を受けていました。

 また、賞与として、年二回、各86万5000円ずつ合計173万円の支給を受けていました。

 しかし、

一般社員であった時代、亡Bは、

基本給  8万7500円、

職能給  8万3000円、

業績給 13万3500円

家族手当 1万5000円

住宅手当 4万2000円

食事手当   5000円

の合計 36万6000円に、

6万1886円~9万5642円の時間外勤務手当等の支払いを受けており、月によっては、マネージャになった後の賃金を上回る額を得ていました。

 また、マネージャに昇格する前年、賞与として、亡Bは、夏に51万1012円、冬に57万4889円の合計108万5901円の支給を受けていました。

 このように、賞与こそ一定程度増加していているものの、給料増加分が残業代と似たような金額規模であった事件について、裁判所は、次のとおり述べて、管理監督者に相応しい待遇がなされているとはいえないと判示しました。結論としても、亡Bの管理監督者性は否定されています。

(裁判所の判断)

「亡Bの月額賃金は、平成23年4月にマネージャに昇進したことにより、月額36万6000円から月額42万9000円へと6万3000円増加し、年間の賞与額も約65万円増加して年間173万円となったことが認められる。」

「しかしながら、先に認定したとおり、マネージャに昇進する前の平成23年1月ないし4月支払分の給与として上記固定給の月額36万6000円に加えて、平均約7万4000円という上記増加額よりも多額の時間外及び休日労働手当が支給されていたこと、マネージャへの昇進後も繁忙期には週40時間を超える労働に月160時間以上従事することもあったことを踏まえると、前判示に係るマネージャの固定給の額や増額後の賞与額は、時間外及び休日労働手当が支払われず、労働時間の枠組みに縛られずに勤務することが要請されるマネージャに対する待遇として相当なものであったと評価することは困難であり、マネージャと管理監督者でない一般社員との間で管理監督者該当性に影響を与えるような有意な待遇差があったと評価することはできない。

3.有意かどうかの指標-残業代が昇給分に置き換わるようではダメ

 待遇に関しては、絶対的な金額という観点からだけではなく、他の一般労働者との差異という相対的な観点からも評価が加えられます。

 ここでいう有意かどうかを判断するにあたっては、しばしば昇進前の賃金と昇進後の賃金とを比較することが重要な意味を持ちます。ここで残業代が昇給分に置き換わっているような形になっていると、管理監督者として適当な待遇が与えられていないという議論を展開しやすくなります。

 過去の給与明細が事件の見通しを考える上で重要な資料になることは、決して珍しいことではありません。いつ必要になるか分からないものでもあるため、給与明細は安易に廃棄することなく、大切に保管しておくことが推奨されます。

 

管理監督者といえるための労働時間についての裁量-部下に60時間超の残業を指示しなければならないほど多忙ではダメ

1.管理監督者性

 管理監督者には、労働基準法上の労働時間規制が適用されません(労働基準法41条2号)。俗に、管理職に残業代が支払われないいといわれるのは、このためです。

 残業代が支払われるのか/支払われないのかの分水嶺になることから、管理監督者への該当性は、しばしば裁判で熾烈に争われます。

 管理監督者とは、

「労働条件その他労務管理について経営者と一体的な立場にある者」

という意味であると理解されています。そして、裁判例の多くは、①事業主の経営上の決定に参画し、労務管理上の決定権限を有していること(経営者との一体性)、②自己の労働時間についての裁量を有していること(労働時間の裁量)、③管理監督者にふさわしい賃金等の待遇を得ていること(賃金等の待遇)といった要素をもとに管理監督者性を判断しています(佐々木宗啓ほか編著『類型別 労働関係訴訟の実務Ⅰ」〔青林書院、改訂版、令3〕249-250参照)。

 このうち②の要素との関係でよく問題になるのが、形式的には出退勤が自由という建前になっていても、忙しすぎて実質的に出退勤の自由があるとは認められない場合です。

 使用者側は、多忙を労働者固有の事情であるとして、労働時間について裁量を有していたと主張してきます。これに対し、労働者側は、朝から晩まで働かなければ処理できないほどの業務量を割り当てられている以上、出退勤の自由度のなさは始業時刻と終業時刻が厳格に管理されている場合と大差ないと主張することになります。

 こうした争いの悩ましいところは、明確な指標に乏しいことです。特に、対象となる労働者に部下がいる場合、本人の労働時間が長かったとしても、部下に仕事を任せることができなかったのかが問われることになるため、見通しは混迷を極めることになります。

 上述のような議論状況のもと、近時公刊された判例集に、部下に仕事を任せることができたのかどうかを評価するにあたっての指標を示した裁判例が掲載されていました。昨日もご紹介させて頂いた、東京地判令元.11.7労働判例1252-83 国・川崎北労基署長(MCOR)事件です。

2.国・川崎北労基署長(MCOR)事件

 本件は労災の取消訴訟です。

 原告になったのは、自殺した労働者(亡B)の妻です。自殺に業務起因性が認められ、遺族補償年金給付・葬祭料給付が支給されたものの、給付基礎日額は亡Bが管理監督者であることを前提に決定されました。これに対し、亡Bは管理監督者ではなく、時間外勤務手当等の発生を考慮せず給付基礎日額を決定したことは違法であるとして、各処分の取消を求めて国を提訴したのが本件です。

 ここでは亡Bの管理監督者性が争点になりました。

 裁判所は亡Bの管理監督者性を否定しましたが、亡Bの労働時間の裁量について、次のように判示しました。

(裁判所の判断)

「亡Bは、本件会社において管理監督者として扱われており、日別勤務表に出退勤時間を記載して申告することが求められていたものの、これは健康管理及び深夜割増賃金の計算のためのものにすぎず、遵守すべき始業時刻、終業時刻はなく、遅刻や早退に対する賞罰等もなかったという前判示に係る諸事実に照らせば、亡Bの始終業時間が厳格に管理されていたとみることはできない。そうすると、後記イの時期と異なって本件グループの繁忙度がそれほど高くない時期における亡Bの業務遂行の方法や時間配分等に関する裁量は、それなりに広いものであったということができる。」

「しかしながら、他方で、前記認定のとおり、亡Bは、平成23年10月以降、複数の見積業務を処理するために、週40時間を超える労働の時間数が1か月160時間を超え、同年11月28日から同年12月17日まで20日間にわたる連続勤務をするなど、極度の長時間労働に従事せざるを得ない状況に陥っていたものである。上記見積業務は、本来はマネージャである亡Bが自ら担当するような業務ではなく、亡Bが部下に指示して行わせるべき業務であったが、同見積業務の処理にはある程度の経験が必要であったことや、Gを含めた本件グループの複数の従業員について月60時間超の時間外労働が見込まれるなどの前判示に係る諸事情に照らせば、当時の本件グループは繁忙度が高い状況であったといえるから、亡Bが同見積業務を部下に指示して遂行させることは、上司として指示する権限自体は有していたとしても、現実的には困難な状況であったというべきである。

「この点に関して被告は、亡Bは、本件グループのマネージャとして、上司に報告するなどして人員の確保や業務の軽減に努めるべき立場にあり、かつ、それが必ずしも困難とはいえなかったにもかかわらず、これを怠っていたのであるから、上記繁忙状態はむしろ亡B固有の事情によるものであり、管理監督者性の判断に当たり亡Bが抱えていた上記見積業務を考慮すべきでない旨主張する。」

「確かに、前記認定のとおり、亡Bは、平成23年12月中旬まで、Gの担当していたロット分割開発の作業遅延とは別に、自らが抱え込んでいた見積業務の進捗が芳しくないことを上司であるC部長に明示的に相談することはなく、かえって、日別勤務表には、実際よりも大幅に少ない労働時間を記載するなどしていたのであって、長時間労働に陥ったことについては、一定程度亡B固有の事情によるところがあったといわざるを得ない。」

「しかしながら、他方で、前記認定事実によれば、C部長は、ロット分割開発の遅延の報告や、長時間労働に係る社長伺出の決裁等を通じて、平成23年12月中旬には、Gを含む本件グループの従業員4名が月60時間超の時間外労働を必要とするほど本件グループが繁忙であったことを認識していたことが認められる。そして、前記認定のとおり、C部長は、日別勤務表が必ずしもマネージャの労働時間を正確に表しているものではないことを知っており、同月中旬には亡Bから2件の見積業務が全く進捗していない旨相談を受けたのであるから、この頃、亡Bがマネージャでありながら部下に任せることができずに自ら見積業務を処理するために長時間労働に及んでいることを認識していたか又は容易に認識することができたというべきである。それにもかかわらず、C部長は、同月中旬の段階では、亡Bに対し、技術を持っている他の人に相談し完成するよう指導したにとどまり、平成24年1月12日に至るまで、本件会社として亡Bや本件グループの業務を軽減する措置を執ることなく、亡Bは引き続き前記認定に係る極度の長時間労働に従事し続けることとなったのである。このような本件会社の亡Bに対する対応を踏まえると、亡Bが上司に報告するなどして人員の確保や業務の軽減に努めることには現実には一定の制約があったというべきである。」

「以上のとおり、亡Bは、マネージャは本来担当するような業務ではない見積業務を抱え込んで長時間労働に従事することになったところ、これには亡B固有の事情も一定程度預かっているといわざるを得ない。しかしながら、他方で、本件会社が亡Bの相談等により見積業務の遅延等を認識しながら、業務を軽減する措置を迅速に取らなかったなどの前記事情に照らせば、亡Bが見積業務を抱え込んで長時間労働に従事したことについては、本件会社にも一定の要因があったことは否定できない。このように、繁忙度の高い状況において、亡Bが人員の確保や業務の軽減に取り組むことについて一定の制約があったことを踏まえると、繁忙度のそれほど高くない状況において亡Bの出退勤の時間が管理されてなかったことなどの前判示に係る事情は、管理監督者性を基礎付ける事情として必ずしも大きな意味があるとまではいえないというべきである。」

3.月60時間以上の残業を部下に指示しなければならない状態では裁量不十分

 上述のとおり、裁判所は、月60時間を超える残業を部下に指示しなければならないような状態であったことを指摘したうえ、仕事の抱え込みを管理監督者性の認定にあたり労働者に不利な事情として取り扱うことを否定しました。

 月60時間というのは、割増賃金の割増率が引き上げられる基準と一致します。法定労働時間を超えた労働に対しては2割5分以上の割増賃金の支払が義務付けられていますが、時間外労働が60時間を超えると、割増率は5割以上に引き上げられます(労働基準法37条1項但書参照)。

 部下に残業させることを期待できるかどうかの判断にあたり、裁判所が月60時間を基準としたのは、こうした時間外労働抑制に向けられた法意を酌み取ったものなのかも知れません。

 いずれにせよ、具体的な時間数が基準として示されたことは画期的なことで、本裁判例は同種事案の処理の参考になります。

管理監督者というために必要な部下の数-全従業員の6%強・15名は多い?少ない?

1.管理監督者

 管理監督者には、労働基準法上の労働時間規制が適用されません(労働基準法41条2号)。俗に、管理職に残業代が支払われないいといわれるのは、このためです。

 残業代が支払われるのか/支払われないのかの分水嶺になることから、管理監督者への該当性は、しばしば裁判で熾烈に争われます。

 管理監督者とは、

「労働条件その他労務管理について経営者と一体的な立場にある者」

という意味であると理解されています。そして、裁判例の多くは、①事業主の経営上の決定に参画し、労務管理上の決定権限を有していること(経営者との一体性)、②自己の労働時間についての裁量を有していること(労働時間の裁量)、③管理監督者にふさわしい賃金等の待遇を得ていること(賃金等の待遇)といった要素をもとに管理監督者性を判断しています(佐々木宗啓ほか編著『類型別 労働関係訴訟の実務Ⅰ」〔青林書院、改訂版、令3〕249-250参照)。

 このうち①についていうと、スタッフ職の中に管理監督者性が認められるものがあることから明らかなとおり、部下がいることは必須の要件として位置付けられているわけではありません。とはいえ、労務管理上の決定権限の広狭を評価するにあたり、部下の数が重要な指標であることは否定できません。

 それでは、具体的にどの程度の割合・人数の部下を持っていれば、管理監督者性を肯定するにあたり十分だと判断されるのでしょうか?

 この問題を考えるにあたり参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。東京地判令元.11.7労働判例1252-83 国・川崎北労基署長(MCOR)事件です。

2.国・川崎北労基署長(MCOR)事件

 本件は労災の取消訴訟です。

 原告になったのは、自殺した労働者(亡B)の妻です。自殺に業務起因性が認められ、遺族補償年金給付・葬祭料給付が支給されたものの、給付基礎日額は亡Bが管理監督者であることを前提に決定されました。これに対し、亡Bは管理監督者ではなく、時間外勤務手当等の発生を考慮せず給付基礎日額を決定したことは違法であるとして、各処分の取消を求めて国を提訴したのが本件です。

 ここでは亡Bの管理監督者性が争点になりました。

 裁判所は亡Bの管理監督者性を否定しましたが、亡Bの所掌していた部下の数については、次のように判示しました。

(裁判所の判断)

「労基法41条2号の管理監督者とは、労務管理について経営者と一体的な立場にある労働者をいい、具体的には、当該労働者が労働時間規制の枠を超えて活動することが要請されざるを得ない重要な職務や権限を担い、責任を負っているか否か、労働時間に関する裁量を有するか否か、賃金等の面において、上記のような管理監督者の在り方にふさわしい待遇がされているか否かという三点を中心に、労働実態等を含む諸事情を総合考慮して判断すべきである。そして、ここでいう経営者と一体的な立場とは、あくまで労務管理に関してであって、使用者の経営方針や経営上の決定に関与していることは必須ではなく、当該労働者が担当する組織の範囲において、経営者が有する労務管理の権限を経営者に代わって同権限を所掌、分掌している実態がある旨をいう趣旨であることに留意すべきであり、その際には、使用者の規模、全従業員数と当該労働者の部下従業員数、当該労働者の組織規定上の業務と担当していた実際の業務の内容、労務管理上与えられた権限とその行使の実態等の事情を考慮するとともに、所掌、分掌している実態があることの裏付けとして、労働時間管理の有無、程度と賃金等の待遇をも併せて考慮するのが相当である。」

「前記認定事実のとおり、本件会社の組織は、技術本部を含む3つの本部からなり、技術本部の下に4つの技術部が置かれていたところ、亡Bは、第3技術部に設けられた新川崎オフィスの下に置かれた本件グループのマネージャであったことが認められる。このように、本件グループは技術本部の下部組織である第3技術部の中に設けられた一部署に過ぎず、所属する従業員も17名と本件会社の全従業員244名の1割に満たない人数であり、しかも、亡Bが労務管理を行っていたのは部下全員の15名であるが、業務の進行管理を行っていたのはそのうちの6名にすぎなかったものである。そうすると、亡Bは本件グループという本件会社の限定された部署内において、部下従業員の労務管理及び一部の部下従業員の業務の進行管理を行っていたにすぎないというべきである。

3.6%強・15名では足りない

 公表される裁判例には、スタッフ職の管理監督者性を議論したものが多いせいか、部下の数・全体に占める割合を正面から議論した事案が判例集に掲載されることは、それほど多くないように思われます。そうした状況の中、管理監督者を基礎付けるに足りる部下の数・総従業員に占める割合を評価するにあたり、本裁判例は大いに参考になります。

 全従業員の6%も管理していない、部下の数も15名には及ばない、そうであるにも関わらず管理監督者として処遇されている方は、決して少なくないように思われます。こうした裁判例もあるため、部下が少なく、仕事に追われている管理職の方は、残業代が支払われないことに疑問を持ったら、本当に自分が管理監督者なのかを、弁護士に相談してみても良いかも知れません。希望して頂ける場合には、当事務所で相談をお受けさせて頂くこともできます。

 

違法な懲戒処分が行われたことに対する懲戒委員会委員の個人責任

1.学長・懲戒委員会委員の個人責任

 大学に限ったことではありませんが、懲戒処分を受けた方から、懲戒委員会を構成する個々の委員に対し、違法・無効な判断をしたことに対する責任を問うことができないかという相談を受けることがあります。

 会議体の構成員に対して個人責任を問うことは、それほど簡単な問題ではありません。会議体では、議論によって結論を出すことが予定されているからです。特定の構成員個人が誤った意見を持っていたとしても、通常、不適切な意見は議論の過程で是正されることになります。そのため、不適切な意見表明をすること自体に過失があったとしても、それと会議体の不適切な意思決定との間に相当因果関係(普通その行為からその結果が生じるという関係)が認められるとは限らないからです。

 しかし、違法・無効な懲戒処分を受けた方の、懲戒処分に賛成票を投じた構成員個人の責任まで追及したいという気持ちは、決して理解できないものではありません。

 こうした問題意識を持っていたところ、近時公刊された判例集に、懲戒委員個人の責任を認めた裁判例が掲載されていました。一昨昨日、一昨日、昨日と紹介させて頂いている東京地判令2.10.15労働判例1252-56 学校法人国士舘ほか事件です。

2.学校法人国士舘ほか事件

 本件は大学教授に対する懲戒解雇・降級処分の効力が問題になった事件です。

 被告になったのは、

7学部及び大学院10研究科を有する大学(本件大学)を設置・運営している学校法人(被告法人)、

本件大学の教授・学長(被告Y1)、

本件大学の教授・学部長(被告Y2)

の三名です。

 原告になったのは、教授職の2名です(原告X2、原告X1)。

 被告Y1が訴えられたのは、懲戒委員や被告法人の理事等の立場で、原告X2や原告X1の懲戒処分等に賛成票を投じるなどいていたからです。こうした投票行為が不法行為に該当するとして、原告X2及び原告X1は、被告Y1に対し、損害賠償(慰謝料の支払い)を求める訴えを提起しました。

 これに対し、裁判所は、次のとおり述べて、Y1の責任を認めました。

(裁判所の判断)

・原告X2と関係

「教員に対する懲戒処分は被告理事会に決定権があり、学長及び理事である被告Y1の独断によりなし得るものではない。」

「しかし、被告Y1は、学長として教員の人事につき理事会に上申する権限を有するところ・・・、解雇理由①③についての原告X2に対する最初の事情聴取を自ら行い、理事らによる聴聞会の聴取に座長代行として加わり、解雇理由①~③についての懲戒委員会の委員長代行を務め、懲戒委員会の委員の一人として、解雇理由①~③について懲戒が相当である旨の答申に賛成したほか、理事の一人として、本件解雇を行う旨の理事会決議にも賛成した・・・。」

「そして、被告Y1の前記各行為により、違法な本件解雇が行われるに至ったものであり、被告Y1が、規律違反とはいえない解雇理由③を懲戒事由とし、重大とはいえない解雇理由①②をもって懲戒解雇という過大な処分を選択する意見に賛成したことについて、被告Y1には過失がある。被告Y1が、懲戒委員会や理事会の一構成員であったとの事情は、この判断を左右するものではない。

「以上より、被告Y1の前記・・・の各行為には、原告X2に対する不法行為が成立する。」

・原告X1との関係

「被告Y1は、学長として教員の人事につき理事会に上申する権限を有するところ・・・、処分理由①③についての原告X1に対する最初の事情聴取を自ら行い、理事らによる聴聞会の聴取に座長代行として加わり、処分理由①~④についての懲戒委員会の委員長代行を務め、懲戒委員会の委員の一人として、処分理由①~④について懲戒が相当である旨の答申に賛成したほか、理事の一人として、本件降等級処分を行う旨の理事会決議にも賛成した・・・。」

「そして、被告Y1の前記各行為により、違法な本件降等級処分が行われるに至ったものであり、被告Y1が、非違行為とはいえない処分理由①~③を懲戒事由とし、均衡を欠く処分理由④の一部の事実をもって懲戒として教授の地位をはく奪するという過大な処分を選択する意見に賛成したことには過失がある。

また、本件専攻主任解任及び、本件授業担当外しは、被告Y1が学長としての権限を濫用し行ったものであるから、個人としても不法行為が成立する。被告Y1は、被告法人の原告X1に対する不法行為の全てに関与しており、被告法人の責任と同等の責任を負う。

3.被告側が学長や理事の兼任者であるという特殊性はあったが・・・

 損害賠償責任の認められた被告Y1は、学長や理事を兼任しており、単なる懲戒委員会委員とは異なった地位にありました。本判決の及ぶ射程を考えるうえで、Y1がこうした特殊な地位にあったことは踏まえられておく必要があります。

 それでも、因果関係について特に詳細な判断を行うことなく不法行為責任の成立を認めたことは画期的な意義を有しているように思われます。この論理の運び方からすると、漫然と不適切に賛成票を投じさえすれば、直ちに不法行為が認められるかにも読める可能性があるように思われます。

 

大学教授の授業担当外しが違法とされた例

1.大学教授の特殊性

 一般論として、労働者には特定の仕事をさせるように請求する権利(就労請求権)までが認められているわけではありません(東京高決昭33.8.2判例タイムズ83-74参照)。

 しかし、これには幾つかの例外があります。その一つが大学教授です。大学教授には就労請求権が認められる傾向にあります(第二東京弁護士会労働問題検討委員会『2018年 労働事件ハンドブック』〔労働開発研究会、第1版、平30〕10頁参照)。

 この就労請求権との関係で、授業担当をすることの権利性が問題になった裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。昨日、一昨日とご紹介させて頂いている東京地判令2.10.15労働判例1252-56 学校法人国士舘ほか事件です。

2.学校法人国士舘ほか事件

 本件は大学教授に対する懲戒解雇・降級処分の効力が問題になった事件です。

 被告になったのは、

7学部及び大学院10研究科を有する大学(本件大学)を設置・運営している学校法人(被告法人)、

本件大学の教授・学長(被告Y1)、

本件大学の教授・学部長(被告Y2)

の三名です。

 原告になったのは、教授職にある2名です(原告X2、原告X1)。

 授業担当を外されたのは、原告X1です。

 原告X1は、被告から、

経理規程等への違反(処分理由①)、

原告X2の聴聞会における虚偽陳述(処分理由②)、

成績評価に関する権限逸脱(処分理由③)、

学生に対するハラスメント(処分理由④)

を理由に、平成29年度、平成30年度、令和元年度の授業担当を外されました(ただし、平成29年度の授業担当外しは処分理由①~③が理由)。

 これに対し、原告X1は、授業担当には合理性、正当性がないとして、被告法人らに対し、超コマ手当(5コマ以上の授業を担当する場合に支給される手当)や慰謝料を請求する訴えを提起しました。

 被告らは、

「大学教員が授業を担当することは、労働契約上の義務であって、権利としての性格はないから、教員には個別具体的な特定の授業を行うことを求める権利はない。」

などと原告X1の主張を争いました。

 しかし、裁判所は、次のとおり述べて、原告の請求を認めました。

(裁判所の判断)

・超コマ手当の請求について

「学校教育法は、学長は校務をつかさどり(92条3項)、教授会は、教育研究に関する重要な事項で、教授会の意見を聴くことが必要なものとして学長が定めるものについて、意見を述べるものと定める(93条3項)。そして、本件大学の学則は、学校教育法の前記規定と同旨の定めを置き・・・、本件大学の学長は、要綱において『教育課程の編成に関する事項』を教授会の意見を聴くことが必要なものとして定めている・・・。」

「したがって、本件大学においては、学長が教育課程の編成について決定する権限を有し、授業担当の決定もこれに含まれるから、学長が授業担当を決定する権限を有すると認められる。」

「もっとも、大学は、学術の中心として広く知識を授け、深く専門の学芸を教授研究し、知的道徳的及び応用的能力を展開するため教育研究を行い、その成果を広く社会に提供するのが目的であり(教育基本法7条、学校教育法83条)、大学の専任教員にとって、授業を担当することは、広く知識を授け、深く専門の学問を教授研究するために不可欠であるといえるから、大学の専任教員にとっての授業担当は、労働契約上の義務にとどまらず、権利でもあると解するのが相当である。

したがって、学長が、教育課程の編成を決定するに際し、大学の専任教員の授業担当の権利を制限するためには、これを正当とするだけの合理的理由が必要であり、このような合理的理由が認められない場合には、当該授業担当の権利の制限は、権利濫用として無効となるというべきである。

「前記・・・のとおり、大学の専任教員が学生に教授することは、義務であるとともに権利でもあると解されるが、具体的にどの授業をどの教員が担当するかは、教育課程(カリキュラム)編成の決定によって初めて定まることからすれば、大学教員が特定の授業を担当する具体的権利は、教育課程の編成が決定して初めて発生するというべきである。」

「平成29年度は、原告X1が別紙2「授業目録」の6.5コマの授業を担当することが決定していたから・・・、原告X1は、平成29年度に当該授業を担当する具体的権利を有していたと認められる。一方、平成30年度以降については、原告X1が授業を担当する旨の教育課程の編成は決定していないから、原告X1が授業を担当する具体的権利は発生していない。したがって、平成30年度以降の授業担当外しが無効であるか否かにかかわらず、同年度以降の超コマ手当の支払を請求することはできない。」

「以下、平成29年度の授業担当外しの有効性について検討する。」

被告法人は、処分理由①~③を理由として、平成29年度授業担当外しをした旨主張するが、処分理由①~③が、事実として認められず、教員規則20条の懲戒事由にならないことは、前記5で判断したとおりである。したがって、平成29年度授業担当外しには、合理的理由はなく、原告X1の大学教員としての授業担当の権利を不当に制約するものであり、権利の濫用として無効である。

「以上によれば、原告X1は、被告法人に対し、平成29年5月から平成30年3月までの超コマ手当として月額8000円の支払請求権を有する。他方、同年4月以降の超コマ手当の支払請求権は認められない。」

・不法行為(慰謝料の発生原因)の成立について

平成29年度授業担当外しは、合理的理由はなく、原告X1の大学教員として授業する権利を不当に制約するものであるから、不法行為上も違法であり、このような措置をとったことにつき過失もあると認められ、不法行為が成立する。

平成30年度から令和2年度までの授業担当外しについては、処分理由④につき、前記・・・のとおり一部の懲戒事由が認められるものの、その事実は、前記・・・のとおり、留年した特定の学生に対する卒論指導において、人格否定的な不適切な言動があったということであり、対象となった学生に与えた精神的苦痛は大きいものであるが、対象となった学生においても指導を要する行動があったものであり、原告X1の学生に対する指導一般に問題があったとまでは直ちにいえないこと、学生に対する指導方法については改善の機会を与えることが相当であり、全ての授業担当から外す必要はないことからすれば、大学の教員として授業を担当する権利の過度な制約であって、合理的理由があったとは認められない。学長としてこのような判断を行ったことは、不法行為上も違法なものであり、過度な制約を選択したことについて過失もあると認められ、不法行為が成立する。

3.授業担当外しの相談

 その地位の特殊性について過去何度か記事を書いてきたこともあり、大学教員の方から法律相談の申込みを受けることは少なくありません。

 そうした個人的経験の範疇で言うと、不正行為やハラスメントの疑惑をかけられて授業担当を外されたという相談は、定期的に寄せられています。大学当局による一方的な授業担当外しに理不尽さを感じている大学教員の方は、少なくないのではないかと推測しています。

 具体的権利性が認められるかどうかには議論がありますが、合理的理由のない授業担当外しは、損害賠償請求等の形をとって法的に争うことが可能です。授業担当を外されたことに納得のできない方は、裁判所で争うことを検討してみてもいいのではないかと思います。