弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

黙示の職種限定合意が認められる職業類型-大学教授(薬学部教授)

1.職種限定合意

 職種限定の合意とは、
「労働契約において、労働者を一定の職種に限定して配置する(したがって、当該職種以外の職種には一切つかせない)旨の使用者と労働者との合意」(佐々木宗啓ほか編著『類型別 労働関係訴訟の実務』〔青林書院、初版、平29〕203頁参照)
をいいます。

 使用者には広範な配転命令権が認められています(最二小判昭61.7.14労働判例477-6 東亜ペイント事件)。そのため、不本意な異動を命じられたとしても、配転命令権の濫用を理由に、その効力を争える場面は、かなり限定的です。

 しかし、職種限定の合意を導くことができれば、東亜ペイント事件の枠組みに依拠しなくても、不本意な異動の効力を争うことができます。

 職種限定の合意は、明示的なものだけではなく、黙示的ものが成立していることもあります。そして、「医師、看護師、ボイラー技士などの特殊の技術、技能、資格を有する者については職種の限定があるのが普通」(菅野和夫『労働法』〔弘文堂、令元、第12版〕729頁参照)であると理解されています。

 それでは、医師、看護師、ボイラー技士のほか、特殊の技術等を有しているとして、職種限定の合意が認められやすい職業には、どのようなものがあるのでしょうか?

 近時公刊された判例集に、大学教授(薬学部教授)について、黙示の職種限定の合意が認められた裁判例が掲載されていました。宇都宮地決令2.12.10労働判例1240-23 学校法人国際医療福祉大学(仮処分)事件です。

2.学校法人国際医療福祉大学(仮処分)事件です。

 本件は配転命令の効力が争点となった仮処分事件です。

 本件で債務者になったのは、国際医療福祉大学を開学した学校法人です。債務者は、同大学の附属病院として、A病院も設置していました。

 債権者になったのは、債務者との間で、「国際医療福祉大学薬学部教授及びA病院薬剤部長」として有期雇用契約を締結していた方です。従業員等に対してハラスメントを行ったとして、債務者から薬学部教授等の地位を解任されたうえ、国際医療福祉大学病院において勤務することを命じられました(本件配転命令)。これに対し、本件配転命令の無効を主張して、薬学部教授の地位にあることを仮に定める処分を求める申立を行ったのが本件です。

 この事件では、本件配転命令が、職種限定合意との関係で許されないのではないかが争点の一つになりました。

 裁判所は、次のとおり述べて、黙示の職種限定合意の成立を認定しました。

(裁判所の判断)

「本件職種限定合意とは、債権者の職種(職位)を薬学部教授の地位に限定し、当該職種以外に債権者を異動させないことを内容とする合意をいうが、前記のとおり、本件雇用契約書においてはもとより、債務者の就業規則(職員・教員)のほか、債権者に対する募集内容や内定通知書の記載内容等によっても、債権者の職種(職位)を薬学部教授に限定することを定めた明文の規定は認められず、その他、採用時及びその後の交渉経過において明示的に上記職種限定合意が取り交わされた形跡もうかがわれないのであるから、明示の合意により本件職種限定合意が成立したとは一応も認められない。

「もっとも、本件職種限定合意は黙示の合意による成立を否定するものではないから、以下、この点につき検討する。」

「前記・・・のとおり、債権者は債務者に薬学部教授として採用されたものであるところ、このような一定の専門性を有する職種(職位)にある者については、採用時及び採用後の交渉経緯、他の職員の雇用・採用条件との相違、職務遂行において求められる職務・資格・技能等の専門性・特殊性の内容・程度等を総合考慮の上、当該労働者の専門技術性等が労働契約締結及びその後の職務遂行過程において不可欠の前提条件とされており、他職種への不異動が想定されていたか否かという観点を踏まえ、黙示の本件職種限定合意の成否を判定すべきものと解される。」

「前記・・・において一応認定したとおり、

(ア)債務者においては、そのホームページ上、他の職員とは別に、『教職員採用情報』という独自のページを作成した上、その募集要項において募集職位を『薬学部教授、准薬学部教授、講師、助教、助手』と定め、そのうち薬学部教授と准教授については応募資格を『博士号を有する者』であって『実務経験を有する者』を条件としているほか、エントリーシートや履歴書において、それまでの大学・大学院等における教育経験、免許・資格、職歴、学会等における活動歴や賞罰等の詳細を記載した書面の提出を求めたこと、また、

(イ)債務者は、平成30年12月、薬学部のある各大学の学部長及び各病院長に対し、A病院のオープンに向けた医療スタッフの更なる充実を図ることを目的として『Y1大学A病院 薬剤部責任者・役職者等の公募について』と題する公募文書を送付し、A病院の薬剤部責任者、役職者として勤務しながら、債務者の医学部若しくは薬学部の教員を兼務することができる人材を募集したこと、そして

(ウ)これら債務者の公募活動等を受け、債権者は、債務者に対し、現職、専門分野、薬物動態学・毒性学、臨床薬理学、薬物性腎障害、臨床施設での臨床経験及び大学・大学院等での教育経験、希望学部・学科等などを記載した平成31年1月1日付け『Y1大学 専任教員応募エントリーシート』を作成した上、学歴、学位(博士(薬学))、職歴、学会活動等を記載した『履歴書(専任教員)』(平成31年1月1日現在のもの)及びこれまでに債権者が執筆した論文等、取得した特許、担当した講演、国際会議等(106件)及び競争的資金の獲得状況を記載した『業績目録』(平成31年1月1日現在のもの)を提出したこと、そうしたところ、

(エ)債務者は、平成31年3月13日付けで、債権者に対し、『Y1大学A病院薬剤部長兼Y1大学 教授』として採用することが内定したことを伝え、その任用条件として、『所属:Y1大学 A病院兼薬学部薬学』、『職位:薬剤部長および教授』、『職務:上記職位に付随する業務』、『任用:任期付専任教員』などの記載がある書面を交付したこと、そして

(オ)債権者は、令和元年7月1日、上記の任用条件により、債務者との間で雇用契約を締結し、平成31年度において、臨床薬学Ⅲの授業を1回担当し、論文を16本、著書を1冊それぞれ執筆したほか、公的研究費を1件支給され、また、22の学会において発表を行い、その後、令和2年4月1日から翌年3月末までを期間として本件雇用契約を更新し、令和2年度においては、研究助成金を3件獲得したこと

が一応認められるから、これらの事情を合わせ考慮すると、学位(薬学博士号)に示された債権者の薬学に関する専門的・学術的知見等は、本件雇用契約の締結及びその後の職務遂行過程において不可欠の前提条件とされていたものということができ、債務者は、かかる債権者の専門性・学術性の高さに着目した上、債権者は余人をもっては容易に代えがたい人材として本件各雇用契約を締結し、『薬学部教授』としての職位を付与したものであって、その地位(職位)は他の職種(例えば薬剤師)との間に互換性を有しないものとみるのが合理的である。

「前記・・・によれば、①本件雇用契約上、債権者は薬学部教授のほかに薬剤部長としての職務遂行が求められており、②債務者の就業規則(教員)が債務者の教員につき職種を限定する規定を置いていないことからみて、本件雇用契約上、債権者の他職種(特に薬剤師)への異動も一応想定されているようにもみえる。」

「しかし、債務者は、上記のとおり、A病院の開設に先立って、薬剤部の責任者と薬学部の教職とを兼任できる者に絞って公募していたのであるから、債務者においては、新たに開設する病院の薬剤部を運営する能力のみならず、債務者において開設している大学において、学生の指導をする能力を兼ね備えた者を採用することを念頭に置いていたものであって、それに応じ、債権者は債務者に応募したものとみるのが自然である。そうすると、本件各雇用契約の締結やその後の職務遂行過程において、債権者は、薬剤部の管理者のほか、薬学部教授として研究・教育活動を行うことが想定されていたものというべきであるから、職位の一つとして『薬剤部長』の肩書きが付与され、薬剤師の資格を有することが望ましいとされていることは、薬学部教授の地位につき職種限定合意を認定する妨げとはならない。」

「むしろ、債務者においては、教職員、医師、医師を除いた看護師や薬剤師等の専門職職員、その他の事務職員について、その採用手続、労働条件がそれぞれ別個に定められ、適用される就業規則も異なること、教職員である薬学部教授が締結する雇用契約は、薬剤師とは異なり1年間の任期付きの労働契約であって、その各更新に当たっては、当該教員の教育・研究に関する勤務評定、当該業務の必要性及び大学の経営状況その他諸般の事情を総合的に勘案し判断するものとされるほか、大学教育の質を上げるため、人事評価の一環として、『教育研究活動報告書』の作成・提出を求めている一方、学長、副学長、学部長、副学部長らから構成される薬学部教授会の一員として債務者の学則が規定する組織の中でも格別の地位が付与されていること、そして、平成28年から本件配転命令時までの間、債務者のY1大学薬学部においては、教職員からその他の職種に配置換えされた者はいないことなどの事情を合わせ考慮すると、債務者においては組織として『薬学部長』の職位にある者を他職種に異動させることは想定されていなかったものとみるのが自然である。」

「以上の検討結果によれば、本件各雇用契約の締結及びその後の職務遂行において、債権者が有する薬学に関する専門的・学術的知見等は不可欠の前提条件とされており、かつ、債務者においては組織として『薬学部教授』の他職種への異動は想定していなかったものというべきであるから、一応、債権者と債務者との間には黙示の合意による本件職種限定合意が成立していたものと認められる。

3.大学教授の特殊性

 大学教授には、就労請求権が認められやすいなど、通常の労働契約にはない種々の特殊性があります。今回、黙示の職種限定合意が認められたことも、その法的地位の独特さを物語っています。

 個人的な経験に照らすと、大学は、組織が巨大である割に、適切な人事労務管理がなされていないことが珍しくないように思います。普通の労働契約では使えないような法律構成が使える場合もあるため、労働問題で困ったときには、適切な知見のある弁護士に面談で相談してみることを推奨します。

 

長年慣れ親しんだ業務からのキャリアを無視した配転

1.キャリアを無視した配転命令

 長年同系統の業務に従事していたにもかかわらず、突然畑違いの部署への配転を命じられたと相談を受けることがあります。その仕事でキャリアを築き上げてきたという誇りを傷つけられたという気持ちや、新たな仕事を一から覚えなければならない不安から、こうした配転命令の効力を争いたいという方は、決して少なくありません。

 しかし、配転命令の効力を争うことは、残念ながら容易ではありません。

 配転命令を争うための法律構成としては、大きく言って、

職種限定の合意を主張するパターン、

権利濫用を主張するパターン、

の二通りが考えられます。

 しかし、職種を限定として会社から雇用される方は、まだまだ少ないのが実情です。そして、単に長年同系統の仕事に従事していたというだけで、職種限定の合意が認められることは、あまりありません。

 争うのが容易でなことは、権利濫用を主張するパターンでも同様です。

 配転命令権の濫用と認められるか否かの判断枠組みに関して、最高裁は、

「使用者は業務上の必要に応じ、その裁量により労働者の勤務場所を決定することができるものというべきであるが、転勤、特に転居を伴う転勤は、一般に、労働者の生活関係に少なからぬ影響を与えずにはおかないから、使用者の転勤命令権は無制約に行使することができるものではなく、これを濫用することの許されないことはいうまでもないところ、当該転勤命令につき業務上の必要性が存しない場合又は業務上の必要性が存する場合であつても、当該転勤命令が他の不当な動機・目的をもつてなされたものであるとき若しくは労働者に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであるとき等、特段の事情の存する場合でない限りは、当該転勤命令は権利の濫用になるものではないというべきである。」

と判示しています(最二小判昭61.7.14労働判例477-6 東亜ペイント事件)。

 これによると、

① 業務上の必要性がない場合、

② 業務上の必要性があっても、他の不当な動機・目的のもとでなされたとき、

③ 業務上の必要性があっても、著しい不利益を受ける場合、

に配転命令は権利濫用として無効になります。

 しかし、「業務上の必要性」に関しては、

「当該転勤先への異動が余人をもつては容易に替え難いといつた高度の必要性に限定することは相当でなく、労働力の適正配置、業務の能率増進、労働者の能力開発、勤務意欲の高揚、業務運営の円滑化など企業の合理的運営に寄与する点が認められる限りは、業務上の必要性の存在を肯定すべきである。」

と極めて緩やかに理解されています(前掲・東亜ペイント事件)。

 そのため、①の業務上の必要性が否定される場面は、極めて限定的されています。

 また、②の不当な動機・目的といった主観的意図の立証は、秘匿されることが多いこともあり、一般論として決して容易ではありません。

 ③についても、単なる不利益では足りず、「著しい」不利益が必要だと理解されていることが高いハードルになっています。元々、典型的な日本型雇用が配転を繰り返す仕組みであることから、慣れ親しんだ仕事から未経験の業務に移されたというだけでは、不利益性が「著しい」というレベルにまで振れにくいのです。

 したがって、どれだけキャリアを無視した配転命令であったとしても、実務上、配転命令が無効になるケースを目にすることは、あまりありませんでした。

 しかし、近時公刊された判例集に、キャリアを無視した配転命令の効力を争うにあたり、注目すべき裁判例が掲載されていました。名古屋高判令3.1.20労働判例1240-5 安藤運輸事件です。

2.安藤運輸事件

 本件で被告・控訴人になったのは、一般貨物自動車運送事業等を目的とする株式会社です。

 原告・被控訴人になったのは、昭和39年7月生まれの男性であり、運送業を営む会社に勤務し、配車業務や運行管理業務に従事してきた方です。平成12年には運行管理者の資格を取得しています。被告には、平成27年10月15日付けで雇用契約を締結し、配転命令を受けるまでは、運行管理業務・配車業務に従事していました。

 しかし、平成29年5月30日、被告は、原告に対し、配転命令権を行使して、本社倉庫部門での勤務を命令しました(本件配転命令)。これに対し、本件配転命令の効力を争い、原告が本社倉庫部門に勤務する雇用契約上の義務の不存在確認を求めて提訴したのが本件です。

 一審裁判所(名古屋地判令元.11.12)は、次のとおり述べて、配転命令の効力を否定しました。

(一審裁判所の判断)

「原告と被告との間において、原告を運行管理業務以外の職種には一切就かせないという趣旨の職種限定の合意が明示又は黙示に成立したことは認められない。」

「もっとも、原告が被告に採用されるに至った経緯をみると、被告において運行管理業務や配車業務を行える人材が不足していたため、これらの担当者を求人していたものであり、求人票・・・にも『必要な経験等』欄に『不問(経験者優遇)』、『求人条件特記事項』欄に『入社後、運行管理者の資格を取得していただきます』との記載がある。そうすると、原告は、運行管理者の資格を取得し、複数の会社で運行管理業務や配車業務の経験を有していたところ、これらを被告に見込まれ、運行管理業務や配車業務を担当すべき者として中途採用されたことは明らかである。」

「また、第1回面接時に、原告は、面接を担当した被告の総務課長から、前の会社を辞めた理由を尋ねられ、配車業務・運行管理業務をしたかったが、配車業務から夜間点呼業務に異動させられたためと説明をしたところ、同課長から夜間点呼業務に異動させることはないとの説明を受けている。」

「実際、原告は、採用後、直ぐに運行管理者に選任され、運行管理業務や配車業務を担当し、さらに、3か月弱で統括運行管理者に選任されている。」

「これらによれば、原告が被告において運行管理者の資格を活かし、運行管理業務や配車業務に当たっていくことができるとする期待は、合理的なものであり、法的保護に値するといわなければならない。そうすると、被告において、配転に当たっては、原告のこのような期待に対して相応の配慮が求められるものといわなければならない。」

(中略)

「第1、第2倉庫の現場作業は基本的にY1倉庫の従業員が担当していること、本件配転命令時に想定されていた倉庫部門の業務内容の範囲が不明瞭であること、第2倉庫の新設を踏まえても倉庫業務の業務量はさほどではないことがうかがわれること、原告の職歴からして原告の能力・経験が倉庫業務に活きるとは考えにくく、他に適性があると思料される者も存在したこと等によれば、人員増員の必要性及び適性のいずれの観点においても原告を配転しなければならない必要性は高いものではなかったと評価できる。

(中略)

「確かに、本件配転命令によって、原告はこれまで毎月1、2万円は支給されていた休日手当を受けることができなくなったものの、賃金の引き下げ自体はないこと、勤務地も従前の名四車庫から約4km離れた本社への変更となったにすぎないこと・・・は、被告の主張するとおりであり、経済的・生活上の有意な不利益が生じたとはいえない。」

しかしながら、本件配転命令の配転先である倉庫部門における業務内容は、原告が有する運行管理者として運行管理業務及び配車業務に携わり、培ってきた能力・経験を活かすことができるという前記の原告の期待に大きく反するものである。前記・・・のとおり、被告から原告に対し、新規顧客開拓の営業業務が命じられている点や本件配転命令時に想定されていた倉庫業務の業務内容の範囲が不明瞭であり、今後、被告から原告に対して慣れない肉体労働の側面を有する本件デバンニング作業等の作業や現場作業を命じられる可能性が十分にあることも看過できない。

これらによれば、本件配転命令は、原告に対し、通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものといえる。

「以上の検討によれば、本件配転命令は、業務上の必要性が高くないにもかかわらず、被告において、運行管理者の資格を活かし、運行管理業務や配車業務に当たっていくことができるとする原告の期待に配慮せず、その能力・経験を活かすことのできない業務に漫然と配転したものであり、通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものといわざるを得ない。これによれば、本件配転命令は、権利の濫用に当たり無効と評価するのが相当である。」

 これに対して、被告側が控訴したのが本件です。

 二審判決は、次のとおり文言の微調整を行ったほか、一審判決の上記判示を維持しました。赤色の部分が改め文によって修正された部分です。

(二審裁判所の判断)

「これらによれば、原告が被告において運行管理者の資格を活かし、運行管理業務や配車業務に当たっていくことができるとする期待は、合理的なものであって、単なる被控訴人の一方的な期待等にとどまるものではなく、控訴人との関係において法的保護に値するものといわなければならない。そうすると、被告において、配転に当たっては、原告のこのような期待に対して相応の配慮が求められるものといわなければならない。」

(中略)

「しかしながら、本件配転命令の配転先である倉庫部門における業務内容は、原告が有する運行管理者として運行管理業務及び配車業務に携わり、培ってきた能力・経験を活かすことができるという前記の原告の期待に大きく反するものである。前記・・・のとおり、被告から原告に対し、新規顧客開拓の営業業務が命じられている点や、前記・・・のとおり、本件配転命令時に想定されていた倉庫業務の業務内容の範囲が不明瞭であり、今後、被告から原告に対して慣れない肉体労働の側面を有する本件デバンニング作業等の作業や現場作業を命じられる可能性が十分にあることも看過できない。」

上記の事情に、前記・・・のとおり、控訴人を倉庫部門に配転しなければならない必要性があったとしても高いものではなく、かつ運行管理業務及び配車業務から排除するまでの必要性はなかったことを併せ考慮すると、本件配転命令は、原告に対し、通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものといえる。」

以上の検討によれば、本件配転命令は、そもそも業務上の必要性がなかったか、仮に業務上の必要性があったとしても高いものではなく、かつ、運行管理業務及び配車業務から排除するまでの必要性もない状況の中で、控訴人において、運行管理者の資格を活かし、運行管理業務や配車業務に当たっていくことができるとする被控訴人の期待に大きく反し、その能力・経験を活かすことのできない倉庫業務に漫然と配転し、被控訴人に通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせたものであるから、本件配転命令は、権利の濫用に当たり無効と解するのが相当である。

3.キャリアを無視した配転に対抗するための根拠

 本件は、職種限定合意が認められない場合においても、労働者が積み重ねてきたキャリアの積み重ねに向けた期待を法的保護に値するものと判示しました。そして、これを東亜ペイント事件の判断枠組みに取り込むことによって、労働者の保護を図りました。

 この判断はかなり画期的なもので、配転命令の効力を争うことが容易でなかった労働者側にとって重要な先例となる可能性を持っています。

 依然として勝ちにくい類型であろうことは否定できませんが、今後、キャリア形成の観点からあまりに酷な配転を告げられた方は、本裁判例を根拠に、その効力を争って行くことが考えられます。

 

アカデミックハラスメント-論文の共著者からの除外

1.アカデミックハラスメント(アカハラ)

 大学等の養育・研究の場で生じるハラスメントを、アカデミックハラスメント(アカハラ)といいます。

 セクシュアルハラスメントに関しては、平成18年10月11日 厚生労働省告示第615号「事業主が職場における性的な言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」(最終改正:令和2年1月15日 厚生労働省告示第6号)が概念定義や類型化を行っています。

https://www.mhlw.go.jp/content/000643869.pdf

 マタニティハラスメントに関しては、「妊娠、出産等に関するハラスメント」として、平成28年8月2日 厚生労働省告示第312号「事業主が職場における妊娠、出産等に関する言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」(最終改正:令和2年1月15日 厚生労働省告示第6号)が概念定義や類型化を行っています。

https://www.mhlw.go.jp/content/000643875.pdf

 パワーハラスメントに関しては、令和2年1月15日 厚生労働省告示第5号「事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」が概念定義や類型化を行っています。

https://www.mhlw.go.jp/content/11900000/000584512.pdf

 しかし、アカデミックハラスメントに関しては、これを直接規制する法令が存在しません。法律用語として定義が設けられているわけでもなければ、法令による類型化が試みられているわけでもありません。そのため、社会的実体として存在していることは分かるものの、法令上の根拠のあるハラスメントの類型に比して、何をどこまでやれば違法になるのかが、分かりにくいという特徴があります。

 曖昧な部分が大きいことから、違法性が認められる行為類型に関心を持っていたところ、近時公刊された判例集に、論文の共著者からの除外に不法行為法(国家賠償法)上の違法性を認めた裁判例が掲載されていました。名古屋地判令2.12.17労働判例ジャーナル110-48 東海国立大学機構事件です。

2.東海国立大学機構事件

 本件で被告になったのは、名古屋大学を設置及び運営している国立大学法人(被告機構)と原告の指導教員(被告P3)です。

 原告になったのは、平成24年4月から平成28年3月まで名古屋大学医学系研究科の博士課程に在籍していた方です。平成28年3月に博士課程を満期退学した後も、客員研究員としての在籍を継続していました。指導教員である被告P3からいわゆるアカデミックハラスメントを受けたとして、被告機構らに損害賠償(国家賠償)を求める訴えを提起したのが本件です。

 原告からアカデミックハラスメントとして問題視された行為は多数に上りますが、その中の一つに、論文の共著者からの除外がありました。

 原告が所属していた被告P3の統括するグループは、平成28年4月頃に、P5を筆頭著者とする論文(本件論文)を発表しました。本件論文には、草稿段階では共著者として原告の氏名が挙げられていましたが、正式に発表された論文の共著者からは原告の氏名が除外されていました。

 このことについて、原告は、

「被告P3が原告を本件論文の共著者から除外したのは、原告を疎ましく思っていたからであり、原告に対する嫌がらせの意図でされたもので、違法である。」

と主張しました。

 これに対し、被告機構らは、

「本件論文は、草稿段階では原告の提供する実験データが使用されていたが、その後に査読者から指摘を受けて、大きな改変及び追加の実験が必要となり、他の大学院生の協力の下で作成し直したものである。被告P3は、オーサーシップに関する考え方に基づいて、原告は共著者から外れるという判断をしたにすぎず、原告に対する嫌がらせ等の意図はなかった。」

と反論しました。

 しかし、裁判所は、次のとおり述べて、被告P3の措置に違法性を認めました。

(裁判所の判断)

「いわゆるアカデミックハラスメントとは、研究及び教育機関における教員等の優位な立場にある者から学生等の劣位な立場にある者に対してされる、ハラスメント行為の一つであり、ハラスメントの受け手である学生等の人格権等の権利利益の侵害になり得るものであるが、他方で、学生等に対する教育上の見地から、教員等には研究教育上の一定の裁量が認められるところであり、教員等の学生等に対する言動が不法行為法上の違法行為に該当するかは、両当事者の立場及びその優劣の程度のほか、当該行為の目的や動機経緯、立場ないし職務権限等の濫用の有無、方法及び程度、当該行為の内容及び態様並びに相手方の侵害された権利利益の種類や性質、侵害の内容及び程度等の諸事情を考慮して、当該行為が教員等の学生等に対する研究教育上の指導として合理的な範囲を超えて、社会的相当性を欠く行為といえるかどうかにより判断するのが相当と解される。このことは、大学院の博士課程に在籍する大学院生であっても、博士課程修了後の客員研究員として在籍する者であっても変わらないと解される。

(中略)

「本件論文の共著者としては、草稿段階では原告を含む11名とされていたが、最終稿では、責任著者である被告P3の判断により草稿段階の共著者から原告のみが除外され、新たに本件グループの2名が共著者に追加されており、本件グループのメンバーは原告を除き全員が共著者となったことが認められる。」

「被告P3は、上記共著者の変更について、草稿段階では原告の提供する実験データが使用されていたが、その後に査読者から指摘を受けて、大きな改変及び追加の実験が必要となり、他の大学院生の協力の下で作成し直したものであり、オーサーシップに関する考え方に基づいて、原告は共著者から外れるという判断をしたと主張し、その旨の供述等をしている・・・。」

「被告P3が主張するオーサーシップに関しては、医学雑誌編集者国際委員会の作成したガイドライン(以下「本件ガイドライン」という。)によれば、生物医学雑誌への投稿論文に著者として氏名が掲載されるには、

〔1〕研究の構想・立案、データの収集、あるいはデータの解析及び解析結果の解釈のいずれかに実質的に貢献していること、

〔2〕論文の原稿を書くか、その論文の内容にかかわる極めて重要な構成・改訂作業に関わっていること、

〔3〕掲載される最終版の原稿の中身を理解し、承認していること、

〔4〕論文のあらゆる側面について、論文の正確性・真正性に疑義が寄せられたときに適切に説明することができること

の4つの条件をすべて満たすことが必要とされている・・・。被告P3も、本件ガイドラインを参照して本件論文の共著者を決定したとしていることから、原告を共著者から外したのは、草稿段階からの改変の結果、データの収集等に実質的に貢献しているとは認められなくなったと判断したものと解される。確かに、本件論文が発表された平成28年4月頃は、原告が本件研究科の博士課程を満期退学した時期で、原告は本件論文の改変作業等には加わっていなかったと認められる・・・。しかし、改変作業等に原告を除く他の共著者全員が関与していたとは考え難い。また、本件論文の最終稿においても、原告が実験したデータが相当数使用されている・・・。これらの点からすると、本件ガイドラインに従えば、最終稿においても原告を共著者とするのが相当であり、被告P3の上記判断は相当性に欠けるものであるただし、原告が主張するように、被告P3が、原告に対する嫌がらせ目的で共著者から除外したとまで認めるに足りる証拠はない。)。」

「加えて、研究者にとって、論文の共著者に名を連ねることは、自らの研究実績を示すものとして重要な事柄であり、責任著者の判断で、草稿段階で共著者となっていた者を最終稿で共著者から外すのであれば、責任著者は、該当者に対し、その事情を説明することが必要であると解されるところ、被告P3は、原告の指導教員でありながら、原告に対して何らの説明をすることなく、最終稿において原告を共著者から除外した・・・。

「上記検討からすれば、被告P3は、相当な理由がなく原告を共著者から除外し、かつ、共著者から除外する理由を原告に対して説明することなく、自己の一方的な判断で原告を共著者から除外しており、原告が実験を行い、本件論文の作成に関与、貢献したことを正当に評価されることを妨害したと評価される。被告P3は、共著者からの除外を原告に対する嫌がらせ目的で行ったとまで認められないものの、自己が原告の指導教員として優位的な立場にあることから、原告の立場に配慮をすることなく、研究者として重要な共著者として名を連ねる機会を一方的に奪ったと言わざるを得ず、指導としての合理的な範囲を超えて、社会的相当性を逸脱した違法行為に該当する。

(中略)

「原告が本件論文の共著者から除外されたことによって精神的苦痛を受けたことが認められる。本件において認められる事情を総合評価すれば、上記苦痛を慰謝するためには10万円を要すると認めるのが相当である。」

「原告は、学費相当額及び再現実験費用を損害として主張しているが、本件論文の共著者から除外されたことによって発生した損害とは認められない。」

3.嫌がらせ目的は不要/共著者からの一方的な除外は違法

 本件裁判例は、二つの点で重要な示唆を含んでいるように思います。

 一つ目は、違法性の認定に、嫌がらせ目的までは必要ないと判示されている点です。本件の共著者からの除外には、嫌がらせ目的で行われたとまでは認定されていません。それでも、裁判所は、被告P3の行為に違法性を認めました。

 二つ目は、論文の共著者からの除外という行為に違法性が認められた点です。論文の共著者に名を連ねることを被侵害利益(法的に保護に値する利益)として承認したうえ、裁判所はガイドラインからの逸脱という行為の客観面に注目し除外行為を違法だと判示しました。こうした判断は、今後、同種事案の審理において、参照されて行く可能性があります。

 慰謝料額は低額に留まっているものの、不明確な部分が多いアカデミックハラスメントが問題となる事件において、本件は先例として重要な意義を有する裁判例になって行くのではないかと思われます。

 

配送業務従事者の労働者性が問題になった事案

1.フリーランスの法律問題

 第二東京弁護士会では、フリーランス・トラブル110番という事業を行い、フリーランスの方からの法律相談に応じています。

フリーランス・トラブル110番

 法律相談は多数の弁護士が持ち回りで担当しています。私も相談担当弁護士の一人として、フリーランスの方からの法律相談を受けています。

 相談を担当・集計していて思うことの一つに、配送業者の方からの相談の多さを挙げることができます。業務委託料が安すぎる、休めない、契約を切られた、交通事故を起こして多額の損害賠償を請求された、途中解約に多額の違約金の定めがあって辞めたくても辞められないなど、相談の内容は多岐に渡ります。

 こうした悩みは、労働者性を主張することができれば、一定程度解決します。

 例えば、最低賃金を割るような水準の業務委託料が設定されていることに対しては、最低賃金法の適用を主張することが考えられます。休めないという問題に対しては、労働基準法34条(休憩)、35条(休日)、39条(年次有給休暇)の適用が考えられます。契約を切られたことに対しては、労働契約法16条(解雇)の適用が考えられます。損害賠償請求に対しては、使用者から労働者への損害賠償を一定の限度に制限する判例法理の適用が考えられます。退職に伴う違約金の定めに関しては、労働基準法16条(賠償予定の禁止)の適用が考えられます。

 このように雇用類似の働き方をしている人の保護を考えるにあたっては、労働法を適用することができるのかが重要な意味を持っています。

 こうした観点から、配送業務従事者の労働者性に対して強い関心を持っていたところ、近時公刊された判例集に、この点が争われた裁判例が掲載されていました。東京地判令2.11.24労働判例ジャーナル110-42 ロジクエスト事件です。

2.ロジクエスト事件

 本件は一審簡裁の控訴審事件です。

 原告・控訴人になったのは、業務委託契約書を交わしたうえ、被告・被控訴人から依頼を受けて配送業務に従事していた方です。労働者であるにもかかわらず、被告・被控訴人から違法に解雇されたなどと主張して、損害賠償を求める訴訟を提起しました。

 一審裁判所が請求を全部棄却する判決を言い渡したことを受け、これを不服とした原告が控訴したのが本件です。

 本件の主な争点は、労働法を適用する前提となる労働者性を原告・控訴人に認めることができるのかでした。

 原告・控訴人は、

「〔1〕本件会社の求人広告に「手取り保障」や「交通費の支給」、本件会社のホームページに1日6時間から、日曜祝日手当有りとの記載があること、

〔2〕日曜日、祝日は1100円の時給が加算されていること、

〔3〕土日のみ働くとの内容のシフト表を提出した際、週3日は働かなければならないと言われ、週3日働くとのシフト表を提出し直さなければならなかったこと、

〔4〕本件契約書には、業務委託を遂行するに当たり、本件会社所有のエコキャリーバック、エコキャリーカート、ユニフォームを借り受け使用するとの記載があること、

〔5〕本件会社から、配達先に対し電車で配送していると言わない旨、また、髭を生やしてはいけない、身だしなみを改善しなければならない旨指導されていたこと

などからすれば、本件契約は、労働契約に当たる。」

と主張し、自らの労働者性を主張しました。

 しかし、裁判所は、次のとおり述べて、原告・控訴人の主張を排し、その労働者性を否定しました。

(裁判所の判断)

 「控訴人は、・・・本件契約が労働契約に当たる旨主張する。」

「しかし、本件契約は、配送業務に関する基本契約であり、個別の配送業務については、本件会社が業務があれば発注することとなっており、控訴人にその発注についての諾否の自由があるものと認められる・・・。控訴人は、週3日働く旨のシフト表を提出し直さなければならなかったと主張するが、これを裏付ける証拠はないし、仮に控訴人が週3日働く旨のシフト表を本件会社の要望に応じて提出し直したことがあったとしても、もともとの募集が週3日以上を前提としていたこと・・・に照らせば、これをもって控訴人の諾否の自由がないとは直ちにいえない。」

「また、本件契約において、控訴人は、業務の遂行に当たり、本件業務の性質上最低限必要な指示以外は、業務遂行方法等について裁量を有し自ら決定することができることとされている・・・。そして、控訴人は、配送業務の遂行に当たり、本件会社の社名やロゴが入ったエコキャリーバック、エコキャリーカート、ユニフォームを使用しているが、これは円滑な業務遂行を目的としたものである可能性がある以上、控訴人の労働者性を基礎付けるものとはいえない。また、仮に控訴人が身だしなみについて注意されたことがあったとしても、社会通念に照らして、業務の性質上当然に注意されるべき事柄であるから、これをもって控訴人の労働者性を基礎付けるものとはいえない。」

「そして、本件契約の料金は、配送距離に応じた単価に個々の件数を乗じて算出するものであり・・・、労務提供時間との結び付きは弱いものであるといえる。そして、本件会社については『日曜祝日手当』が支給されていたことは争いがないが、日曜祝日に委託を受注する業者が少ないこととの関係で単価を上げざるを得なかった可能性がある以上、これをもって、控訴人の労働者性を基礎付けるものとはいい難い。本件会社の募集広告に『1時間当たり850円の手取り保障」『フリー切符代1日1590円支給』との記載があるが・・・、これらの条件は『勤務開始後1ヶ月間の特典』・・・という一時的なものであったことからすれば、これをもって控訴人の労働者性を基礎付けるものとはいえない。
「このほか控訴人が労働者性を基礎付けるものとして主張する事実を裏付ける証拠はない。控訴人の主張する事情をもってしても控訴人が労働者であると認めるには足りず、そのほか労働者性を認めるに足りる的確な証拠もない。」

「したがって、控訴人の上記主張を採用することはできない。」

 3.労働者性の消極事案ではあるが・・・

 上述のとおり、裁判所は、原告に労働者性は認められないと判示しました。

 これは労働者側敗訴の事案ではありますが、労働者性判断のポイントとなる評価項目や評価の仕方がどのようなものなのかを知るうえで参考になります。

 また、本裁判例は、あくまでも原告・控訴人について労働者性を否定したにすぎません。原告以外の他の配送業務従事者に訴訟提起した場合に、実体に応じて別異の判断が出る可能性は否定できません。

 本件での結論は消極でしたが、これは配送業務従事者がおよそ労働者ではないと判示したものではありません。配送業者だから自動的にダメだということはないので、気になる方は、冒頭のフリーランス110番への利用のほか適宜の方法で、自分が労働者に該当しないのかを、弁護士に相談してみてもいいように思われます。

運転手の労働時間:待機時間は労働時間か?

1.運転手の労働時間のカウント

 昨日、運転手の方の車庫(駐車場)~送迎先の移動時間が労働時間に該当するのかという話をしました。

運転手の労働時間:車庫~送迎先への移動時間は労働時間か? - 弁護士 師子角允彬のブログ

 しかし、運転手の労働時間のカウントで揉めやすいのは、これだけではありません。対象者を送って行って次の場所に移動するまでの待機時間も、しばしば労働時間への該当性が争われます。

 昨日ご紹介した、東京地判令2.11.6労働判例ジャーナル110-44 ラッキー事件は、この論点との関係でも、有益な判示をしています。

2.ラッキー事件

 本件は、いわゆる残業代請求事件です。

 本件で被告になったのは、不動産売買及び仲介等を目的とする株式会社らです(被告会社)。

 原告になったのは、被告C(被告会社において会長と称されていた者)の専属運転手として稼働していた方です。被告を退職した後、時間外勤務手当等の支払いを求める訴えを提起しました。

 本件の争点は多岐に渡りますが、その中の一つに労働時間の問題があります。

 被告Cを送り先から次の送り先に送っていくまでの待機時間について、原告は、

「待機時間中に被告Cからの指示があれば、その指示に従って直ちに被告Cが指定する場所に向かわなければならなかった。しかも、被告Cは、迎えの時刻を具体的に指定することはなかったから、原告は、本件車両を離れることができず、常にスマートフォンで被告Cからの指示があったかどうかを確認しなければならない状態にあった。」

と主張し、待機時間も労働時間に該当すると主張しました。

 これに対し、被告会社は、

「原告は、通常、午前10時までには被告Cを被告会社に送り届けており、午前10時から午後1時までは、被告Cから特段の指示がない限り、原告の休憩時間とされ、原告は、原告の居宅(以下『原告宅』という。)で自由に過ごしていた。したがって、午前10時から午後1時までの3時間は、被告Cから特段の指示があった場合を除いて被告会社の指揮命令下にはなかった。」

「また、被告Cは、夜間(夕刻以降)は、原告の送迎によって目的地へ到着した際には、次の予定が不明であるといった事情がない限り、原告に対し、次に被告Cの送迎に来るべき時刻と場所を告げた上で、それまでの間は休憩するよう指示していた。そして、原告は、実際に、被告Cから同指示を受けたときは、次の送迎までの時刻は自由に過ごしていた。被告Cが同指示をした場合は、原告は、被告会社の指揮命令下にはなかった。」

と主張し、待機時間の労働時間性を争いました。

 しかし、裁判所は、次のとおり判示し、待機時間の大部分について、労働時間性を認めました。

(裁判所の判断)

「まず、原告が本件車両内で待機していた場合については、被告Cから各送迎先での迎えの時刻について指示されることはほとんどなく、また、その指示があったとしても、指示の内容が前倒しに変更されることもそれなりにあり・・・、原告としてはいつ被告Cから迎えの指示がされるか明らかではないことが常態化したといえる。そして、原告は、このような被告Cの指示に対応するために、本件車両を駐車場に駐車することなく、路上等に駐停車して本件車両内で待機せざるを得なかった・・・。このような状況であったことからすれば、原告が本件車両内で待機していた場合については、待機時間の長短にかかわらず、また、被告Cから迎えの時刻について指示があったときも含めて、原告について待機時間の自由な利用が保障されていたとはいい難く、原告は被告会社の指揮命令下にあったというべきである。

「よって、原告が本件車両内で待機していた時間については全て労働時間に当たるといえる。」

「次に、原告が本件車両外で待機していた場合については、原告は、被告Cを被告事務所に送った後、本件駐車場に本件車両を駐車し、その後は、被告事務所に被告Cを迎えに行くまでは、本件居宅等で待機するなどしていたところ・・・、被告Cから事前又は待機開始後速やかに迎えの時刻について指示があり、その時刻に被告Cを迎えに行けば足りることが多かったといえる・・・。もっとも、事前又は待機開始後速やかに同指示がないことも相当程度あったほか、同指示があったとしても、指示の内容が前倒しに変更されることもそれなりにあり、いつ被告Cから迎え時刻についての指示がされるか明らかではないことも一定程度あったといえる・・・。」

「そうすると、原告が本件車両外で待機していた時間については、その一部について、待機時間の自由な利用が保障され、被告会社の指揮命令下から離れていたというべきであり、原告が本件車両外で待機していた時間の長さ・・・も勘案すると、各稼働日ごとに1時間は労働時間に当たらない時間があったと認めるのが相当である。

3.運転手の方の残業代は跳ねやすい

 運転手の方で、車庫~送迎先への移動時間や待機時間を、労働時間としてカウントしてもらえていない方は、割と良く目にします。

 こうした場合、移動時間や待機時間の労働時間性が認められると、残業代は跳ねあがる傾向にあります。本件でも、割増賃金部分だけで896万3920円もの金額が認められています。同額の付加金請求も認められているため、遅延損害金を合わせると、認容額は2000万円近くにまで及びます。

 移動時間や待機時間を労働時間としてカウントしない扱いがとられていることに疑問をお感じの運転手の方は、これらを労働時間としてカウントすると、どれくらいの時間外勤務手当等を請求できるのかを、調べてみても良いのではないかと思います。

 

運転手の労働時間:車庫~送迎先への移動時間は労働時間か?

1.通勤時間か労働時間か

 通勤時間は原則として労働時間に該当しません。しかし、勤務先営業所と用務先の移動時間は「通常は移動に努めることが求められているのであり、業務から離脱し、自由利用することが認められていないから、自由利用が可能であったとする特段の事情がない限り、労働時間になる」と理解されています(佐々木宗啓ほか編著『類型別 労働関係訴訟の実務』〔青林書院、初版、平29〕107頁参照)。

 このように通勤時間と用務先への移動時間は、概念的には区別されています。

 しかし、職種によっては、両者の区別が曖昧であることも少なくありません。例えば、自動車運転手です。自動車運転手は、車庫を経由して、送迎先に向かいます。この車庫~送迎先への移動に要する時間は、通勤時間なのでしょうか、それとも、労働時間に該当するのでしょうか?

 近似公刊された判例集に、この問題が争われた裁判例が掲載されていました。東京地判令2.11.6労働判例ジャーナル110-44 ラッキー事件です。

2.ラッキー事件

 本件は、いわゆる残業代請求事件です。

 本件で被告になったのは、不動産売買及び仲介等を目的とする株式会社らです(被告会社)。

 原告になったのは、被告C(被告会社において会長と称されていた者)の専属運転手として稼働していた方です。被告を退職した後、時間外勤務手当等の支払いを求める訴えを提起しました。

 本件の争点は多岐に渡りますが、その中の一つに労働時間の問題があります。

 出庫~迎え先、送り先~帰庫の移動時間について、原告は、

「被告Cの専属運転手であった原告が業務を開始するためには本件車両が駐車されている場所に行って運転を開始する必要があり、業務を終了するためには同所に本件車両を戻す必要があるから、出庫も帰庫も業務遂行に必要な行為である。」

として、これを労働時間だと主張しました。

 しかし、被告会社は、

「原告の業務は、被告Cを送迎することであったから、本件車両で被告Cの自宅・・・に被告Cを迎えに行くところから始まった。被告Cの指示は、被告Cが指定した時刻(通常は午前9時30分)にC宅に迎えに来るようにというものであった。原告が本件車両に乗車してからC宅に到着するまでの間については、原告は、被告Cが指定した時刻に間に合えばいつ本件車両に乗車してもよく、被告Cの指揮命令下にはなかったから、その間は労働時間には当たらない。したがって、始業時刻は、被告Cが指定した時刻、すなわち、原告がC宅に到着した時刻・・・である。」

「また、始業時刻と同様に、原告が被告CをC宅に送り届けた後は、原告は被告Cの指揮命令下にはなかったから、労働時間には当たらない。したがって、終業時刻は、被告CをC宅に送り届けた時刻・・・とすべきである。」

として、これを争いました。

 この問題について、裁判所は、次のとおり判示し、出庫・帰庫時間の労働時間性を認めました。

(裁判所の判断)

・始業時刻について

「原告は、本件車両の運転手として被告CをC宅や被告事務所その他の各用務先の間で送迎していたところ・・・、本件車両を運行するため、本件車両を本件駐車場等に取りに行き、同所で本件車両に乗車してC宅に向けて運転を行うことは、被告Cの専属の運転手として被告Cの送迎を行うという原告の業務の遂行のために必要不可欠な行為である。したがって、原告が本件車両を運転して本件駐車場等を出た時刻・・・からは、原告は被告会社の指揮命令下にあったといえるから、同時刻が原告の始業時刻と認められる。

・終業時刻について

「原告は、被告Cが一日の用務を終えて被告CをC宅に送り届けた後、本件車両を運転し、給油をした上で、本件駐車場等に駐車させているところ・・・、運行した本件車両を本件駐車場等に戻す行為や給油をする行為は被告Cの専属の運転手として被告Cの送迎を行うという原告の業務のために必要不可欠な行為である。」

「したがって、原告が本件駐車場等に本件車両を駐車するまでの間、原告が被告会社の指揮命令下に置かれていたといえるから、原告が本件車両を運転して本件駐車場等に本件車両を駐車させた時刻・・・が終業時刻と認められる。

3.出庫・帰庫時間で案外金額が伸びることがある

 私自身の実務経験に照らすと、専属運転手の方は、対象者の自宅以外の場所に迎えに行ったり、対象者を自宅以外の離れた場所に送ってから帰庫したりしていることも少なくないように思います。会社が用意した車庫(駐車場)と対象者の自宅との間が結構離れていることもあります。そのため、出庫・帰庫時間が労働時間に該当するのか否かで、金額に相当な差が生じることがあります。

 出庫・帰庫時間が労働時間としてカウントされてない会社にお勤めの方は、こうした裁判例を根拠に、時間外勤務手当等を請求することを検討してみても良いかも知れません。当事務所でも、随時、ご相談をお受け付けしています。

 

シフト制労働者-シフトに入れろと要求できるか?

1.シフトに入れてもらえない問題

 シフト制の労働者の脆弱性の一つに、使用者からシフトに入れてもらえなくなることがあります。

 現行法制上、稼働しなかった日に対応する賃金は、支払われないのが原則です。例外として、使用者の「責めに帰すべき事由」(民法536条2項)によって労務を提供できなくなった場合に限り、賃金を請求できます。

 しかし、使用者からシフトに入れてもらえなければ、そもそも労務提供義務自体が発生しません。労務提供義務がないときに労務を提供しなかったからといって、賃金が発生することはありません。このようにして、シフト制の労働者は、解雇されなくても、シフトに入れてもらえないことにより、生活の糧を失ってしまいます。

 こうした場合、労働者にどのような対抗措置が考えられるのかは、従来から議論されてきました。

 代表的な法構成は二つあります。

 一つは、最低シフト数(所定労働日数)の合意を導き出すことです。契約書に明確に定められていなかったとしても、合理的な意思解釈によって、労使間で最低シフト数が合意されていたとする理論構成です。最低シフト数の合意を導き出すことができれば、そのシフト数に満つるまで稼働できなかったことは、使用者の責めに帰するべき事由によることになります。この法律構成を採用した裁判例(横浜地判令2.3.26労働判例1236-91 ホームケア事件)が、近時出現したことは、以前、このブログでも紹介させて頂いたとおりです。

シフトに入れてもらえないという問題への解決策 - 弁護士 師子角允彬のブログ

 もう一つは、シフトに入れずに労働者を干すことが、使用者に認められている裁量を逸脱・濫用しているという法律構成です。近時公刊された判例集に、この法律構成を採用した裁判例が掲載されていました。東京地判令2.11.25 労働経済判例速報2443-3 有限会社シルバーハート事件です。

2.有限会社シルバーハート事件

 本件で原告になったのは、介護事業及び放課後児童デイサービス事業を営む有限会社です。

 被告になったのは、原告に雇用された労働者です。雇用契約書に「シフトによる。」と明記されいてるシフト制の労働者で、労働組合に加入していました。配転をめぐる紛争が発生し、原告から、

「原告の被告に対する、勤務時間及び勤務地限定合意に基づき週3日・1日8時間・合計24時間、原告の介護事業所に限定して労務を提供させる債務」

などの複数の債務が存在しないことの確認を求める訴えを提起されました。

 これに対し、被告は、

「本件労働契約を締結した際、週3日・1日8時間・合計24時間で就労場所を原告のQ2事業所(介護事業所)とする内容で合意」が存在した、

このような合意が存在するとは認められないにしても「原告が、平成29年8月及び同月9月に被告のシフトを不当に削減し、同月10月以降はシフトに全くは入れていないことは使用者の権利の濫用であり違法、無効であり、原告の責めに帰すべき事由により就労ができなかったものであるから、以下のとおり、直近3カ月間の月額賃金との平均額との差額を支払うべきである。」

と主張し、未払賃金の支払等を求める反訴を提起しました。

 この事件の最大の特徴は、

「本件労働契約において、勤務時間について週3日、1日8時間、週24時間、勤務地について介護事業所、職種につき介護職とする合意があったとは認められない。」

と最低シフト数の合意を明確に否定しながら、シフト決定権限の濫用を認めている部分です。

 裁判所の判示は、次のとおりです。

(裁判所の判断)

「前記・・・のとおり、本件労働契約において勤務時間につき週3日、1日8時間、週24時間とする合意があったとは認められず、毎月のシフトによって勤務日や勤務時間が決定していたことからすれば、適法にシフトが決定されている以上、被告は、原告に対し、シフトによって決定された勤務時間以外について、原告の責めに帰すべき事由によって就労できなかったとして賃金を請求することはできない。しかしながら、シフト制で勤務する労働者にとって、シフトの大幅な削減は収入の減少に直結するものであり、労働者の不利益が著しいことからすれば、合理的な理由なくシフトを大幅に削減した場合には、シフトの決定権限の濫用に当たり違法となり得ると解され、不合理に削減されたといえる勤務時間に対応する賃金について、民法536条2項に基づき、賃金を請求し得ると解される。

「そこで検討すると、被告の平成29年5月のシフトは13日(勤務時間73.5時間)、同年6月のシフトは15日(勤務時間73.5時間)、7月のシフトは15日(勤務時間78時間)であったが、同年8月のシフトは、同年7月20日時点では合計17日であったところ、同月24日時点では5日(勤務時間40時間)に削減された上、同年9月のシフトは同月2日の1日のみ(勤務時間8時間)とされ、同年10月のシフト以降は1日も配属されなくなった・・・。同年8月については変更後も5日(勤務時間40時間)の勤務日数のシフトが組まれており、勤務時間も一定の時間が確保されているが、少なくとも勤務日数を1日(勤務時間8時間)とした同年9月及び一切のシフトから外した同年10月については、同年7月までの勤務日数から大幅に削減したことについて合理的理由がない限り、シフトの決定権限の濫用に当たり得ると解される。

「この点、原告は、被告が団体交渉の当初から、児童デイサービス事業所での勤務に応じない意思を明確にしたことから、被告のシフトを組むことができなくなったものであり、被告が就労できなかったことは原告の責めに帰すべき事由によるものではない旨主張する。」

「しかしながら、第二次団体交渉が始まったのは同年9月29日であるところ、被告が児童デイサービスでの半日勤務に応じない旨表明したのは同年10月30日で、一切の児童デイサービスでの勤務に応じない旨表明したのは平成30年3月19日であり・・・、平成29年9月29日時点で被告が一切の児童デイサービスでの勤務に応じないと表明していたことを認めるに足りる証拠はない。」

「そして、原告はこの他にシフトを大幅に削減した理由を具体的に主張していないことからすれば、勤務日数を1日とした同年9月及びシフトから外した同年10月について、同年7月までの勤務日数から大幅に削減したことについて合理的な理由があるとは認められず、このようなシフトの決定は、使用者のシフトの決定権限を濫用したものとして違法であるというべきである。

「一方、被告は、同年10月30日の第2回団体交渉において、児童デイサービスでの半日勤務には応じない旨表明しているところ・・・、このような被告の表明により、原則として半日勤務である放課後児童デイサービス事業所でのシフトに組み入れることが困難になるといえる。そして、前記・・・のとおり、被告の勤務地及び職種を介護事業所及び介護職に限定する合意があるとは認められないところ、被告の介護事業所における勤務状況・・・から、原告が被告について介護事業所ではなく児童デイサービス事業所での勤務シフトに入れる必要があると判断することが直ちに不合理とまではいえないことからすれば、同年11月以降のシフトから外すことについて、シフトの決定権限の濫用があるとはいえない。」

「そうすると、被告の同年9月及び10月の賃金については、前記シフトの削減がなければ、シフトが削減され始めた同年8月の直近3か月(同年5月分~7月分)の賃金の平均額を得られたであろうと認めるのが相当であり、その平均額は、以下のとおり、6万8917円である。」

3.シフト決定権限の濫用

 シフト決定権限の濫用という法律構成は、概念上は考えられてきましたが、裁判例において実際に採用されたという例は、あまり聞かれませんでした。そうした状況のもと、東京地裁労働部が、シフトから干すという問題について、シフト決定権限の濫用という法律構成を採用したことは、極めて画期的なことです。

 今後、シフト制の労働者は、シフトに入れてもらえない問題に対し、ホームケア事件とともに、この裁判例を積極的に活用して行くことが考えられます。