弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

アカデミックハラスメント-論文の共著者からの除外

1.アカデミックハラスメント(アカハラ)

 大学等の養育・研究の場で生じるハラスメントを、アカデミックハラスメント(アカハラ)といいます。

 セクシュアルハラスメントに関しては、平成18年10月11日 厚生労働省告示第615号「事業主が職場における性的な言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」(最終改正:令和2年1月15日 厚生労働省告示第6号)が概念定義や類型化を行っています。

https://www.mhlw.go.jp/content/000643869.pdf

 マタニティハラスメントに関しては、「妊娠、出産等に関するハラスメント」として、平成28年8月2日 厚生労働省告示第312号「事業主が職場における妊娠、出産等に関する言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」(最終改正:令和2年1月15日 厚生労働省告示第6号)が概念定義や類型化を行っています。

https://www.mhlw.go.jp/content/000643875.pdf

 パワーハラスメントに関しては、令和2年1月15日 厚生労働省告示第5号「事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」が概念定義や類型化を行っています。

https://www.mhlw.go.jp/content/11900000/000584512.pdf

 しかし、アカデミックハラスメントに関しては、これを直接規制する法令が存在しません。法律用語として定義が設けられているわけでもなければ、法令による類型化が試みられているわけでもありません。そのため、社会的実体として存在していることは分かるものの、法令上の根拠のあるハラスメントの類型に比して、何をどこまでやれば違法になるのかが、分かりにくいという特徴があります。

 曖昧な部分が大きいことから、違法性が認められる行為類型に関心を持っていたところ、近時公刊された判例集に、論文の共著者からの除外に不法行為法(国家賠償法)上の違法性を認めた裁判例が掲載されていました。名古屋地判令2.12.17労働判例ジャーナル110-48 東海国立大学機構事件です。

2.東海国立大学機構事件

 本件で被告になったのは、名古屋大学を設置及び運営している国立大学法人(被告機構)と原告の指導教員(被告P3)です。

 原告になったのは、平成24年4月から平成28年3月まで名古屋大学医学系研究科の博士課程に在籍していた方です。平成28年3月に博士課程を満期退学した後も、客員研究員としての在籍を継続していました。指導教員である被告P3からいわゆるアカデミックハラスメントを受けたとして、被告機構らに損害賠償(国家賠償)を求める訴えを提起したのが本件です。

 原告からアカデミックハラスメントとして問題視された行為は多数に上りますが、その中の一つに、論文の共著者からの除外がありました。

 原告が所属していた被告P3の統括するグループは、平成28年4月頃に、P5を筆頭著者とする論文(本件論文)を発表しました。本件論文には、草稿段階では共著者として原告の氏名が挙げられていましたが、正式に発表された論文の共著者からは原告の氏名が除外されていました。

 このことについて、原告は、

「被告P3が原告を本件論文の共著者から除外したのは、原告を疎ましく思っていたからであり、原告に対する嫌がらせの意図でされたもので、違法である。」

と主張しました。

 これに対し、被告機構らは、

「本件論文は、草稿段階では原告の提供する実験データが使用されていたが、その後に査読者から指摘を受けて、大きな改変及び追加の実験が必要となり、他の大学院生の協力の下で作成し直したものである。被告P3は、オーサーシップに関する考え方に基づいて、原告は共著者から外れるという判断をしたにすぎず、原告に対する嫌がらせ等の意図はなかった。」

と反論しました。

 しかし、裁判所は、次のとおり述べて、被告P3の措置に違法性を認めました。

(裁判所の判断)

「いわゆるアカデミックハラスメントとは、研究及び教育機関における教員等の優位な立場にある者から学生等の劣位な立場にある者に対してされる、ハラスメント行為の一つであり、ハラスメントの受け手である学生等の人格権等の権利利益の侵害になり得るものであるが、他方で、学生等に対する教育上の見地から、教員等には研究教育上の一定の裁量が認められるところであり、教員等の学生等に対する言動が不法行為法上の違法行為に該当するかは、両当事者の立場及びその優劣の程度のほか、当該行為の目的や動機経緯、立場ないし職務権限等の濫用の有無、方法及び程度、当該行為の内容及び態様並びに相手方の侵害された権利利益の種類や性質、侵害の内容及び程度等の諸事情を考慮して、当該行為が教員等の学生等に対する研究教育上の指導として合理的な範囲を超えて、社会的相当性を欠く行為といえるかどうかにより判断するのが相当と解される。このことは、大学院の博士課程に在籍する大学院生であっても、博士課程修了後の客員研究員として在籍する者であっても変わらないと解される。

(中略)

「本件論文の共著者としては、草稿段階では原告を含む11名とされていたが、最終稿では、責任著者である被告P3の判断により草稿段階の共著者から原告のみが除外され、新たに本件グループの2名が共著者に追加されており、本件グループのメンバーは原告を除き全員が共著者となったことが認められる。」

「被告P3は、上記共著者の変更について、草稿段階では原告の提供する実験データが使用されていたが、その後に査読者から指摘を受けて、大きな改変及び追加の実験が必要となり、他の大学院生の協力の下で作成し直したものであり、オーサーシップに関する考え方に基づいて、原告は共著者から外れるという判断をしたと主張し、その旨の供述等をしている・・・。」

「被告P3が主張するオーサーシップに関しては、医学雑誌編集者国際委員会の作成したガイドライン(以下「本件ガイドライン」という。)によれば、生物医学雑誌への投稿論文に著者として氏名が掲載されるには、

〔1〕研究の構想・立案、データの収集、あるいはデータの解析及び解析結果の解釈のいずれかに実質的に貢献していること、

〔2〕論文の原稿を書くか、その論文の内容にかかわる極めて重要な構成・改訂作業に関わっていること、

〔3〕掲載される最終版の原稿の中身を理解し、承認していること、

〔4〕論文のあらゆる側面について、論文の正確性・真正性に疑義が寄せられたときに適切に説明することができること

の4つの条件をすべて満たすことが必要とされている・・・。被告P3も、本件ガイドラインを参照して本件論文の共著者を決定したとしていることから、原告を共著者から外したのは、草稿段階からの改変の結果、データの収集等に実質的に貢献しているとは認められなくなったと判断したものと解される。確かに、本件論文が発表された平成28年4月頃は、原告が本件研究科の博士課程を満期退学した時期で、原告は本件論文の改変作業等には加わっていなかったと認められる・・・。しかし、改変作業等に原告を除く他の共著者全員が関与していたとは考え難い。また、本件論文の最終稿においても、原告が実験したデータが相当数使用されている・・・。これらの点からすると、本件ガイドラインに従えば、最終稿においても原告を共著者とするのが相当であり、被告P3の上記判断は相当性に欠けるものであるただし、原告が主張するように、被告P3が、原告に対する嫌がらせ目的で共著者から除外したとまで認めるに足りる証拠はない。)。」

「加えて、研究者にとって、論文の共著者に名を連ねることは、自らの研究実績を示すものとして重要な事柄であり、責任著者の判断で、草稿段階で共著者となっていた者を最終稿で共著者から外すのであれば、責任著者は、該当者に対し、その事情を説明することが必要であると解されるところ、被告P3は、原告の指導教員でありながら、原告に対して何らの説明をすることなく、最終稿において原告を共著者から除外した・・・。

「上記検討からすれば、被告P3は、相当な理由がなく原告を共著者から除外し、かつ、共著者から除外する理由を原告に対して説明することなく、自己の一方的な判断で原告を共著者から除外しており、原告が実験を行い、本件論文の作成に関与、貢献したことを正当に評価されることを妨害したと評価される。被告P3は、共著者からの除外を原告に対する嫌がらせ目的で行ったとまで認められないものの、自己が原告の指導教員として優位的な立場にあることから、原告の立場に配慮をすることなく、研究者として重要な共著者として名を連ねる機会を一方的に奪ったと言わざるを得ず、指導としての合理的な範囲を超えて、社会的相当性を逸脱した違法行為に該当する。

(中略)

「原告が本件論文の共著者から除外されたことによって精神的苦痛を受けたことが認められる。本件において認められる事情を総合評価すれば、上記苦痛を慰謝するためには10万円を要すると認めるのが相当である。」

「原告は、学費相当額及び再現実験費用を損害として主張しているが、本件論文の共著者から除外されたことによって発生した損害とは認められない。」

3.嫌がらせ目的は不要/共著者からの一方的な除外は違法

 本件裁判例は、二つの点で重要な示唆を含んでいるように思います。

 一つ目は、違法性の認定に、嫌がらせ目的までは必要ないと判示されている点です。本件の共著者からの除外には、嫌がらせ目的で行われたとまでは認定されていません。それでも、裁判所は、被告P3の行為に違法性を認めました。

 二つ目は、論文の共著者からの除外という行為に違法性が認められた点です。論文の共著者に名を連ねることを被侵害利益(法的に保護に値する利益)として承認したうえ、裁判所はガイドラインからの逸脱という行為の客観面に注目し除外行為を違法だと判示しました。こうした判断は、今後、同種事案の審理において、参照されて行く可能性があります。

 慰謝料額は低額に留まっているものの、不明確な部分が多いアカデミックハラスメントが問題となる事件において、本件は先例として重要な意義を有する裁判例になって行くのではないかと思われます。