弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

一部有利・一部不利な就業規則の変更は、就業規則による労働条件の不利益変更に該当するか?

1.就業規則による労働条件の不利益変更に関する法規制

 労働契約法9条は、

「使用者は、労働者と合意することなく、就業規則を変更することにより、労働者の不利益に労働契約の内容である労働条件を変更することはできない。」

と規定しています。

 そのため、使用者側の判断で一方的に就業規則が労働者の不利益に変更されたとしても、原則として労働者は従前通りの労働条件を主張することができます。

 ただ、これには例外があります。具体的には、

「使用者が就業規則の変更により労働条件を変更する場合において、変更後の就業規則を労働者に周知させ、かつ、就業規則の変更が、労働者の受ける不利益の程度、労働条件の変更の必要性、変更後の就業規則の内容の相当性、労働組合等との交渉の状況その他の就業規則の変更に係る事情に照らして合理的なものであるときは、労働契約の内容である労働条件は、当該変更後の就業規則に定めるところによるものとする。」

とされています(労働契約法10条)。

 つまり、就業規則が労働者の労働条件を不利益に変更するものであったとしても、周知性・合理性が認められる場合には、労働者はこれに拘束されることになります。

 このように就業規則による労働条件の不利益変更には、原則無効、例外的に有効という強力な規制がかけられています。

 しかし、実際に行われる就業規則の改正は、一部は労働者の有利に、一部は労働者の不利にといったように、有利・不利が混在している場合が少なくありません。こうした場合は、就業規則による労働条件の不利益変更と言えるのでしょうか?

 この問題について、荒木尚志ほか『詳説 労働契約法』〔弘文堂、第2版、平26〕134頁は、

「何が不利益変更にあたるのかについて、裁判所は、実質的不利益(たとえば賃金の減額)が認定できる場合にはこれによって不利益変更該当性を認めている。しかし、そうした実質的不利益変更が認定できない場合、最高裁は、実質的不利益の有無は変更の合理性(相当性)の場面で考慮し、就業規則不利益変更法理の適用の有無という入口における『不利益変更』の存否に関しては、新旧就業規則の外形的比較において不利益とみなしうる変更があればよいとする傾向にある。」

と解説しています。

 しかし、この「新旧就業規則の外形的比較において不利益とみなしうる変更」というのはどのように認定されるのでしょうか? また、賃金制度の改変にあたり、賃金総額に変更がないことを前提に、一部労働者にとっては有利に、一部労働者にとっては不利に賃金制度を変更する場合などは、就業規則による労働条件の不利益変更に該当するのでしょうか?

 この問題を考えるにあたり、参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。昨日もご紹介した東京地判令2.6.11労働判例ジャーナル103-72 学校法人静岡理工科大学事件です。

2.学校法人静岡理工科大学事件

 本件の被告は、大学を開設し、運営する学校法人です。

 原告になったのは、被告の総合情報学部(本件学部)のコンピューターシステム学科の准教授の方です。

 この大学の評価規程は、元々、教員をS、A、B、Cの四段階で評価し、C評価であったとしても昇給する建付けになっていました。

 これが年度途中の平成29年1月20日に改正され、教員評価はS、A+、A、B、C、D六段階で行われることになりました。

 この制度に基づいてD評価を付けられた原告の方が評価の適正さを争ったため、そもそも賃金制度(就業規則)の変更が就業規則不利益変更法理との関係で許容されるのかが問題になりました。

 この改正の位置づけが難しいのは、労働条件が労働者にとって、一部不利に、一部有利になっているところです。

 具体的に言うと、この改正は、人件費の総額を変更しないことを前提に、従前

S 評価分布5%  昇給号給13

A 評価分布30% 昇給号給10

B 評価分布60% 昇給号給7

C 評価分布5%  昇給号給4

とされていた評価分布、昇給号給を、

S  評価分布5%    昇給号給12

A+ 評価分布35%   昇給号給9

A  評価分布40%   昇給号給8

B  評価分布15%   昇給号給6

C  評価分布5%    昇給号給4

D  評価分布 定めなし 昇給号給0 

へと改める内容になっていました。

 このように賃金制度を改めると、確かに、昇給号給が下がったり、零になったりする方も出ますが、逆に昇給号数が上がる人も相当数出てきます。

 こうした賃金制度の改定の効力について、裁判所は、次のとおり判示し、その合理性を認めました。

(裁判所の判断)

本件労働契約は、賃金(基本給)において年に1回の定時昇給があるものとされ、改正前評価規程6条1項は、教員評価の評語をSないしCの4段階とし、改正前給与規程9条の2第1項は、教員評価がC評価の場合においても4号給の昇給を規定していたところ、本件改正は、昇給号給を0とするD評価を創設するものであり、労働者の不利益に労働条件を変更する部分を含むものといえる。ところで、労働契約法9条本文は、使用者は、労働者と合意することなく、就業規則を変更することにより、労働者の不利益に労働契約の内容である労働条件を変更することはできない旨定めているが、同条ただし書は、同法10条の場合はこの限りでないとし、同条は、使用者が就業規則の変更により労働条件を変更する場合において、変更後の就業規則を労働者に周知させ、かつ、就業規則の変更が、労働者の受ける不利益の程度、労働条件の変更の必要性、変更後の就業規則の内容の相当性、労働組合等との交渉の状況その他の就業規則の変更に係る事情に照らして合理的なものであるときは、労働契約の内容である労働条件は、当該変更後の就業規則に定めるところによるものとしている。そこで、本件改正が、同条の合理性及び周知性の要件を充足するかをまず検討する。」

「改正前評価規程及び改正後評価規程の各6条1項、改正前給与規程及び改正後給与規程の各9条の2及び認定事実・・・によれば、本件改正によって、D評価の評語が新設されるが、その評価分布は定められておらず、例外的に適用されるものであるとされ、また、昇給号給は0であるものの、減給ではないこと、本件改正は、教員全体の定期昇給に要する人件費の総額は変更できないことを前提とし、昇給号給の合計値は従前と等しくすることが企図されていたこと、改正前は、S評価の評価分布は5%、A評価の評価分布は30%、B評価の評価分布は60%、C評価の評価分布は5%と定められ、昇給号給は、S評価が13、A評価が10、B評価が7、C評価が4であったところ、改正後は、S評価の評価分布は5%、A+評価の評価分布は35%、A評価の評価分布は40%、B評価の評価分布は15%、C評価の評価分布は5%と定められ、A以上の評価分布が80%となり、昇給号給は、S評価が12、A+評価が9、A評価が8、B評価が6、C評価が4となることが認められる。そうすると、改正前にB評価(昇給号給7)とされていた者のうち、改正後はおおむねその全体の上位5%がA+評価(昇給号給9)、全体の上位5%から45%までがA評価(昇給号給8)となり、これまでよりも評価が上がり昇給号給が高くなる者が相当数いることが認められる。これらの事情を考慮すれば、本件改正は、本件大学の教員全体にとってみれば、不利益の程度が大きいと評価することはできない。

(中略)

「以上によれば、本件改正は、不利益な変更部分を含むものの、教員全体にとって利益となる変更部分も相当程度存することから、不利益の程度が大きいとは評価することができないこと、改正の必要性が認められ、改正内容の相当性も肯定できること、改正の過程で本件大学側からの情報提供や説明がなされ、双方の意見交換も行われていたこと、これらの事情を総合すると、本件改正は合理性のあるものであったと認められる。」

3.不利益とみなしうる変更/利益変更になる部分は合理性の枠内で考慮

 本件はD評価の創設を捉え、賃金制度の改定が就業規則不利益変更法理の適用対象になることを認めました。昇給号給が減少する方がいることは、不利益変更該当性の判断の部分では特に言及されていません。D評価には評価分布が定められていなかったことからすると、不利益変更との認定の間口は、かなり広く捉えられているといえます。

 利益変更になる部分が大きいと、合理性審査の段階で合理性が認められやすくなることは否めません。しかし、不利益変更か否かという間口はかなり広範であるため、一部でも労働条件が不利益に変更されていれば、総体的に有利になる部分が相当程度あったとしても、労働契約法の議論に持ち込める可能性があります。

 一部でも不利になる部分があれば、有利になる場面が相当部分あったとしても、有利変更として賃金制度の改定の効力を争えなくなるわけではありません。納得のできない就業規則の変更に直面した時には「総体的には有利になるから有利変更では・・・」と安易に思いこむことなく、争うことができないのかを、弁護士に相談してみることをお勧めします。

 

労働者に不利益となる人事評価区分を導入し、年度初めに遡って評価することの可否

1.法の不遡及の原則

 「一般に、法令は国民の権利義務に影響を与えるものであるので、既に発生し、成立した状態に対して新しい法令を、その施行の時点よりも遡って適用すること、すなわち法令の遡及適用は、法的安定性を害し、国民の利益に不測の侵害を及ぼす可能性が高いため、原則として行うべきではないとされています。」

これを法の不遡及の原則といいます。

https://houseikyoku.sangiin.go.jp/column/column009.htm

 罰則との関係で語られることの多い原則ではあるものの、法の不遡及の原則が妥当するのは刑罰法令の領域だけではありません。民事的な領域においても、既に存在している権利利益を新たに定めたルールで一方的に剥奪することは、基本的には認められていません。

 それでは、就業規則の改正により、年度途中に労働者の不利益となる人事評価区分を導入し、当該年度の成績を、その区分をもって評価するようなことは、法的に許容されるのでしょうか?

 近時公刊された判例集に、この問題が争われた裁判例が掲載されていました。東京地判令2.6.11労働判例ジャーナル103-72学校法人静岡理工科大学事件です。

2.学校法人静岡理工科大学事件

 本件の被告は、大学を開設し、運営する学校法人です。

 原告になったのは、被告の総合情報学部(本件学部)のコンピューターシステム学科の准教授の方です。

 この大学の評価規程は、元々、教員をS、A、B、Cの四段階で評価し、C評価であったとしても昇給する建付けになっていました。

 これが年度途中の平成29年1月20日に改正され、教員評価はS、A+、A、B、C、D六段階で行われることになりました。また、新評価規程のもとでのD評価の昇給号給は、ゼロとされました。

 本件では、こうした新評価規程に基づいて原告の方の平成28年度(平成28年4月1日~平成29年3月31日)の業績を査定してD評価を下し、平成29年度の昇給幅をゼロとすることの適否が問題になりました。

 裁判所は、これを就業規則の周知性の問題として理解し、次のとおり述べて、D評価を下すことは適法だと判示しました。

(裁判所の判断)

「原告は、平成28年度の評価は同年4月1日から平成29年3月末までの職務態様が評価対象とされるところ、本件改正は、平成28年4月1日時点において周知されておらず、周知性の要件を充たさないと主張する。」

「しかし、本件評価規程3条は、教員評価の評価期間を前年4月から当年3月の1年間、評価実施時期を当年4月と定めており(この点は、本件改正による変更はない。)、平成28年度の教員評価の評価実施時期は平成29年4月であるから、その評価が給与等に反映するのは同月以降であることに照らせば、本件改正について必ずしも平成28年4月1日の時点で周知されなければならないものとはいえない。また、本件改正の過程において、本件大学の教員に対する周知はなされていたと認めるのが相当であることは上記認定説示のとおりであるから、原告の当該主張もまた、採用することができない。

3.周知性の問題か?

 原告も裁判所も、本件を周知性の問題として整理しているように思われます。

 しかし、この問題は、

「平成28年度の業績査定において昇給を受ける権利」

という既得権を一方的に剥奪することができるのか? という議論として理解した方が問題の捉え方として適切ではないかと思います。そして、こうした理解をした方が、平成28年度の業績査定としてD評価とすることは許されないとの結論が導かれ易かったのではないかと思います。

 また、判決文によると、評価規程改正に係る第一回目の説明会がなされたのは、平成28年10月18日とされています。それまでの間、周知されていなかったことが不問とされたり、平年度の半分以上が経過した段階で構想が周知されていたことをもって、平成29年1月20日に成立したルールの周知性に問題がないとされたりしていることは、あまりにも周知性の概念を弛緩させるものであり、周知性の観点から問題なしとされたことには、かなり強い違和感を覚えます。

 

就業規則の周知性立証が崩れるパターン-備置の欠缺

1.就業規則の周知性

 労働契約法7条本文は、

「労働者及び使用者が労働契約を締結する場合において、使用者が合理的な労働条件が定められている就業規則を労働者に周知させていた場合には、労働契約の内容は、その就業規則で定める労働条件によるものとする。」

と規定しています。

 この「周知」の意義に関しては、次のような理解が一般的です。

「労働基準法は、就業規則を作業場の見やすい場所に掲示するなど同法施行規則の定める方法により、労働者に周知することを義務づけている(労基法106条1項)。これに対し、労働契約法7条、10条にいう、労働契約の内容を決定・変更する効力の発生要件としての『周知』とは、労働基準法および同法施行規則の定める方法に限らず、実質的に見て就業規則の適用を受ける事業場の従業員が就業規則の内容を知ろうと思えば知りうる状態に置くこと(実質的周知)を意味すると解されている」

(25)【就業規則】就業規則で労働条件を決定・変更するために必要とされる周知|雇用関係紛争判例集|労働政策研究・研修機構(JILPT)

 このように労働契約法上の「周知」は、方法が限定されていないうえ、実際に労働者に知らせることが必要であるわけでもなく「知ろうと思えば知りうる状態に置くこと」で足りると極めて甘く理解されているため、余程のことがない限り否定されません。

 そのため、就業規則の周知性が否定される裁判例は、それほど数多くあるわけではないのですが、近時公刊された判例集に、周知性が否定された裁判例が掲載されていました。昨日もご紹介した、東京地判令2.3.26労働判例ジャーナル103-96 カシマ事件です。

2.カシマ事件

 本件で被告になったのは、会社とその常務取締役、監査役の三名です。

 被告会社は、建具及びパネル製造販売、印刷加工の業務、コンピュータグラフィック画像の企画等を目的とする株式会社です。

 原告になったのは、被告会社との間で有期労働契約を締結し、グラフィックデザイナーとして業務に従事していた方です。

 中心的な紛争になったのは、解雇の適否であり、原告は、被告らに対し、無効な解雇をしたことなどを理由に損害賠償を請求する訴訟を提起しました。

 その中で、就業規則の周知性が問題になりました。

 被告は

「新たに採用した者には、採用後3か間の試用期間を設ける・・・。」

「試用期間中の勤務状況、勤務態度、健康状態その他従業員として不適格と認められた場合は、状況等を考慮した上で解雇することがある・・・。」

との就業規則の文言を根拠に、本件の解雇が試用期間中の解雇であると主張しました。

 しかし、原告は就業規則の周知性を争い、これを否定しました。

 原告、被告双方の主張は、次のとおりでした。

(原告の主張)

「被告会社のf営業所では就業規則は備え置かれておらず、就業規則の周知を欠いていたから、就業規則に定める試用期間は本件労働契約の内容にならない。」

(被告の主張)

「被告会社においては従業員から要請があれば就業規則を開示し得る体制をとっており、就業規則を従業員に周知させていたから、本件労働契約上、就業規則の定めにより採用後3か月間は試用期間であった。」

 こうした当事者双方の主張に対し、裁判所は、次のとおり述べて、周知性を否定しました。

(裁判所の判断)

「被告dは、就業規則はf営業所の面談室に備え置いていたが、平成28年12月頃又は平成29年1月頃、改訂のために就業規則を本社に持って行っており、j営業所には偶然なかった旨供述する・・・。」

「しかしながら、就業規則を面談室に備え置いていたことを裏付ける証拠はない。そして、証拠・・・及び弁論の全趣旨によれば、被告会社は平成29年1月4日に同月1日付け改訂の就業規則を労働基準監督署に届け出たが、同年2月22日の時点でも被告dは原告に対して就業規則の改訂中のためf営業所にはない旨説明したことが認められるところ、被告dは就業規則の改訂のためにf営業所に就業規則を置いていなかった理由につき『催促がなかったので、私もそのまま忘れていた』、改訂前の就業規則もf営業所に置いていなかった理由につき『そういうのを考えずに丸ごと持って行ってしまっただけ』などとあいまいな供述をするにとどまる・・・。これに加えて、被告らは、本件の第4回口頭弁論期日において就業規則の周知方法等につき具体的に主張する旨述べたにもかかわらず、本件の第5回口頭弁論期日では従業員からの要請があれば開示する体制をとっていた旨抽象的に主張するにとどまったこと(当裁判所に顕著な事実)も併せて考慮すれば、被告dの上記供述は採用することができず、本件労働契約締結当時、被告会社がf営業所において就業規則を周知させていたと認めることはできない。」

3.備置を崩せば勝てる?

 労働基準法106条1項は、

「使用者は、・・・就業規則、・・・を、常時各作業場の見やすい場所へ掲示し、又は備え付けること、書面を交付することその他の厚生労働省令で定める方法によつて、労働者に周知させなければならない。」

と規定しています。

 これを受けた労働基準法施行規則52条の2は、厚生労働省令で定める方法として、

一 常時各作業場の見やすい場所へ掲示し、又は備え付けること
二 書面を労働者に交付すること
三 磁気テープ、磁気ディスクその他これらに準ずる物に記録し、かつ、各作業場に労働者が当該記録の内容を常時確認できる機器を設置すること

を規定しています。

 労働契約法上の「周知」の通説的理解からすると、周知の手段は必ずしも備置に限定されないはずですが、裁判所は備置を裏付ける証拠がないことを理由に、周知性を否定しました。

 やはり幾ら緩やかといっても限度はあり、事業場に物理的に就業規則が存在しないような場合だと、周知性も否定されるようです。知ろうと思えば知ることができない状態とは、具体的にどのような状態を指すのかは、決して明確ではないため、こうした判示がされたことは、周知性を争う際の主張・立証活動の指針として参考になります。

 また、物理的に就業規則が存在しない状態であったことに関しては、被告監査役(被告d)が、就業規則の改定が既に終わっていたにもかかわらず、就業規則の所在について「改訂中のためf営業所にはない」などと話していたことも効いているように思われます。録音の有無は判然としませんが、このことは、初期段階で被告会社の関係者の供述を固定・録音することが、後の法的手続を有利に進めるうえで重要な意味があることを示唆しています。こうした示唆に触れると、やはり秘密録音は労働者にとって有効な立証方法になるのだろうと思います。

 

リストラ代行と非弁行為

1.非弁行為の禁止

 弁護士法72条本文は、

弁護士又は弁護士法人でない者は、報酬を得る目的で訴訟事件、非訟事件及び審査請求、再調査の請求、再審査請求等行政庁に対する不服申立事件その他一般の法律事件に関して鑑定、代理、仲裁若しくは和解その他の法律事務を取り扱い、又はこれらの周旋をすることを業とすることができない。

と規定しています。

 ここでいう「法律事件」の理解に関しては、

「多数の賃借人が存在する・・・ビルを解体するため全賃借人の立ち退きの実現を図るという業務」

について、

「交渉において解決しなければならない法的紛議が生じることがほぼ不可避である案件に係るものであったことは明らか」

であるとして、

「その他一般の法律事件」

に該当すると述べた最高裁の判例があります(最一小判平22.7.20刑集64-5-793参照)。

 また、「法律事務」の理解に関しては、

「法律上の効果を発生変更する事項の処理を指す」

と判示した裁判例があります(東京高裁昭39.9.29判例タイムズ168-193参照)。

 非弁行為は「二年以下の懲役又は三百万円以下の罰金」という法定刑が定められた犯罪ともされています(弁護士法77条3号)。

2.リストラ代行は非弁行為にならないのか?

 労働者側で解雇に関連する事件を処理していると、弁護士でないのに退職に向けた交渉を代行している会社なり人なりを目にすることがあります。

 退職勧奨や解雇に関する話は、交渉において解決しなければならない法的紛議が生じる可能性が高く、普通に考えれば「法律事件」に該当するように思われます。

 また、合意退職にしても解雇にしても、労働契約上の法律関係を解消させるという意味において、法律上の効果を発生変更する事項の処理以外の何物でもなく、リストラの代行は「法律事務」に該当するように見えます。

 こうしたリストラ代行行為は、非弁行為の禁止に触れないのでしょうか?

 このことが問題になった裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。東京地判令2.3.26労働判例ジャーナル103-96カシマ事件です。

3.カシマ事件

 本件で被告になったのは、会社とその常務取締役、監査役の三名です。

 被告会社は、建具及びパネル製造販売、印刷加工の業務、コンピュータグラフィック画像の企画等を目的とする株式会社です。

 原告になったのは、被告会社との間で有期労働契約を締結し、グラフィックデザイナーとして業務に従事していた方です。

 中心的な紛争になったのは、解雇の適否であり、原告は、被告らに対し、無効な解雇をしたことなどを理由に損害賠償を請求する訴訟を提起しました。

 そして、原告が構成した不法行為の中に、コンサルティング会社に解雇通知等をさせたことが弁護士法72条違反にあたるとの主張がありました。

 具体的な主張は、次のとおりです。

(原告の主張)

被告会社が平成29年1月18日及び同月19日に原告に対して退職勧奨するなど原告と被告会社との間には本件労働契約に関する紛争が生じていたところ、訴外会社(コンサルティング会社 括弧内筆者)は被告会社から原告の解雇に係る交渉の委託を受けるなどしたものであり、弁護士法72条に違反する。また、訴外会社の当時の取締役であったi(以下『i』という。)は、同年2月22日、原告に対し、退職勧奨をした際、顧問弁護士や社労士に相談している旨の虚偽の事実を述べた上、解雇理由として『健康状態が通常業務に著しく支障を来す』、『業務遂行能力の低さ』、『デザインスピードが遅い』などと述べて原告の名誉を棄損した。」

「被告会社が訴外会社に対して原告の解雇に係る交渉を委託した行為は、訴外会社及びiの上記違法な行為の教唆又は幇助というべきであるから、不法行為が成立する。」

「また、被告c及び被告dは、被告会社の役員として被告会社の上記違法行為が行われないようにすべき義務に違反したものであり、会社法429条1項により損害賠償責任を負う。」

 これに対し、被告らは、次のとおり述べて弁護士法違反を争いました。

(被告の主張)

被告会社は、原告に対して退職勧奨をするに際してiに立会いを求め、iは単に解雇通知書を読み上げてその説明を行ったのみであるから、弁護士法72条の『法律事務』に当たらないし、被告会社は、訴外会社に対して上記立会いに係る報酬も支払っていないから、訴外会社の行為が弁護士法72条に反するものではない。また、原告に何ら損害は生じていない。」

 こうした当事者の主張を受け、裁判所は次のとおり判示し、弁護士法違反に係る原告の主張を排斥しました(ただし、解雇無効は認め、損害賠償請求は一部認容しています)。

(裁判所の判断)

「被告会社は、被告会社の労務管理等に関する助言を委託していた訴外会社に所属するiに対し、原告に解雇すること及びその理由を説明することなどを依頼し、iは、平成29年2月22日、被告会社の代表者、被告d、被告cと原告との面談に同席し、原告に対し、試用期間満了により本件労働契約が終了する旨、その理由が遅刻が6回あるなどの原告の健康状態や同月6日にA1パネル1枚分のデザイン業務の指示を断ったことなどである旨説明し、自己都合退職をするのであれば賃金3か月分を支払う旨など述べたことが認められる。」

(中略)

訴外会社に所属するiが原告に対して解雇理由を告げるなどしたが、そもそも訴外会社又はiがこれに関して報酬を得たと認めるに足りる証拠はなく、訴外会社又はiの上記行為が直ちに弁護士法72条に反するとは認め難い。また、仮に訴外会社又はiの行為が弁護士法72条に反するとしても、当該行為自体によって原告の権利又は利益が侵害されたということはできないから、原告に対する不法行為を構成するとはいえない。

4.結論として不法行為該当性は否定されたが・・・

 上述のとおり、裁判所は「報酬」要件との関係で非弁行為への該当性を否定しました。しかし、慈善事業で解雇理由や退職に係る交渉をする会社が存在するとは考えにくく、単に「報酬」に係る証拠がないことをもって非弁行為への該当性を否定した判断には疑問が残ります。

 「仮に」と予備的な判断をして批判に備えるくらいであれば、端的に非弁行為には該当することを認めたうえ、損害要件との関係で不法行為への該当性を否定した方が筋論としては正当であるように思われます。

 リストラ代行会社の行為には疑問に感じることも多く、機会があれば私自身も問題提起してみたいと思っています。

 

切札を出す手順-証拠提示は提訴前の段階から計画的に

1.適時提出主義

 

 民事訴訟法156条は、

「攻撃又は防御の方法は、訴訟の進行状況に応じ適切な時期に提出しなければならない。」

と規定しています。いわゆる適時提出主義を規定した条文です。こうした条文があるため、訴訟の帰趨を左右するような重要な証拠は、早期に裁判所に提出しておく必要があります。提出時期が遅れると、それ自体が心証形成に不利に働く可能性があるほか、最悪の場合、証拠提出が認められないというペナルティを受けることもあります(民事訴訟法157条)。

 この証拠の提示は適切な時期にというルールは、訴訟の場面単体で考えておけばよいわけではありません。どこに対して、どの手札を、どのタイミングで切っていくのはは、訴訟提起前の紛争の生成段階から慎重に考えて行く必要があります。

 近時公刊された判例集にも、そうした切札を出す手順の重要性を意識させる裁判例が、掲載されていました。高松地裁令2.6.16労働経済判例速報2425-13 高松労基署長事件です。

2.高松労基署長事件

 本件は労災給付の不支給処分の取消訴訟です。

 原告になったのは、介護老人保健施設において看護師長として勤務していた方です。在職中に発症した適応障害が業務に起因するものであると主張して休業補償給付を請求したところ、不支給処分を受けたため、その取消を求めて出訴したという事案です。

 原告は幾つかの業務負荷を主張しましたが、その中の一つに長時間労働があります。

 原告は、その日のうちに自宅カレンダーに勤務時間を書きこんでいたとして、カレンダーの記載を根拠に、長時間の時間外労働があったことを主張しました。

 しかし、裁判所は、次のとおり述べて、自宅カレンダーに記載された勤務時間についての記載の信用性を否定しました。結論としても、原告の請求を棄却しています。

(裁判所の判断)

「原告は、業務内容や労働時間が当初に聞いていたものと異なっていたことから、労働時間を記録しようとしたが、Z7から、タイムカード打刻後に時間外労働を行うよう指示され、自身の正確な労働時間を記録するものがなかったため、自宅カレンダーに勤務時間を記載するようになったと述べ、前記指示があったことの根拠として、入職時にZ7からもらったという『新入職員への皆様へ』と題するメモ(書証略)を提出する。」

「しかし、原告の給与体系は年俸制であり、労働時間によって給料が増減するものではないから、Z7が、原告に前記指示をする理由が明らかではないから、Z7が、前記メモの『形だけタイムカード(必ずおす)←『出勤確認のみ』、『※残業、休、祝 おさないでよい おすとややこしくなる』との記載のみから、タイムカード打刻後に時間外労働を行うよう指示がされていたと認めることはできない。」

「以上に加え、タイムカード上の終業時刻が午後9時や午後10時台であるにもかかわらず自宅カレンダーへの記載がない日があることや、原告は、労働時間を正確に記録する目的で自宅カレンダーに記載していたと述べているが、休業補償給付の請求時にはそのことを告げなかったことにも照らすと、その作成の経緯は不自然であるといわざるを得ない。そして、タイムカード等が開示された後に自宅カレンダーが提出されたという経緯も併せ考えると、自宅カレンダー中の勤務時間についての記載を直ちに信用することはできない。

3.事後的に作られた証拠かは分からないが・・・

 裁判所で指摘されているとおり、原告の方は、休業補償給付の請求を行った際、労働基準監督署からの、

「『出勤・帰宅時間・残業時間など勤務状況を記録(メモ)していたもの(例えば、手帳、日記、カレンダー、家計簿、メール)』があるか」

という質問に対し、「ない」と回答していました。

 また、労働基準監督署による事情聴取において、

「セキュリティーのカードもないので、私の正確な勤務時間が分かるものは何もないと思います。私もこんなことになるとは思っていなかったので、記録をつけてはいません。」

と回答していました。

 こうした経緯があるため、自宅カレンダーが、元々あったのか、事後的に作成されたものなのかは良く分かりません。

 しかし、もし、元々あったのであれば、提出のタイミングを誤ったために、裁判所で不利な心証形成を受けたことになります。

 証拠の提示時機に関しては、時機に後れた攻撃防御方法として却下されなければそれでいいという単純なものではありません。切られていなければならない手札が適切な時期に切られていないと、そのこと自体が後の紛争で不利に働く可能性が生じます。

 本件はやや極端な例ではありますが、認定が微妙な労災申請など難易度の高い事件を進めるにあたっては、紛争になる前段階から、進行について、弁護士と相談しておくことが推奨されます。

 

早出残業が労働時間としてカウントされにくいのは労災も同じか?

1.始業時刻の認定

 始業時刻前に出勤して稼働していたとしても、それを労働時間として認定してもらうことは決して容易ではありません。そのことは、以前、

業務開始時刻(早出残業)の認定は厳しい - 弁護士 師子角允彬のブログ

という記事で述べたとおりです。

 所定の始業時刻前にタイムカードが打刻されていた場合であっても、打刻時刻を始業時刻とするためには、

「使用者から明示的には労務の提供を義務付けていない始業時刻前の時間が、使用者から義務付けられまたはこれを余儀なくされ、使用者の指揮命令下にある労働時間に該当することについての具体的な主張・立証が必要」

とされています。

 そして、

「そのような事情が存しないときは、所定の始業時刻をもって労務提供開始時間とするのが相当である。」

と理解されています(白石哲編著『労働関係訴訟の実務』〔商事法務、第2版、平30〕68頁参照)。

 では、こうしたカウントの厳しさは、労災認定の局面で労働時間をカウントするときにも、変わらず妥当するのでしょうか?

 この問題を考えるうえで参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。横浜地判令2.2.19労働経済判例速報2425-3 地方公務員災害補償基金事件です。

2.地方公務員災害補償基金事件

 本件は、いわゆる労災の取消訴訟です。

 原告になったのは、町職員であった方です。在職中に発症した鬱病が過大な業務に伴う心理的負荷によるものであると主張して公務災害(労災の公務員版)の認定を申請しました。しかし、地方公務員災害補償基金神奈川県支部長が公務外災害と認定した処分を行ったため、その取消を求めて出訴したという経過が辿られています。

 原告は、鬱病と診断された平成24年11月14日から遡って数か月の時間外勤務時間について、次のような主張をしました。

4月 時間外勤務時間   74時間33分

5月 時間外勤務時間   75時間29分

6月 時間外勤務時間  124時間43分

7月 時間外勤務時間   73時間00分

8月 時間外勤務時間   71時間38分

9月 時間外勤務時間   41時間51分

10月 時間外勤務時間  69時間15分

11月 時間外勤務時間  59時間10分

 しかし、裁判所が認定した時間外勤務時間数は、次のとおりでしかありませんでした。

4月1日ないし同月27日     5時間30分

4月28日ないし5月27日    4時間45分

5月28日ないし6月26日   28時間30分

6月27日ないし7月26日    3時間15分

7月27日ないし8月25日    6時間15分

8月26日ないし9月24日    0時間00分

9月25日ないし10月24日   7時間30分

10月25日ないし11月23日  3時間45分

11月24日ないし12月23日 21時間15分

 このように労働時間に関する主張が認められなかったこともあり、公務外災害と認定した行政庁の判断に誤りはないとして、原告の請求は棄却されました。

 それでは、なぜ、原告の主張と裁判所の認定との間に、これほど大きな乖離が生じたのでしょうか?

 この論点について、裁判所は、次のような判示をしています。

(裁判所の判断)

「(a)原告は、平成24年4月29日の業務を除き、時間外勤務命令を受けてないのに、始業時間前に出勤することが多かったこと、(b)原告が、時間外勤務命令を受けずに、始業時間前に出勤して行っていた業務は、窓口のカウンター及び備品等の掃除、機械の立上げ等の処理、当日行う業務の確認等であったところ、いずれの業務も、始業時間後にしても支障がない内容であること、(c)前記・・・で説示したとおり、原告の業務内容が特に過重なものであったとは認められないこと、(d)原告の前任者及び原告と同じ業務を担当している職員は、始業時間前に出勤していないこと、以上の事実が認められる。」

「これらの事実からすると、前記(a)の事実は認められるものの、前記(b)ないし(d)によれば、原告が時間外勤務命令を受けずにしていた始業時間前の業務については、その必要性が客観的に認められないから・・・、認定基準の適用上、原告の始業時間開始前の業務時間を時間外勤務時間として考慮することはできない。

「また、・・・(ⅰ)原告は、終業時間(午後5時15分)後も、午後8時、9時まで在庁していることが多く、午後10時過ぎまで庁舎に残っていることもあったこと、(ⅱ)前記・・・で説示したとおり、原告の業務内容が特に過重なものであったとは認められないこと、(ⅲ)原告は、ほぼ毎日業務終了後に、上司から命令されていないのに、当日の業務に関するメモ(証拠略)を作成しっていたこと、(ⅳ)現在総務課で原告と同じ業務を担当している職員は、選挙がある時期以外は、ほとんどの日において、所定の就業時間に退勤していること、以上の事実が認められる。」

「このことに(ⅴ)原告が終業時間後にしていた時間外勤務の内容が明らかではないことをも併せ考慮すると、前記(ⅰ)の事実は認められるものの、前記(ⅱ)ないし(ⅴ)によれば、それが原告の時間外勤務命令を受けずにしていた就業時間後の業務については、その必要性が客観的に認められないから・・・、認定基準の適用上、原告の就業時間後の業務時間を時間外勤務時間として考慮することはできない。」

3.労働時間性が否定されたのは、早出残業だけではないが・・・

 労災の労働時間の認定にあたっては業務負荷が重要な指標になります。必要性がなければ負荷がかかっていても労働時間にならないのかという疑問はあるものの、本件では必要性がなかったとの理由で早出残業の労働時間性が否定されました。

 原告の方の時間外勤務については終業後のものも必要性が否定されているため、早出残業であるがゆえに割を食った事案というわけではないかも知れませんが、残業代の局面でも労災認定の局面でも、早出残業には労働時間性が認められにくいため、労働者側としては、無理を押してまでは早く出勤しない方が良さそうです。

 

一部期間でも労働時間認定のための客観証拠が残っていれば、客観証拠に欠ける残部期間の残業代も請求できる可能性がある

1.タイムカードがない場合の労働時間の立証

 タイムカードがない場合であっても、労働時間を立証する方法はあります。パソコンの起動時間、アプリケーションのログイン・ログオフの時間、メールの送受信時刻、GPS位置情報、オフィスへの入出館記録、電子カルテへの記載時刻、机を並べていた同僚の証言など、実務では様々な立証方法が試みられており、一定の効果が確認されています。

 こうした状況のもと、近時の判例集に、客観証拠のある期間の労働時間から、客観証拠に乏しい他の期間の労働時間の推認するという手法で、労働時間の立証を認めた裁判例が掲載されていました。東京地判令2.3.27労働判例ジャーナル103-96 エアーテック事件です。

2.エアーテック事件

 本件はいわゆる残業代請求事件です。

 被告になったのは、建築工事の請負等を業とする株式会社です。

 原告は被告のもとで稼働していた労働者です。被告での勤務期間には、タイムカードのある部分(期間〔1〕)と、タイムカードのない部分(期間〔2〕)がありました。

 こうした状況のもと、原告は、

期間〔1〕の時間外労働時間及び深夜労働時間の合計値を所定労働日数で割って所定労働日1日あたりの時間外労働時間及び深夜労働時間を計算し、

それに期間〔2〕に対応する所定労働日数を掛算する、

という方法で期間〔2〕の残業時間を計算すべきだと主張しました。

 当然、被告は立証の欠缺を主張するわけですが、裁判所は、次のとおり述べて、期間〔1〕の労働時間から期間〔2〕の労働時間を推認・立証することを認めました。

(裁判所の判断)

「原告は、本件タイムカードが証拠として提出されていない期間(期間〔2〕)について、期間〔1〕の時間外労働時間及び深夜労働時間を基に、期間〔2〕の時間外労働時間及び深夜労働時間を推測して認定すべきである旨主張するので検討する。」

「原告が従事していた業務ごとに、期間〔1〕と期間〔2〕における労働時間の変動の有無及び程度を踏まえた上で、そのような推測をすることが合理的といえるか検討すると、現場作業については、期間〔1〕及び期間〔2〕を通じて原告が従事した現場作業に係る作業日報が存在するところ、これによれば、期間〔1〕及び期間〔2〕の各日の最初の現場作業の開始時刻と最後の現場作業の終了時刻との間の時間の合計は、期間〔1〕が869時間40分、期間〔2〕が596時間45分となり、これを各期間の所定労働日数の合計(期間〔1〕につき144日、期間〔2〕につき109日)で除すると1日当たりが期間〔1〕につき6時間2分、期間〔2〕につき5時間28分となり(別紙1の「作業日報」欄中の「時間」欄、別紙3の「時間」欄参照)、期間〔1〕と比べて大きな差があるわけではないが、期間〔2〕の方がこれに相応する程度現場作業に従事していた労働時間がやや少なかったことが想定される。」

「また、営業に関する業務についても、その内容に照らすと、その業務量は現場作業の業務量に影響されることが否定し難く、現場作業と同様に、期間〔1〕と比べると期間〔2〕の方が、原告が従事していた労働時間がある程度少なかったことが想定される。」

「他方で、倉庫作業については、その性質上、所定の始業時刻及び終業時刻の間に行われていたものであるから、時間外労働時間数及び夜間労働時間数に影響を与えるものとは考えられない。」

「そして、以上の点を併せ考えると、上記の差があることは考慮すべきであるものの、期間〔1〕の時間外労働時間及び深夜労働時間を基に、期間〔2〕の時間外労働時間及び深夜労働時間を推測して認定すること自体には合理性があるというべきである。

「被告は、原告が恣意的に期間〔2〕のタイムカードを証拠として提出していないから、期間〔1〕の労働時間を基に期間〔2〕の時間外労働時間及び深夜労働時間を推測する合理性はない旨主張する。」

「しかしながら、そもそも被告においてタイムカードは、被告が回収して保管しているものであるし・・・、また、原告が恣意的にタイムカードを証拠として提出するのであれば、期間〔2〕のうち現場作業に従事した時間が比較的多い平成28年8月や同年12月のタイムカードを提出し、他方で、期間〔1〕のうちその時間が比較的少ない同年9月や同年10月のタイムカードを提出しないのが自然であるが・・・、原告は、そうしていないのであって・・・、被告の上記主張は採用できない。」

「そうすると、期間〔2〕の原告の時間外労働時間及び深夜労働時間については、上記の期間〔1〕と期間〔2〕のそれぞれの所定労働日数1日当たりの現場作業に従事していた労働時間の比率も考慮した上で、期間〔1〕の所定労働日数1日当たりの平均の時間外労働時間及び深夜労働時間に期間〔2〕の各月の所定労働日数を乗じて算出される時間の85パーセントの時間と認めるのが相当である。」

3.一部期間分でも客観証拠があれば、残業代請求の芽はある

 裁判所は一部期間から他の期間の労働時間を立証することを認めました。

 法律相談をしていると、勤務期間の一部については労働時間を立証する資料があるものの、他の期間には客観的な痕跡に乏しいという事例に、一定の頻度で遭遇します。そうした事例の処理にあたり、本件の判示事項は参考になります。