弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

早出残業が労働時間としてカウントされにくいのは労災も同じか?

1.始業時刻の認定

 始業時刻前に出勤して稼働していたとしても、それを労働時間として認定してもらうことは決して容易ではありません。そのことは、以前、

業務開始時刻(早出残業)の認定は厳しい - 弁護士 師子角允彬のブログ

という記事で述べたとおりです。

 所定の始業時刻前にタイムカードが打刻されていた場合であっても、打刻時刻を始業時刻とするためには、

「使用者から明示的には労務の提供を義務付けていない始業時刻前の時間が、使用者から義務付けられまたはこれを余儀なくされ、使用者の指揮命令下にある労働時間に該当することについての具体的な主張・立証が必要」

とされています。

 そして、

「そのような事情が存しないときは、所定の始業時刻をもって労務提供開始時間とするのが相当である。」

と理解されています(白石哲編著『労働関係訴訟の実務』〔商事法務、第2版、平30〕68頁参照)。

 では、こうしたカウントの厳しさは、労災認定の局面で労働時間をカウントするときにも、変わらず妥当するのでしょうか?

 この問題を考えるうえで参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。横浜地判令2.2.19労働経済判例速報2425-3 地方公務員災害補償基金事件です。

2.地方公務員災害補償基金事件

 本件は、いわゆる労災の取消訴訟です。

 原告になったのは、町職員であった方です。在職中に発症した鬱病が過大な業務に伴う心理的負荷によるものであると主張して公務災害(労災の公務員版)の認定を申請しました。しかし、地方公務員災害補償基金神奈川県支部長が公務外災害と認定した処分を行ったため、その取消を求めて出訴したという経過が辿られています。

 原告は、鬱病と診断された平成24年11月14日から遡って数か月の時間外勤務時間について、次のような主張をしました。

4月 時間外勤務時間   74時間33分

5月 時間外勤務時間   75時間29分

6月 時間外勤務時間  124時間43分

7月 時間外勤務時間   73時間00分

8月 時間外勤務時間   71時間38分

9月 時間外勤務時間   41時間51分

10月 時間外勤務時間  69時間15分

11月 時間外勤務時間  59時間10分

 しかし、裁判所が認定した時間外勤務時間数は、次のとおりでしかありませんでした。

4月1日ないし同月27日     5時間30分

4月28日ないし5月27日    4時間45分

5月28日ないし6月26日   28時間30分

6月27日ないし7月26日    3時間15分

7月27日ないし8月25日    6時間15分

8月26日ないし9月24日    0時間00分

9月25日ないし10月24日   7時間30分

10月25日ないし11月23日  3時間45分

11月24日ないし12月23日 21時間15分

 このように労働時間に関する主張が認められなかったこともあり、公務外災害と認定した行政庁の判断に誤りはないとして、原告の請求は棄却されました。

 それでは、なぜ、原告の主張と裁判所の認定との間に、これほど大きな乖離が生じたのでしょうか?

 この論点について、裁判所は、次のような判示をしています。

(裁判所の判断)

「(a)原告は、平成24年4月29日の業務を除き、時間外勤務命令を受けてないのに、始業時間前に出勤することが多かったこと、(b)原告が、時間外勤務命令を受けずに、始業時間前に出勤して行っていた業務は、窓口のカウンター及び備品等の掃除、機械の立上げ等の処理、当日行う業務の確認等であったところ、いずれの業務も、始業時間後にしても支障がない内容であること、(c)前記・・・で説示したとおり、原告の業務内容が特に過重なものであったとは認められないこと、(d)原告の前任者及び原告と同じ業務を担当している職員は、始業時間前に出勤していないこと、以上の事実が認められる。」

「これらの事実からすると、前記(a)の事実は認められるものの、前記(b)ないし(d)によれば、原告が時間外勤務命令を受けずにしていた始業時間前の業務については、その必要性が客観的に認められないから・・・、認定基準の適用上、原告の始業時間開始前の業務時間を時間外勤務時間として考慮することはできない。

「また、・・・(ⅰ)原告は、終業時間(午後5時15分)後も、午後8時、9時まで在庁していることが多く、午後10時過ぎまで庁舎に残っていることもあったこと、(ⅱ)前記・・・で説示したとおり、原告の業務内容が特に過重なものであったとは認められないこと、(ⅲ)原告は、ほぼ毎日業務終了後に、上司から命令されていないのに、当日の業務に関するメモ(証拠略)を作成しっていたこと、(ⅳ)現在総務課で原告と同じ業務を担当している職員は、選挙がある時期以外は、ほとんどの日において、所定の就業時間に退勤していること、以上の事実が認められる。」

「このことに(ⅴ)原告が終業時間後にしていた時間外勤務の内容が明らかではないことをも併せ考慮すると、前記(ⅰ)の事実は認められるものの、前記(ⅱ)ないし(ⅴ)によれば、それが原告の時間外勤務命令を受けずにしていた就業時間後の業務については、その必要性が客観的に認められないから・・・、認定基準の適用上、原告の就業時間後の業務時間を時間外勤務時間として考慮することはできない。」

3.労働時間性が否定されたのは、早出残業だけではないが・・・

 労災の労働時間の認定にあたっては業務負荷が重要な指標になります。必要性がなければ負荷がかかっていても労働時間にならないのかという疑問はあるものの、本件では必要性がなかったとの理由で早出残業の労働時間性が否定されました。

 原告の方の時間外勤務については終業後のものも必要性が否定されているため、早出残業であるがゆえに割を食った事案というわけではないかも知れませんが、残業代の局面でも労災認定の局面でも、早出残業には労働時間性が認められにくいため、労働者側としては、無理を押してまでは早く出勤しない方が良さそうです。