弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

盛りすぎ就業規則の失敗例-行方不明による自然退職(自動退職)規定の解釈

1.自然退職(自動退職)

 私傷病休職の場面で、自然退職規定・自動退職規定といった言葉が使われることがあります。

 この場合の自然退職規定・自動退職規定とは、

「休職期間が満了しても休職事由が消滅しない場合には、従業員は、休職期間の満了をもって退職する。」

といった規定をいいます(佐々木宗啓ほか編著『類型別 労働関係訴訟の実務』〔青林書院、初版、平29〕308頁参照)。解雇の意思表示を要することなく、期間満了時に退職という効果が自動的に発生することが名前の由来となっています。

 この自然退職規定・自動退職規定を、

「◯日以上連絡がとれないときは、◯日を経過した時に退職する」

といったように、無断欠勤の場面でも使うことは可能なのでしょうか?

 また、可能だとして「連絡がとれない」という趣旨の要件は、どのように理解されるのでしょうか?

 この問題を考えるにあたり、参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。東京地判令2.2.4労働判例ジャーナル101-42 O・S・I事件です。

2.O・S・I事件

 本件は、セクシュアルハラスメントをしたという疑いをかけられた従業員が、勤務先に出勤しなかったところ、自然退職扱いされた事件です。自然退職扱いの効力が、争点の一つとなりました。

 被告会社の就業規則には、

「従業員の行方が不明となり、14日以上連絡が取れないときで、解雇手続を取らない場合には退職とし、14日を経過した日を退職の日とする」

との定めがありました(本件退職条項)。

 被告会社は本件退職条項を根拠に原告を自然退職扱いにしましたが、原告は休暇届等と題する書面をファクシミリで送信するなどの行為に及んでおり、双方向的なコミュニケーションはとれていなくても、連絡手段が完全に途絶していたわけではありませんでした。

 このような事実関係のもと、裁判所は、次のとおり述べて、自然退職の効力を否定しました。

(裁判所の判断)

被告の就業規則中には、本件退職条項のほか、従業員について、正当な理由なく欠勤が14日以上に及び、出勤の督促に応じない又は連絡が取れないことを懲戒解雇事由とする規定・・・があることが認められる。そして、被告の就業規則中にあえて上記規定と別個に設けられた本件退職条項の趣旨は、被告が従業員に対して通常の手段によっては出勤の督促や懲戒解雇の意思表示をすることができない場合、すなわち、被告の従業員が欠勤を継続し、被告が通常の手段によっては出勤を命じたり解雇の意思表示をしたりすることが不可能となった場合に備えて、そのような事態が14日以上継続したことを停止条件として退職を合意したものと解される。

「したがって、本件退職条項にいう『従業員の行方が不明となり、14日以上連絡が取れないとき』とは、従業員が所在不明となり、かつ、被告が当該従業員に対して出勤命令や解雇等の通知や意思表示をする通常の手段が全くなくなったときを指すものと解するのが相当である。

「本件において、証拠・・・及び弁論の全趣旨によれば、原告は、被告に対し、本件施設に出勤しなくなった平成27年9月22日以降、同月25日から同月28日まで、連日、休暇等届と題する書面等をファクシミリを利用して送信するとともに、同月28日には、同年10月分の勤務の予定をファクシミリを利用して送信するよう求め、同年10月2日には、重ねて上記要求をし、さらに、同月20日には、電子メールを送信して、休職を申し出るとともに、電子メールアドレスを開示して電子メールで連絡をするよう求めていたことが認められる。」

「これに対し、被告代表者及びcの各陳述書・・・中には、この間、被告代表者やcが原告に電話を架けても応答がなかったとの記載部分があり、被告代表者の本人尋問における供述中には、原告は上記電話に1回しか応答せず、被告の従業員が原告方を訪ねても原告は応対しなかったとの供述部分がある。しかし、仮にそのような事実があったとしても、原告の所在がこの間被告に不明であったとの事実や、被告が原告に対してファクシミリや電子メールを利用して上記通知や意思表示をすることが不可能な状況にあったとまでは認められない。」

「以上によれば、原告について、平成27年9月22日以降、本件退職条項にいう『行方が不明となり、14日以上連絡が取れないとき』に当たる状況にあったものとは認められない。したがって、本件雇用契約が本件退職条項により終了したとの被告の主張は理由がない。」

3.盛りすぎ就業規則の失敗例

 裁判所は、無断欠勤の自然退職規定について、

「従業員が所在不明となり、かつ、被告が当該従業員に対して出勤命令や解雇等の通知や意思表示をする通常の手段が全くなくなったときを指すものと解するのが相当である。」

とかなり厳格な理解を示しました。意思表示をする通常の手段としては、訪問・電話・郵便・メール・ファックスなど種々の方法が考えられるため、これらが「全く」なくなるという場面は極めて限定的だと思います。

 こうした限定的な理解が示されたのは、被告会社に無断欠勤を懲戒解雇事由とする規定が並置されていて、それとの住み分けが問題になったからだと思われます。安易に自然退職を認めることは慎まれるべきではありますが、もし、被告会社が自然退職規定のみを置いていたとすれば、この規定はこういう場合を想定したもの、あの規定はあの場合を想定したもの、といった場面毎の切り分けの必要がなくなるため、よりラフな規範が示されていた可能性は否定できないと思います。

 中小企業の就業規則を見ていると、何の哲学もなく思いつくままに従業員を縛り付けようとしたとしか思えない、奇妙な盛られ方をしているものを目にすることが少なくありません。

 本件の被告会社でも、懲戒解雇にもできるし自然退職にもできるし会社にとって都合がいい、といった認識のもとで懲戒解雇事由と自然退職規定を並置するような就業規則が設計された可能性があるのではないかと思います。

 しかし、そうしたパッチワーク的な発想は逆効果になることも多く、本件のように使用者側からみて就業規則を脆弱にすることもあります。

 字面の上で雁字搦めになっているように見えても、足し算を繰り返して奇妙な形態になっている就業規則は、解釈という作業を経ることによって粗を見いだせることが少なくありません。そのため、理不尽と感じられるような扱いを受けた労働者は、その根拠となる就業規則の文言だけを見て、安易に絶望しないことが大切です。

 

専ら労働者の技術向上のために行われた勉強会の労働時間性(多義的な事実の取扱にみる弁護士の技量)

1.研修等(勉強会)の労働時間性

 所定労働時間内に行われるべきものとまではいえない研修等の労働時間性については、

「労働者が使用者の実施する教育に参加することについて、就業規則上の制裁等の不利益取扱による出勤の強制がなく、自由参加のものであれば、時間外労働にはならない・・・。しかし、業務との関連性が認められる企業外研修、講習や小集団活動は、使用者の明示又は黙示の指示に基づくものであり、その参加が事実上強制されているときには、労働時間制が認められることになる。

と理解されています(佐々木宗啓ほか編著『類型別 労働関係訴訟の実務』〔青林書院、初版、平29〕109頁参照)。

 端的に言えば、自由参加なのか/参加が事実上強制されているのかが、研修等(勉強会)に労働時間制が認められるのか否かの分水嶺となります。

 それでは、研修等(勉強会)が専ら特定の労働者の技術向上のために行われていることは、自由参加なのか/事実上強制されているのかの判断にあたり、どのように評価されるのでしょうか?

 事前に指導・改善の機会を与える必要はあるにしても、使用者は技術力が労働契約で合意された水準に達しない場合、労働者を解雇することができます。こうした観点からは、使用者には技術力が不足する労働者に対して所定労働時間外の研修等(勉強会)に参加することを強制する誘因はないと考えられます。

 しかし、特定の労働者の技術向上を目的としているという点に着目すると、能力不足解雇のプレッシャーに晒されている労働者としては、参加せざるを得ず、事実上強制されているという考え方も成り立つように思われます。

 近時公刊された判例集に、この問題を考えるにあたり参考になる裁判例が掲載されていました。大阪地判令2.3.3労働判例ジャーナル101-38 前原鎔断事件です。

2.前原鎔断事件

 本件は被告会社を普通解雇された労働者が、解雇無効による地位の確認や、時間外労働を行ったことを理由とする割増賃金の支払等を求めて提訴した事件です。

 割増賃金の支払請求の可否をめぐる論点の一つとして、被告会社が所定労働時間外に行っていた労働時間性が問題になりました。

 被告会社は、

「勉強会は本件組合の要望を受けて始まったこと、勉強会の目的が原告の技術向上やトラブルや事故の回避という専ら原告のためであったこと、被告が原告に勉強会の参加を強制したことがないこと、勉強会の日時は、あらかじめ原告の予定を確認して決めていたこと、原告の都合により勉強会の日程を変更したこともあることからすれば、勉強会は原告が任意に参加していたことは明らかであり、労働時間には当たらない。」

と勉強会が労働時間に該当することを否認しました。

 裁判所は、

「『勉強会』の実施やP3主任による指導を受けながらも、新入社員がおおむね3か月くらいでマスターする仕上げ作業をマスターできない状況にあったこと」

などを指摘して普通解雇の有効性を認める一方、次のとおり述べて、勉強会の労働時間性を認めました。

(裁判所の判断)

「原告は、『勉強会』への出席も余儀なくされた旨主張し、被告は、原告が『勉強会』に任意に参加していたことは明らかであり、労働時間には当たらない旨主張する。」
「確かに、『勉強会』は、本件組合の提案を受けて開催されるようになったものではあるものの、原告に対する指導内容等を振り返ることを内容とするものであるから・・・、原告が参加せずに開催されることはそもそも予定されていない。また、原告は、P9取締役が入社した平成20年の時点において、既に、被告の従業員らから、なかなか仕事の技術が身に付かないと認識されていたものであり・・・、原告が『勉強会』に参加せず、その後も技術が身に付かないままであれば、原告の賃金や賞与の査定如何、ひいては従業員としての地位如何にかかわるのは明らかである。加えて、被告の就業規則には、『会社は、従業員に対し、業務上必要な知識、技能を高め、資質の向上を図るため、必要な教育訓練を行う。』、『従業員は、会社から教育訓練を受講するよう指示された場合は、特段の事由がない限り指示された教育訓練を受講しなければならない。』と規定されていること・・・をも併せ鑑みれば、原告が『勉強会』に参加する時間は、被告の指揮命令下に置かれている時間、すなわち労働基準法上の労働時間に該当すると解するのが相当である。なお、『勉強会』の日時について原告の予定を考慮して決められたり、原告の都合により日程を変更したりしたこともあることによって、上記判断は左右されない。

3.多義的な事実の取扱にみる弁護士の技量

 本件の興味深い部分は、被告が行った

「勉強会の目的が原告の技術向上やトラブルや事故の回避という専ら原告のためであったこと」

との労働時間性を否定するために主張した事情が、裁判所によって、

「原告に対する指導内容等を振り返ることを内容とするものであるから・・・、原告が参加せずに開催されることはそもそも予定されていない。」

と労働時間性を肯定する事情の筆頭に掲げられている点です。

 結論から逆算して考えると、被告会社は藪蛇な主張をしたことになります。

 しかし、これは、別段、被告会社の訴訟のやり方に大きな落ち度があったというわけではないと思います。

 裁判をやっている最中には、ある事情が裁判所によってどのように評価されるのかが正確に分かるわけではありません。そのため、自分の主張を肯定する方向にも否定する方向にも評価することが可能な事実がある場合、代理人弁護士は、裁判所の物の見方を予測しながら、その事実を弁論に顕出するのかどうか、顕出させるとしてどのような方向から光を当てるのかを判断して行くことになります。これが非常に専門的で難しいのです。

 個人的な職務経験に照らすと、旗色の悪い事件で結論を覆す力のある弁護士は、こうした多義的な事実の使い方が上手く、不利な事実をあたかも有利な事実・無害な事実であるかのように見せる技術に長けているように思います。

 一般の方が弁護士の技量を見極めるにあたっては、不利な事実も包み隠さず相談し、それに対して弁護士がどのような評価・コメントをするのかを比較・検討するといった視点も有効ではないかと思います。

 

職場でのハラスメント、加害者への処分を求めることの権利性Ⅱ(今一歩踏み込んだ例)

1.パワハラ・セクハラ被害者は加害者への指導・処分を求めることが可能か?

 以前、

「職場でのハラスメント、加害者への懲戒処分を求めることへの権利性」

という記事を書きました。

https://sskdlawyer.hatenablog.com/entry/2019/11/29/001414

 記事の中で、フリーランス等を対象とした調査ではあるものの、加害者への適切な処分を望むハラスメントの被害者が相当数に及ぶことに触れました。

 そのうえで、

「被告(勤務先 括弧内筆者)において、C(加害者 括弧内筆者)に対する懲戒処分を行うべき具体的な注意義務を原告(被害者 括弧内筆者)に対して負っていたとまでは認め難い。」

と判示した事案として、東京地判平31.4.19労働判例ジャーナル92-52 日東商会事件を紹介しました。

 日東商会事件では、懲戒処分を行うべき具体的な注意義務までは否定されました。

 しかし、懲戒処分を行わなかったことの合理性を支える事実として、加害者に厳重注意をしたことが指摘されていたことから、加害者への指導・処分を求めることに対する被害者の権利性については、いずれもう少し踏み込んだ判断が出るのではないかと裁判例の動向を注視していました。

 そうしていたところ、近時公刊された判例集に、この論点に、今一歩踏み込んだ判示をした裁判例が掲載されているのを見つけました。徳島地判令2.4.15労働判例ジャーナル101-22 国・法務大臣事件です。

2.国・法務大臣事件

 本件は刑務所職員である原告が、同僚や上司からパワーハラスメントやセクシュアルハラスメントを受けたところ、これらの事実を申告したにもかかわらず原告の心情に配慮した適切な措置を採らなかったことなどを理由に、国に対して損賠賠償を請求した事件です。

 この事件の中で、裁判所は、国の注意義務について次のとおり判示しました。

「被告は、被用者として、その任用する職員に対し、生命、身体等の安全を確保しつつ職務をすることができるように必要な配慮をする義務(安全配慮義務)を負うところ、かかる安全配慮義務の一つとして、被告には、職場におけるパワハラやセクハラ等によって被用者が精神的・肉体的に苦痛を受けないよう、その発生の防止や解消に努め、良好な職場環境を保持ないし調整する義務があると解すべきである。具体的には、職員からパワハラ等の訴えがあったときには、その事実関係を調査したうえ、対象者に対する指導等を含む人事管理上の適切な措置を採るべき義務を負うもの解するのが相当である。 

3.任用する職員に対する義務としての、人事管理上の適切な措置を採るべき義務

 本件では結論として、国の義務違反は否定されました。

 しかし、任用する職員に対する義務として、国に、

「対象者に対する指導等を含む人事管理上の適切な措置を採るべき義務」

があると述べた点は、加害者への処分を求めることの被害者の権利性について、従前の枠から今一歩踏み出すものであるように思われます。

 ハラスメントに関しては、損害賠償というよりも、加害者への処分を求めたいという方も少なくありません。国・法務大臣事件は、加害者への処分を求める被害者に対し、職場と交渉するための材料を与える裁判例として、注目に値します。

 

固定残業代の合意-2年以上前の導入の経緯であっても争える

1.古い事件

 一般論として言うと、相手方から一方的に言い渡された法律関係であったとしても、それを前提に年単位の既成事実が積み重なってしまうと、

「〇年前の件で、合意した覚えはない。」

と言ったところで、それを裁判所に認めてもらうことは困難です。

 しかし、労働条件の不利益変更が問題になるケースは、その例外で、相当古い事件でも掘り起こせることがあります。近時の判例集に掲載されていた、大阪地判令2.3.4労働判例1222-6豊和事件も、その一つです。

2.豊和事件

 本件は、原告労働者が、長時間労働によって心身の健康の健康を害したとして安全配慮義務違反に基づく損害賠償を請求するとともに、時間外勤務手当等の支払いを請求した事件です。

 時間外勤務手当等の請求の場面で、固定残業代の有効性が問題になりました。

 被告会社は、

平成26年12月15日に各従業員に対し、「新・人事制度について」と題するファイルを添付し、「説明会の資料です。参加する前に必ず1度は読む事!!」とのメッセージを記載した電子メールを送信し、

平成26年12月16日に「新・人事制度」の説明会を開催し、残業代見合いとして業務手当を支給することについて説明しました。

 また、

平成27年4月1日頃、原告に対して同年5月27日以降の原告の賃金内容を記載した給与辞令を交付し、

平成27年5月20日以降に、原告と個人面談して、パソコン画面に表示させた表を用いて、支給名目ごとの金額を示すなどして、説明を行いました。

 こうして既成事実が積み重ねられた後、平成30年2月26日に本件訴訟が提起されれました。

 この事案で、裁判所は、次のとおり述べて、固定残業代の有効性を否定しました。

(裁判所の判断)

「被告が根拠とする『人事制度の概要』と題する文書は、『2014年12月3日案』とされており、そもそも同文書を就業規則の一部と見ることは困難である。また、このことを措くとしても、同文書には、『給与体系』の項中に、業務手当につき、『総合職(営業、施工、開発及びその兼務者)であって、所属グレードがアシスタント職、レギュラー職、リーダー職の者については、業務手当を支給し、時間外手当は支給しない。』との記載があるにとどまり、業務手当が固定残業代の性質の手当であることについて、明確に定めたものとは認められない。加えて、証拠・・・によれば、賃金表には、業務手当が固定残業代の性質の手当であることを示す記載はない。

「そうすると、被告において、業務手当が固定残業代であることについて定めた就業規則が存在するとは認められない。」

「次に、業務手当を固定残業代として支給することにつき、被告と原告との間で個別の合意が成立したか否かにつき検討するに、上記・・・のとおり、被告は、平成27年5月分の給与から給与体系を全面的に改定し、従業員の給与につき、年齢給、勤続給、資格給(平成27年12月分からは『グレード級』)、職位手当、資格手当、業務手当、特別手当、地域手当、調整手当、通勤手当、時間外手当等に区分した上で、一義的に各区分に基づき定められた給与額を算定するという給与体系を導入することを決定したものであるが、従前の原告に対する給与において、固定残業代として支給される手当はなかったこと、業務手当の導入により原告の給与が増額となったわけではないこと・・・からすると、新たな給与体系において従前の給与の一部に固定残業代としての性質を有する業務手当を設けることは、従前の給与体系からの不利益変更に当たるものというべきである。

「この点に関し、被告は、業務手当を残業代見合いとして支給することを記載した資料を配布した上、説明会においてこれに言及したこと、個別の面談時にも給与の支給名目と金額を示して説明したこと、その上で業務手当の額等も明記された給与辞令を交付したことが認められるが、他方、原告がかかる給与体系の変更に同意したことを示す文書等は存在せず、原告は、平成27年10月30日、業務手当に関する疑問も含めた質疑要望書なる書面を提出しているところ、被告が明確な応答をしなかったことも踏まえると、原告が自由な意思に基づいて被告による給与体系の変更に同意したものとは認められない。

「よって、業務手当を固定残業代として支給することについての個別の合意が原告と被告との間に存在したとも認められない。」

「以上によれば、原告に支給されていた業務手当について、被告が予め残業代の支払に充てる趣旨で支給していた固定残業代であったと認めることはできない。」

3.なし崩し的な固定残業代の導入に泣き寝入りをする必要はない

 私の感覚では、新たに固定残業代の導入がされるときに、固定残業代部分に相当する手当が付加・積み上げられるということは稀です(そんな導入はしても使用者側にメリットがないからだと思います)。概ねのケースでは、従前の賃金の一部が固定残業代の名目に置き換わる形で導入されているように思われます。

 このような方式での固定残業代の導入は、裁判所が指摘するとおり、労働条件の不利益変更に該当します。

 労働条件の不利益変更は、そう簡単には認められません。

 就業規則を変更するにしても、

「業務手当を支給し、時間外手当は支給しない。」

みたいな説明では不十分ですし、賃金規程に明確に固定残業代であることを定めておく必要があります。

 それが欠けている場合、合理性審査(労働契約法10条に基づいて就業規則の変更による労働条件の不利益変更が可能かどうかの判断を行うこと)にすら行き着かず、そもそも就業規則上の労働条件になっていないと理解されることになります。

 また、労働条件の不利益変更に対する個別合意が認められるかどうかも慎重に認定されます。

 幾ら説明が塗り重ねられていたとしても、また金額まで明確にした説明されていたとしても、それに明確な反対をしなかったというだけで合意を認定されることはありません。二年以上の既成事実が積み重なったとしてもです。

 一般論として、古い事件は、それだけで弁護士から扱いにくい事件だという先入観をもたれがちです。それは概ねの紛争類型では正しいのですが、固定残業代の効力をめぐる紛争は例外です。かなり昔の導入の経緯でも、争えることが少なくありません。

 固定残業代は随所で紛争の火種となっている問題の多い仕組みです。釈然としない思いをお抱えの方は、ぜひ一度、ご相談頂ければと思います。上述の一般論との関係で、弁護士によって見解が変わる可能性があるため、セカンドオピニオン、サードオピニオンのお問合せも歓迎します。

 

公務員の時間外勤務手当の詐取-懲戒免職処分は適法でも退職手当の全部不支給処分は違法とされた例

1.懲戒免職処分と退職金不支給処分との連動性

 公務員の場合、懲戒免職処分と退職金不支給処分とが連動する仕組みがとられています。

 国家公務員の場合、退職金の支給/不支給の判断は、国家公務員退職手当法という法律に基づいて行われます。

 国家公務員が懲戒免職処分等を受けた場合、退職手当管理機関は、一般の退職手当等の全部又は一部を支給しないこととする処分を行うことができると規定しています(国家公務員退職手当法12条1項)。

 この国家公務員退職手当法には、運用方針が定められており、懲戒免職処分等を受けた国家公務員に対しては、

「非違の発生を抑止するという制度目的に留意し、一般の退職手当等の全部を支給しないこととすることを原則とするものとする」

とされています(国家公務員退職手当法の運用方針 昭和60年4月30日 総人第 261 号最終改正 令和元年 9 月 5 日閣人人第 256 号)。

https://www.cas.go.jp/jp/gaiyou/jimu/jinjikyoku/jinji_c10.html

https://www.cas.go.jp/jp/gaiyou/jimu/jinjikyoku/files/s600430_261.pdf

 そのため、懲戒免職処分を受けた国家公務員は、基本、退職手当全部不支給処分を受けることになります。

 多くの地方公共団体は、国家公務員の例を参考に地方公務員の管理を行っているため、地方公務員の場合も懲戒免職処分と退職手当全部不支給手当は基本的に連動しているといっても差支えありません。

 ただ、基本的に連動しているとはいっても、懲戒免職処分を受けた公務員の全てが退職金の全部不支給処分を甘受しなければならないのかというと、必ずしもそうはなっていません。

 このブログでも、以前、飲酒運転の例で、懲戒免職処分は適法でも、退職手当の全部不支給処分は違法とされた例を紹介させて頂いたことがあります。

https://sskdlawyer.hatenablog.com/entry/2019/10/27/002148

 近時公刊された判例集に、時間外勤務手当の詐取のケースで、懲戒免職処分を適法としつつ、退職手当の全部不支給処分を違法とした裁判例が掲載されていました。新潟地判令2.4.15労働判例ジャーナル101-20 新潟市事件です。

 公金の詐取は飲酒運転以上に厳しい処分が予定されているため(懲戒処分の指針について 平成12年3月31日職職-68 人事院事務総長発 最終改正:令和2年4月1日職審-131参照)、この類型で退職手当の全部不支給処分が違法になるというのは意外でした。珍しい判断であるため、ご紹介させて頂きたいと思います。

2.新潟市事件

 本件で被告になったのは新潟市です。

 原告になったのは、新潟市の職員であった方です。所属する課の課長の印鑑を無断で押捺して時間外勤務命令票を偽造し、時間外勤務手当を詐取し又は詐取しようとしたことを理由として、懲戒免職処分・退職手当支給制限処分を受けました。これに対し、事実誤認・裁量の逸脱濫用があるとして、各処分の取消を求めて提訴したのが本件です。

 裁判所は事実誤認の違法はないとしたうえ、懲戒免職処分に係る行政庁の判断に裁量の逸脱濫用はないと判示しました。

 そのうえで、次のとおり述べて、退職手当支給制限処分(全部不支給)は、裁量を逸脱・濫用した違法なものであると判示しました。

(裁判所の判断)

「・・・退職手当条例10条の運用に当たって、退職手当法運用方針を参考として退職手当支給制限の要否や程度について判断することは、合理性を有するものと認められる。もっとも、退職手当法運用方針が被告において参考とされているものにとどまり被告の定めた処分基準ではないことのほか、退職手当の上記のような性格や、それゆえ退職手当支給制限処分については、特定の時期においてされた非違行為に対する直接的な懲戒権の行使としての懲戒免職処分と比較して、公務員に対する社会の信頼その他社会的責任の高まり等、その時々の社会情勢に応じた要請を考慮すべき程度がそこまで高いとはいい難い側面もあり、より長期的な観点から、対象者の勤務態度等を含む諸般の事情を考慮することが相当であるというべきこと等に鑑みれば、退職手当の全部又は一部を支給しないことができる旨定める退職手当条例の適用に当たって、その全部を支給しないという処分をするに当たっては、懲戒免職処分を選択するか否かの判断におけるよりも、慎重な裁量権の行使が求められているというのが相当である。

「以上を踏まえ、本件支給制限処分について検討するに、まず、本件非違行為は、前記のとおり、人事院指針における詐取の例に当たるというべきものであるが、他方で違法支払等の例にも該当するといえるものである。この点、詐取の例については免職が標準例とされる一方、違法支払等の例においては戒告又は減給が標準例とされている。したがって、本件非違行為は、停職以下の処分にとどめる余地がある場合(退職手当法運用方針12条関係の2号のイ)に当たるというべきである。」

「そこで、上記を前提に、本件非違行為に係る非違の内容及び程度、非違に至った経緯、当該非違後における当該退職をした者の言動、当該非違が公務の遂行に及ぼす支障の程度並びに当該非違が公務に対する信頼に及ぼす影響に加え、被処分者の過去の功績の度合い、支給が制限される手当の金額、当該支給制限処分により被処分者が被る経済的不利益の内容等を総合考慮した上で、本件支給制限処分が社会観念上著しく妥当性を欠き、裁量権の範囲を逸脱し又はこれを濫用したものと認められるかを検討する。」

「上述のとおり、本件非違行為は、課長補佐の職位にある原告が、所属長の印鑑を無断で用いて時間外勤務手当を不正に受給し、受給しようとした事案であって、発覚のしにくさや任命権者に対する直接の背信行為であること等も考慮すれば、悪質な行為態様であるといわざるを得ない。また、住民の税金により賄われている原告の時間外勤務手当を詐取しようとした事案であることに鑑みれば、住民からの公務に対する信頼に及ぼす影響も決して軽視することはできないものである。加えて、原告が課長補佐という被告の職員に対して範を示すべき立場にあったこと、本件非違行為の3か月ほど前に本件厳重注意処分を受けていたこと、本件非違行為後の原告の態度も思わしくないこと等、原告に不利な事情も認められる。」

「しかしながら、本件非違行為によって原告が実際に受給した時間外勤務手当は数万円程度であり、それも返還済みであることや、平成27年5月分の時間外勤務手当については実際には支給されていないことからすれば、被告に実質的な経済的損害は生じていないということができ、本件非違行為は第三者に対する経済的被害を及ぼすものでもない。また、原告は、被告あるいは新潟市に合併される前の地方公共団体の職員として、通算して36年余りの勤務歴を有し、本件懲戒免職処分を受けるまでに懲戒処分を受けたことはなく、その勤務成績も平成27年2月に本件厳重注意処分を受けたほかはおおむね良好であったと認められるのであって(このことは本件懲戒免職処分に関する審査請求手続におけるC課長の供述内容からもうかがわれるところである。)、本件懲戒免職処分に至るまでに、公務に対して相応の貢献をしてきたことが認められる。そして、本件非違行為は、2か月分の時間外勤務手当の受給に係るものではあるものの、同年5月頃に、ほとんど同一の機会にされたものであると認められ、また、既に触れたところからして、原告の地位等ゆえにC課長印を冒用することが比較的容易であったこと、それゆえ原告に対する誘惑が一定程度あったことは否定できず、その点で動機において斟酌すべき点がなかったとまではいえない。この点、原告が、当時、服薬によりコントロールはできていたとしても、心療内科に通院を継続していたという事情も、斟酌し得ないものではない。上記に関し、カラ出張の件に係る本件厳重注意処分及びカラ出張顛末書の提出等は、本件非違行為と3か月ほどの近接した時期にされているところ、この点は、既に指摘したとおり、原告に対する非難を強める事情ではあるが、他方で、カラ出張の件に係る原告の行為態様等が本件非違行為におけるものと相当程度に異なっていることを考慮すれば、それらが連続してされていることの悪質性を過度に強調することも相当とはいい難いところがある。

加えて、原告の本件支給制限処分時の年齢は55歳であって、再度の就職をすることが一般的に困難を伴う年齢であること、本件支給制限処分によって支給が制限された退職手当の金額は1854万1700円と高額であること、公務員は一般的に兼職が禁止され、給与以外に収入を得る手段が乏しいこと等を併せ考慮すると、原告の妻も少なくとも本件各処分時において被告の職員であり約645万円程度と相応の年収があったこと(甲42参照)、原告の3人の娘も結婚や就職などをして既に自立していること等の事情を踏まえてもなお、本件支給制限処分は原告に対して重大な経済的不利益を与えるものであるといわざるを得ない。

以上の諸点を総合考慮すれば、原告の退職手当の受給権について、その大半(8割程度)を減額する旨の退職手当一部不支給処分をすることは処分行政庁の裁量権の範囲に属するものといえるが、本件非違行為が原告の退職手当の受給権全てを否定するに足りる程度の重大性を有するということは困難であり、退職金の全部の支給を制限する旨の本件支給制限処分については、本件非違行為の内容及び程度と不利益処分との間の均衡を欠き、原告に対して過度に重大な処分を課すものとみるのが相当である。

「被告は、本件行為態様が悪質であることや、原告がこれまでにも諸給与や休暇等を不正に受給又は取得していた疑いがあること等情状面でも問題があること等を指摘するが、その疑いに係る不正行為全てが実際にあったと認めるに足りる証拠はなく、これらを踏まえても上記判断が左右されるものとはいい難い。また、被告は、本件により原告が不正に受給し又は受給しようとした金額が比較的低額であるとしても、本件がたまたま不正行為の途中で発覚したものにすぎず、被害金額が拡大していた可能性があることを指摘するものの、被告指摘の事情は実際に生じた経済的被害等の多寡に直接影響を及ぼすものではないし、発覚しなければ生じ得た被害を過度に重視することは相当ではないから、この点に関する被告の主張も、上記判断を左右するに足りるものではない。

「よって、本件支給制限処分は、社会観念上著しく妥当性を欠き、裁量権の範囲を逸脱し又はこれを濫用したものとして違法な処分であると認められる。」

3.同種事案で使えそうな論理

 新潟市事件の判示は事例判断として参考になるほか、他の事案でも使えそうなロジックを含んでいます。個人的に重要だと考えているのは、次の二点です。

 一つ目は、退職金全部不支給処分を行うにあたっての行政裁量が懲戒免職処分を行うにあたっての行政裁量よりも慎重に行使されるべきであると明記した点です。

 これは、懲戒免職処分を受けた方が、懲戒免職処分と同時に退職金全部不支給処分の効力を争うにあたり、引用することができる判示です。

 もう一つが、「たまたま被害が少なかった」論を過度に重視すべきではないと排斥した点です。

 被害・損害が比較的軽微な事案では、かなりの頻度で行政庁側から「被害が軽微だったのは、たまたまであって、一歩間違えれば重大な結果が生じていた」という主張が展開されます。例えば、「飲酒運転をして怪我人が出なかったのは、たまたまであって、一歩間違えれば死人すら出てもおかしくなかったのだから、怪我人が生じていないことを過度に重視すべきではない。」などといった主張です。

 この論法が通用するとすれば、凡そ懲戒処分・退職金支給制限処分の適法性は、行為の危険性だけをみることになり、結果が処分量定の考慮事情になることと矛盾すると思われますが、この論法は割と至るところで提示されます。

 これを、

「発覚しなければ生じ得た被害を過度に重視することは相当ではない」

と排斥した点も、他の事案に応用可能な判示だと思います。

 公務員の退職手当は勤続年数が長いと相当高額に及ぶため、やった非違行為との関係で退職金の支給制限処分が重すぎるのではないかと思われることは少なくありません。

 非違行為をしてしまったとしても、どのような処分でも甘受しなければならないというわけではありませんし、「幾ら何でも・・・」と違和感を持った場合には、処分の適法性を争うことができないか、弁護士に相談してみても良いのではないかと思います。もちろん、当事務所でも、相談を、お受け付けしています。

 

無期転換逃れを指導する行政(地方公共団体)、それに唯々諾々と従う公益法人

1.無期転換逃れ

 労働契約法18条1項本文は、

「同一の使用者との間で締結された二以上の有期労働契約・・・の契約期間を通算した期間・・・が五年を超える労働者が、当該使用者に対し、現に締結している有期労働契約の契約期間が満了する日までの間に、当該満了する日の翌日から労務が提供される期間の定めのない労働契約の締結の申込みをしたときは、使用者は当該申込みを承諾したものとみなす。」

と規定しています。

 簡単に言うと、有期労働契約が反復更新されて、通算期間が5年以上になったら、労働者には有期労働契約を無期労働契約に転換する権利(無期転換権)が生じるということです。

 この無期転換権が発生することを忌避して、使用者が無期転換権の発生直前に雇止めを行うことを俗に「無期転換逃れ」といいます。

2.立法者意思と行政解釈は無期転換逃れに否定的

 使用者が無期転換逃れのための雇止めをするのではないかとの懸念は、立法初期の段階から指摘されていました。

 そのため、平成26年10月28日、参議院厚生労働委員会は「専門的知識等を有する有期雇用労働者等に関する特別措置法案に対する附帯決議」の中で、

「無期転換ルールの本格的な適用開始に向けて、労働者及び事業主双方への周知、相談体制の整備等に万全を期すとともに、無期転換申込権発生を回避するための雇止めを防止するため、実効性ある対応策を講ずること。」

を明記しました。

 また、平成27年8月7日、厚生労働省は、

「平成25年4月から施行された無期転換ルールについては、無期転換申込権が発生する直前の雇止めについて懸念があることを踏まえ、平成26年2月14日付け労働政策審議会建議『有期労働契約の無期転換ルールの特例等について』・・・において、『雇用の安定がもたらす労働者の意欲や能力の向上や、企業活動に必要な人材の確保に寄与することなどのメリットについて十分に理解が進むよう一層の周知を図ること』や『有期契約労働者やその雇用管理の担当者にも内容が行き届くよう、効果的な周知の方法を工夫すること』等が厚生労働行政に求められている。」

「また、平成26年10月28日付け専門的知識等を有する有期雇用労働者等に関する特別措置法案に対する参議院厚生労働委員会附帯決議・・・においても政府は『無期転換ルールの本格的な適用開始に向けて、労働者及び事業主双方への周知、相談体制の整備等に万全を期すとともに、無期転換申込権発生を回避するための雇止めを防止するため、実効性ある対応策を講ずること』を求められているところである。」

「こうした状況を踏まえ、厚生労働行政としては、引き続き労働契約法の内容について周知を図るとともに、特に無期転換ルールについては、事業主や雇用管理担当者(以下、「事業主等」という。)、有期契約労働者に対し、円滑な無期転換の促進に向けた積極的かつ効果的な周知啓発を行うこととする。

との通知を発出しました(地発0807第3号/基発0807第1号/職発0807第1号/ 都道府県労働局長あて厚生労働省大臣官房地方課長・厚生労働省労働基準局長・厚生労働省職業安定局長通知「労働契約法の『無期転換ルール』の定着について」)。

https://www.mhlw.go.jp/web/t_doc?dataId=00tc2180&dataType=1&pageNo=1

3.グリーントラストうつのみや事件

 立法者意思にしても、行政解釈にしても、無期転換逃れを行うことには否定的な見解を出しています。

 そうであるにもかかわらず、近時公刊された判例集に、目を疑いたくなる裁判例が掲載されていました。宇都宮地判令2.6.10労働判例ジャーナル101-1 グリーントラストうつのみや事件です。何が特徴的なのかというと、無期転換権の発生を防止するために宇都宮市が被告公益財団法人の有期雇用労働者の雇止めを指導したことです。

 本件で被告となったのは、宇都宮市内に主たる事務所を置いて設立された公益財団法人です。

 原告になったのは、被告公益財団法人の非常勤職員として有期労働契約を締結し、これを反復更新していた方です。被告事務次長らから、

「5年のルール(有期労働契約の期間の定めのない労働契約への転換を定める労契法18条所定のルールのこと)が同年4月1日から施行されるので、原告については今度更新すると長期雇用となってしまうので、市の人事課から人員を整理するよう指導があった」

との理由で雇止めを通知され、これに納得できないとして雇止めの無効・地位確認等を求める訴訟を提起しました。

 裁判所は、労働契約が更新されるものと期待することについて合理的な理由があることを認めたうえ、次のとおり判示し、雇止めの効力を否定(地位確認請求を認容)しました。

(裁判所の判断)

「本件労働契約・・・は有期労働契約であるが、労契法19条2号に該当し、労働者たる原告の雇用継続に対する期待は合理的な理由に基づくものとして一定の範囲で法的に保護されたものであるから、特段の事情もなく、かかる原告の合理的期待を否定することは、客観的にみて合理性を欠き、社会通念上も相当とは認められないものというべきである。」

「・・・被告は、・・・被告の財政基盤は一般企業などとは異なり脆弱であって、およそ安定していないのか実情であって、労契法18条1項により非常勤嘱託員を期間の定めのない労働契約の労働者として雇用を継続することは著しく困難である旨主張する。」

「確かに、労契法19条各号により雇用継続の期待が保護される有期労働契約においても人員整理的な雇止めが行われることがあり、・・・本件雇止めも、かかる人員整理的な雇止めとして実行されたものということができる。そうすると、その審査の在り方(厳格性)はともかく、本件雇止めにも、いわゆる整理解雇の法理が妥当するものというべきであるから、〔1〕人員整理の必要性、〔2〕使用者による解雇回避努力の有無・程度、〔3〕被解雇者の選定及び〔4〕その手続の妥当性を要素として総合考慮し、人員整理的雇止めとしての客観的合理性・社会的相当性が肯定される場合に限り、本件雇止めには上記特段の事情が認められるものというべきである。」

「・・・非常勤嘱託員の報酬(給与)は、宇都宮市からの補助金によって賄われていたところ、被告は、本件雇止めに当たって、宇都宮市の人事課から原告につき労契法18条1項が適用され、それまでの有期労働契約が期間の定めのない労働契約に転換されないよう人員整理を行うべき旨の指導を受けていたというのであるから、被告には上記人員整理のため本件雇止めを行う必要性が生じていたことは否定し難い。」

「しかし、上記原告の業務実態は、本件各労働契約締結のかなり早い段階から、非常勤としての臨時的なものから基幹的業務に関する常用的なものへと変容し、その雇用期間の定めも、雇止めを容易にするだけの名目的なものになりつつあったというのであるから、〔1〕人員整理のため本件雇止めを行う必要性をそれほど大きく重視することは適当ではない上、〔2〕本件雇止め回避努力の有無・程度、〔3〕被雇止め者の選定及び〔4〕その手続の妥当性に関する審査も、これを大きく緩和することは許されないものと解されるところ、・・・被告は、財政援助団体である宇都宮市(人事課)からの指導を唯々諾々と受入れ、本件の人員整理的な雇止めを実行したものであって、その決定過程において本件雇止めを回避するための努力はもとより、原告を被雇止め者として選定することやその手続の妥当性について何らかの検討を加えた形跡は全く認められないのであるから、これらの事情を合わせ考慮すると、人員整理を目的とした本件雇止めには、客観的な合理性はもとより社会的な相当性も認められず、したがって、本件雇止めに上記特段の事情は存在しないものというべきである。
(4)以上によれば、本件労働契約〔6〕の更新申込みに対する本件雇止めは、労契法19条柱書にいう『客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められないとき』に当たるものというべきである。」

4.公共部門の法務は案外脆弱かもしれない

 民間企業が無期転換逃れをするのは昔から想定されていたことで、(適切かは別として)別段、驚くようなことではありませんが、公共部門、地方公共団体が無期転換逃れを主導するというのは意外でした。無期転換逃れが立法者意思にも行政解釈にも反していることは明らかだからです。真の目的が無期転換逃れにあったとしても、それを堂々と言うことは憚られるので、普通は何かもっともらしい別の理屈を構築して、わかりにくいように雇止めにします。

 しかし、宇都宮市の人事課も被告公益財団法人も、無期転換逃れであることを堂々と原告に伝えています。

 ここまでストレートに無期転換逃れであることを伝えていることからすると、無期転換逃れを目的とする雇止めについて、そもそも何の問題意識も持っていなかった可能性が疑われます。

 最近は自治体にも法曹資格を持った職員が入りつつありますが、まだ法専門家との繋がりが薄い自治体も少なくありません。宇都宮市規模の自治体ですら、参議院附帯決議・厚生労働省通知に反する行政指導を行ったことからすると、適法性に疑義のある形で雇止めを主導している自治体が他にあったとしても不思議ではありません。

 公共部門の判断には誤りがないと諦めがちですが、法務が案外脆弱であることもあるため、不本意な形で雇止めを受けた方は、一度、弁護士の元に争える余地がないのかを相談してみても良いかも知れません。

 

地位確認請求事件における就労意思の認定と転居を伴う他社就労

1.他社就労の問題

 解雇無効を理由とした地位確認請求訴訟は、審理期間が1年以上に及ぶことも珍しくありません。裁判所の判断が出るまでの間、労働者は、預貯金を切り崩したり、雇用保険の仮給付を受けたりしながら当面の生活費を確保することになります。

 しかし、預貯金は取り崩せばなくなってしまいますし、雇用保険の受給にも限度があります。そこで他社で働いて生活費を確保することの可否が問題になります。

 他社就労が問題になるのは、就労意思を否定される可能性があるからです。

 地位確認を認容する判決が確定した場合、労働者は解雇されてから判決が確定するまでに生じた賃金を遡及的に支払うよう、勤務先に請求することができます。

 ただ、これは、就労する意思と能力があり、労務を提供したにもかかわらず、勤務先の側で労務の提供の受領を拒絶したことになるからです(民法536条2項参照)。一定の時点で就労意思を喪失していたことが認定された場合、仮に解雇が違法・無効だと認定されたとしても、就労意思の喪失時以降の賃金を支払ってもらうことはできません。単純に他社就労するだけで就労意思が否定されることはありませんが、他社での労働条件の方が旧勤務先の労働条件よりも良いなど、旧勤務先に戻る意思がないことを伺わせる事情が認められる場合、就労意思は否定されることがあります。

 この就労意思の認定と転居との関係について、近時公刊された判例集に興味深い裁判例が掲載されていました。昨日もご紹介した、名古屋高判令元.10.25労働判例1222-71「みんなで伊勢を良くして本気で日本と世界を変える人達が集まる事件」です。

2.みんなで伊勢を良くして本気で日本と世界を変える人達が集まる事件

 本件は原告2名(被控訴人)が被告会社(控訴人会社)に提起した地位確認等を請求する事件です。原告ら(被控訴人ら)が他社就労をしていたため、就労意思が既に失われてしまっているのではないかが争点の一つになりました。

 本件の特徴は、他社就労に転居が伴っていたことです。

 一般論として、就労意思の認定にあたり、転居の事実が労働者側に有利に作用することはないと思います。被告会社・被控訴人会社で稼働していた時の生活実体を崩すという意味合いを持っているからです。

 しかし、裁判所は、次のとおり述べて、転居の事実は就労意思の認定の妨げにはならないと判示しました。

(裁判所の判断)

「控訴人らの賃金請求について、被控訴人らは、解雇された後、それぞれ新たに就労等することで収入を得ているが、その収入は控訴人における賃金額に及ばず、新たな就労等の形態も、控訴人との間の労働契約上の地位が確認された場合には離職等して本件テーマパークでの就労に復帰することが可能なものと認められる・・・から、被控訴人らは、上記就労等にかかわらず、現在に至るまで、解雇が無効とされた場合には控訴人において就労する意思と能力を保持し続けていると認めることができ、この認定を覆すに足りる証拠はない。被控訴人らが、現在、本件テーマパークで就労していた当時の住居から転居しているとしても、上記新たな就労等の都合上のものと認められるから、上記転居は、被控訴人らに上記就労の意思と能力が欠けることを示すものとはいえない。

「したがって、被控訴人らは無効である解雇の意思表示があった後の期間中の賃金請求権を失うことはない。」

3.当面の就労先が遠方である場合に参考になる

 新型コロナウイルスの影響で解雇事案に関する相談は増加傾向にあるように思われます。しかし、コロナ禍のもと人件費削減の必要性を感じている企業は少なくなく、係争中に近場で急場をしのぐための就労先を見つけようとしても、なかなかそれができない現実があります。

 本件の裁判所は「新たな就労等の都合上」の転居であれば、転居や就業意思・能力の欠如を示すことにはならないと判示しました。これは、

「遠方でなら仕事がみつかったけれど、他社就労してもいいのか?」

という労働者からの相談に回答するにあたり、判断の拠り所になる有益な裁判例だと思われます。