1.パワハラ・セクハラ被害者は加害者への指導・処分を求めることが可能か?
以前、
「職場でのハラスメント、加害者への懲戒処分を求めることへの権利性」
という記事を書きました。
https://sskdlawyer.hatenablog.com/entry/2019/11/29/001414
記事の中で、フリーランス等を対象とした調査ではあるものの、加害者への適切な処分を望むハラスメントの被害者が相当数に及ぶことに触れました。
そのうえで、
「被告(勤務先 括弧内筆者)において、C(加害者 括弧内筆者)に対する懲戒処分を行うべき具体的な注意義務を原告(被害者 括弧内筆者)に対して負っていたとまでは認め難い。」
と判示した事案として、東京地判平31.4.19労働判例ジャーナル92-52 日東商会事件を紹介しました。
日東商会事件では、懲戒処分を行うべき具体的な注意義務までは否定されました。
しかし、懲戒処分を行わなかったことの合理性を支える事実として、加害者に厳重注意をしたことが指摘されていたことから、加害者への指導・処分を求めることに対する被害者の権利性については、いずれもう少し踏み込んだ判断が出るのではないかと裁判例の動向を注視していました。
そうしていたところ、近時公刊された判例集に、この論点に、今一歩踏み込んだ判示をした裁判例が掲載されているのを見つけました。徳島地判令2.4.15労働判例ジャーナル101-22 国・法務大臣事件です。
2.国・法務大臣事件
本件は刑務所職員である原告が、同僚や上司からパワーハラスメントやセクシュアルハラスメントを受けたところ、これらの事実を申告したにもかかわらず原告の心情に配慮した適切な措置を採らなかったことなどを理由に、国に対して損賠賠償を請求した事件です。
この事件の中で、裁判所は、国の注意義務について次のとおり判示しました。
「被告は、被用者として、その任用する職員に対し、生命、身体等の安全を確保しつつ職務をすることができるように必要な配慮をする義務(安全配慮義務)を負うところ、かかる安全配慮義務の一つとして、被告には、職場におけるパワハラやセクハラ等によって被用者が精神的・肉体的に苦痛を受けないよう、その発生の防止や解消に努め、良好な職場環境を保持ないし調整する義務があると解すべきである。具体的には、職員からパワハラ等の訴えがあったときには、その事実関係を調査したうえ、対象者に対する指導等を含む人事管理上の適切な措置を採るべき義務を負うもの解するのが相当である。 」
3.任用する職員に対する義務としての、人事管理上の適切な措置を採るべき義務
本件では結論として、国の義務違反は否定されました。
しかし、任用する職員に対する義務として、国に、
「対象者に対する指導等を含む人事管理上の適切な措置を採るべき義務」
があると述べた点は、加害者への処分を求めることの被害者の権利性について、従前の枠から今一歩踏み出すものであるように思われます。
ハラスメントに関しては、損害賠償というよりも、加害者への処分を求めたいという方も少なくありません。国・法務大臣事件は、加害者への処分を求める被害者に対し、職場と交渉するための材料を与える裁判例として、注目に値します。