弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

職場でのハラスメント、加害者への懲戒処分を求めることへの権利性

1.ハラスメントの防止・対策として望まれていること

 今年の9月10日、一般社団法人プロフェッショナル&パラレルキャリア・フリーランス協会が

「フリーランス・芸能関係者へのハラスメント実態アンケート」

という資料を公表しました。

https://blog.freelance-jp.org/20190910-5309/

 これによると、

「Q16.すべての方にお伺いします。ハラスメントの防止・対策として、最も望ましいと思われるものを3つ挙げてください。」

という問に対しては、

「契約書への明示〔ハラスメントを行わないこと・ハラスメントがあった場合の加害者への適切な処分等〕」

と答えた方の割合が最も高く、64.5%を示しています。

https://blog.freelance-jp.org/wp-content/uploads/2019/09/190910_Freelance-Harassment_Survey-Result.pdf

 上記はフリーランス・芸能関係者へのハラスメントのアンケートであり、労働法の領域でのハラスメントの被害者からの声ではありませんが、ハラスメントを受けた方・受ける立場にいる方の素直な感覚を知るうえで参考になります。

 また、個人的な経験の範囲としても、ハラスメントに関する相談を受けていると、加害者が組織内で何の処分も受けない/軽い処分しか受けないことに納得できないという心情を吐露される方は、決して少なくありません。

 しかし、ハラスメントの被害を受けたとしても、民事上の権利性が認められるのは、加害者らに対する損害賠償請求の限度に留まります。それを超えて、加害者を懲戒に処することを権利として使用者に要求することができるかといえば、そこまでは認められないとする見解が一般的ではないかと思います。

 こうした議論状況のもと、使用者にセクハラの加害者に対して懲戒処分を行うべき義務があるかどうかが問題となった裁判例が近時の公刊物に掲載されていました。東京地判平31.4.19労働判例ジャーナル92-52 LEX/DB25563771 日東商会事件です。

2.日東商会事件

 この事件は、同僚従業員Cからセクハラの被害を受けたと主張する原告が、被告に対し、安全配慮義務違反・職場環境配慮義務違反を理由として、休業損害・慰謝料等の損害賠償を請求した事件です。

 原告は、被告において、職場環境配慮義務ないし安全配慮義務として、Cに懲戒処分を行うべき義務があったと主張し、その違反を指摘しました。

 これに対し、裁判所は下記のとおり述べて、被告の義務違反を否定しました。

「前記認定事実によれば、Cが原告に対してした所為は、前記1(2)ないし(4)の範囲にとどまるものであったところ(原告は、Cの上記所為につき、ストーカー行為規制法所定のストーカー行為にも該当するものであった旨主張するが、同認定事実によれば、身体の安全等や行動の自由が著しく害される不安を覚えさせるような方法により行われたものとまでは認め難く、これに該当するものとは認められない。同法2条3項参照)、被告は、同(5)のとおり、こうしたCの所為につき、Cに対し、原告に不快の情を抱かせている旨説示して注意し、メール送信等もしないよう口頭で注意を施したものである。しかも、その際、被告は、Cからはメール送信も既にしなくなっている旨の申し出を受け、その申出内容もメールの内容を見ることで確認し、原告も、ひとまずCの謝罪を了としていたものである(この点は、乙3号証や証人Dの証言のほか、甲29号証からも窺われる。)。そうすると、被告が、以上のような事実関係に鑑み、Cに対して上記のとおり厳重に注意するにとどめ、懲戒処分を行うことまではしないと判断したとしても、その判断が不合理ということはできず、これに反し、被告において、Cに対する懲戒処分を行うべき具体的な注意義務を原告に対して負っていたとまでは認め難い。

※ 本件でCがやったとされる行為「前記1(2)ないし(4)」は次のとおりです。

「(2)Cは、まもなく原告に対して好意を抱くようになり、平成24年10月下旬頃、原告に対し、職場の相談に乗ってもらいたいなどとして食事に誘う内容のメールを送信した。原告は、同メールを受信して、被告において取締役管理部長として人事も担当していたDにアドバイスを求め、Dから、興味があるのなら行ってもいいんじゃないかといった回答を得た後、Cと食事に行った。Cは、食事の後、原告に対し、お付き合いをさせていただけないか、特に急がなくてもいいので、などと告げて交際の申込みをしたが、原告は、特段、これに対する回答をしなかった。
(甲2、3、証人C、同D、原告本人)」
「(3)そうしたことから、その後も、Cは、原告に対して、天気の話や会社で飲みに行く話などの話題の下、折々、メールを送信するなどした。また、会社の最寄り駅の改札付近で、帰りがけの原告に旅行の土産を渡すなどということもあった。しかし、交際の意図がなかった原告は、Cからのメールにも返信しないでいるようになり、平成24年12月25日、Cが、クリスマスプレゼントを原告に渡して交際の申込みの返答を聞こうと考えて、会社の業務が終わった後、会社の近くのコンビニエンスストアで待っていますとの内容のメールを原告に送信しても、これに対して返信せず、待ち合わせ場所にも出向かなかった。そうしたことから、Cは、自身に対する原告の気持ちが薄いのかもしれないなどと思いつつ、原告に対して、忙しそうなので帰りますなどといった内容のメールを送信してその場を辞した。」
「他方、原告は、Cからメールが来るようになり困るなどとDに告げるようになり、Dは、メールがくるのであれば断固拒否する旨メールで明らかにするよう助言した。もっとも、原告は、そのようなメールは送らずにいた。(甲18~20、証人C、同D、原告本人)」
「(4)その後、Cは、原告がメールに返信してこないばかりか、冷たい態度を示すようになったことから、平成25年1月から同年3月にかけて、折々、『いつもなんかゴメンね。Aさんときちんと話し合いたいです。』(平成25年2月9日のメール)、『僕が原因だと思うけど、倉庫でタバコを吸ったり、他の方にはお茶を入れてあげて。Aさんの気持ち察せなくて申し訳なかったです。』(同年3月12日のメール)などといった内容のメールを送信した。また、Cが被告を退社すると聞いていたが辞めないのかとの内容のメールを原告がCに送ったのに対し、他社に再就職することを検討したが、結局、被告からの退社を思いとどまったとして、『悩んだけど全て断りました。迷惑かもしれないけどいまAさんの側にいたいし。慣れてなくてつい避けてしまうけど気にしないで…。いつも子供みたいでゴメンなさい。』(同月8日のメール)といった内容のメールを送信したことがあった。」
「もっとも、これ以降、Cが原告に対して特に好意を寄せ、交際を求める内容のメールを送信したと認めるに足りる証拠はない。
(甲20~23、証人C、原告本人)」

3.懲戒処分を行うべき具体的な注意義務の存在は否定されたが・・・

 本件では懲戒処分を行うべき具体的な注意義務の存在は否定されています。

 しかし、上記のような義務について、凡そ観念できないとしているわけではなく、具体的な事実関係を勘案したうえで、「厳重に注意するにとどめ、懲戒処分を行うことまではしないと判断したとしても、その判断が不合理ということはでき」ないから認められないとしたことは、注目に値します。

 ハラスメントの内容が酷い場合・厳重注意で済ませることが明らかに均衡を失していて不合理といえるような場合であれば、被害者との関係で、使用者に加害者を懲戒処分するべき義務が生じる余地を認めたように読めるからです。

 職場環境配慮義務ないし安全配慮義務の内容は、徐々に拡大されてきた歴史があります。懲戒処分を求めることへの権利性に関しては、未だハードルの高い問題だとは思いますが、そのうち、これを認める裁判例も出現するかもしれません。