弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

専ら労働者の技術向上のために行われた勉強会の労働時間性(多義的な事実の取扱にみる弁護士の技量)

1.研修等(勉強会)の労働時間性

 所定労働時間内に行われるべきものとまではいえない研修等の労働時間性については、

「労働者が使用者の実施する教育に参加することについて、就業規則上の制裁等の不利益取扱による出勤の強制がなく、自由参加のものであれば、時間外労働にはならない・・・。しかし、業務との関連性が認められる企業外研修、講習や小集団活動は、使用者の明示又は黙示の指示に基づくものであり、その参加が事実上強制されているときには、労働時間制が認められることになる。

と理解されています(佐々木宗啓ほか編著『類型別 労働関係訴訟の実務』〔青林書院、初版、平29〕109頁参照)。

 端的に言えば、自由参加なのか/参加が事実上強制されているのかが、研修等(勉強会)に労働時間制が認められるのか否かの分水嶺となります。

 それでは、研修等(勉強会)が専ら特定の労働者の技術向上のために行われていることは、自由参加なのか/事実上強制されているのかの判断にあたり、どのように評価されるのでしょうか?

 事前に指導・改善の機会を与える必要はあるにしても、使用者は技術力が労働契約で合意された水準に達しない場合、労働者を解雇することができます。こうした観点からは、使用者には技術力が不足する労働者に対して所定労働時間外の研修等(勉強会)に参加することを強制する誘因はないと考えられます。

 しかし、特定の労働者の技術向上を目的としているという点に着目すると、能力不足解雇のプレッシャーに晒されている労働者としては、参加せざるを得ず、事実上強制されているという考え方も成り立つように思われます。

 近時公刊された判例集に、この問題を考えるにあたり参考になる裁判例が掲載されていました。大阪地判令2.3.3労働判例ジャーナル101-38 前原鎔断事件です。

2.前原鎔断事件

 本件は被告会社を普通解雇された労働者が、解雇無効による地位の確認や、時間外労働を行ったことを理由とする割増賃金の支払等を求めて提訴した事件です。

 割増賃金の支払請求の可否をめぐる論点の一つとして、被告会社が所定労働時間外に行っていた労働時間性が問題になりました。

 被告会社は、

「勉強会は本件組合の要望を受けて始まったこと、勉強会の目的が原告の技術向上やトラブルや事故の回避という専ら原告のためであったこと、被告が原告に勉強会の参加を強制したことがないこと、勉強会の日時は、あらかじめ原告の予定を確認して決めていたこと、原告の都合により勉強会の日程を変更したこともあることからすれば、勉強会は原告が任意に参加していたことは明らかであり、労働時間には当たらない。」

と勉強会が労働時間に該当することを否認しました。

 裁判所は、

「『勉強会』の実施やP3主任による指導を受けながらも、新入社員がおおむね3か月くらいでマスターする仕上げ作業をマスターできない状況にあったこと」

などを指摘して普通解雇の有効性を認める一方、次のとおり述べて、勉強会の労働時間性を認めました。

(裁判所の判断)

「原告は、『勉強会』への出席も余儀なくされた旨主張し、被告は、原告が『勉強会』に任意に参加していたことは明らかであり、労働時間には当たらない旨主張する。」
「確かに、『勉強会』は、本件組合の提案を受けて開催されるようになったものではあるものの、原告に対する指導内容等を振り返ることを内容とするものであるから・・・、原告が参加せずに開催されることはそもそも予定されていない。また、原告は、P9取締役が入社した平成20年の時点において、既に、被告の従業員らから、なかなか仕事の技術が身に付かないと認識されていたものであり・・・、原告が『勉強会』に参加せず、その後も技術が身に付かないままであれば、原告の賃金や賞与の査定如何、ひいては従業員としての地位如何にかかわるのは明らかである。加えて、被告の就業規則には、『会社は、従業員に対し、業務上必要な知識、技能を高め、資質の向上を図るため、必要な教育訓練を行う。』、『従業員は、会社から教育訓練を受講するよう指示された場合は、特段の事由がない限り指示された教育訓練を受講しなければならない。』と規定されていること・・・をも併せ鑑みれば、原告が『勉強会』に参加する時間は、被告の指揮命令下に置かれている時間、すなわち労働基準法上の労働時間に該当すると解するのが相当である。なお、『勉強会』の日時について原告の予定を考慮して決められたり、原告の都合により日程を変更したりしたこともあることによって、上記判断は左右されない。

3.多義的な事実の取扱にみる弁護士の技量

 本件の興味深い部分は、被告が行った

「勉強会の目的が原告の技術向上やトラブルや事故の回避という専ら原告のためであったこと」

との労働時間性を否定するために主張した事情が、裁判所によって、

「原告に対する指導内容等を振り返ることを内容とするものであるから・・・、原告が参加せずに開催されることはそもそも予定されていない。」

と労働時間性を肯定する事情の筆頭に掲げられている点です。

 結論から逆算して考えると、被告会社は藪蛇な主張をしたことになります。

 しかし、これは、別段、被告会社の訴訟のやり方に大きな落ち度があったというわけではないと思います。

 裁判をやっている最中には、ある事情が裁判所によってどのように評価されるのかが正確に分かるわけではありません。そのため、自分の主張を肯定する方向にも否定する方向にも評価することが可能な事実がある場合、代理人弁護士は、裁判所の物の見方を予測しながら、その事実を弁論に顕出するのかどうか、顕出させるとしてどのような方向から光を当てるのかを判断して行くことになります。これが非常に専門的で難しいのです。

 個人的な職務経験に照らすと、旗色の悪い事件で結論を覆す力のある弁護士は、こうした多義的な事実の使い方が上手く、不利な事実をあたかも有利な事実・無害な事実であるかのように見せる技術に長けているように思います。

 一般の方が弁護士の技量を見極めるにあたっては、不利な事実も包み隠さず相談し、それに対して弁護士がどのような評価・コメントをするのかを比較・検討するといった視点も有効ではないかと思います。