弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

有給休暇-言い出しにくい時には弁護士を通じて言ってもよいのではないか

1.年次有給休暇と時季変更権

 労働基準法上、使用者は、その雇入れの日から起算して6か月以上継続勤務し、全労働日の8割以上出勤した労働者に対して、勤続期間に応じた有給休暇を与えなければならないとされています(労働基準法39条1項2項)。これを年次有給休暇といいます。

 発生した年次有給休暇は、

「労働者がその有する休暇日数の範囲内で、具体的な休暇の始期と終期を特定して・・・時季指定」

をすることにより成立します(最二小判昭48.3.2労働判例171-6 全林野白石営林署未払賃金請求事件)。

 しかし、使用者には、

「事業の正常な運営を妨げる場合」

においては、他の時季に、これを与えることが認められています(労働基準法39条5項 以下「時季変更権」といいます)。

 この

「事業の正常な運営を妨げる場合」

の意味について、最三小判平元.7.4労働判例543-7 電電公社関東電気通信局事件は、

「勤務割による勤務体制がとられている事業場・・・において、勤務割における勤務予定日につき年次休暇の時季指定がされた場合に、使用者としての通常の配慮をすれば、代替勤務者を確保して勤務割を変更することが客観的に可能な状況にあると認められるにもかかわらず、使用者がそのための配慮をしなかつた結果、代替勤務者が配置されなかつたときは、必要配置人員を欠くことをもつて事業の正常な運営を妨げる場合に当たるということはできない

との解釈を示しています。

 この「通常の配慮」としての代替要員の確保に関し、労働者側に要員確保の責任の一旦を担わせることは許されるのでしょうか?

 この問題を考えるうえで、参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。東京地判令元.12.2労働経済判例速報2414-8東京都(交通局)事件です。

2.東京都(交通局)事件

 本件は年次有給休暇の取得に関係し、時季変更権を行使することの適否が争われた事件です。

 被告になったのは東京都交通局(地方公営企業法上の地方公営企業)です。

 原告になったのは、都営バスの乗務員として任用された企業職員の方です。冠攣縮性狭心症について主治医の診療を受けるため有給休暇の取得を申請しましたが、これが認められなかったため、手元に治療薬がなくなり、同狭心症の発作を発症しました。結果、3か月間の病気休暇を取得せざるを得なくなったとして、国家賠償法に基づいて慰謝料等の請求に及んだのが本件です。

 本件の中心的な争点は、被告が「事業の正常な運転を妨げる」として時季変更権を行使したことの適否です。

 本件で特徴的なのは、代替要員の確保に労働者側の関与が予定されていたことです。

 東京都労働局には「夏季休暇」(夏休)という仕組みがあり、7月1日から9月30日までの間、心身の健康の維持や家庭生活の充実のため勤務しないことが相当と認められる場合に、所属長の承認を受けて休暇をとることが認められていました。

 この夏休期間は乗務員からの休暇申請が集中的に発生するため、労働組合が各乗務員から夏休取得日に関する希望を聴取して事前調整を行う運用がされていました。

 原告が申請した有給休暇は平成29年8月9日であり、この夏休期間に係るものでした。

 申請窓口となっていた労働組合の副支部長(Z3)は、営業所長(Z1)の意向を踏まえ、

① 夏休期間中は、夏休所得日が確定した後は、急遽発生する家族的責任に関する休暇以外の個人的理由による休暇の取得については、個人で夏休同士又は週休同士の交代によって対応することになっているため、8月9日に年次休暇を取得することはできない、

② 原告において週休同士を交代する相手を探すことが困難であれば、組合において探すので、同日の代わりに出勤できる日を教えて欲しい、

との回答をしました。

 しかし、原告は組合に対して交代要員を探すことを組合に依頼しませんでした。結果、8月9日に有給休暇を取得することができず、8月10日には手持ちの治療薬がなくなり、8月14日に同狭心症の発作が起きたという流れになります。

 この経過のもと、原告が組合に対して交代要員を探すように依頼しなかったことが法的にどのように評価されるのかが本件の争点の一つとなりました。

 裁判所は、次のとおり述べて、原告が交代要員を探すように依頼しなかったことを、被告による「通常の配慮」が欠けていたとの評価を妨げる事情として位置付けました。

(裁判所の判断)

Z3はZ1所長の指示に基づき、原告に対し、原告が平成29年8月9日の代わりに出勤することができる日を教えてくれれば、本件組合において交代要員を探すことを提案したにもかかわらず、原告は、本件組合に対し、交代要員を探すことを依頼せず、へ市営29年8月9日の代わりに出勤することができる日を申告することもしなかったことが認められる。被告としては、原告から上記申告がない以上、交代要員を探しようがなかったものと認められる。

したがって、被告において交代要員を探さなかったからといって、被告が使用者としての通常の配慮をしなかったということはできない。

(中略)

「原告は、本件組合からハラスメント行為を受けていたため、本件組合に夏休同士又は週休同士の交代相手を確保してもらうことに躊躇があった旨主張する。」

確かに、原告が平成28年に本件組合に対して夏休の交代相手を探すことを依頼した際、本件組合により

『助けて下さい! 先日の夏休調整には、多数のご協力ありがとうございました。この度、X氏の都合により夏休調整の出勤ができなくなりました。代わりに下記の日に出勤して頂ける方を探しています。振り替えの休みについては、夏休調整が確定してしまっているので、限られた日になってしまいます。ご協力頂ける方は班長までご一報ください。』

との掲示がされたことが認められ・・・、これを見た原告が、嫌がらせを受けたと感じたことも理解できないではない。しかしながら、原告において平成29年8月9日に休暇を取得する必要が高かったというのであれば、過去に夏休同士の交代相手を探すことを依頼した際に上記掲示をされたからといって、本件組合に対して夏休同士又は週休同士の交代相手を探すことを依頼することすらできなかったというのは、合理性を欠くものといわざるを得ない。

3.言い出しにくい時は弁護士を通じて言ってもいいのではないか

 原告の方が組合に調整を依頼できなかったのは、上記のような掲示がされて、非常に気まずい思いをしたからではないかと思います。

 個人的にはその気持ちは理解できるのですが、この点、裁判所は、かなりドライな判断をしました。原告が組合に交代要員を依頼しなかったことだけが原因ではないにしても、時季変更権の行使は適法とされ、原告の請求は棄却されています。

 個人的な実務経験の範囲内で言うと、代理人弁護士名で権利行使する旨の通知を出して、あからさまなハラスメントを受けることは稀であるように思います。

 通知1通であれば、弁護士費用はそれほどかかりません。自分で権利主張し辛いと思った時に、弁護士に通知の作成を依頼することは、もっとカジュアルに検討・利用されてもよいのではないかと思います。飽くまでも憶測の範囲ですが、本件でも、弁護士名で組合に対して出勤日通知のうえ代替要員の確保を依頼する通知を発送していれば、普通に有給休暇がとれていたような気がします。

 

 

成人した精神障害者に対し、老親は監督義務を負うのか?

1.家族による監督義務

 認知症に罹患した夫Aが鉄道線路内に立ち入り列車と衝突して死亡した事故に関し、鉄道会社がAの妻や長男に対して監督義務の懈怠を主張して損害賠償を請求した事件があります。

 この事件で、最高裁は、

「民法752条は、夫婦の同居、協力及び扶助の義務について規定しているが、これらは夫婦間において相互に相手方に対して負う義務であって、第三者との関係で夫婦の一方に何らかの作為義務を課するものではなく、しかも、同居の義務についてはその性質上履行を強制することができないものであり、協力の義務についてはそれ自体抽象的なものである。また、扶助の義務はこれを相手方の生活を自分自身の生活として保障する義務であると解したとしても、そのことから直ちに第三者との関係で相手方を監督する義務を基礎付けることはできない。そうすると、同条の規定をもって同法714条1項にいう責任無能力者を監督する義務を定めたものということはできず、他に夫婦の一方が相手方の法定の監督義務者であるとする実定法上の根拠は見当たらない。」
「したがって、精神障害者と同居する配偶者であるからといって、その者が民法714条1項にいう『責任無能力者を監督する法定の義務を負う者』に当たるとすることはできないというべきである。」

(中略)
「また、第1審被告Y2はAの長男であるが、Aを『監督する法定の義務を負う者』に当たるとする法令上の根拠はないというべきである。」

と判示し、妻子の監督義務者性を否定しました(最三小判平28.3.1民集70-3-681参照)。

 これにより、妻(夫)や子どもが、当然に、夫(妻)や親の監督義務を負うわけではないとの理解が確立しました。

 それでは、親と精神障害を持った成人した子どもとの関係はどうでしょうか。

 精神障害を持っているとはいえ、親には成人した子どもを監督する責任があるのでしょうか。

 この点が問題になった裁判例が、近時の公刊物に掲載されていました。大分地判令元.8.22判例時報2443-78です。

2.大分地判令元.8.22判例時報2443-78

 本件はマンションの非常階段でAから突き飛ばされて死亡した方Bの遺族が、Aの両親Y1とY2に対して損害賠償を請求した事件です。両親を被告として訴えを提起したのは、Aが統合失調症等の精神疾患に罹患していて責任能力がなかったからです。責任能力がない人は民事上の損害賠償責任を負いません(民法713条)。そのため、両親を監督義務者として構成したうえ、責任無能力者の監督を懈怠したとして両親の責任を追及したという経緯になります。事件当時、Aは42歳で、Y1は79歳、Y2は74歳でした。

 こうした事実関係のもと、本件では、両親を精神障害に罹患しているとはいえ既に成人していたAの監督義務者として構成できるのかが、争点の一つになりました。

 この点について、裁判所は次のとおり判示し、両親が監督義務者に該当することを否定しました。

(裁判所の判断)

被告らは、Aと共同生活を営んでいた両親であるが、親権者ではなく、共同生活を営んでいた両親であることから直ちに原告らが主張するような見守る法的義務が発生するとはいえない。

「原告らは、上記見守る法的義務の存在を前提とした上で、被告らが、Aの行動について責任を負うという意思を対外的に明示していたとも主張するところ、・・・被告Y2が、施設への入所を勧める意思の提案を拒否し、Aが本件住居に帰ることを希望したことは認められるものの、これによって被告らが民法714条1項に規定する監督義務者に当たると解すべき根拠はない。

3.基本的に成人してしまえば監督義務は負わない

 平成28年最高裁判決では、夫婦間の監督義務、子の親に対する監督義務に関する判断がされました。令和元年の上記大分地裁の判決は、親の成人した子に対する監督義務を否定したものです。

 平成28年の最高裁判決にしても、令和元年の上記大分地裁の判決にしても、一定の場合に監督義務者に準じる者として、家族が責任を負う余地は残されています。

 しかし、成人した子どもとの関係で、裁判所が家族に監督義務があることを否定した点は、障害児を持つ親にとって、画期的ではないかと思います。

 

士業の就職は慎重に-ボスに連座して2000万円超の負債を背負った社会保険労務士

1.士業法人における社員の無限責任

 株式会社の場合、原則として、社員(株主)が会社の負債の返済を迫られることはありません。

 しかし、士業の法人に関していうと、法人に連座して社員(構成員)が責任を負う形が基本とされています。

 例えば、弁護士法30条の15第1項は、

「弁護士法人の財産をもつてその債務を完済することができないときは、各社員は、連帯してその弁済の責めに任ずる。」

と規定しています。

 また、社会保険労務士法25条の15の3第1項は、

「社会保険労務士法人の財産をもつてその債務を完済することができないときは、各社員は、連帯して、その弁済の責任を負う。」

と規定しています。

2.法人格否認の法理

 法人格否認の法理とは、

「会社と社員等の第三者の利益が一体化し、両者の法人格の形式的独立性を貫くことが正義・公平に反する場合、特定の事案において、当該会社の法人格の独立性を否定し、当該会社とその背後にある者を同一視して、事案の衡平は処理をはかる法理」

をいいます(髙瀬保守『法人格否認の法理 その現状と課題』判例タイムズ

1179-95参照)。

 例えば、強制執行逃れのために法人格を濫用するような場合が典型で、債権者に対する支払を免れる目的で、法人を設立し、そこに個人の財産を移転させるといったケースがあります。こうした場合、法人格否認の法理に基づいて、個人と法人を同一視し、法人に対して個人債務の履行を請求することができます。

3.ボスによる法人格濫用の巻き添えを食った社会保険労務士

 ここまでが前振りですが、近時公刊された判例集に、ボスによる法人格濫用の巻き添えを食って、2000万円以上の負債を背負うことになった社会保険労務士の事件が掲載されていました。

 東京地判令1.11.27判例時報2443-72です。

 これは強制執行逃れのための社会保険労務士法人の設立が問題になった事件です。

 原告は、社会保険労務士Aが運営する掲示板に掲載された記事が、原告のプライバシーを侵害するとして、記事の削除と掲載禁止を求める仮処分を申し立てました。

 この申立は認められ、裁判所はAに記事の削除と掲載の禁止を命じる仮処分を出しました。

 原告は、これをもとに間接強制の申立をしました。間接強制というのは、「裁判所から命じられた行為をしない場合、1日について金○円を支払え」といった形で債務者の履行を促す履行確保の手段のことです。

 裁判所は違反行為1日につき5万円の割合でお金を支払うようにとの決定を行いました。

 この間接強制金が積もり積もって、原告の方は、Aに対して2003万1652円ものお金を請求する権利を持つことになりました。

 この権利を実現するため、原告がAの顧客に対する顧問報酬債権を差し押さえたところ、Aは差し押さえの対象となった顧問契約を解除するとともに、新たに社会保険労務士法人を設立し、そこに顧問契約を移し替えました。こうしておけば、顧問料債権はAとは別の人格をもった社会保険労務士法人の債権となり、Aの債権者から差し押さえを受けることを免れられると考えたからです。

 これに対し、法人格否認の法理に基づいて、原告が社会保険労務士法人を訴えたのが本件です。

 これだけであれば良くある話でしかないのですが、本件の特徴は、社会保険労務士法人の社員Y2まで被告として訴えられた点にあります。

 社員Y2は元々、Aに雇われていた社会保険労務士でした。

 しかし、Aが社会保険労務士法人を設立するにあたり、1万円だけ出資して社員になりました。設立された社会保険労務士法人の社員はAとY2の二名だけで、Aの出資額は100万円とY2の100倍でした。

 原告が展開した理屈は、大雑把に言うと、

① 法人格否認の法理が適用されるため、社会保険労務士法人にはA同様2000万円超の負債を支払う義務がある、

② Y2は社会保険労務士法人の社員として、社会保険労務士法人と同様、やはり2000万円超の負債を支払う義務がある、

というものです。

 直観的にはY2はボスから命じられるまま出資し、巻き添えを食っただけのように思われますが、裁判所は、法人格否認の法理の適用を認めたうえ、次のとおり述べて、Y2の責任を肯定しました。

(裁判所の判断)

「被告法人(社会保険労務士法人 括弧内筆者)は、本件未回収債権を弁済するに足りる預金債権及び報酬債権を有していないことが認められ、他に、被告法人が相応の資産を保有している事実を窺わせる証拠も存しないことからすると、被告法人は『財産をもってその債務を完済することができないとき』(社労士法25の15の3第1項)に該当するものと認められる。よって、被告Y2は、被告法人の社員として、社労士法25条の15の3に基づき、被告法人と連帯して、本件未回収債権に係る2003万1652円及び遅延損害金の支払義務を負う。

「被告Y2は、法人格否認の法理は当該当事者及び当該事案限りで法人格を否認するものであるから、Aと被告法人について法人格が否認されたとしても、その効果は被告Y2には及ばない旨主張する。しかしながら、同条項に基づく弁済責任は、社労士法人が社員個人の人的信用を基礎とする法人であることに鑑み、一定の要件の下で社員に無限責任を負わせることにより債権者の保護を図るために規定されたものと解されることからすれば、被告法人が本件未回収債権に係る債務を弁済する義務を負うことになる以上、被告Y2が同義務を免れる理由はないものというべきである。したがって、被告Y2の主張は採用することができない。」

4.ボスについて行くのもほどほどに

 弁護士は破産が欠格事由になっています(弁護士法7条4号)。社会保険労務士も破産は欠格事由です(社会保険労務士法5条2号)。

 (憶測ですが、ボスに命じられるまま)1万円だけの形ばかりの出資をして社員になったばっかりに、その巻き添えを食って2000万円超の負債を負わされてしまうというのは、かなり悲惨なことです。資格に傷をつけないためには破産も軽々にできないからです。

 裁判所が厳しい判断をしたのは、法専門家でありながら違法行為に一枚かんだことに対する冷めた見方があるのかも知れません。

 士業の場合、就職の場面で、どのボスに付いて行くのか、付いて行くとしてどこまで付いて行くのかは、一般の方以上に慎重に考える必要があります。

 

長時間労働とウイルス性疾患による死亡との間の相当因果関係

1.対象疾患

 業務による明らかな過重があったとしても、あらゆる病気が労災認定の対象とされているわけではありません。脳・血管疾患及び虚血性心疾患等に関して言うと、過重業務に起因する疾患は、行政通達上、

脳内出血(脳出血)

くも膜下出血

脳梗塞

高血圧性脳症

心筋梗塞

狭心症

心停止(心臓性突然死を含む。)

解離性大動脈瘤

に限定されています(基発第1063号 平成13年12月12日 改正基発0507第3号 平成22年5月7日「脳血管疾患及び虚血性心疾患等(負傷に起因するものを除く。)の認定基準について」参照 以下「対象疾患」といいます)。

 それでは、ここで列挙された疾患以外の疾患に罹った場合に、その原因が過重労働にあるとして、損害賠償を請求する余地はないのでしょうか?

 過労の状態や睡眠不足がウイルス等の病原体に対する生体防御機能を低下させることは、一般論として理解し易いところです。こうした医学的知見を媒介に、対象疾患以外の疾患に罹った場合にも、長時間労働等との間に相当因果関係があるとして、事業主に損害賠償を請求することはできないのでしょうか?

 この点が問題になった近時の裁判例に、大阪地判令2.2.21判例タイムズ1472-173があります。

2.大阪地判令2.2.21判例タイムズ1472-173

 この事件は長時間労働と劇症型心筋炎の相当因果関係が問題になった事件です。

 心筋炎とは、

「心筋を主座とした炎症性疾患であり、多くは細菌やウイルスなどの感染によって発症する」(判決文より引用)。

疾患です。

 発症様式により急性心筋炎と慢性心筋炎とに分類され、

「急性心筋炎の中で、発症初期に心肺危機に陥るもの」(判決文より引用)

が劇症型心筋炎と分類されています。

 上述のとおり、心筋炎は対象疾患とはされていません。そのため、原告(劇症型心筋炎で死亡した労働者の相続人)が過重労働を強いていた被告会社らに対して損害賠償を請求するにあたり、過重労働との間に相当因果関係を認めることができるのかが問題になりました。

 裁判所は、次のとおり述べて、相当因果関係を認め、被告に対し、原告らに合計8000万円以上にもなる損害賠償を支払うよう、命じました。

(裁判所の判断)

「免疫応答と獲得免疫応答による生体防御機構が損なわれた場合には、感染症による傷害の可能性が高くなるとされていて、低栄養や過労の状態では、一般に病原体に対する抵抗力(生体防御能)が弱くなり、感染して発病しやすいとされている。また、睡眠は免疫調整に関与しており、長期的かつ重度の睡眠遮断は、自然免疫応答及び細胞免疫応答の変化を伴うとされているところ、健康な男性ボランティアを対象として、夜の早い時間帯における部分的睡眠遮断と免疫応答に対する影響を調べた実験結果によると、わずかな睡眠遮断でも自然免疫応答とT細胞のサイトカインの産生が低下することが示されたほか、健康な男女を対象とした睡眠と風邪感受性についての実験結果によると、睡眠時間が5時間未満及び5時間以上6時間未満の場合には、7時間睡眠の場合と比較して、風邪への罹患リスクが統計学的に増加することが示されたというのである。」

「これらの事情は、過労の状態や睡眠不足が、ウイルス等の病原体に対する生体防御能を低下させる要因の一つとなっている

(中略)

「心筋炎の前駆症状が現れた平成24年11月20日過ぎ頃の時点におけるBの状態を併せ考えると、この当時、Bは、過労や睡眠不足によって、生体防御能が低下した状態にあり、体内に侵入したウイルスが増殖して感染を成立させ、感染症を発症しやすい状況にあったということができる。」

(中略)

「Bが、急性心筋炎の前駆症状が現れた後も、従前どおりの過酷な長時間労働を継続していたことが、その急性心筋炎の症状をより悪化させる要因になったことは否定し難いといわざるをえない。」

(中略)

被告Y1において、恒常化した著しい長時間労働によって、Bの疲労が蓄積する状態になる以前に、従業員を増員するなどして、これを回避するための措置を取っていれば、Bにおいて急性心筋炎を発症するには至らなかった可能性があるし、また、少なくとも、実際にBが体調不良の状況に陥り、そのことを被告Y1において認識した時点において、直ちに休息を命じるなどの対応を取っていたとすれば、Bの急性心筋炎の症状がより一層悪化するという事態を招くことを回避できた可能性がなかったということはできない。

そうすると、被告Y1の上記義務違反と、Bがウイルスに感染して心筋炎を発症し、その症状が沈静化することなく進行したこととの間には、相当因果関係があるというべきである。

(中略)

心筋炎の発症の原因となるウイルスに感染した者が、長期間にわたる長時間労働やこれに伴う睡眠不足のため過労の状態にあったところに、心筋炎の前駆症状が現れた後も数日間にわたって過重な労働を続けたことで、より一層生体防御能を低下させ、その結果、ウイルスの増殖を食い止めることができずに、心筋炎を発症するに至った場合には、一定の遺伝的・自己免疫的素因等(上記のとおり、これらは個々人の個体差の範囲内のものにすぎない。)を有する者において、心筋炎が劇症化することは、因果の流れとして一般に想定されるものであったといわざるを得ない。

そうすると、被告Y1の上記注意義務違反と、Bが心筋炎を発症し、その後、これが劇症化して重症心不全によるショック状態に陥ったこととの間には、相当因果関係があるというべきである。

3.この理論が通用するならば、かなりの疾患が責任追及の対象になる

 裁判所が示したように「長時間労働→免疫機能低下→疾患への罹患」という形で長時間労働と疾患との間の相当因果関係を認定できるのであれば、対象疾患に限られず、かなりの疾患を損害賠償請求や労災の対象としてカバーできることになります。

 控訴されているため、破棄される可能性はありますが、労働者の救済法理として画期的な判断をした裁判例だと思います。 

 

マタハラ-育休取得後の原職復帰の原則と原職の消滅

1.育休取得後の原職復帰の原則

 育児休業、介護休業等育児又は家族介護を行う労働者の福祉に関する法律(以下「法」といいます)22条は、

「事業主は、育児休業申出及び介護休業申出並びに育児休業及び介護休業後における就業が円滑に行われるようにするため、育児休業又は介護休業をする労働者が雇用される事業所における労働者の配置その他の雇用管理、育児休業又は介護休業をしている労働者の職業能力の開発及び向上等に関して、必要な措置を講ずるよう努めなければならない。」

と規定しています。

 こうした法律の趣旨を実現するため、厚生労働省は、

「子の養育又は家族の介護を行い、又は行うこととなる労働者の職業生活と家庭生活との両立が図られるようにするために事業主が講ずべき措置に関する指針」(平成21年厚生労働省告示第509号)

という指針を定めています。

 この指針によると、

育児休業及び介護休業後においては、原則として原職又は原職相当職に復帰させるよう配慮すること。

と規定されています(指針第2-7-(1)参照)。

 つまり、育児休業を取得したとしても、労働者は基本的には元に戻ることが保障されています。

2.原職の消滅

 ただ、育児休業を取得しているうちに、勤務先で組織変更が行われ、復帰すべき「原職」が消滅してしまうことがあります。

 こうした場合、「原職相当職」への配置転換が行われることになります。

 配置転換には基本的に使用者に広範な裁量が認められていますが(最二小判昭61.7.14労働判例477-6 東亜ペイント事件)、育休復帰の局面では、労働者に特別な保護が加えられています。

 具体的には、法10条が、

「事業主は、労働者が育児休業申出をし、又は育児休業をしたことを理由として、当該労働者に対して解雇その他不利益な取扱いをしてはならない。

と育休取得を理由とする不利益取扱いの禁止を定めています。

 この禁止対象となる不利益取扱いには、

「不利益な配置の変更を行うこと。」

が含まれます(指針第2-11-(2)-ヌ参照)。

 そして、配置の変更が不利益な取扱いに該当するか否かについては、

「配置の変更前後の賃金その他の労働条件、通勤事情、当人の将来に及ぼす影響等諸般の事情について総合的に比較考量の上、判断すべきものであるが、例えば、通常の人事異動のルールからは十分に説明できない職務又は就業の場所の変更を行うことにより、当該労働者に相当程度経済的又は精神的な不利益を生じさせることは、(2)ヌの『不利益な配置の変更を行うこと』に該当すること。」

との解釈が示されています。

 東亜ペイント事件の配転の判断枠組みに従えば、配転が権利濫用として無効になるためには、

「通常甘受すべき程度を著しく超える不利益」

の存在が必要になります。

 これと比較すると、育休からの復帰の局面においては、通常の場面よりも労働者にかなり強い保護が与えられていることが分かります。

 ただ、こうした法の建付けとの関係で、少し気になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。東京地判令元.11.13労働経済判例速報2413-3 アメリカン・エキスプレス・インターナショナル・インコーポレイテッド事件です。

3.アメリカン・エキスプレス・インターナショナル・インコーポレーテッド事件

 本件は、育児休業中に原職が消滅してしまった方が、新たな配属先で勤務する労働契約上の義務が存在しないことの確認などを求めて勤務先を訴えた事件です。

 本件で被告になったのは、クレジットカードを発行する外国会社です。原告になったのは、被告会社で37人の部下を持つチームリーダーとして稼働していた方です。

 育児休業中にチームが消滅したため、被告は、育休明けの原告を、アカウントマネージャーという、等級(ジョブバンド)こそチームリーダーと同じであるものの、部下のないポストにつけました。

 こうした措置の適法性が争われたのが本件です。

 裁判所は、次のとおり述べて、アカウントマネージャーへの配置が「不利益な取扱い」に該当することを否定しました。

(裁判所の判断)

被告の人事制度及び給与体系等に照らせば、給与等の従業員の処遇の基本となるのは被告においてはジョブバンドであるといえるから、例えばいわゆる職能資格制度における職能等級をさげるというような典型的『不利益な取扱い』としての降格は、本件においては、ジョブバンドの低下を伴う措置をいうと解することが相当である。その意味では、本件措置1-2(アカウントマネージャーへの配置 括弧内筆者)はジョブバンドの低下を伴わない措置であり、いわば役職の変更にすぎず、上記典型的『不利益な取扱い』としての降格ということはできない。

(中略)
「原告は、本件措置1-2は、①原告を実質的にバンド35に相当する役職とはいえない役職に配置するものであるから原職相当職に配置する措置とはいえず、被告における通常の人事異動ということはできない、②原告チームを消滅させることや原告をアカウントマネージャーに配置する必要性は認められないことからすれば、被告は、育児休業等を取得した原告にチームリーダーを任せることができないと判断したために、原告チームを消滅させてアカウントセールス部門を新設したなどとして、同措置は不利益な配置変更として、均等法9条3項、育介法10条所定の『不利益な取扱い』に当たる旨主張する。」
「しかしながら、アカウントマネージャーが実質的にバンド30以下に相当する役職といえないことは前記説示のとおりである。そして、前記認定事実によれば、被告では、平成27年2月、アメリカ合衆国における被告とFとの契約が終了すると発表されたことからFに代わる新たな販路を拡大する必要が生じ、平成28年組織変更において東京のベニューセールスチームを集約したことから原告チームが消滅し、他方で新規販路の拡大を専門に行う部門としてアカウントセールス部門を新設し、次年度からは新規販路の拡大を更に強化するためのチームの新設を予定していたことから、原告を同部門のチームリーダー候補と考え、同部門にアカウントマネージャーとして配置することにしたのである。このような経緯に加え、本件措置1-2の前後を通じて原告のジョブバンドはバンド35であることや、アカウントマネージャーの業務内容はB2Cセールス部門のチームリーダーが行っていた新たな販路の開拓に関する業務と相当程度共通する内容であることなどの事情に照らせば、本件措置1-2による異動は、原告を原職であるB2Cセールス部門のチームリーダーに相当する役職に配置したもので、被告における通常の人事異動とみることができる。」
「したがって、原告の主張は失当であり採用することができない。」

4.通常の異動である限り、精神的な不利益は考慮されないのだろうか?

 確かに、行政解釈上、不利益取扱いの典型は、

通常の人事異動のルールからは十分に説明できない職務又は就業の場所の変更を行うことにより、当該労働者に相当程度経済的又は精神的な不利益を生じさせること」

とされています。

 しかし、新設部署への配置を安易に「通常の人事異動」と言えるかを措くとしても、「通常の人事異動」である限り、精神的な不利益を軽視してよいのかといえば、そのような理解には違和感があります。

 37人の部下を束ねていた方を単独で勤務させたことに、

「育児休業等を取得した原告にチームリーダーを任せることができないと判断した」

というメッセージ性を読み込み、精神的な苦痛を受けたという主張は、必ずしも被害妄想とは言えないのではないかと思います。

 部下がいなくなったことによる精神的苦痛が正面から議論した形跡が認められないことは措くとしても、本件判示が、こうした精神的な不利益の点に、それほどの力点を置かず、ジョブバンドに着目し、不利益取扱いへの該当性を形式論理的に判断しているように見える点は、やや疑問に思われます。

 

整理解雇の解雇回避措置としての配転・出向

1.整理解雇の許容性の考慮要素

 「整理解雇については、・・・裁判例の集積により、①人員削減の必要性、②解雇回避措置の相当性、③人選の合理性、④手続の相当性を中心にその有効性を検討するのが趨勢である」と理解されています(白石哲編著『労働関係訴訟の実務』〔商事法務、第2版、平30〕363頁)。

 解雇回避措置の相当性に関しては、「ⓐ広告費・交通費・交際費等の経費削減、ⓑ役員報酬の削減等、ⓒ残業規制、ⓓ従業員に対する昇給停止や賞与の減額・不支給、賃金減額、ⓔワークシェアリングによる労働時間の短縮や一時帰休、ⓕ中途採用・再雇用の停止、ⓖ新規採用の停止・縮小、ⓗ配転・出向・転籍の実施、ⓘ非正規従業員との間の労働契約の解消、ⓙ希望退職者の募集等のうち、複数の措置が検討されることが多い」

とされています(前掲文献372頁)。

 この「ⓗ配転・出向・転籍の実施」に関し、近時公刊された判例集に、労働者側にとってかなり厳しめの判断がされた事例が掲載されていました。東京高判令元.12.18労働経済判例速報2413-27 マイラン製薬事件です。

2.マイラン製薬事件

 本件はMR(Medical Representative 医療情報担当者)として働いていた方(原告・控訴人)に対する整理解雇の有効性が問題になった事案です。

 出向先から帰任した時に医薬品に係る営業部門が消滅していて、被告・被控訴人会社内にMRとしての資格やキャリアを活かすことが可能な役職や業務は見当たらなかったとして、原告の方は整理解雇されました。

 一審で敗訴(整理解雇有効)した後、原告の方は、被控訴人とマイラングループのDが共通部門を統合するプロジェクトの中でMRを採用していることを根拠として、解雇回避努力の不十分さを主張しました。

 しかし、裁判所は、次のとおり述べて、原告の主張を排斥しました。

(裁判所の判断)

「確かに、被控訴人とDとは、平成28年5月から共通部門を「Combined Function」として統合するプロジェクトを開始し、Eが同プロジェクトにおける人事部門の共通の責任者となったようであるが、そうであったとしても、統合に向けたプロジェクトが本件解雇(平成28年5月31日)の直前の時期に開始されたにすぎないし、統合がされた後も、被控訴人とDはあくまで別の法人格(リーガル・エンティティ)とされているのであるから、本件解雇の当時において、被控訴人において任意にDへの配転や出向を行うことができるようになっていたとまではいえないと解される。そして、控訴人が主張するようにマイラングループでMR職の採用がされたとしても、それは、被控訴人とはあくまでも別会社で、MRとして行うべき業務のあるDにおいてされたものにすぎないのであり、これによれば、被控訴人において、本件解雇の当時に、控訴人をDに配転することが可能であったということはできない。

3.随分と形式的に割り切っているように思われるが・・・

 配転はともかく、出向・転籍は法人間をまたぐ人事上の措置であり、必ずしも出向先・転籍元の一存で決めることができるわけではありません。

 しかし、従来、これらの措置は、解雇回避措置の相当性を判断する上での考慮要素としての位置付けられてきました。

 本件は出向・転籍の可能性がどれだけ真摯に検討されたまで踏み込まず、別法人・別会社なんだからDで働いてもらうことはできなかったと、かなり形式的・ドライな判断をしたところに特徴があるのではないかと思われます。

 別法人・別会社であることが、出向等の措置をとらないことを直ちに基礎付けることは、出向等が解雇回避措置の相当性の一要素として考えられてきたことと整合的ではなく、かなり会社側の主張に流されているような印象を受けます。

 ただ、この点は、ひょっとしたら、上記の主張が、控訴審の口頭弁論の終結後、弁論の再開の申立とともに補充された主張であり、原告・控訴人側で十分な主張・立証を展開できなかったことが影響しているのかも知れません。

 

「理由は特にない」「説明はしません」「人事権に文句いうんじゃない。」-手続的な配慮を欠く配転命令の効力

1.配転命令権行使の適法性の判断枠組み

 労働者の配置の変更であって、職務内容または勤務場所が相当の長期間にわたって変更されるものを配転といいます(白石哲編著『労働関係訴訟の実務』〔商事法務、第2版、平30〕220頁参照)。

 配転命令権の適法性の判断枠組みに関してリーディングケースとなっている最高裁判例(最二小判昭61.7.14労働判例477-6 東亜ペイント事件)は、

「使用者は業務上の必要に応じ、その裁量により労働者の勤務場所を決定することができるものというべきであるが、転勤、特に転居を伴う転勤は、一般に、労働者の生活関係に少なからぬ影響を与えずにはおかないから、使用者の転勤命令権は無制約に行使することができるものではなく、これを濫用することの許されないことはいうまでもないところ、当該転勤命令につき業務上の必要性が存しない場合又は業務上の必要性が存する場合であつても、当該転勤命令が他の不当な動機・目的をもつてなされたものであるとき若しくは労働者に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであるとき等、特段の事情の存する場合でない限りは、当該転勤命令は権利の濫用になるものではないというべきである。右の業務上の必要性についても、当該転勤先への異動が余人をもつては容易に替え難いといつた高度の必要性に限定することは相当でなく、労働力の適正配置、業務の能率増進、労働者の能力開発、勤務意欲の高揚、業務運営の円滑化など企業の合理的運営に寄与する点が認められる限りは、業務上の必要性の存在を肯定すべきである。」

と判示しています。

 これによると、

① 業務上の必要性がない場合、

② 業務上の必要性があっても、他の不当な動機・目的のもとでなされたとき、

③ 業務上の必要性があっても、著しい不利益を受ける場合、

に配転命令は権利濫用として無効になります。

2.手続的な配慮を欠く配転命令

 配転命令に関する相談を受けていると、上記の判断枠組みに実体的に適合しているかは別として、理由を一切告げることなく一方的に言い渡すなど、労働者をゲームの駒のようにみているのではないかという疑義のある事案に接することがあります。

 こうした労働者への無配慮は、配転命令の適否に影響を与える事情にはならないのでしょうか?

 この問題を考えるうえで参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。東京地判令2.2.26労働経済判例速報2413-19 学校法人N学園事件です。

3.学校法人N学園事件

 本件は学校法人である被告との間で労働契約を締結した原告が、配転命令の効力を争い、配転先で勤務する労働契約上の義務の不存在の確認を求めて出訴した事件です。

 配転命令を受けた当時、原告は財務の学納金の区分の事務を担当していました。

 これが、配転命令により「施設及び設備の保守・点検・補修業務」及び「甲内清掃当の用務員業務」を職務とする営繕室勤務へと変更されたという経緯になります。

 この配転命令権の告知がやや労働者への配慮に欠けたもので、裁判所では、

「A事務長は、原告に対し、平成30年12月17日に本件配転命令を告知した。その際、A事務長は、原告に対し『2019年度の事務室の事務分担表を内示します。』、『X1さんは施設及び設備の保守、点検、補修業務。校内清掃等の用務員業務をお願いします。で、勤務場所は用務員室です。』と告げ、その理由としては『理由は特にない』、『適材適所です』と説明した。原告は、A事務長に対し、本件配転命令の理由について繰り返し問い質したが、A事務長は、『経験積むのはいいんじゃないですか。学校全体の用務』、『適材適所以外ありません』、『だからなぜって。適材適所でやっているんだから。私の人事権に文句いうんじゃない。』などと説明し、『また別の日程でもいいので説明してほしいです。』と説明を求める原告に対し、『しません。』と繰り返した。」

との事実が認定されています。

 この告知過程の位置付け、評価について、裁判所は、次のとおり判示しました。

(裁判所の判断)

「本件配転命令に当たって、A事務長は、『用務員業務』『用務員室』という表現をしている・・・ところ、被告においては事務職員と用務職員は職種が異なり・・・、上記表現は、原告の職種を転換する意図とも捉えられかねない不適切な表現であったといえる。また、A事務長は、その際、配転の理由について問い質す原告に対し、適材適所という程度の説明をするにとどまり、最終的に更なる説明を求める原告の要請に対しても一方的に断ったものである・・・から、上記表現と併せて、原告に対する配慮を欠く対応であったと言わざるを得ない。しかし、前記・・・で論じたとおり、本件配転命令について業務上の必要性は否定し難く、被告において原告の職種を変更する意図は無かったことは明らかであるから、本件配転命令を告知したA事務長の上記言動をもって本件配転命令が不当な動機・目的をもってなされたとは認められない。

4.手続的な適正さは無視されてもよいのだろうか

 結論として、学校法人N学園事件は本件配転命令の業務上の必要性を認めたうえ、動機・目的の不当性等を否定し、配転命令の有効性を認めました。

 配転命令の告知にあたり、労働者への配慮に欠けていたことは、業務上の必要性が認められる以上、動機・目的の不当性を基礎づけるものではないと理解されているように読めます。

 確かに、東亜ペイント事件の判断枠組みは、配転命令の告知の手続の適正さを要求するものではありません。また、告知の在り方が無配慮なものかと、実体的に業務上の必要性が認められるかどうか・動機や目的が不当なものなのかどうかとは、必ずしも理論的に関連しているわけではないとも思います。

 しかし、東亜ペイント事件の判断枠組みの中で、どこに位置づけるのかという問題はありますが、配転命令の労働者の生活への影響、キャリア形成に与える影響の大きさを考えると、理由の告知などの手続的な適正さにも、今少し力点が置かれて良いのではないかという気はします。