弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

士業の就職は慎重に-ボスに連座して2000万円超の負債を背負った社会保険労務士

1.士業法人における社員の無限責任

 株式会社の場合、原則として、社員(株主)が会社の負債の返済を迫られることはありません。

 しかし、士業の法人に関していうと、法人に連座して社員(構成員)が責任を負う形が基本とされています。

 例えば、弁護士法30条の15第1項は、

「弁護士法人の財産をもつてその債務を完済することができないときは、各社員は、連帯してその弁済の責めに任ずる。」

と規定しています。

 また、社会保険労務士法25条の15の3第1項は、

「社会保険労務士法人の財産をもつてその債務を完済することができないときは、各社員は、連帯して、その弁済の責任を負う。」

と規定しています。

2.法人格否認の法理

 法人格否認の法理とは、

「会社と社員等の第三者の利益が一体化し、両者の法人格の形式的独立性を貫くことが正義・公平に反する場合、特定の事案において、当該会社の法人格の独立性を否定し、当該会社とその背後にある者を同一視して、事案の衡平は処理をはかる法理」

をいいます(髙瀬保守『法人格否認の法理 その現状と課題』判例タイムズ

1179-95参照)。

 例えば、強制執行逃れのために法人格を濫用するような場合が典型で、債権者に対する支払を免れる目的で、法人を設立し、そこに個人の財産を移転させるといったケースがあります。こうした場合、法人格否認の法理に基づいて、個人と法人を同一視し、法人に対して個人債務の履行を請求することができます。

3.ボスによる法人格濫用の巻き添えを食った社会保険労務士

 ここまでが前振りですが、近時公刊された判例集に、ボスによる法人格濫用の巻き添えを食って、2000万円以上の負債を背負うことになった社会保険労務士の事件が掲載されていました。

 東京地判令1.11.27判例時報2443-72です。

 これは強制執行逃れのための社会保険労務士法人の設立が問題になった事件です。

 原告は、社会保険労務士Aが運営する掲示板に掲載された記事が、原告のプライバシーを侵害するとして、記事の削除と掲載禁止を求める仮処分を申し立てました。

 この申立は認められ、裁判所はAに記事の削除と掲載の禁止を命じる仮処分を出しました。

 原告は、これをもとに間接強制の申立をしました。間接強制というのは、「裁判所から命じられた行為をしない場合、1日について金○円を支払え」といった形で債務者の履行を促す履行確保の手段のことです。

 裁判所は違反行為1日につき5万円の割合でお金を支払うようにとの決定を行いました。

 この間接強制金が積もり積もって、原告の方は、Aに対して2003万1652円ものお金を請求する権利を持つことになりました。

 この権利を実現するため、原告がAの顧客に対する顧問報酬債権を差し押さえたところ、Aは差し押さえの対象となった顧問契約を解除するとともに、新たに社会保険労務士法人を設立し、そこに顧問契約を移し替えました。こうしておけば、顧問料債権はAとは別の人格をもった社会保険労務士法人の債権となり、Aの債権者から差し押さえを受けることを免れられると考えたからです。

 これに対し、法人格否認の法理に基づいて、原告が社会保険労務士法人を訴えたのが本件です。

 これだけであれば良くある話でしかないのですが、本件の特徴は、社会保険労務士法人の社員Y2まで被告として訴えられた点にあります。

 社員Y2は元々、Aに雇われていた社会保険労務士でした。

 しかし、Aが社会保険労務士法人を設立するにあたり、1万円だけ出資して社員になりました。設立された社会保険労務士法人の社員はAとY2の二名だけで、Aの出資額は100万円とY2の100倍でした。

 原告が展開した理屈は、大雑把に言うと、

① 法人格否認の法理が適用されるため、社会保険労務士法人にはA同様2000万円超の負債を支払う義務がある、

② Y2は社会保険労務士法人の社員として、社会保険労務士法人と同様、やはり2000万円超の負債を支払う義務がある、

というものです。

 直観的にはY2はボスから命じられるまま出資し、巻き添えを食っただけのように思われますが、裁判所は、法人格否認の法理の適用を認めたうえ、次のとおり述べて、Y2の責任を肯定しました。

(裁判所の判断)

「被告法人(社会保険労務士法人 括弧内筆者)は、本件未回収債権を弁済するに足りる預金債権及び報酬債権を有していないことが認められ、他に、被告法人が相応の資産を保有している事実を窺わせる証拠も存しないことからすると、被告法人は『財産をもってその債務を完済することができないとき』(社労士法25の15の3第1項)に該当するものと認められる。よって、被告Y2は、被告法人の社員として、社労士法25条の15の3に基づき、被告法人と連帯して、本件未回収債権に係る2003万1652円及び遅延損害金の支払義務を負う。

「被告Y2は、法人格否認の法理は当該当事者及び当該事案限りで法人格を否認するものであるから、Aと被告法人について法人格が否認されたとしても、その効果は被告Y2には及ばない旨主張する。しかしながら、同条項に基づく弁済責任は、社労士法人が社員個人の人的信用を基礎とする法人であることに鑑み、一定の要件の下で社員に無限責任を負わせることにより債権者の保護を図るために規定されたものと解されることからすれば、被告法人が本件未回収債権に係る債務を弁済する義務を負うことになる以上、被告Y2が同義務を免れる理由はないものというべきである。したがって、被告Y2の主張は採用することができない。」

4.ボスについて行くのもほどほどに

 弁護士は破産が欠格事由になっています(弁護士法7条4号)。社会保険労務士も破産は欠格事由です(社会保険労務士法5条2号)。

 (憶測ですが、ボスに命じられるまま)1万円だけの形ばかりの出資をして社員になったばっかりに、その巻き添えを食って2000万円超の負債を負わされてしまうというのは、かなり悲惨なことです。資格に傷をつけないためには破産も軽々にできないからです。

 裁判所が厳しい判断をしたのは、法専門家でありながら違法行為に一枚かんだことに対する冷めた見方があるのかも知れません。

 士業の場合、就職の場面で、どのボスに付いて行くのか、付いて行くとしてどこまで付いて行くのかは、一般の方以上に慎重に考える必要があります。