弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

長時間労働とウイルス性疾患による死亡との間の相当因果関係

1.対象疾患

 業務による明らかな過重があったとしても、あらゆる病気が労災認定の対象とされているわけではありません。脳・血管疾患及び虚血性心疾患等に関して言うと、過重業務に起因する疾患は、行政通達上、

脳内出血(脳出血)

くも膜下出血

脳梗塞

高血圧性脳症

心筋梗塞

狭心症

心停止(心臓性突然死を含む。)

解離性大動脈瘤

に限定されています(基発第1063号 平成13年12月12日 改正基発0507第3号 平成22年5月7日「脳血管疾患及び虚血性心疾患等(負傷に起因するものを除く。)の認定基準について」参照 以下「対象疾患」といいます)。

 それでは、ここで列挙された疾患以外の疾患に罹った場合に、その原因が過重労働にあるとして、損害賠償を請求する余地はないのでしょうか?

 過労の状態や睡眠不足がウイルス等の病原体に対する生体防御機能を低下させることは、一般論として理解し易いところです。こうした医学的知見を媒介に、対象疾患以外の疾患に罹った場合にも、長時間労働等との間に相当因果関係があるとして、事業主に損害賠償を請求することはできないのでしょうか?

 この点が問題になった近時の裁判例に、大阪地判令2.2.21判例タイムズ1472-173があります。

2.大阪地判令2.2.21判例タイムズ1472-173

 この事件は長時間労働と劇症型心筋炎の相当因果関係が問題になった事件です。

 心筋炎とは、

「心筋を主座とした炎症性疾患であり、多くは細菌やウイルスなどの感染によって発症する」(判決文より引用)。

疾患です。

 発症様式により急性心筋炎と慢性心筋炎とに分類され、

「急性心筋炎の中で、発症初期に心肺危機に陥るもの」(判決文より引用)

が劇症型心筋炎と分類されています。

 上述のとおり、心筋炎は対象疾患とはされていません。そのため、原告(劇症型心筋炎で死亡した労働者の相続人)が過重労働を強いていた被告会社らに対して損害賠償を請求するにあたり、過重労働との間に相当因果関係を認めることができるのかが問題になりました。

 裁判所は、次のとおり述べて、相当因果関係を認め、被告に対し、原告らに合計8000万円以上にもなる損害賠償を支払うよう、命じました。

(裁判所の判断)

「免疫応答と獲得免疫応答による生体防御機構が損なわれた場合には、感染症による傷害の可能性が高くなるとされていて、低栄養や過労の状態では、一般に病原体に対する抵抗力(生体防御能)が弱くなり、感染して発病しやすいとされている。また、睡眠は免疫調整に関与しており、長期的かつ重度の睡眠遮断は、自然免疫応答及び細胞免疫応答の変化を伴うとされているところ、健康な男性ボランティアを対象として、夜の早い時間帯における部分的睡眠遮断と免疫応答に対する影響を調べた実験結果によると、わずかな睡眠遮断でも自然免疫応答とT細胞のサイトカインの産生が低下することが示されたほか、健康な男女を対象とした睡眠と風邪感受性についての実験結果によると、睡眠時間が5時間未満及び5時間以上6時間未満の場合には、7時間睡眠の場合と比較して、風邪への罹患リスクが統計学的に増加することが示されたというのである。」

「これらの事情は、過労の状態や睡眠不足が、ウイルス等の病原体に対する生体防御能を低下させる要因の一つとなっている

(中略)

「心筋炎の前駆症状が現れた平成24年11月20日過ぎ頃の時点におけるBの状態を併せ考えると、この当時、Bは、過労や睡眠不足によって、生体防御能が低下した状態にあり、体内に侵入したウイルスが増殖して感染を成立させ、感染症を発症しやすい状況にあったということができる。」

(中略)

「Bが、急性心筋炎の前駆症状が現れた後も、従前どおりの過酷な長時間労働を継続していたことが、その急性心筋炎の症状をより悪化させる要因になったことは否定し難いといわざるをえない。」

(中略)

被告Y1において、恒常化した著しい長時間労働によって、Bの疲労が蓄積する状態になる以前に、従業員を増員するなどして、これを回避するための措置を取っていれば、Bにおいて急性心筋炎を発症するには至らなかった可能性があるし、また、少なくとも、実際にBが体調不良の状況に陥り、そのことを被告Y1において認識した時点において、直ちに休息を命じるなどの対応を取っていたとすれば、Bの急性心筋炎の症状がより一層悪化するという事態を招くことを回避できた可能性がなかったということはできない。

そうすると、被告Y1の上記義務違反と、Bがウイルスに感染して心筋炎を発症し、その症状が沈静化することなく進行したこととの間には、相当因果関係があるというべきである。

(中略)

心筋炎の発症の原因となるウイルスに感染した者が、長期間にわたる長時間労働やこれに伴う睡眠不足のため過労の状態にあったところに、心筋炎の前駆症状が現れた後も数日間にわたって過重な労働を続けたことで、より一層生体防御能を低下させ、その結果、ウイルスの増殖を食い止めることができずに、心筋炎を発症するに至った場合には、一定の遺伝的・自己免疫的素因等(上記のとおり、これらは個々人の個体差の範囲内のものにすぎない。)を有する者において、心筋炎が劇症化することは、因果の流れとして一般に想定されるものであったといわざるを得ない。

そうすると、被告Y1の上記注意義務違反と、Bが心筋炎を発症し、その後、これが劇症化して重症心不全によるショック状態に陥ったこととの間には、相当因果関係があるというべきである。

3.この理論が通用するならば、かなりの疾患が責任追及の対象になる

 裁判所が示したように「長時間労働→免疫機能低下→疾患への罹患」という形で長時間労働と疾患との間の相当因果関係を認定できるのであれば、対象疾患に限られず、かなりの疾患を損害賠償請求や労災の対象としてカバーできることになります。

 控訴されているため、破棄される可能性はありますが、労働者の救済法理として画期的な判断をした裁判例だと思います。