弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

成人した精神障害者に対し、老親は監督義務を負うのか?

1.家族による監督義務

 認知症に罹患した夫Aが鉄道線路内に立ち入り列車と衝突して死亡した事故に関し、鉄道会社がAの妻や長男に対して監督義務の懈怠を主張して損害賠償を請求した事件があります。

 この事件で、最高裁は、

「民法752条は、夫婦の同居、協力及び扶助の義務について規定しているが、これらは夫婦間において相互に相手方に対して負う義務であって、第三者との関係で夫婦の一方に何らかの作為義務を課するものではなく、しかも、同居の義務についてはその性質上履行を強制することができないものであり、協力の義務についてはそれ自体抽象的なものである。また、扶助の義務はこれを相手方の生活を自分自身の生活として保障する義務であると解したとしても、そのことから直ちに第三者との関係で相手方を監督する義務を基礎付けることはできない。そうすると、同条の規定をもって同法714条1項にいう責任無能力者を監督する義務を定めたものということはできず、他に夫婦の一方が相手方の法定の監督義務者であるとする実定法上の根拠は見当たらない。」
「したがって、精神障害者と同居する配偶者であるからといって、その者が民法714条1項にいう『責任無能力者を監督する法定の義務を負う者』に当たるとすることはできないというべきである。」

(中略)
「また、第1審被告Y2はAの長男であるが、Aを『監督する法定の義務を負う者』に当たるとする法令上の根拠はないというべきである。」

と判示し、妻子の監督義務者性を否定しました(最三小判平28.3.1民集70-3-681参照)。

 これにより、妻(夫)や子どもが、当然に、夫(妻)や親の監督義務を負うわけではないとの理解が確立しました。

 それでは、親と精神障害を持った成人した子どもとの関係はどうでしょうか。

 精神障害を持っているとはいえ、親には成人した子どもを監督する責任があるのでしょうか。

 この点が問題になった裁判例が、近時の公刊物に掲載されていました。大分地判令元.8.22判例時報2443-78です。

2.大分地判令元.8.22判例時報2443-78

 本件はマンションの非常階段でAから突き飛ばされて死亡した方Bの遺族が、Aの両親Y1とY2に対して損害賠償を請求した事件です。両親を被告として訴えを提起したのは、Aが統合失調症等の精神疾患に罹患していて責任能力がなかったからです。責任能力がない人は民事上の損害賠償責任を負いません(民法713条)。そのため、両親を監督義務者として構成したうえ、責任無能力者の監督を懈怠したとして両親の責任を追及したという経緯になります。事件当時、Aは42歳で、Y1は79歳、Y2は74歳でした。

 こうした事実関係のもと、本件では、両親を精神障害に罹患しているとはいえ既に成人していたAの監督義務者として構成できるのかが、争点の一つになりました。

 この点について、裁判所は次のとおり判示し、両親が監督義務者に該当することを否定しました。

(裁判所の判断)

被告らは、Aと共同生活を営んでいた両親であるが、親権者ではなく、共同生活を営んでいた両親であることから直ちに原告らが主張するような見守る法的義務が発生するとはいえない。

「原告らは、上記見守る法的義務の存在を前提とした上で、被告らが、Aの行動について責任を負うという意思を対外的に明示していたとも主張するところ、・・・被告Y2が、施設への入所を勧める意思の提案を拒否し、Aが本件住居に帰ることを希望したことは認められるものの、これによって被告らが民法714条1項に規定する監督義務者に当たると解すべき根拠はない。

3.基本的に成人してしまえば監督義務は負わない

 平成28年最高裁判決では、夫婦間の監督義務、子の親に対する監督義務に関する判断がされました。令和元年の上記大分地裁の判決は、親の成人した子に対する監督義務を否定したものです。

 平成28年の最高裁判決にしても、令和元年の上記大分地裁の判決にしても、一定の場合に監督義務者に準じる者として、家族が責任を負う余地は残されています。

 しかし、成人した子どもとの関係で、裁判所が家族に監督義務があることを否定した点は、障害児を持つ親にとって、画期的ではないかと思います。