弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

有給休暇-言い出しにくい時には弁護士を通じて言ってもよいのではないか

1.年次有給休暇と時季変更権

 労働基準法上、使用者は、その雇入れの日から起算して6か月以上継続勤務し、全労働日の8割以上出勤した労働者に対して、勤続期間に応じた有給休暇を与えなければならないとされています(労働基準法39条1項2項)。これを年次有給休暇といいます。

 発生した年次有給休暇は、

「労働者がその有する休暇日数の範囲内で、具体的な休暇の始期と終期を特定して・・・時季指定」

をすることにより成立します(最二小判昭48.3.2労働判例171-6 全林野白石営林署未払賃金請求事件)。

 しかし、使用者には、

「事業の正常な運営を妨げる場合」

においては、他の時季に、これを与えることが認められています(労働基準法39条5項 以下「時季変更権」といいます)。

 この

「事業の正常な運営を妨げる場合」

の意味について、最三小判平元.7.4労働判例543-7 電電公社関東電気通信局事件は、

「勤務割による勤務体制がとられている事業場・・・において、勤務割における勤務予定日につき年次休暇の時季指定がされた場合に、使用者としての通常の配慮をすれば、代替勤務者を確保して勤務割を変更することが客観的に可能な状況にあると認められるにもかかわらず、使用者がそのための配慮をしなかつた結果、代替勤務者が配置されなかつたときは、必要配置人員を欠くことをもつて事業の正常な運営を妨げる場合に当たるということはできない

との解釈を示しています。

 この「通常の配慮」としての代替要員の確保に関し、労働者側に要員確保の責任の一旦を担わせることは許されるのでしょうか?

 この問題を考えるうえで、参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。東京地判令元.12.2労働経済判例速報2414-8東京都(交通局)事件です。

2.東京都(交通局)事件

 本件は年次有給休暇の取得に関係し、時季変更権を行使することの適否が争われた事件です。

 被告になったのは東京都交通局(地方公営企業法上の地方公営企業)です。

 原告になったのは、都営バスの乗務員として任用された企業職員の方です。冠攣縮性狭心症について主治医の診療を受けるため有給休暇の取得を申請しましたが、これが認められなかったため、手元に治療薬がなくなり、同狭心症の発作を発症しました。結果、3か月間の病気休暇を取得せざるを得なくなったとして、国家賠償法に基づいて慰謝料等の請求に及んだのが本件です。

 本件の中心的な争点は、被告が「事業の正常な運転を妨げる」として時季変更権を行使したことの適否です。

 本件で特徴的なのは、代替要員の確保に労働者側の関与が予定されていたことです。

 東京都労働局には「夏季休暇」(夏休)という仕組みがあり、7月1日から9月30日までの間、心身の健康の維持や家庭生活の充実のため勤務しないことが相当と認められる場合に、所属長の承認を受けて休暇をとることが認められていました。

 この夏休期間は乗務員からの休暇申請が集中的に発生するため、労働組合が各乗務員から夏休取得日に関する希望を聴取して事前調整を行う運用がされていました。

 原告が申請した有給休暇は平成29年8月9日であり、この夏休期間に係るものでした。

 申請窓口となっていた労働組合の副支部長(Z3)は、営業所長(Z1)の意向を踏まえ、

① 夏休期間中は、夏休所得日が確定した後は、急遽発生する家族的責任に関する休暇以外の個人的理由による休暇の取得については、個人で夏休同士又は週休同士の交代によって対応することになっているため、8月9日に年次休暇を取得することはできない、

② 原告において週休同士を交代する相手を探すことが困難であれば、組合において探すので、同日の代わりに出勤できる日を教えて欲しい、

との回答をしました。

 しかし、原告は組合に対して交代要員を探すことを組合に依頼しませんでした。結果、8月9日に有給休暇を取得することができず、8月10日には手持ちの治療薬がなくなり、8月14日に同狭心症の発作が起きたという流れになります。

 この経過のもと、原告が組合に対して交代要員を探すように依頼しなかったことが法的にどのように評価されるのかが本件の争点の一つとなりました。

 裁判所は、次のとおり述べて、原告が交代要員を探すように依頼しなかったことを、被告による「通常の配慮」が欠けていたとの評価を妨げる事情として位置付けました。

(裁判所の判断)

Z3はZ1所長の指示に基づき、原告に対し、原告が平成29年8月9日の代わりに出勤することができる日を教えてくれれば、本件組合において交代要員を探すことを提案したにもかかわらず、原告は、本件組合に対し、交代要員を探すことを依頼せず、へ市営29年8月9日の代わりに出勤することができる日を申告することもしなかったことが認められる。被告としては、原告から上記申告がない以上、交代要員を探しようがなかったものと認められる。

したがって、被告において交代要員を探さなかったからといって、被告が使用者としての通常の配慮をしなかったということはできない。

(中略)

「原告は、本件組合からハラスメント行為を受けていたため、本件組合に夏休同士又は週休同士の交代相手を確保してもらうことに躊躇があった旨主張する。」

確かに、原告が平成28年に本件組合に対して夏休の交代相手を探すことを依頼した際、本件組合により

『助けて下さい! 先日の夏休調整には、多数のご協力ありがとうございました。この度、X氏の都合により夏休調整の出勤ができなくなりました。代わりに下記の日に出勤して頂ける方を探しています。振り替えの休みについては、夏休調整が確定してしまっているので、限られた日になってしまいます。ご協力頂ける方は班長までご一報ください。』

との掲示がされたことが認められ・・・、これを見た原告が、嫌がらせを受けたと感じたことも理解できないではない。しかしながら、原告において平成29年8月9日に休暇を取得する必要が高かったというのであれば、過去に夏休同士の交代相手を探すことを依頼した際に上記掲示をされたからといって、本件組合に対して夏休同士又は週休同士の交代相手を探すことを依頼することすらできなかったというのは、合理性を欠くものといわざるを得ない。

3.言い出しにくい時は弁護士を通じて言ってもいいのではないか

 原告の方が組合に調整を依頼できなかったのは、上記のような掲示がされて、非常に気まずい思いをしたからではないかと思います。

 個人的にはその気持ちは理解できるのですが、この点、裁判所は、かなりドライな判断をしました。原告が組合に交代要員を依頼しなかったことだけが原因ではないにしても、時季変更権の行使は適法とされ、原告の請求は棄却されています。

 個人的な実務経験の範囲内で言うと、代理人弁護士名で権利行使する旨の通知を出して、あからさまなハラスメントを受けることは稀であるように思います。

 通知1通であれば、弁護士費用はそれほどかかりません。自分で権利主張し辛いと思った時に、弁護士に通知の作成を依頼することは、もっとカジュアルに検討・利用されてもよいのではないかと思います。飽くまでも憶測の範囲ですが、本件でも、弁護士名で組合に対して出勤日通知のうえ代替要員の確保を依頼する通知を発送していれば、普通に有給休暇がとれていたような気がします。