弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

自身が日々出勤時刻や退勤時刻等を書き写していたノートの記載をもって実労働時間が認定された例

1.労働時間立証と「機械的正確性がなく、業務関連性も明白でない証拠」

 残業代を請求するにあたり、労働時間の立証手段となる証拠には、

機械的正確性があり、成立に使用者が関与していて業務関連性も明白な証拠

成立に使用者が関与していて業務関連性は明白であるが、機械的正確性のない証拠、

機械的正確性はあるが業務関連性が明白でない証拠、

機械的正確性がなく、業務関連性も明白でない証拠、

の四類型があります(佐々木宗啓ほか編著『類型別 労働関係訴訟の実務Ⅰ』〔青林書院、改訂版、令3〕169頁参照)。

 メモ、手帳等の記載は、このうち四番目の類型「機械的正確性がなく、業務関連性も明白でない証拠」に該当するとされています。

 想像することができるのではないかと思いますが、四番目の類型「機械的正確性がなく、業務関連性も明白でない証拠」で実労働時間の立証が認められる事例は、決して多くはありません。

 しかし、近時公刊された判例集に、ノートによる労働時間立証が認められた裁判例が掲載されていました。那覇地判沖縄支判令4.4.21労働判例1306-69 エイチピーデイコーポレーション事件です。

2.エイチピーコーポレーション事件

 本件は、いわゆる残業代請求事件です。

 被告になったのは、ホテル経営等を目的とする株式会社です。

 原告になったのは、被告が経営するリゾートホテル(本件ホテル)において、アシスタントベルキャプテンとして採用され、フロントアシスタントマネージャー等を歴任した元従業員の方です。

 本件ホテルでは出勤簿を用いて従業員の勤怠管理が行われる建前がとられていましたが、原告は、日々、自らの始業時刻や終業時刻を記載していたノート(本件ノート)に基づいて実労働時間を主張しました。

 裁判所は、次のとおり述べて、出勤簿が労働時間の実態を反映していることを否定したうえ、本件ノートに基づいて実労働時間を認定することを認めました。

(裁判所の判断)

「本件出勤簿の体裁、記載内容自体の不自然性や、その記載内容が他の原告の稼働状況を示す証拠と整合しないこと、証拠提出の経緯等に照らすと、原告本人は出勤簿に記入していなかった旨をいう原告主張の当否を措くとしても、本件出勤簿が原告の労働時間の実態を反映したものといえるかについては相当疑問があり、本件ホテルにおいて残業申請書や緊急残業申請書の作成等を通じて適正な労働時間管理がされていたとも認め難いというべきである。」

(中略)

「翻って、本件ノートについて検討するに、原告は、本件当時、出勤簿への記載には意味がないものと考え、これに記載することに代えて、日々のシフト表の出退勤時刻、実際の出退勤時刻、被告によって認められた残業時間や実際の出退勤時刻に基づく残業時間等を、当日又は書き損じた日はその後数日以内に記憶を辿って、自身が用意した本件ノートに手書きしていた旨主張する。」

「この点、本件ノートは原告によっても職場内の誰にも見せたことがなかったということ、その体裁をみても同一の筆記具で日付や時間を示す数字(その数字も端数が丸められている。)が形式的に書き連ねられたに過ぎないものであって、日々の具体的な職務内容等の記載もないこと、被告も主張するように出勤簿の記載等に照らして事後的に作成可能であるともいえること等からすると、証拠の性質上、類型的に信用性が乏しく、その記載内容を直ちに信用することはできない。

一方、本件ノートの記載内容は、本件当時の原告の稼働状況を客観的に裏付ける資料といえる、被告提出の『お勘定書』や『インプットジャーナル』等に記載された操作時間等・・・に一応は裏付けられているとみることができる。

「確かに、平成30年2月2日についてみると、本件ノートでは『12:00』出勤とあるのに対し、上記の操作時間は『11:11』となっている・・・など、数字が齟齬する部分もあるが、原告は端数が生じた場合は出勤簿の記載方法と同様、切り捨てて記載していたと説明するところ、かかる説明を前提とすれば、本件ノートの記載が上記の操作時間等と矛盾するとはいえないし、その記載内容等からすれば、本件ホテルでは(その適法性は別として)出勤簿へ出退勤時間を記載する際は30分以下の数字を切り捨てるものとして取り扱われていたと認められることに照らせば、原告の説明が不合理とも断じられない。」

「前記認定事実・・・のとおり、本件ホテルのフロント業務は24時間対応が求められるのに対し、本件当時、フロント業務の実働を統括するフロントアシスタントマネージャーの地位にあったのは原告を含む2名又は原告のみという状態であり、下位の職位であるフロントスーパーバイザーについても適正な人員数を欠いていたとうかがわれ、原告がフロントアシスタントマネージャーの業務だけでなくフロントナイトチーフスーパーバイザーの担当業務も行うことや、原告のシフトの次のシフトの担当者が出勤するまでフロントに従業員が不足することから、この間、原告が担当業務を代わって行うこと等もあったと認められる。」

「この点に関し、フロントアシスタントマネージャーが原告のみであった期間に上記事態が生じることは容易に想像できる上、フロントアシスタントマネージャーが2名配置されていた期間であっても、被告提出のシフト表(乙29の1~9)によれば、一方のフロントアシスタントマネージャーがK勤務とU勤務に入る際、他方は休日となるという一連のシフトが交互に組まれていたと認められるところ、U勤務が10時退勤であるのに対し、K勤務は16時出勤であるから、このようなシフトによってはU勤務が終了した後、次のK勤務が始まるまでの6時間にわたってフロントに責任者が不在になる事態が生じうるといえ、この場合、U勤務担当の一方が引継ぎのため職場に残って勤務していたと考えるのが合理的である。」

「また、本件ホテルの規模や性質、フロントアシスタントマネージャーの職務内容に照らせば、前記認定事実・・・のとおり、宿泊客との間でトラブルが生じたり、クレーム処理等といった突発的な事態に対して、フロントの現場責任者であった原告がその対応に当たらざるを得ず、その結果、所定の終業時刻を超えて残業が生じたこと等もあったものとうかがわれる。」

本件当時のこのような原告の勤務実態に照らすと、本件ノートに記載された残業時間数が一概に不自然であるともいえない。

これに対し、被告は、突発的な事故やクレーム等の発生を記録するナイト速報の記載との矛盾や、他に原告の職務を代行し得る者の存在を指摘して本件ノートの信用性を争うが、これを的確に裏付ける証拠は見当たらず、再三、原告から労働時間を裏付ける客観的証拠の提出を求められていたという本件訴訟の経過も踏まえると、上記認定を覆すものではない。

以上によれば、本件ノートはその成立に原告のみしかかかわっておらず、証拠の体裁等においても類型的に信用性が高いものとはいえないものの、その記載内容が他の客観証拠により一応は裏付けられていると評価できることや当時の勤務実態に照らし不自然ともいえないこと等からすると、実労働時間の認定資料として採用し得るものといえる。

そして、前記のとおり、本件ホテルではタイムカード等による出退勤管理はされておらず、これに代わって用いられていた出勤簿の記載も信用し難いこと等も併せると、本件においては、本件ノートの記載をもって、原告の実労働時間を認定するのが相当である。

3.使用者による労働時間管理が甘ければ、ノートによる立証の余地もある

 以上のとおり、裁判所は、ノートについて、

類型的に信用性が高いものとはいない、

としながらも、

タイムカード等による客観的方法による出退勤管理がされていなかったこと、

これに代わる出勤簿の記載が信用し難いこと、

などを指摘し、これに基づいて実労働時間を認定しました。

 昨日ご紹介した裁判例と同様、労働時間の立証において労使間の実質的な公平が図られた事案として参考になります。