弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

医師に対する解雇・雇止め-患者からクレームを受けること自体は、大した問題ではない

1.顧客からのクレーム

 解雇や雇止めの理由として、顧客からクレームを受けていたことを主張されることがあります。この時、使用者(特に、代理人弁護士が選任される前の段階にある使用者)の中には、

どちらに非があるかは問題ではない、

クレームを受けること自体が問題なのだ、

といった態度をとる者もいます。

 しかし、こうした議論が裁判所で通用することはありません。裁判の場では、労働者の対応に問題があってクレームが生じたといえるのかどうかが、きちんと議論されます。クレームを受けること自体が問題だといった雑な考え方は採用されていません。そのことは、一昨々日、一昨日、昨日とご紹介している、東京地判令5.2.10労働判例ジャーナル141-42 医療法人財団健貢会事件の判示からも読み取ることができます。

2.医療法人財団健貢会事件

 本件で被告となったのは、病院の経営等を目的とし、総合東京病院を経営する医療法人です。

 原告になったのは、平成29年12月22日付けで、

(契約期間)

平成29年12月1日から平成30年3月31日まで

(勤務日)

毎週月曜日及び金曜日

(賃金)

月曜日:1日勤務の場合は12万円、半日勤務の場合は6万円

金曜日:1日勤務の場合は10万円、半日勤務の場合は5万円

(従事ずべき業務)

総合内科診療

との内容の有期雇用契約を締結した医師です(本件当初契約 契約当時63歳)。

 原告の方は、平成30年4月1日以降も、総合東京病院における勤務を継続し、本件当初契約は更新されました(本件更新後契約)。

 しかし、被告は、平成31年3月31日付けで期間満了により雇用契約が終了することを通知し、以降の契約更新を拒絶しました。

 これに対し、原告の方は、

本件更新後契約は期間の定めのない労働契約である、

仮に、期間の定めのある労働契約であったとしても、雇止め法理により、雇止めは無効である、

などと主張し、地位確認等を求める訴えを提起しました。

 本件の被告は、雇止め理由の一つとして、患者からクレームが来ていたことを主張しました。

 しかし、裁判所は、次のとおり述べて、コミュニケーション能力の不足を裏付ける事情にはあたらないと判示しました。

(裁判所の判断)

「患者からの苦情については、前記1(4)のとおり、原告に対しては、平成30年2月に、患者からの苦情が2件あったことが認められる。」

もっとも、同アの事例は、他の職員からの事後的な対応に対して、患者自ら、自身の事情のために落ち着かなかった面もあると述べたというのであるし、同イの事例は、当該患者において、症状の説明のみを根拠として投薬を求め、原告による検査の指示につき不満を抱いたというものであって、これらの苦情の存在が、原告のコミュニケーション能力の不足を直ちに裏付けるものとはいい難い。

「また、両事例はいずれも本件当初契約の期間中の出来事であるところ、前記・・・のとおり、本件更新後契約の締結に当たり、特段の注意指導は行われておらず、また、本件更新後契約の期間中については、同様の苦情の存在は窺われない。上記苦情につき危機管理室の職員が原告に指摘した旨のP5次長の供述・・・、を前提としても、当該指摘の後(本件更新後契約の期間中)について、原告のコミュニケーション能力の不足が裏付けられるものとはいえない。」

※ 参考:前記1(4)(5)

(4)患者からの苦情の発生

 本件当初契約成立の約2か月後である平成30年2月に、原告が診察した患者から、以下の苦情申立てがあった。

ア 同月7日の苦情(乙8)

 患者から、原告から診断結果を伝えられないままに他科に引き継がれたとする文書での苦情申立てがあった。同患者は、海外在住であるが、当地での治療が奏功しなかったために帰国して総合東京病院を受診した者であった。

 危機管理室の職員が翌8日に同患者に電話で謝罪等をしたところ、同人は、海外に残してきた家族に早く診断結果を持ち帰りたくて落ち着かなかった面もあるなどと述べ、最終的に納得した。

イ 同月16日の苦情(乙9)

 別の患者から、総合内科の窓口に対し、原告から説明もないまま検査を指示されたとする苦情の申入れがあった。同患者は、外国から当日帰国した者であり、海外滞在中に発熱等の症状が出たが軽快したとして、症状が持続している咳の薬の処方のみを求めて受診したものであった。

 危機管理室の職員が同患者と別室で面談をしたところ、同人は、原告への不満点について明確にせず、以前は症状を説明するだけで薬の処方を受けられたなどと話した後で、興奮して退席した。

 同職員はその後に原告と面談をしたところ、原告は、同職員に対し、同患者は診察中、症状の説明以外は特に何も話さなかった旨説明するとともに、帰国直後であること等から検査実施の方針であったが、状況に照らし、キャンセルでよいと伝えた。

3.クレームに萎縮する必要はない

 労働者の中には、勤務先に対して顧客から名指しでクレームを入れられること自体、何等かの不利益な取扱に繋がるのではないかと気にしている方もいます。

 しかし、令和2年厚生労働省告示第6号「事業主が職場における性的な言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置についての指針等の一部を改正する告示」は、

「事業主は、取引先等の他の事業主が雇用する労働者又は他の事業主(その者が法人である場合にあっては、その役員)からのパワーハラスメントや顧客等からの著しい迷惑行為(暴行、脅迫、ひどい暴言、著しく不当な要求等)により、その雇用する労働者が就業環境を害されることのないよう、雇用管理上の配慮」

に取り組むことが望ましいとしています。使用者には著しい迷惑行為をしてくる顧客から労働者を守るべき責任があります。

https://www.mhlw.go.jp/content/11900000/000584512.pdf

 また、裁判の場で問題になるのも、クレームの内容が正当なものか(労働者の責めによって生じたクレームなのか)であって、クレームが生じたこと自体ではありません。

 勤務先にクレームを持ち込まれること自体は大した問題ではないため、迷惑行為には過度に委縮する必要はありません。