1.退職金(退職慰労金)の支給区分
独自の退職金制度を持つ会社においては、退職理由が会社都合である場合と自己都合である場合とで、金額に差が設けられていることがあります。
しかし、実務上、退職慰労金規程に全ての退職理由が網羅的に規定・区分けされていることは、必ずしも多くはありません。それでは、退職慰労金規程上、会社都合であるとも自己都合であるとも断じ難い理由で退職した場合、退職金は、どのように計算されるのでしょうか? 退職理由は、どのような基準のもとで、会社都合と自己都合とに振り分けられるのでしょうか?
この問題を考えるうえで参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。東京地判令3.9.21労働判例ジャーナル119-46 ロシア旅行社事件です。
2.ロシア旅行社事件
本件で被告になったのは、日本からロシアへの旅行の企画を主たる業務とする株式会社です。
原告になったのは、昭和61年3月31日に雇用されて以来、平成30年2月28日までの間、被告で勤務してきた方です。給料の未払・遅配を理由に退職した後、未払賃金や未払退職金の支払いを求める訴えを提起しました。
しかし、被告の退職慰労金規程には、賃金未払で退職した場合が、会社都合なのか自己都合なのかが明確に定められていたわけではなかったようです。
そこで、原告は、
「原告の退職事由は、退職金規程3条所定の退職事由(自己都合退職 括弧内筆者)に該当せず、むしろ被告の責めに帰すべき事由と評価すべきであるから、退職金額の算出については、同2条(会社都合退職 括弧内筆者)が適用又は類推適用されるべきである。」
と主張しました。
裁判所は、次のとおり述べて、原告の退職事由を会社都合退職であると判示しました。
(裁判所の判断)
「前提事実・・・のとおり、退職金規程は、2条及び3条において退職金の支払事由を定めるところ、2条は、社員の死亡のほかは、会社(被告)の側に起因する退職を支払事由とするものであり、3条は、社員の側に起因する退職を支払事由とするものと認められる。」
「これを本件についてみると、証拠・・・及び弁論の全趣旨(名目は別として、賃金ないし報酬の未払額は争いがない。)によれば、原告が被告を退職した原因は、900万円を超える賃金の未払と認められ、当該事由はまさに被告の側に起因するものというべきであるから(退職が原告の意思によるものであったとしても、3条1号所定の「自己都合」に当たるとはいえない。)、原告は、被告に対し、退職金規程2条に基づき、別表の支給基準率のA欄に定める率により算出した退職金の支払を求めることができることとなる。」
3.会社の側に起因するのか否か
上述のとおり、裁判所は、退職金規程上、会社都合とも自己都合とも定められていない退職理由を、会社都合/自己都合に振り分けるにあたり、「被告(会社)の側に起因するものというべき」か否かという基準を用いました。
これは他の事案にも応用できる判断であり、同種事案の処理の参考になります。