弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

会社は健康状態を省みずに職責を果たそうとする職務熱心な労働者の存在を考慮した職場環境を構築しなければならない

1.過労で心身を壊した方の損害賠償請求と過失相殺

 過労で心身を壊した方(ないしその遺族)が損害賠償を請求すると、使用者側から決まって過失相殺の主張がなされます。

 過失相殺というのは、損害の発生や拡大に関して債務者・被害者に過失があったときに、これを考慮して損害賠償の額を定めることをいいます(民法418条、722条2項)。過労の局面では、仕事を自分で抱え込んでいたことや、上司に助けを求めなかったことなどが過失相殺事由として、しばしば主張されます。

 具体的な事案の内容にもよりますが、過労で心身を壊したことを理由に損害賠償を請求する事件では、かなり極端な過失相殺がなされることが少なくありません。例えば、昨日ご紹介した、東京高判令3.1.21労働判例ジャーナル108-1 サンセイ事件の第一審判決(横浜地判令2.3.27労働判例ジャーナル100-30)は、病院を受診しているなどと虚偽の事実を述べて働き続けていたことなどを理由に、裁判所は7割もの大幅な過失相殺をしました。

過労死しても7割自己責任-健康診断の軽視等はそこまで責められることなのか? - 弁護士 師子角允彬のブログ

 しかし、これでは、他人に迷惑をかけることができないと考える責任感の強い人ほど割を食うことになります。また、追い込まれている人は、他人に助けを求めることができないような精神状態にあることも少なくありません。そうした方々が過失相殺により損害賠償額を制限される一方、使用者側が損害賠償責任の相当部分を免れることには、前々から違和感を持っていました。サンセイ事件の第一審判決について書いた記事も、そうした問題意識に基づいて書いています。

 記事を書いて以来、サンセイ事件の第一審判決の過失相殺に係る判示部分は是正されるべきではないかと思っていたところ、昨日紹介した控訴審判決では、過失相殺割合に関する判断も見直されました。具体的には、労働者側の過失割合が、7割から5割へと削減されました。

2.サンセイ事件(控訴審)

 本件は、長時間労働に起因する脳出血で死亡した従業員(故G)の遺族が提起した、いわゆる労災民訴と呼ばれる損害賠償請求事件です。原告遺族は、会社と取締役ら(D代表取締役、E元代表取締役、F専務取締役工場長)を被告として、損害賠償を請求する訴訟を提起しました。

 一審判決は、

会社の健康診断で高血圧を指摘されていながらも長期間病院を受診しなかったこと、

被告会社に病院を受診しているなどと虚偽の事実を述べていたこと、

妻に対しても健康診断の結果を伝えていなかったこと、

脳出血の発症直前まで飲酒を継続していたこと、

などを理由に、7割もの大幅な過失相殺を適用しました。

 こうした判断に対し、原告遺族が控訴提起したのが控訴審事件です。

 原告遺族の主張を受け、控訴審裁判所は、次のとおり述べて、過失相殺割合を7割から5割へと変更しました。

(裁判所の判断)

「故Gが営業技術係の係長として同係の人員に業務を割り振ることができる裁量を有していたのに、自らの仕事を割り振らずに抱え込んでいたことがあるとしても、会社としては自らの健康状態を十分に省みることなくその職責を果たそうとする職務に熱心な労働者が存在することも考慮した職場環境を構築すべきであるから、故Gによる業務遂行方法に健康管理の観点から見て相当ではない点があったとしても、これを過失相殺の類推適用の考慮要素として過大評価すべきではない。

3.5割でも多いには違いないが・・・

 死亡しても半分は労働者側の責任だというのですから、5割の過失相殺を行うというのも、遺族側にとって酷な結果には違いありません。しかし、裁判所が、

「会社としては自らの健康状態を十分に省みることなくその職責を果たそうとする職務に熱心な労働者が存在することも考慮した職場環境を構築すべき」

だと指摘したことは、労働者側にとって救いとなる画期的な判示だと思います。

 同種の悲惨な事故を防ぎ、遺族の保護を拡充するためにも、本件控訴審の判示が、安易に過労死した労働者の過失割合を過大視しがちな実務傾向への歯止めとなることを願ってやみません。